2009年07月

モミジと語りました( 吉永邸 7)

ガーデンリフォームですから、もともと庭に植わっていた樹木を極力残しつつプランするようにしました。いつも基本的にはそうしようと考えていますが、特に今回は、奥様から「庭の木や草花は想い出があるのでできるだけ残したいんです」というご要望がありましたのでなおさらでした。

このモミジはもともと植わっていた木です。そしてひとめ見て「いい木だなあ」と。時々あるんですよそういうこと。

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その姿から、かなり庭好きで、けっこう凝り性の方がかわいがって育てた木だということがわかります。うれしくなるんですよね、こういう木に出会うと。
どんなにいい仕立ての高級な木を買って植えても、木は生長しますから、放ったらかしたら早晩姿は乱れて、下手すれば枯れてしまうものです。反対にたいした木じゃなくても、愛情を持って付き合っていけば必ず見事な木になります。最初から樹形がヘンテコな木でさえ、年季が入るとそのおかしな形が味わいになるもので、だから植木屋さんの畑には変な形の木もたくさん植わっています。けっこう需要があるんですよ、そうい木って。

このモミジを丹念に手入れしながら大切に育てていた方はもうこの世にはいません。「樅の木は残った」という大河ドラマがありましたけど、この庭では「紅葉の木は残った」です。いいですよね、木が元気だと、その木にまつわる想い出やその木を育てた人のことが蘇ってきて。しかも庭木を見て故人を偲ぶ場合、不思議と悲しいし気持にならないものなんですよ。これは昔、ぼくに剪定のしかたを教えてくれた植木屋の親方さんが、茶飲み話で言っていたことです。その時は何気なく聞いていましたが、後年自分でも何度かそれを実感しました。
なぜ木を見て思い出す故人の想い出は悲しくなくて楽しいことばかりなのか、というと、その木が息づいているからです。故人とその木がダブって、亡くなった気がしなくなるんですね。
このモミジはぼくにはそう見えました。お会いしたことのないその方と、撮影の合間にけっこう会話しましたよ。先にこちらからご挨拶したら、とっても気さくに話しかけて来てくださいました。

降ったり止んだりの空模様だったので、モミジの葉に細かい水滴が。ファインダーをのぞきながらぼくはその葉っぱと話していました。完全に木と故人が重なっていました。

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庭には他にもいろんな灌木類が植わっていて、アジサイ、アオキ、ツゲ、チャノキなど、いかにも昭和を感じさせる木々がそのモミジに見守られるように茂っていました。

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ほんとに庭が好きな方だったんだなあと、そんなこともモミジに向って話しかけて、いつしかぼくは、自作の坪庭が自慢だった祖父(先日七回忌が済みました)と会話していました。

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庭っていいですね。ぼくがこの世からいなくなった後に、ぼくのことを思い出して語りかけてくれるような庭を、子どもたちと、そのまた子どもたちに残したいなあ。

いやあ、あのモミジがあまりにいい感じだったので、何だかタップリと幸せな想い出が蘇ってきました。

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っと、延々ノスタルジーに入っていきそうなので軌道修正して、話を庭木に戻しましょう。

今回新たに植えたのはエゴノキとミカンの2本です。エゴノキは庭のほぼ中央に。これは庭全体に厚みを持たせるためと、いわゆる雑木を植えることで、今風のナチュラル感を出したかったからです。そしてミカンは、物置を隠すために植えました。どちらの木もお隣りさんから見栄えがいいように、という配置にもなっています。

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幸せな庭をつくるために、邪魔になる木を切ることはよくあります。塩とお酒でお清めして、パパッとお払いして、チェーンソーで一気に。でも、想い出の木、魂が宿った木はとてもじゃないけど切る気になれないので、それを残してプランします。

庭は植物のための場所ではなくて人のための場所です。人がいて庭です。木に宿っている想い出の人もまた、庭にいる人なのです。


 
突然ですが、夫婦について思うところがあって、書きとめておこうと思います。今日お客様とそんな話になったものですから。

家族の中で唯一血縁がないのが夫婦です。生まれも育ちもちがう男女が、縁あって結婚して、そこからふたつの家族プラスひとつの家族という生活がスタートします。お互いの実家を気遣いながら、自分たち新米家族をいい具合に成長させていかなければなりません。
年期の入った夫婦の実感として難しいですよねえ夫婦って
家族のかなめは夫婦です。夫婦がいい関係性を維持できなければ当然家族も崩壊していきます。世の中で、さまざまなことで理不尽に奪われる命に次に、家族の崩壊は悲しいことだと思っていますので、庭を考える時でもそのことが常に頭にあります。どういう庭にすればこのご夫婦はいい感じで成長していけるのだろうか、という思いが常にあるんです。
庭が夫婦にできることって、そんなこと毎日考えているのは世の中でぼくだけかもしれません。庭屋は庭のことを考えるものですし、なかなかそこで過ごすご家族のこととか、ましてよそのご夫婦の行く末を真剣に考えながら庭づくりをしているという同業者には、今のところ出会ったことがありません。ひとことで言うとぼくが変わっているのかもしれませんね。本人的には「何で?」なんですけどね。

