カレンの実験

刑務所の受刑者を A・B ふたつにグループ分けして、A の人から B の人へ、「あなたが犯した罪を悔いなさい。そして二度と同じ過ちを繰り返してはなりません」と更生を促すスピーチをさせました。A も罪人なのでそれはそれは真剣に、涙を流しながらの熱弁で、B の受刑者たちはその姿と言葉に心打たれた様子だったといいます。
結果、再犯率が激減したのは B ではなく A グループでした。



レンズを通すと葉っぱが人の姿に見えてきます。
悩んだり、駆け引きしたり、
ああだこうだと文句を言うことも、
あとわずかなり冬の風。
芽吹きからの日々を回想し、
せいぜい色づいてから落ちよと願う師走道。

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説得は、される側よりする側に効果をもたらす。




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アメリカの心理学者カレン・ホルナイが導き出したこの結論、利用できますよね。
会社で部下の未熟さを指摘する上司は、それを繰り返すほどに自らを律してゆき、部下からは近寄りがたい遠い存在になってしまいます。だから部下への指導は他の部下にやらせるのが得策。そうすれば指導した部下がスキルアップしますので。




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部下ではなく同居人に対してはどうかというと、「食べたらすぐに片付けようよ」などと言おうものなら、気づけば自分が片付け係になっているのは必定。作戦としてはできるだけ相手に文句を言わせた方がいいのです。
なになに、もっと働けと、こんなに早く帰ってくるなと、台所に入り浸るなと、ゴミ出しをしろと。はいはいと生返事(しめしめ)。

そもさん、せっぱ。で、他には何か?



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思いを残さずきれいさっぱり葉を落としても、
だいじょうぶ、マイフレンド。
4ヶ月後には、また山は萌えるのだから。





今日は「金沢文庫店」にいます。 



 

三択問題

ぼくはよく森を歩きます。まだ多くの人が四度目のレム睡眠の森を漂っている早朝に、仕事の空き時間に、何かに行き詰まって何らかの答えが欲しい時などに。
その日は上記の内3番目の理由で上郷森の家からの散策路を歩いていました。案内看板は見ずにあえて成り行き任せで。歩いて歩いて、途中何度か素敵な光にシャッターを切りながら、しかし目的は撮影ではないので帆を進めることに専念し、歩いて歩いて歩いて、ついには道に迷ってしまいました。
富士の樹海のように、どこでも歩けるのにどっちに行ったらいいのかわからない状況で、やれやれどうしたものかと。天を仰ぐとはよく言ったもので、他にすることが思いつかずセオリー通りに天を仰いだその刹那、上空から声が聞こえてきたのです。



人里離れた山奥に、
誰が植えたか見事なピラカンサスが。
野鳥が森の仲間のためにと
タネを運んだのかも知れません。


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「おお、道を見失ったかわいそうな旅人よ、私が汝の救いとなるものを授けよう。ただしひとつだけだ。パンと地図と方位磁石、三つの中から選びなさい」



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さて、あなたならどれを選択するでしょう。




 
その声がしてからしばらくの静寂があり、次に違う声が聞こえてきました、「いわふちくん、磁石よ」と。それはマザーメリーだったのか、親愛なるマドンナか、あるいは愛の癒しによって人々を導く大天使ラファエルか、はたまた元町の観音菩薩様の声だったのか。



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三択のうち、まずはパンが消えました。先行きどうなるかわからない時に、目先の食料を選ぶほどおおらかな性格ではないので。それとパン屑を目印にしながら進むのが無駄なことは、グリム童話で知っています。
残る地図と磁石とどちらにするか。道に迷っているのですから地図を手に入れたところで現在地がわかりません。いま自分がどこにいるのかわからなければ目的へはたどり着けない。たとえそれが宝の地図であっても何の役にも立たないのです。
残ったのはお言葉通り、磁石。自分の位置がわからなくても、そこからどっちに向かってどう歩いたかは把握できますから、堂々巡りをすることなく道を探すことができます。

