ガーデンセラピー 141

『間口を狭める』

植物は毒や棘や個性的な姿で他者との関わりを制限し、必要かつ適切な相手とだけコミュニケーションを図ります。



夏の花、キョウチクトウ。
清らかな見た目と違い、
幹、根、葉、花、実、
すべてに強い毒性あり(薬用効果もありますが)。
口にしないことはもちろん、
生木を燃やすと煙でやられてしまうので
BBQやたき火に混ぜないように。
落ち葉を腐葉土にするのも厳禁です。
金久保さん、ご注意ください。


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広く浅く集めたコミュニティーは、当然のことながら底が浅いものになる。


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成長経済が続いた昭和時代には軽薄短小にウェルカムでよかった。浅はかであろうが愚かでろうが、少々変な言動をする者が混じっていようが、数がものを言った時代だったのです。しかし今はそうではなく、目指すところは安定と成熟。時には毒や棘を持ってでもお付き合いは厳選するのが得策かと。



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現在地上には70億匹のホモ・サピエンスが生息していて(日本列島には1億2700万)、その内であなたが幸せな人生を送るために意思を疎通させる必要がある人数は、社会学的には300人程度(昭和時代の、まだパソコンも携帯も出現していなかった頃、フェイス・トゥー・フェイスの関係を持つのは150人が適当であり上限だと言われていたが、フェイスがアイコン化したことで浅く広く広がり倍になった。であろうというぼくの考察ですが)、生物学的には30人ほど(ゴリラ社会では10人ほど)、文学的にはたった1人でいいのです。
だからコミュニティーの基本は狭く深く(目指すところは広く深く)。
植物の知恵に倣って実り多き日々を。





Face book の素晴らしい点は友達の数に上限があること。ただそれが5000人という目眩がするほどの数であるために、広く浅い世界になってしまうのは致し方なし。
ただアナログ界からはじき出されて、あるいは自ら旅立って、デジタル海を漂流する難民たちの多くは、そのコミュニティーに安らぎや尊敬や信頼や共鳴といった深みを求めているのは間違いのないことだ。
未だ安住の島にたどり着けずにいるボートピープルたちが、それでも帆を張り続けていることがその仮想の海原を成立させているのは間違いのないことだ。
だからザッカーバーグ君、設定を300人にすれば、君がノーベル平和賞候補になるのは間違いのないことだ。
とはいえ、人はアフリカの熱帯雨林を追い出されて以来、その都度の新天地に適合するために、知能を急速に高めながらここまで来たという事実があるのだから、人の頭脳の OS が、今の17倍の処理能力を持てる可能性はある。あるいは AI にその任務を託してしまえば済むことなのだが。おっとこれは名案。Face book など AI 任せで、夏の日差しを浴びながら畑仕事に精を出すという図はなかなか良さそうだ。
キラキラする広く浅い海を遠くに眺めつつ、腰を伸ばして手ぬぐいでひたいの汗を拭く人の深い笑い皺、深い人生。
デジタル海が広がれば広がるほど、帆と舵を操作するアナログな生身のスキルが求められるのだ。
という結論。





今日と明日は「金沢文庫店」にいます。





 

H!nt de Pinto 125

時薬(ときぐすり)という言葉があります。時間が傷を癒し物事を解決してくれるという意味なわけですが、当事者が抱えている今現在の辛さに対して、この言葉に即効性はないような気もします。
では辛さの渦中にある人に必要なこととは何でしょう。
自分の経験を思い返し、いくつかの事柄を並べてみます。