夫婦がいい夫婦で歳取っていくことの困難さ、離婚までいかなくても、仮面夫婦とか「主人と一緒の墓にだけは入りたくない」とか、悲しい人生ですよね。喧嘩もするでしょうし、意見が合わないこともあるでしょうし(基本、意見は合いません。庭の打合せをしているとつくづくそう思います)、でもねえ、なんとかかんとかいい関係をキープしていただきたいなあと。何度喧嘩しても気がついたら関係修復できていて、喧嘩する前よりもちょっと絆が強くなった、そういうのがいいですね。喧嘩しいしい仲が良いってのが理想かな。

家族の中の他人である連れ合いとうまくやっていく方法がふたつあります。ひとつはぼくが設計した庭で暮らすこと。もうひとつは理想の夫婦との交流です。
年輩のお客様と話すと、奥様方から何度も同じ話が出ました、「今は主人と仲良く庭を楽しんでいるけど、平らにここまで来たわけじゃないから。何度出ていこうと思ったことか」。
日常的に、そういう荒波をうまいこと乗り越えて来たご夫婦とお付き合いがあれば、夫婦のことで窮地に立った時に「あのご夫婦ならこういうときどうするだろうか」ということを、実感を持って考えられます。となりにいいお手本があれば、いろいろ考えずにただそれを真似すればいいんですから。

ぼくにとってのお手本は庭のある暮らしを満喫しているお客樣方です。年齢に関係なく夫婦で庭を楽しめるということは、まちがいなくいい夫婦だからです。それともうひと組、北原照久さん、旬子さんご夫妻。そのレベルの高さは究極です。妻とあまりこういうことを話したことはないんですが、いつか必ずその域までたどり着きたいという思いが、きっと我が妻の中にもあると思っています。もしそうなら、いつかはそうなれると思うんですね、いつも言う通り、人生はイメージできたらできたも同然ですから。

少し前に夫婦という航海の羅針盤は未だ発見されていないということを書きましたが、ふたりの目的地が同じなら、そこにふたりで行きたいなら、けっこうがんばれるんじゃないかなあ。これってチェックポイントですよ。羅針盤がないうえに船(夫婦)がたどり着きたい目的地もハッキリしていなかったら、疲れ果てたあげくに難破してしまいます。

「うちの夫婦は漂流しているなあ」と思う方も多いと思います。羅針盤がないんですからねえ、しかたないですよね。ぼくが知っている難破しないための方法は夢を語ることです。そんな状況で愚痴を言い始めたら・・・、ね、終わっちゃいますよね。

世の中には 数多くの 言わない方が良いことと
数少ない 言うべきことがあります


言わない方が良いのはグチと悪口で、言うべきことは夢です。

植物が図形を消してくれます( 吉永邸 6)

昨日は立体的な構成に役立つ木製パネルをご覧いただきました。今日は平面的な構成です。

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ガーデニングがメインの庭では歩く場所と植える場所をはっきりさせることが基本です。ようするに通路をどうとるかということです。

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まず導線(庭での動き方)を決めて通路の素材と寸法を考えて、できあがった通路以外の土の部分が植物を植えて育てる場所、という分け方です。
逆に、スペシャルな植栽スペースとして花壇を設定して、そこへのアプローチとして通路を考えていく、というやり方もあります。

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今回は通路先行でイメージして、ポイントとしては奥様の「まくら木の隙間に草が生えている感じに」というご希望がありましたので、できるだけ通路自体が主張しないようにと意識しながら設計しました。
ここが微妙に難しいことなんですが、使用する石材やまくら木に規則性を持たせると図形的な主張が出てしまいますが、かといって、無秩序に何となく並べるとデザインが荒れてしまいます。ですから、図形が出しゃばらない程度にそこそこ規則性を持たせて(この先が大事なんですけど)さらに植物にその線を消させるというふうにしました。

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今回の撮影は、植物が育ってその狙いが果せるまで待ちました。時々通りがかりに庭を覗き込んでタイミングをはかって、そして梅雨明け間近のこの日に撮影。