もしも航路を見失った時には、心の羅針盤を信じるのだ。
シンドバッド

この三択の答え、納得でしょ。世の中を気にするよりも自分を見つめること。健全なる自分を見失わずに進めば、その足跡が新たな道になってゆくのですぞ貴乃花親方(おっと余計なことを)。



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では心の羅針盤はどこにあるのか。「そんなもの見たことがない」とおっしゃるあなた、ふふ、庭ですよ庭。庭があなたの心をそのまま映し出していますので、そこを探してみてください。





今日は「港南台店」にいます。


 

 

庭のつれづれ

冬桜咲く。

通勤途中の坂道に、毎年けなげに数輪だけ咲く冬桜。
花言葉は「冷静」だそうな。


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冷静・・・・思えば自分に大きく欠落している事柄。いつも自らの鼻先に人参をぶら下げて、自分の尻に鞭を入れてハイヨーハイヨーと突っ走ってきたので。夜の庭に出た時はいくらか静かな心持ちになるものの、常に読みかけが数冊ありまして、これまた鞭を入れてしまうのです。
「坊ちゃん」だったか、あるいは漱石の他の物語だったかに登場する兄さんは、寝ていると起き上がりたくなり、起き上がると立ち上がりたくなり、立つと歩き出したくなり、歩いていると駆け出したくなるという性質の持ち主。どうやらぼくにも似た類の病があるようで。



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冷静・・・・あれ、どうすればいいんでしたっけ。
冷静、冷静、冷静、意識的に冷静さを脇にどかしながら、燃えろ、熱くなれ、夢中で突っ走れ、とやってきたことに気づきました。
さて、気づいたものの、ではどうしたらいいのかを冷静に考えようにも、ん〜〜〜冷静は何処にありや。今流行りのマインドフルネスでもやってみましょうか。



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ついつい生意気にも、「冷静なんてえのは、夢を捨てちまった者の逃げ口上だ」と辛辣に思ってしまうのは、ああいかんいかん、こりゃあ重症ですなと自己診断。「気持ちはわかるけど、もっと冷静に」と言われ続けた修行時代に発症したのかも。なんちゅうか本中華、青臭い若造にありがちな怪気炎を上げれば危ない危ないと消火され、理想に燃えればウザがられてやっぱり消火される、鎮火寸前焼け棒杭の日々でしたから。



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まあまあ今日のところは無くした冷静さを探し回っている暇もないので、いつものように、燃えろいい男!と暗示をかけて、熱き血潮の冷えぬ間に、やめろと言われても、今では遅すぎ情熱の嵐を巻き起こして、夢の庭空間を思い描くことといたします。



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これでいいのだバカボンボン。バガボンドなり山水河原者の、旅は続くよエグザイラー。冬桜の風情もなかなかなれど、桜はやっぱり春爛漫に、狂ったような壮絶さで咲かなきゃね。
冷たく静かになんてぇのは、真っ平御免の助ということで。





今日は「港南台店」にいます。




 

H!nt de Pinto 139

ミラーニューロンを活用せよ。

白鷺城を見ながら育つと、うちの女房のようにやたらと勇ましい女性になります。ぼくは雄大な越後三山に抱かれるように育ったので、自然と呼応することをとても重要に感じているのだと思います。

人は脳内にあるモノマネ細胞によって、悲しんでいる人を見れば涙が溢れ、頑張っている人を見ると自分も頑張っているかのように興奮し感動を覚える。それを利用して、自分が憧れる人のそばに行ってその人の表情や行動を目の当たりにすることが、とても有効に人生を理想へと導いてくれます。
庭に関しては、あなたが目指す未来のシーンにふさわしく仕立て上げてください。そのように設定した庭によって人生が引っ張り上げられますので。ぼくは繰り返しそれを目撃し、その度に、感動とともに、ぼく自身も思い描く理想の暮らしへと引っ張り上げられて来ました。