友人を頼る。
まずはこれ。信頼している人からのアドバイスや励ましは胸にしみ、威力を発揮します。

脱力する。
問題を抱えている時というのはムキになって、しばしば障子のハエ状態に陥りエネルギーを消耗します。

横移動をする。
辛さの中にある人は、そのすぐ隣に幸せいっぱいな世界があることに気づけなくなっています。

仕事に専念する。
働くという行為は偉大なもので、他のことを考えずに時間をやり過ごせます。

環境を整える。
余計な物を捨て、掃除をし、庭に花を植え、身ぎれいにして過ごす。
シンプルに美しくあることで新鮮なパワーが湧いてきます。

感動を探す。
コンサートや映画や演劇に足を運んで心の活性化に務める。
感動は生命力を高め、復活のエネルギーとなります。

自然を感じる。
基本中の基本。いわゆる癒し。
自然に身を委ねることで、心身が正常に調整されます。

自分を見つめる。
自分の「命の理由」を見据えれば、道を誤ることはありません。

専門家に相談する。
何の分野においてもスペシャリストは存在しています。
餅は餅屋、的確な導きが得られます。

家族の力を借りる。
身内になら弱音も吐けるし、泣き叫ぶことも受け入れてくれることでしょう。
辛さは吐き出すことで楽になります。

あれやこれやを試みているうちに時間が過ぎて、時薬が効いてきます。



やがて光が差し込んでくる。

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冬の次には春が来て、春の次には夏が来ることを
当たり前と思っているように、
ごく普通のこととして、
「この辛さは幸福座席の料金を前払いしているのだ」
と思って間違いなし。

お前はすぐに「頑張るから」と言うが、頑張るって言うのは辛い時に頑張ることを言うんだ。
岩渕又一 

辛ければ辛いほど頑張りがいがあるというものです。
男なら頑張れ!
女なら踏ん張れ! 





今日は「レノンの庭」で頑張ります。




 
 

庭のことだま

欠点は受け入れられると個性になる。
ほめられると途方もない利点に・・・なったりならなかったり。



つぼみ、あれこれ。

モクレン
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ハナモモ
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ミツマタ
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ジューンベリー
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バラ
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キンシバイ
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ウツギ
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ヒマワリ
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ほころぶ寸前の姿は
見る人をほころばせますね。



ピカソが天才になったその陰には、風変わりな超問題児に手を焼き彼を嫌った母親と不仲になりながらも、ひたすら絵の具を買い与えた父の存在がありました。
ゴッホに弟テオがいたように、龍馬に姉の乙女がいたように、恋愛を始めて三週間以内の女性がそうであるように、才能の開花にはたったひとりでいいから、イビツな自分を全肯定してくれる人の存在が必要なのです。  





ほんの数日、そんな女性と暮らしてみたい。
その日を待ちわびているような、いないような、ぼくの中にあるイビツなつぼみたち。
ほっとけば咲くような気がしたり、しなかったり。
妄想 love affair が浮かんだり、浮かばなかったり夜の庭。
周囲に目をやれば、出会ったり出会わなかったり、咲いたり咲かなかったり人の花。
百花繚乱の足元に、咲かずに落ちて雨に打たれる千のつぼみの悲しさよ。
ああ、せめてほんの数日、そんな女性と暮らせたら避けるのに、じゃなくて裂けるのに、いやいやそうじゃなくて、咲けるのに。
どうせ妄想なのだから思い切りわがままを言わせていただくなら、ソフィー・マルソーと。




十代の美しさなどはプロローグに過ぎない。
男も五十を過ぎてそのことを知ると、
エンドロールの感動を共有できる女性を渇望するようになります。
これがぼくに限ったことではないことを、
95%の男性は支持してくれるはず(あるいは99%)。
渇望するということは、つまり、
五十路男の連れ合いのほとんどが、
その配役に値しなくなってしまうということ。
落ち着いて解析するとやはり99%。
理由はぼくにはわかりません。
まったくわかりません。
意味不明。
能力の差こそあれ、
その命を共に暮らす女性に捧げていたに違いないのに、
ナゼ。
何故も何も「女性が男を必要としなくなるからだ」と、
「生物学的には五十を過ぎた男に価値などないのだ」と主張する、
ホンマでっか!?TV でお馴染みの、
にこやかでアナーキーでとてつもなく正直な学者、
武田邦彦先生のおっしゃる通りかもしれません。
だとしたら男たちよ、
自分のために生きよ。
血圧を上げることなく穏やかに、平然と、悠然と、
あるいはレジスタンスな歌姫
エディット・ピアフに見いだされて開花した、
イヴ・モンタン、ジルベール・ベコー、
ジョルジュ・ムスタキのように。

