家族の庭のつくり方 3

理想の庭をイメージする

あなたにとって、これ以上ない最高の庭とはどのようなものでしょう。 



高橋邸 Plan D

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理想の庭を思い描くことは、理想の人生を思い描くこと。



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After 1

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After 2

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Before 3

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After 3

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「そんなの無理に決まってる」という思考を捨てて、夢にブレーキをかけるべく次々浮かぶ制約もないものとして、クタクラするほど幸せな庭をイメージしてください。
それができた時に、不思議なことが起こります。




本日は冬に逆戻りの花冷えの予報。
天気具合に合わせてちょいとスローダウンして、
雨音を楽しみながら写真整理と事務仕事。
今日はのんびりと、と決め込む贅沢な朝。

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雨が上がればまたアクセルを踏む。



 
 

家族の庭のつくり方 2

過ごし方をイメージする

庭は単に植物を育てる場所ではありません。



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眺める庭から過ごす庭へ。



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植物を楽しむ、子どもと遊ぶ、食事をする、本を読む、友人を招いて語らうなど、そこに人がいることで、庭風景が生活空間に変化します。



今年はカワヅザクラがまだ美しいまま
ソメイヨシノの開花宣言となりました。

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コブシに見とれていたら、
間髪を入れずにモクレンが次々と。

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かと思えば、ウメもまだまだ旺盛に開き続けています。

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足元を見れば出遅れたホトケノザがわんさかわんさか。

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目まぐるしくも豪華な春の競演。




今日は金沢文庫店にいます。


 

庭のつれづれ

香りは大脳皮質に働きかける。

秋のキンモクセイと並んで、春のお楽しみはジンチョウゲの香り。
香りは記憶のページを開くインデックス。介護施設などで行われている園芸療法の目的のひとつは、土や花や抜いて集めた雑草など、庭に漂う香り。それによって元気いっぱいだった頃の記憶を呼び覚まして、心身を活性化させるというものです。
あなたの幸福な記憶には、どんな香りが漂っているでしょう。



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音楽も記憶中枢を刺激します。
あなたがぼくと同世代なら、
例えばこんな曲。




ぼくはこの曲と、キラキラした
雪解けの頃の記憶がセットになっています。
いつどこで誰と聴いたのかは
まったく記憶にないんですけど、
曲名がいいですよね、
古臭い愛の歌。

ラジオからただの古臭いラブ・ソングが流れている
その音に包まれて聞こえてくるのは
絶対に別れはこないという恋人たちの約束

数知れぬ古臭い愛の歌の歌詞には、
現実的な嘘と、
5次元の世界に存在する永遠の真実が記されています。





今日は三次元の港南台店にいます。




 

家族の庭のつくり方 1

カーテンを開けて過ごす

なんの木を植えても、どんなに花を咲かせても、デッキや通路や花壇を仕立てても、カーテンが閉まったままでは庭は暮らしの外へと追いやられてしまいます。



石井邸 

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カーテンを開け放つことから、庭のある暮らしが始まる。



門馬邸

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 家と庭で家庭です。





コブシを「田おこし桜」あるいは「種まき桜」と呼ぶ地方があるとのこと。春ののどかな風景が連想されます。
コブシ(マグノリア)はシダ類やイチョウと同じく古代植物のひとつで、一億年前の恐竜天国の頃からこの姿で咲いていました。そう思うと、連想は北国の春からジュラ紀の風景へと広がります。



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今日は「港南台店」にいます。




お伽草子






2月7日の記事の訂正です。蝶はモノクロームの世界で黄色だけが浮き立って見えていると書きましたが誤りでした(もっと以前にも何度か書きました。それは45年前の理科の時間にそのように習ったからなのですが・・・)。蝶はぼくらよりも多くの色を識別しているのだそうです。
人が三原色をベースにした色世界を見ているのに対して、蝶は人には見えない紫外色を含めた四原色の世界にいるとのこの。蝶だけでなく他の哺乳類の多くも四原色感知で、どうやらそれが生物のスタンダードであり、ヒトは元々はそうであったのが、夜間に行動しなくなったために紫外色感知能力が退化したと考えられています。