ミラーニューロンの威力絶大。何を見るか、どういう人と接するか、どのような環境に身を置くかを意識すれば、未来の自分は自由自在なり。 



富嶽六景 

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横浜からたった2時間で、
世界に冠たる、優美な独立峰の
裾野に入っていける有り難さ。

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山梨県民の日常を知りたいと思い立って
河口湖町のスーパーに立ち寄ったら、
なんとなんと、レジに並んでいる人の
半数以上が外国人で驚きました。

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みなさんこの特別な山に魅了され引き寄せられて、
遥か彼方からやって来たんでしょうね。

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毎日富士山を見上げて暮らせば、
きっと雄大にしてオンリーワンを目指す
ドラマティックな人生になるだろうなあと。

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それこそ我が理想なり。

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時々は高速を飛ばして、
その懐に飛び込みたいと思った次第です。





今日は「港南台店」にいます。





 

H!nt de Pinto 138

植物に倣う。

根(思考・学び)は下に張って吸収する。

幹(意識・造像力)は上に向かって成長する。

葉(常識・社会性)は横に広がり循環する。

そして朝日に向かって花開き、結実する。


百獣の王も霊長類も植物の繁栄あっての存在ですから、子が親を真似るように、ぼくらは地球の覇者である草木の営みに倣う事が無難と思われます。親に逆らうということも成長過程には必要ではありますが、気づけば「あれま、親と同じことをしている」というのが、自然で健やかな姿なのではないかと。
しかしわが子らよ、わしのことはどこまでも反面教師とせよ。ここまではほんの序の口、まだこれから無茶苦茶をやらかすからの。ふふ、お楽しみはこれからだ。



 柑橘類が色づき始めました。
花の少ない冬に際立つオレンジ色は
陽だまりで過ごす孫との時間なんかを連想させて、
なかなかいいものですよね。
「果樹は幸福を招く」と言われることがうなずけます。


ブンタン

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キンカン

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レモン

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ユズ

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昨日は幸運な仕事が舞い込み、久々に河口湖に行ってきました。
富士山麓の自然は分厚いですね。大きな自然に包まれるほどに仕事への意欲が大きくなる、という、いい意味ワーカホリックであることを実感。良質なエネルギーをフル充電できたのでフルパワーで設計に没頭します。
プランをお待ちの皆様、これで年内に仕上がるすべての設計には、富士山頂に鎮座まします浅間大菩薩による、霊験あらたかな幸福へのお導きが宿りますのでお楽しみに。
六根清浄、六根清浄、六根清浄・・・・

六根とは五感に加えて第六感の、人を支える六本の根っこのことなり。それを清浄せしめることが、人が菩薩へと至り、さらに如来を目指すを旨とする、宗徒唯一無二の修行なり。しかしてそれは季節を感じ、太陽に同期し、植物に親しみ、あらゆる生物にとって普遍的に清浄なる、自然の営みに倣うことなり。
庭を楽しむ暮らしは、菩薩へと至る修行なり。
つまりは、庭においては楽しむことが修行なので、楽しめば楽しむほど人は菩薩に近づきます。ブッディストの皆様、大いに修行に励んでくださいね(12月はクリスチャン、という方は、紅白が終わって、ゆく年くる年の除夜の鐘の音によって我に返り、もと通りに改宗してから)。 





今日は「金沢文庫店」にいます。
 



庭のことだま

少年よ、大志を抱きなはれ。
熟年よ、朝日を浴びなはれ。


新緑は希望の姿。花は受粉のために咲く。では、落ちる前に色づく葉の意味は何ぞや。朝の一瞬に際立つその美しさの意味は何なのでしょう。
まだ誰もいない公園をカサカサ歩いていると、足元からいちいち意味を問われているようで。
回答にはなっていませんが、こんな言葉が浮かびました。

若くて美しいことは自然のいたずら。年を重ねた美しさは芸術。
ルーズベルト夫人

 

今時期だと、6時半から7時半までが
朝の撮影ゴールデンタイム。

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MJQの『朝日のようにさわやかに』
原題はSoftly, as in a Morning Sunrise
『朝日のように柔らかく』



 
JCJK語だと
『朝日マジ卍柔らかみ』
ンゴありよりのなし
・・・イミフ
そんでもテン上げアッツモリィーーー!
一周回ってオッタマゲェーーー!