刻々と変化する女房の顔色に一喜一憂しながら、
習い性の従順さで言われるままに、
老眼をしょぼつかせながらマーフィーを探すよりも、
そう、
そう、
そう、
そっそっソクラテスかプラトンか、
じゃなくて、
そう、
ソフィー探しの旅に出るのだ。

ラ・ブーム。
La Boum。
花咲く庭で繰り広がれらる、
エンドレスのダンスパーティー。



果たして、このイビツなつぼみの集合体であるイビツな男の運命やいかに。





今日は「港南台店」にいます。





昨夜は少々混沌としていたため冗談が過ぎました。
お詫びして、99%を49%に訂正いたします。
ラ・ブーム。
La Boum。
今日も花咲く庭で繰り広がれらる、エンドレスのダンスパーティーを楽しみましょう。



 
 

庭のことだま

動植物、昆虫、微生物、ミトコンドリアまでもが、自分を世界の中心に位置付けているのは間違いのないことだ。



アガパンサスが開き出しました。

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夏が来る。 


自信喪失ならまだしも、自己喪失まで至ると事態は深刻だ。
成り立ち方を与えられていない庭のように表情筋が動かなくなってしまったおじさんたちよ、そろそろ夏が来るのでとりあえず恋をしてみたらいかがでしょう。
恋の仕方などとうに忘れてしまったとおっしゃるなら旅に出てみるとか。
あるいはせめて、アクアラインを突っ走って、富津公園の先端にある展望台に駆け上がってみるとか。
もう一度世界の中心で、愛でも不満でも懺悔でも、なんでもいいから叫んで欲しいのだ。
自分を軸としない限り、この世界は回転しないのだ。





お願いですから、もう雑草取りをしたくないから庭をコンクリートで埋めて貸し駐車場にて、3台貸して5年で元が取れる予算でやってもらえないだろうか、などという相談を持ち込まないで欲しいのです。楽しさのかけらもない無表情で。
いくらかでも悪巧みをするような顔であったら、駐車場よりもはるかに大儲けできる秘策を伝授するんですけどねえ。

もうひとつ、表情筋の豊かさはサルからヒトへの進化の過程で獲得した、言葉や頭脳や手の器用さに勝る最も重要な能力であると言われています。「顔で笑って心で泣いて」などという伝達方法ができるのは地球史上ぼくら人類だけなのです。ということはつまり、表情の乏しさは人間性の欠如に他ならないということにまなります。





今日は「港南台店」にいます。いつもにも増して表情豊かに。





 

庭のことだま

らしくあれ。

「らしさ」が失われていないか。
スピードに喘いで眉間にシワが寄っていないか。
強くあれ、若くあれと追いまくられてはいないか。
成果を上げよとせき立てられ、浮き足立ってはいないか。
行きたくない場所に行き、やりたくないことをやり、ドロドロの気持ちで帰宅する日々を送っていないか。
周囲が求めるあなたらしさ以前に、あなたが望む自分らしさを。



バラはバラらしく、

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アジサイはアジサイらしく、

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ドクダミはドクダミらしく
過ごす梅雨。

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さて、自分は。

 



庭に出て、あらゆる無理を捨ててみる。
ゆるい格好で、脱力して、メーカーズマークを少しだけ口の中で転がし、この呼吸は家族のためでも仕事のためでも、誰のためでもないと自覚してみる。
身軽になった自分の、何と、何と、何と望ましい人物であることか。
就寝前には、夏井先生の指摘に緊張が走るプレバトから離脱し、庭で自己査定。





今日は「港南台店」にいます。





H!nt de Pinto 124

庭の設計は一つとして同じ条件のものはなく、そこに生み出そうとする庭の概念やテーマも違い、試験問題のように明確な正解が用意されているものでもなく、だからその都度、取り掛かる時にはプレッシャーというか気負いというか、ちょっとした緊張状態になります。