いま腰掛けているあなたのどちら側の
どの角度に太陽はあるでしょうか。
あらゆる色はその光源によってもたらされています。
それだけでなく色以外のあらゆることも
天の川銀河に浮かぶ灼熱の恒星によって。
お天道様、大日如来、天照大神、
あなたのどとら側のどの角度に
そのお姿は輝いているでしょう。
それを正確に感じ取る方法の一つは
庭の木が芝生に落としている影を見ることです。
太陽の動きと同期して暮らすために、
まずはカーテンを開けてください。


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驚きでしょ、地球の覇者である我々ホモ・サピエンス(賢い人類)を自称する猿が蝶よりも劣っているとは。
え、なに、驚かない。実はぼくも驚いてはいません。なにせ視力は鳥より低いし、臭覚は犬に及びもつかないし、触覚(柔らかく触れる技術)はゴリラ以下だと言われているし、心の問題によって愚かにも同族殺戮を繰り返しているという体たらく、賢い人類は劣っていることだらけなのですから。
ぼくらはせいぜい他の生き物よりも発達したたったひとつの事柄を駆使して、できるだけ近隣の種族に迷惑をかけないようにしながら、蝶や鳥や他のお猿さん並の幸せを実現してゆきたいものです。



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まだティラノサウルスが地上の覇者だった頃、種の絶滅速度は年に0.001程度であったと推測されています。それが人類の活動によって増えてゆき、1600年〜1900年では年間0.25となりました。その後は激増し、つまり産業革命、交通の発達、戦争、人口増加、森林伐採等々の影響によって、1975年以降は毎年40000種が消滅しているとのことです。にわかには信じられないこの数値は環境省発表なので、まるっきりのでたらめではないと思われます。
いやはやまったくもって、どうしましょうか。これがお伽話なら人類の運命は決定ですよね。ぼくもあなたも展開の予想がつくわけです。多くの学者は「あきらめなさい」という、まあ冷静にして真っ当な見解を表明していますが、はてさていかなる事態が待っていることやら。



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まあまあ落ち込んでいても仕方ないので、まずは愛する家族と美味しい食事をして、そして庭に出て草花の手入れなどをしながら、学者とは別次元の庶民レベルでの希望の道を探そうではありませんか。歴史はとかく、突出した働きをする者の所業を抜き書きして描かれますが、本当はそこにいた大多数の庶民の営みが動かしてきたわけですし、専門家がどう言おうと、それはたかが専門家の言うことです。専門バカと申しまして、彼らは案外視野が狭く思考が偏っていますので(庭専門家のぼくが言うことも含めて)。
環境問題における運命のシナリオは 、環境の専門家や政治家ではなく神の領分の事。あえて書くとすれば、ぼくらひとりひとりが日々自筆で、自分の領分での打開策を書くしかありません。



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おそらくぼくらが生きている間には大したことは起こらないと推測されます。せいぜい少々の異常気象くらいで、それによって食糧不足や感染病やそこそこの戦争が起こる可能性はありますが、それでもまだ人類絶滅には至らないでしょう。
ただしそうであっても、大真面目に、ぼくたち現在生息している人間全員がいなくなった後のことを考える時ではあります。この問題はその時が来てからでは為す術なしですから、未来人の先祖であるぼくらの責任において、ジタバタの試行錯誤くらいは始めないといけません。では何を、と問われれば答えに窮しますが、とにかく何かを始めなければ。
他の生物からしたらこれまで以上に大きな戦争をおっぱじめて、傍若無人に振る舞って来た猿が絶滅寸前まで個体数を減らせばいいと思うことでしょう。あるいは一匹残らずと。それが神(地球)が本棚に並べているお伽草子の筋書きじゃないことを祈っています。その祈りがあまりに儚いものであるにしても、今のところは、祈り続けて奇跡を待つしかないよに思えるので。



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ちなみにパソコン上のお伽草子を紐解くと、ルーシーたち猿人の生息期間は100万年だったそうです。その後の原人は200万年、旧人類は20万年、ぼくら新人類は旧人類とダブりながら現在までで20万年で、ネアンデルタール人が滅んで唯一の人類となってからはまだたった3万年です。そしてこれがあと1万年続くと予測する学者は皆無に等しい、というのが現状です。中には人類絶滅までせいぜい数百年ではないかという予測もありますが、そんな絶望的観測などはSF映画の中のお楽しみにしておいた方がいいように思います。苦難の時にはうつむかずに、太陽を見上げて、あくまでも希望に向かって物事を考えなければなりませんから。