 

H!nt de Pinto 137

環境を変えるべし。

「変わりたい」と、誰でも自己変革を試みては三日ほどで頭を丸めてあきらめた経験をお持ちでしょう。
ちょっと視点を変えて、自分ではなく周囲を変えてみてはいかがでしょう。カーテンを開けるとか、花を植えるとか、植木鉢の配置を変えるとか。
もっと手っ取り早い方法は自分の居場所を変えること。本と温かい飲み物を持って庭に出るとか。初冬の夜の庭はたいして寒くもなく、ちょうどよく冷えた空気で寝落ちまでの時間が長くて、たっぷりと読めますよ。


植物は環境に即して進化し
多様化して来ました。

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それはつまり、環境は複雑に変化し続けるし、
その都度それに適応してゆくことが、
生物多様性によって成り立っている
この芳醇な生態系を生み出したということです。

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変化を望むなら周辺を変化させよ。

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あるいは自らが移動せよ。

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自分の変化は外界の変化によって起こります。

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何かを変えるには燃える意欲が必要だ。
それでも変わらない時には、背後にある橋を焼け。

ナポレオン・ヒル







 

エナジーチャージ

夏からずっと、おそらく自分史上最大出力の集中で仕事をしてきました(思うところあって、そうしようと決めていました)。
さすがに少し疲れてきたようで、時々足元に、電池が切れたような脱力感の鬱々とした落とし穴が見えて、はっと我に返ることがあります。
そんな時にはいつものやり口で、食事・睡眠・運動で調整する、自然を浴びる、好きな人に会いにゆく、欲しかったものを買う、自分はピカソ級の天才にして超人ハルクであると自己暗示をかけるなどを実践してきました。どうやらそれらの作戦にも脳が慣れてしまったらしく、誰でもピカソでしょと、ハリボテのハルク・ホーガンでしょという反応。なればやむなし、最終手段の「頑張らない」にシフトチェンジして、のんびりと越後の温泉に浸かりに行こうかと思っていたところに、庭のラジオから懐かしの、すっかり忘れていた曲が流れて来ました。
浜田金吾(『僕にまかせてください』をヒットさせたフォークグループ、クラフトのメンバーだった人)『インクブルーの夜明け』。ぼくの甘く危険な、儚く切ない、とても痛い、だからたまらなく心地いい記憶が詰まった、ソフト&メロウなAORの名曲です。





横浜の街はすっかりクリスマスバージョンに。

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そうだ、まだ音楽という手があった。
頑張るという言葉は知っていても、どう頑張るのかというところまでは思いが行かない頃の、そんなことより恋することが、あるいは恋の終わりが人生上最も重大な出来事だった、あのクリスマスが蘇って。



「クリスマスなんて大嫌い」という
寂しく苦しい感情を
何とかかんとかコントロールして、
「なんちゃって」と、
情緒として楽しめるようになりました。


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思いもかけない方向からのエネルギー注入で、パワー復活です。



自分への嘘が上手くなるという、
これも素晴らしきかな大人化現象。 

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今日から12月。気持ちを仕切り直して、今思い描いている庭に、恋にも似た思いをレイヤード。



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設計をお待ちの皆様、あなたと、あなたの未来と、あなたの大切な人たちに思いを馳せながらひとつずつ丁寧に仕上げますので、少し長い待ち時間を、あなたも、まだ見ぬ庭への恋心を膨らませながらお待ちください。必ずそれに応える庭をお届けしますので。



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とても幸運なことに、音楽という姿形のない乾電池が、ぼくの引き出しにはたくさんしまってあります。





 