森を行けば、
発想の種が次々と。

クワ

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そのまま取り掛かると調子が出るまで時間をロスしてしまうので、まずは丁寧にコーヒーを入れてから、こんなことを自分に言うことが習慣となりました。

そんなの簡単、お茶の子さいさい。

このひと言で設計の要点がシンプルに見えてきます。
心配事やら、筋肉痛やら、空腹やら、知能が高い割に論理性に欠ける女房のお言葉やらの雑念も、仕事にポイントを絞ってピントを合わせれば消えてゆくからあ〜ら不思議。



ミモザ

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次にこう言います。

楽しみにお待ちかねだ。

これで脳がアクセルを踏んだように本格始動を始め、要点がつながってサクサクと線を描き始めます。
期待されることと、感謝されるであろうと思うことが最良の燃料。


ヤマザクラ

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次はこう言います。

私は類い稀なる幸運と強運と才能の持ち主である。

まあぼくだけじゃなくて誰でもそうなわけですが、あえてそれを確認することで、連なり重なり合っていた線が立ち上がってきて、図面上に花咲き風吹き光が注ぐ、仮想の庭空間が出現してきます。
ミューズとレノンが手をつないで降りてくる、その瞬間がエクスタシー。



ムギ

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時々行き詰まるとこう言います。

答えは自然の中にある。

カメラを持って散歩に出かけ、しばらく歩けば必ず新たなアイデアや課題の画期的解決策が浮かんできて、急いで設計に戻ります。
早足で帰らないと、馬車はカボチャに、馬はネズミになってしまいます。



タンポポ

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では、今日も「そんなの簡単、お茶の子さいさい」から。





文学も絵画も音楽も、単純化するほどに本質が際立ってくることの不思議。
いやさ、本質を求めるほどに複雑化し、混沌としてゆくことの方が不思議。
力道山刺されたる街でぶつぶつと呟くラッパ吹きに言わせれば、人間は愛すべき神経症の猿。


ヘビ男たちのモダンキュービズム







今日は港南台店で、シンプルに、複雑化によって単純を表現する作業に従事してます。

 




 

庭の法則 75

『庭の法則 75』

自然になるほど楽になる。

日向には日向の、日陰には日陰の花を。
照る日には光を浴び、雨降りには水を吸収し、朝に開いて、昼にそよいで、夜は閉じて静寂の中で明日を思う。
自然の営みに寄り添う暮らしが、元気回復の秘訣。



ヤマモモの実。

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秋の果実はカロリー高く、

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真夏の果実は酸味が強く、

DSC05110

初夏の果実は水分豊富。

DSC05114

季節ごとに、自然のレシピは至れり尽くせり。
旬のものを召し上がれ。





暮らし方や思考や関係性が不自然なばかりに喘いでいる人を見るにつけ、「庭ですよ、庭」と声をかけたくなります。
傾いた心のバランスを調整するのに、庭は最適な場所。





今日は「港南台店」にいます。





 

庭のことだま

つべこべ言わずに仕事仕事。

清少納言の枕草子、紫式部の源氏物語、紀貫之の土佐日記は平安時代を代表する文学です。
清少納言は才女の誉れ高く、紫式部は天才女流歌人なので女性。では紀貫之はというと、日本最古のネカマ(ネットオカマ/インターネット上で性別を偽り投稿する男)だったと言われています。
これは当時の社会通念として「女は虚(夢やロマン)に身を置き、男は実(糧と生存)に生きるべきである」 ということがあったためで、つまり男性は戦や農業などの仕事に専念して記述するのは業務上の記録のみ、小説や随筆といった虚の世界は女性だけに許された表現世界だったのでした。

女は虚で男は実。平安から平成へと時は移り男女の虚実は入り乱れたものの、その役割分担は本来的には変わらないのではないかと、庭を楽しみながら、羨むほどの分厚い幸せを実現している人たちに接しながら思うことです。
そこにある共通点は、男性が男らしい働き者であることと、女性が女らしく美しいこと。