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改めて、絶滅危惧種の皆様にお聞きします。いま腰掛けているあなたのどちら側の、どの角度に太陽はあるでしょうか。





今日は港南台店にいます。



 

家族の庭のつくり方 Introduction

Introduction

庭は不思議な場所です。
そこにある暮らしが幸せなものなら庭は幸せに満ちていて、そうでない場合には庭も意気消沈しています。
元気な人の庭は元気な庭、やさしい人の庭はやさしい庭、夢を追う人の庭は夢にあふれ、頑張っている人の庭からは、エネルギッシュな息吹が感じられます。

庭は人を映し出す。 



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重要なことは、その関係性が合わせ鏡のようになっていて、人が庭に投影されるのと同時に庭も人に映り込むというところにあります。

荒れた庭は暮らしを荒らし、幸せな庭は暮らしを幸せへと導く。

庭を元気にすると人が元気に、やさしい庭を仕立てると人の気持ちがやさしくなります。夢のある庭が夢追い人を育て、苦境から立ち上がる決意で整えた庭はその人を支え応援してくれます。



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もしも庭をお持ちなら、そこがあなたの幸せな人生に役立つ場所にしておいてください。いつか庭をとお考えなら、「庭は幸せのためにある場所」と捉えておいてください。



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これから「家族の庭のつくり方」として並べてゆく100の項目は、ないならないで何ともない庭空間を、人生に欠かせない、なくてはならない場所にするためのポイントです。



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 歴史上、庭は様々な価値を持って存在してきました。そして今、今後、庭が持つ最大の価値は「幸せを育む」ということだと確信しています。




落陽

1960年に生まれたぼくは、とりあえず身の回りには戦争も飢餓もなく、自然豊かな地で好景気の内に育てられ、存分に恋をした。自由奔放に夢を追い、言いたいことを言い、やりたいことをやり、かろうじてだが社会からはみ出ることなく、生きたいように生きてこられた。これは親世代からしたら贅沢の極みだ。さらに言えば、人類発祥から現在に至るまでの間で、おそらく最もラッキーな境遇だったのだろうと思う。おまけにそんな夢のような日々には、切れ目なく、いつも素敵なBGMが流れていた。



港南台店

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 音楽っていいな。聴くときは時間を輝かせ、後々には輝く記憶のインデックスだ。



金沢文庫店
 
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十数年前から、ぼくは演奏をするように庭を思い描くようになった。ポールの東京ドーム公演に興奮したままの帰り道、湾岸線の磯子あたりで、明日からそのようにせよと啓示を受けたのだ。
この頃は、少くとも自分では、その音色に酔えるようになった気がしている。聴衆の感動が伝わってきて、小躍りしながらテンポが上がることもある。



まだまだ落葉せぬぞと落陽の時。

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春の日に訪れし秋本番。

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大げさに過ぎるが、
そんな気分の朝なのだ。



いよい第四楽章が始まる。











今日は金沢文庫店にいます。






 

メビウスの帯

リチャード・バックの「かもめのジョナサン」、片岡義男の「8フィートの週末」と「ぼくはプレスリーが大好き」、ロバート・B・パーカー「初秋」、村上春樹「風の歌を聴け」、新田次郎「銀嶺の人」、宮沢賢治「銀河鉄道の夜」、幼児が何度も同じ絵本をせがむように、ぼくには繰り返し読む癖がある。本だけではない。音楽も、録画しておいた番組も繰り返す。
これは昭和時代の風習というか、良しとされていた行動形態から来ているのだろうと思われる。よく「〇〇のレコードを擦り切れるまで聴いた」と、ぼくも言ったし、みんなそのフレーズを自慢として使っていた。何かひとつをうがつ(ほじくる)ことがカッコいい行為だったのだ。
もうすぐ平成も終わろうとしている今、本も音楽も多様なものがたやすく入手できるようになったこともあり、 昭和的に繰り返すよりも一刻も早く消費して次へと向かうことがスタンダードになった。仕事でもなんでもスピード感を持って行う人が優秀とされるこのご時世に、今さら宮沢賢治を繰り返し読んでいる者などはぼく以外に見はるかす地平に存在せず、昭和のスタンダードはもはやおとぎ話に出てくる人か、変人の類いとなりにけりだ。