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では昨日の続きのデザイナーのフィルターというはなし。
スーパー、デパート、ホームセンター、世の中で売られているほとんどすべてのものが、デザインという過程を経て商品になっています。そこにたくさんのデザイナーと呼ばれる人たちが存在するわけでして、庭に関して言えばぼくもその一人です。
そしてデザイナーのフィルターを通すと、教科書通りの理屈で組み立てたとしても、必ずその人の色になる、というのがおもしろいところでもあり、デザインする側にとってはそこが勝負所なんですね。他の人には真似できない、そのデザイナー固有の着色フィルターで勝負するわけですから、つまり自分が資本となるのです。

ぼくのフィルターの特徴は・・・、自己分析は難しいですが、願いとしては住む人の幸福感が増幅されて、人が集って、笑顔が生まれる庭、そんな色が出せたらいいなと思っています。
そのためにも自分のコンディションを整えることもかなり重要な課題で、朝、目が覚めた直後から「今日はどんな出会いがあるかな」とか「次の庭はこんな設計をしてみよう」というワクワクした気持がわいてくる時には、必ずいい庭へとつながる一日になりますし、疲れがたまってだるい日には、いつら粘っても納得がいく設計にはなりません。

では、そういうときにどうやってそこから脱出するかをお教えしましょう。
疲れていてだるい日、何となく調子が出ない日は、写真整理とか掃除とか、単純作業をすることにしていて、そうやってフィルターを外してもできる作業に没頭していると、やがてワクワク感がわきあがってきて、そうなったらまたフィルターをつけて設計に入ります。
これってほんとに効果があるんですよ。この不調脱出方法に気がつかなかった頃は、障子のハエみたいでした。よく力つきて倒れていました。

仕事の種類に関係なく、調子が出ないときの脱出方法として、このやり方は有効です。思考を必要としないできるだけ単調な作業に没頭すると、いつのまにか気合いが充実してくるのです。庭に出て雑草や花ガラを取る、机の引き出しを整理する、洗車もいいし、そうそう料理もいいですね。ぼくの場合、料理はコンディション維持のために欠かせない日課になっています。

では、今日も絶好調でいきましょう!

意味があるもので構成する( 吉永邸 5)

2枚の木製パネルが設置してあります。

ちょっと次の写真でイメージしてみてください、この2枚がなかったら・・・庭が平面的になりますよね。これが立体構成です。庭を歩く人の目線よりも高い構成物があると、庭を平面としてではなく空間として認識するようになるのです。

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だからといって、庭のあちこちにやみくもにパネルや塀を立てるのではなくて、やはりそれぞれに意味が必要です。今回の場合だと、建物側にあるパネルは室外機と給湯器を隠すためで、

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もう1枚の隣地側のものはつる性の植物をからめるためのパネルです。

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そしてどちらも「お隣りさんからの見栄えがいいようにしたい」という奥様のご要望に添っての提案でした。
その意味と同時に、庭に厚みを持たせる効果も狙ったというわけです。

このこと、意味があるもので構成する庭というのが基本だと思っていて、そうすることでデザインが荒れるということがなくなります。「意味がある」とは言い替えると「説明がつく」ということです。庭を構成している図形的な曲線や直線、構造物の寸法など、どこをとって質問されても答えられるという、そういう庭をぼくは「気持いいなあ」と感じます。
では気持悪い庭とはどういう庭なのか、それは何となくつくった、意味不明の庭です。多いんですよそういう庭。よく「ゆるい」って言うんですけどね、そういうのを見かけると。

庭に限らず、建築でも、洋服でも、クルマのデザインでも、同じですよ。もし、「理屈で組み立てるとおもしろさに欠ける作品(商品)になる」というデザイナーがいるとしたら(たくさんいるんですけどね)、それはその人自身がおもしろさに欠けているんだと思っています。デザイナーのフィルターを通すと、そのフィルターの色が染み付きますからね。おもしろい人が理屈で組み立てたものはおもしろいんです。作曲や演劇もそうでしょ。

で、ぼくのフィルターの色はどうですか?自分にわなかなかわからないんですよね、自分の色。まじめさや熱心さは出ている気がしてるんですけどね。はたしてぼくのフィルターの色は・・・、この話、明日に続きます。


 

昨日は仕事のスピードアップを試みようと、アクセルを踏み込むイメージでスタートしました。密度が濃くてなかなかいいいち日になりました。今日もそんなイメージで。ヨッシャ!