「で」か「が」か問題

金沢文庫店近くのサイゼリアで、いつものランプステーキとシーザーサラダを食べている時のことです。隣のボックス席に入った家族づれのお父さんが、オーダーの際に小学生の坊やに「で、じゃなくて、が」と言っていました。思い当たる人は多いと思います。その子が「シーフードドリアでいい」と言ってしまったことをたしなめていたのです。



枯れ尾花、光る季節。

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ぼくは何かを選択するときには徹底して「が」です。そして、思えばうちのお客様たちも「が」で、これまで「じゃあそのプランでいいです」と言われたことほとんどはありません。それが大人のたしなみなのかもしれませんけど、ぼくとしては「で」と言われるような程度の提案をしないという自負があり、「で」と言いずらい雰囲気を全身から発して、少々追い詰めてしまっているのかもしれません。だとしたら、それはそれでいかんことだと思っています。



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「が」主義。ただしこれには例外があります。いい具合に枯れ味を出しているご婦人に「で」を使われると、もうなんだかありがたくて。その「で」に報いるために、その後の行程に思い切り力が入ります。



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港南台高島屋の地下売り場で「あなた、コロッケでいいわよね。その北海道男爵のをふたつちょうだいな」と、身形美しき老夫婦がにこやかに。



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散々「が」で頑張った結果、豊かな「で」に囲まれて暮らす幸せ。ぼくもこのまま「が」を通して、いつかはそんな、上質にして穏やかな日々にまでたどり着きたいものです。



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身の丈をくずさず風の枯れ尾花
田中文治





今日は港南台店にいます。







 

青い鳥


昨年のちょうど今頃に
四季の森公園で撮った青い鳥。
来週あたりがコウテイダリアの見頃でもあるので、
早起きをして行ってみようと思います。

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アウトサイダーが居並ぶ1950年代のジャズ界にあって、ジェンダーレスなナルシストにして破滅型の悲しき悪童チェット・ベイカーは、その悪評とは真逆に青い鳥を探し求めた人でした。しかしその求め方が、あまりに不器用にして強引に過ぎたのです。
彼はそのイイ男ぶりと繊細な音楽センスで一時はマイルスを凌ぐ人気を得た時期もありましたが、それが彼に安らぎをもたらすことはありませんでした。名声が高まるほどに酒と麻薬に溺れ、近寄る者に手当たり次第に因縁をつける喧嘩上等の日々。とうとうマフィアに目をつけられ、見せしめに前歯を折られてしまったのです(ラッパ吹きには致命的)。その後は職を失い、日銭稼ぎのバイトも性格の悪さからクビになり、ついには生活保護を受け、裏町の吹き溜まりに捨てられたボロ雑巾のようにまで落ちぶれてしまいました。


 

Almost blue
幸せの青い鳥かと思いきや、
Tangled up in blue
ブルーにこんがらがってしまった。 


そんな彼に救いの手を差し伸べたのが、かつてチャーリー・パーカーと共にビバップ革命(モダンジャズ)を起こした、大御所にして天使のハートを持つ男、ディジー・ガレスピー。
1976年にガレスピーの尽力によってファン待望の復活を果たし、彼の暗黒の人生にもようやく朝日のようにさわやかな光が射し込んできたかと思ったのもつかの間、薬物による錯乱か、あるいは泥酔時の事故だったのか、宿泊していたホテルの窓から転落して命を終えたのでした。

探し求めていた青い鳥が幾度も庭に飛んで来たのに、彼は捕まえようとしなかった。もしかしたらいつも束縛を嫌っていた彼は、その鳥の自由を奪いたくなかったのかもしれません。自己投影が引き起こす悲劇
というやつです。
いやいや、そんな心理学的なロジックではなくてですね、闇の世界に馴染んでしまったために光が苦手で、常にカーテンを閉め切って暮らしていたのでしょう。だから鳥の鳴き声は聞こえたものの、その姿を見つけることができなかったのだと。