宇宙から見たら、
ぼくらとアリは大差がない生物だろうと思います。
愛情も、欲求も、勤勉な営みも。
オリンピック会場の建設を見るとつくづくそう思えるのです。
選手以外の者が分泌する欲望の粘液で練り上げられた、
バベルの蟻塚みたいだなあと。
アリとの差があるとすれば、種としての生存期間が
ぼくらの方が圧倒的に短いであろうという点。
今のところ、脳の大きさがとても不利に働いているような気がして。
このハンデを跳ね返す力がぼくらにはあるだろうかと、
多分ないんだろうなあと思いつつ、
とにかく今日もせっせと仕事に励みます。
ギリギリの局面でもキリギリスにはならぬようにと。


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変人曰く「先をお急ぎの皆様、じっくりと繰り返した方がようござんすよ。消費とは字のごとく、費やし消えてゆくだけなので」。
だいいち、反復しないのは不自然なことだと思う。幼児はまだ自然界の野生動物的だから、興味の対象にしつこく喰いさがる執念深さを持っている。その自然児に毎日違う物語を読み聞かせたら、きっとバランスを欠いた人に育ってしまうだろうと予測する。それよりも、その子の瞳が輝いている限り「ぐりとぐら」を百回でも二百回でも繰り返してあげた方がいいように思う。幼児教育の専門家の見解はわからないが。



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ぼくは庭の専門家なので、庭に当てはめてみる。
季節はひたすらに繰り返す。おおよそ十万年周期でやってくる氷河期のこないだのが終わって地球の気候が安定した、一万年前からずっとだ。庭仕事はその繰り返しに従って繰り返される。田舎の年寄りが畑の草を鎌で引っ掻きながら「賽の河原だ。取っても取っても生えてくる」と、嘆きではなく、逆に少し楽しそうにつぶやいていたことが思い出される。そのお婆さんは何十年もそうやってきたので、腰がその形のままになっていて、顔には何十年も笑っていたので、シワがそのままになっている。
やはりそう、反復に価値があるのだと思う。幸せとは消費ではなくメビウスの帯の裏と表、現実と虚構をぐるぐる、ぐるぐる、歩き続けるアリンコだ。消費者ではなく生活者たれと、ぼくの記憶中枢の畑で草を引っ掻いているお婆さんの、腰とシワがそう語っている。



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庭は次々場面がやってくる回り舞台だ。朝昼晩、春夏秋冬、十二支、子が大人になり、親になり、ジジババになり、不可逆的でありながら繰り返される歴史の悲喜劇は、過去から紡ぎ出した糸を使った反復織りの物語なのだ。宮本亜門演出だったり、鴻上尚史のシリアスコメディーだったり、わが家の場合はドリフのドタバタな寸劇が多いわけだが。



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高速走行に慣れっこになっているかもしれないと思ったら、ちょいと昭和レベルまでスローダウンして、面白いと思った本を、映画を、音楽を、自分のあれこれや家庭の様々を、消費せずに、何度も何度も繰り返すことを良しとしてみてはいかがかと。庭仕事みたいにぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる。メビウスの帯から足を滑らせ虚空へと消えるまでの間に、どれだけ愛し、泣き笑いし、感動したかが命の理由だと思うから。
というわけで明日より、ぼくは59周目に入ります。





今日は港南台店にいます。
 


 

Graceland Style

円を描く。

円卓会議、家庭円満、円形劇場、円滑な関係。銀河の渦巻きの中で円形周回軌道を飛ぶ球体の上で暮らす
生物にとって、円はコミュニケーションを生み出す特別な形。



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四角い部屋を丸く掃く(手抜きの意)あの人誰でしたっけ、得意な料理は目玉焼きの人。可愛かったですよねえ。可愛らしさは家庭を丸く納めますね。あ、松本ちえこ。

今日は金沢文庫店にいます。

可愛い奥さんだったら、家事はぼくが全部やっちゃうし、馬車馬のように働くし、大目に見るし、
目もつむるし、ものすごくお得だと思うんですけどねえ。可愛らしさ・・・ああ、可愛らしさ・・・
例えば愛しのエスペランサ・スポルディングのあまりに無茶な変身ぶりにも、まあいっか、可愛いからと大目に見るのでした。