男たちよ 限りなく愛してあげなさい
女たちよ 果てしなく生きてあげなさい


 


数ある名曲の中で、長岡で演ったライブで聴いた村上律のスティールギターとうねるこの曲が、ジーンと、クリーナーで拭いたレコードの溝のように綺麗に胸に刻まれています。

加川良、4月5日白血病で死んじまったそうです。
いやはやまったく、なんてこったい、良さん。



もう一曲聴きながら、献杯。





花の命も人の命も何も変わらない一つの命。
男の一生も、女の一生も、深くて暗い川を挟んで咲く命。
それにしてもこの儚さは。
生きてるうちが花なのだ。
脇目も振らずに咲き誇れ。
などとつらつら思い、ややうつむき加減の散歩道で見つけた、ガウラの赤が血潮のようで。



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紅き唇あせぬ間に 熱き血潮の冷えぬ間に 明日の月日はないものを



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さて、つべこべ言わずに仕事仕事。





今日は「レノンの庭」にいます。 
 


 

家族の庭くり方 81

庭からいち日を始める

早起きをして庭に出てください。



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外気と朝日で全身を目覚めさせることが健康維持の基本。



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人の体は太陽の動きと連動するように設計されています。



いち日は24時間なのに、人の体内時計は25時間。なぜそんな仕組みになっているのかというと、それは神様からの「早寝早起きをしなさい」という指令なのです。
朝日を浴びると体内時計のズレがリセットされてセロトニン(幸せホルモン)が分泌され、それと連動して夜になるとメラトニン(心身修復ホルモン)が出ます。


ドーパミンに彩られた極彩色な生活から、セロトニン風味の平和な生活へ。
伊澤 奈美恵(ソーシャルワーカー・精神保健福祉士)

依存症・ドーパミンとセロトニンの関係 





今日は「港南台店」にいます。





 

庭のことだま

そもそも何がしたかったわけ?

さくさく動かなくなったら初期設定に戻すこと。
あるいは選択と集中(被写体にビシッとフォーカス)。
あなたの今日が意義ある日となりますように。



すでに秋に向かって着々と。

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実りは一夜にしてならず。

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行き先設定はお済みでしょうか。

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せっかくの今日を
あてどなく彷徨うことなかれ。

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ピンボケのままで、
行きつ戻りつ日が暮れませぬように。





今日は「レノンの庭」にいます。




 

庭のことだま

すべからく、根本にまで踏み込むべし。

雑草はちぎるのではなく、フォークを使って根から抜きましょう。



雨、晴れ、曇りをめまぐるしく繰り返すので、
グッと来たらすぐにカメラを取り出す。
後でと思っていると、
すぐに別人のような表情になってしまうのです。


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思い立ったら即行動。




根本に踏み込む・・・・血圧が高めだからといって、薬で下げて安心している限りなかなか生活習慣は改善されないですよね。薬に頼らず、ストレスの軽減、塩分とカロリーを控えめに、軽い運動を心がけるなどの方法で下げることができれば、血圧と同時に体調全般、暮らし全般が整います。
というわけでお得意の人体実感中。
一時は起き抜けの数値が180ー110だったのが、あれこれ気をつけて生活した結果、1ヶ月ほどで140ー90に落ち着いて来ました。
やってみて実感したのは血圧上昇の一番の原因はストレス。対処法は用心深くストレッサーに近づかないことと根を詰めないこと。ぼくの場合は設計に集中が高まると数値が跳ね上がることに気づきましたので(ポジティブストレスであっても度を越すとダメみたいです)、時々ストレッチをしながらヘラっと半笑いで仕事をするようになりました。

夜、庭に出てお気に入りのバーボンを舐めながら本を読んでいると、副交感神経が優勢となり120ー70まで下がって蝉時雨のような耳鳴りも消えます。庭のおかげで血栓は通過し熟睡もできる、ありがたいことです。
高血圧の皆様、庭ですよ庭(あるいは書斎で、メーカーズマークをロックで)。



BGMはこんな感じで。

 





今日は「港南台店」にいます。




 
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