そんな人生もある。ぼくは嫌だが、そんな人生も、あるのだ。
片道切符の旅の時間をどのように使うかという命題に、真っ当と極悪とを、自分と自分以外とを、常識と非常識とを、安らぎと闘争とを、安住と開拓とを、日常と非日常とを、夢と現実とを、白いわふちと黒いわふちとを行きつ戻りつする夜の庭に、寝そびれたか青い鳥がやって来て、懐かしのカサブランカの主題曲をさえずり始めました。




このことを心に留めておいてほしい

キスはキスであり ため息はため息

恋の基本はいつの時代でも当てはまる

いくら時が流れようとも


月の光とラブソング

すたれることなどない

人はいつも嫉妬と憎しみの激情に駆られる

女は男を求める

男は女を求める

誰も否定できない永遠の真理だ


いつの時代にも存在する物語

栄光と愛への戦い

生きるか死ぬかのせめぎ合い


恋する者たちを世界は受け入れる

いくら時が流れようとも



そうか、わかった。チェト・ベイカーは自分に恋をしたのだ。それはそれは強烈に恋をして、その求愛があまりにウザく強烈過ぎて振られてしまったのだ。
実像を上回る自己愛が自分を痛めつけ破滅へと向かう、ナルキッソスが辿る悲劇。酒に酔い、薬に逃げ込み、身近な人から片っ端に傷つけることも、実のところは水面に映る幻想の自分しか見えていないのだから仕方のないことだと、病と解釈するのがよいのだろう。だとすればだが、彼は自らの両手が翼となったことを確認して、窓の隙間から雄々しく自由の空へと飛び立ったのに違いない。周囲の不快と裏腹に、歓喜に包まれながら自らが青い鳥となって、今頃は千の風の中を飛び回っていることだろう。 

彼は見た目も中身も、生き方も結末も、ぼくらの時代で言えば尾崎豊にとても似ています。その人生をぼくは好きではありません。好きになってはいけない類のものなのです。ただ、彼が命と引き換えに残した青春臭い録音群を嫌うことができずにいるのです。っていうか、たまらなく好きなのです。「嫌いだけど好き。嫌いになりたいのに、あなたのことが好き」とは手練れな女性の伝家の宝刀。ユニセックスな声を持つ彼にそう言いたいぼくの中の女々しいぼくの存在を、まあ、別に打ち消す必要もないので、時々思い出しては引っ張り出して聴いています。

もう一曲。
彼が無残に歯を折られ、まだその痛みが残る頃に仮歯を入れて録音したのがこの曲です。





翼を折られた青い鳥の弱々しく痛々しいさえずりを聴いていると、いつもほとほとと泣けて来ます。そして自分の青い鳥の姿を再確認したくなるのです。失ってから気づくという、愚か者の常道に足を踏み入れてはいけないという、自分への強い戒めとともに。

そうそう、ところであなたはご存知ですよね、クッククックと鳴く鳥の居場所を。







 
 

庭のつれづれ

カロリー。

ファミレスのメニューにでかでかとカロリーが表示された時期があった。嫌が応にもあれこれと考えてしまい、満腹感も満足感も得られずに足が遠のいたものだ。ローカロリーを売りにしているレストランにもあまり入る気になれない。缶コーヒーを買うときには必ず100mlあたりの熱量をチェックしてしまう。いち日に必要なのは2000kcalだから・・・と、何を食べても足し算をしてしまう。
昭和時代までは噂にも上らなかったカロリー大魔王の呪縛に、やすやすと、完全に囚われているのだ。
食べても食べても追いつかないほど燃えて暮らせばいいのだと、理屈ではわかっているのだが、なかなか。



ハスは見事に燃え尽きた。

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アジサイはほのかに燃え残った。

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サクラははらはら燃え落ちて、

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モミジはここぞと燃え盛っている。

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幸いなことに、今朝も種火は灯っている。
嬉しいことに、仕事がしたくて早く目が覚めた。
有難いことに、情熱をたぎらせる仕事が立て続いている。
あとは吉野家に立ち寄って薪をくべるだけ。





今日は「港南台店」にいます。





 
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