でもねえ、何でこんなことにって思っちゃうんですよねえ。
ぼくが恋した彼女はこうでしたから。



蛹が蝶になるんじゃなくて、蝶がリスになったような変わりよう。これは進化なのか、はたまた悪い男にひっかかって一時的におかしくなっただけなのか。確実に後者なのですが。何れにしても驚くべき才能であり、ひれ伏すばかりの可愛らしさなのであります。
いいよいいよ、君の魅力をもてあそぶ、そんな程度の男に満足できる君じゃないことはわかっているから。エスペランサ、夜の庭で、君の次なる変身を楽しみに待っている。




 

夢の途中

夕食がすむと、おもむろにパソコンとグラスを持って庭へ行く。もう7年繰り返していることなので、食事や入浴と同じくすっかり普通の行動になっている。「庭の書斎」と名付けている机に向かい、パソコンを立ち上げ、YouTubeでBGMを決め、翌朝にアップするブログを書き込み何枚かの写真を貼り付け、次にFacebookをチェックする。ここまでが夜の庭の一時限目。キッチンに戻って、空になったグラスに夏ならビールを、他の季節はそれぞれにふさわしいアルコールを注いで再び庭へ。さあ、お楽しみの始まりだ。BGMを歌のないものに切り替えてから本を開く。
30分か、長くても1時間ほどでメラトニンが効き始めて現世から意識が遠のいて行く。心地よく目を閉じる。そのまま頭の重さで首の後ろが痛くなって覚醒するまでの夢見心地、実のところ、本を読むこと以上に、このうつらうつらする時間が楽しみなのだ。



植物は雨が好きです。
ぼくも好きです。
春はことさらに。
ひと雨ごとに雪の嵩が減り、菜の花、つくし、ふきのとう、
こぶし咲くあの丘、北国の春はもう間近。
「春の雨はやさしはずなのに」と歌った小椋佳は、春以上に春の人。
そう思う凡人のぼくは、凡庸に春に照準を合わせて、
せっかくのこの奇跡のような季節を
希望という概念に重ね合わせたいタイプなのです。
春来りなば、不可能に、希望を宿すは春めくやさしさなり。

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ひとつ不思議に思っていることがある。そのレム睡眠時に脳内で繰り広げられる浅い夢に、悪夢の類いはこれまで一度もなかったということだ。よく臨死体験者がお花畑にいたと証言するのに似ているかもしれないな、と思ったりもする。あらゆるケースの臨終がそういうものであるなら、神様はなかなか素敵なお方だと思う。



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あの日から7年が経った。あなたのこの7年間はどんなものだっただろう。ぼくは、いいことなのかどうかわからないがぼーっとした性質なので、振り返ると、浅い夢を見ているようで、庭に出続けてきたこと以外、あの出来事に対して具体的にどうこうということがあまり思い出せないでいる。



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たくさんの無念は安らかな場所に行き着けただろうか。その無念を引き受けて現世で奮闘した人たちは、悪夢から解放され穏やかな泣き笑いの日常を取り戻せているだろうか。7年の時間が功を奏していたら良いのだが。避難、除染、防潮堤、移住。きずな、負けない、忘れない、頑張れ。出来事と言葉が過去の方角に散らかっているように見える気もする。



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「ぼくはぼくの持ち場で」と7年前に書いた通りに、あの月明かり夜の、再び会うまでの遠い約束を果たすべく庭に出ることを続ける。庭で見る夢にまだ一度も悪夢がやってこない不思議を探求するためにも、まだこの夢の途中に居続ける。
きずな、負けない、忘れない、頑張れ。庭にいると言葉は濁ることなく、ねじれることもなく、その言葉通りの意味で響くというこの不思議も、ぼくの持ち場における探求課題のひとつだ。





今日は金沢文庫店にいます。



 

家族の庭のつくり方 100

行動する

機能していない庭を蘇らせるために、暮らしのお荷物になっている庭を大切な場所にするために、幸せな人生を支える庭を実現するために、最も手っ取り早くで確実な方法はぼくに連絡をすること。



植物の躍動につられて人も動き出す季節。
春です。 


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ぼくと一緒にあなたの理想の庭を思い描きましょう。



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イメージできたらできたも同然です。



というわけで家族の庭の作り方のポイントを100こ並べました。ここまでたどり着いてくださったあなたは、すでにクラクラするほど幸せな庭空間の入り口に立っています。あとはぼくにお任せあれ。




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