昭和的な庭( 吉永邸 4)

庭の全景です。考えてみたらこういう庭をつくったのは久しぶりです。

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庭師を志した人が神保町に行って庭に関する書物を買いあさると、今回のような庭の仕立て方に関する大量の本と遭遇します。ということは、こういう植物が主役の和の庭が日本の庭の歴史だったのかもしれませんね。

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日本人にとっての庭は植物とともに情緒を育み、その情感を体感するための場所という一面があった。キッチリ仕立てた庭木と盆栽、石組み、打ち水、杉苔や山野草やシダ類、それを眺める縁側。昭和時代の典型的な庭の捉え方です。

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この昭和的とも言える庭の捉え方から、なぜぼくがしばらく遠ざかっていたのかというと、アンチ昭和的な庭に夢中になったからです。アンチ昭和的な庭とは、眺める庭から過ごす庭へ、物思う庭から体感する庭へ、そして庭が趣味の場所ではなくて、家族にとって欠かすことのできない生活空間、外の部屋になる、ということです。
だからといって、昔ながらの庭は興味がないとかつくらない、ということではないんですよ。たまたま夢中になると長引く性格なもので昭和的から遠ざかっていただけ。

今回は最初から昭和的な庭をつくりたくてウズウズしていました。それは奥様から受けた「そうしたいんです」というメッセージに心を奪われたからでした。そのいきさつはまた後日ということにさせていただいて、とにかく今回はいつもとは違う、昭和的な概念に立った、そこを目指してつくった庭です。

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昭和的、アンチ昭和的、という何とも昭和的な言い方をしましたが、考えたら「昭和は遠くなりにけり」になってきましたね。そのうち「まったく昭和生まれは・・・」なんて子どもや孫に言われるんでしょうね。
でもね、子どもたちよ、昭和時代はすばらしかったんだよ。今にくらべたら全員が貧乏だったけど、でもね、心は豊かだっだ。家族を大切にするのが当たり前だったし、近所のことは家族放ったらかしでも面倒をみた、そんな時代。それにね、なんたって昭和時代には、ビートルズっていう凄い4人組がいたんだぜ。

てなわけで、また明日。


 
金色の1円玉が落ちる前に、きっちりと設計したい庭が数十件と、他にもやっときたいこと、やってみたいことが山ほどあって・・・ウ~ン・・・、スピートアップも大事だなあ。ちょっとアクセル踏み込みます。
さっ、今日もはりきっていきましょう!

通路をテラスにする( 吉永邸 3)

リビングの外にある1メートル20センチ幅の通路。

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一般的には建物の基礎がドロはねで汚れないためと、雑草取りを楽にするために砂利を敷きますよね。
その1メートル20センチ幅の通路をテラスにすると、けっこういいもんですよ。地面を持ち上げて、タイルを張って、それだけで部屋が外に広がった感じになるし、小さめの椅子テーブルなら置ける広さですから、いつでもそこで過ごせます。「狭いから無理だ」とあきらめないで、いち度イメージしてみてください。部屋が広がって、室内と外が解け合って、リビングの居心地が大きく変わりますよ。

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今回のいちばんの狙いは庭に出やすくすることでした。それは同時に庭から家にも入りやすくなるということで、仲良しのお隣りさんが玄関からではなく、庭を通ってここから「いるー?」とか言いながら入ってくる、そんなことをイメージしてつくりました。田舎の縁側みたいなもんですね。

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こういう場合、地面を持ち上げるだけでは片手落ちで、同時に、立体的な要素として塀やフェンスを設置するといい感じの場所になります。できれば部屋に立って目が当たる高さまで。そうすることでカーテンを開けていても外の風景が絵になるし、立って目が当たる高さの壁や塀があると、そこまで部屋が広がったという認識が生まれるからです。

今回その役を果しているのはタカショーの千本格子ユニットです。奥様の和風好み(室内も洋室に和テイストがあしらわれていて、とても落ち着きのあるリビングなのです)にあわせてこれを選択しました。

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じつはこれアルミなんですよ。アルミフェンスに木目のプリントを貼ってあるんです。
すごいでしょこの味のある本物感。プリントの耐久性も抜群で「さすが、こだわりのタカショー!」と言いたくなる製品です。

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持ち上げたテラスには植栽スペースを設けてあります。部屋からの景色として考えた時に、これもまた有効な手法です。

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景色のアクセントにライトを一灯設置しました。おもしろいでしょこれ、お月様が転がっているみたいで。積水エクステリアのムーンランプです。

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テラスから階段を下りて、庭と、その向こうのお隣りさんちへと続く延べ団が見えます。

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どうですか、通路をテラスにすることで、ずいぶん便利で楽しくなるでしょ。


 

梅雨時期はわりと穏やかな梅雨らしい梅雨だったので、ちょっとホッとしていたんですが、やっぱり地球の悲鳴は聞こえて来ましたね。集中豪雨でたくさんの方が亡くなりましたね。
中学生の頃に田舎の新潟で、雪崩で老人ホームが埋まってしまって多くの命が奪われたことがあります。街中が重苦しい空気になって、それでも降り続ける雪が恨めしかったのを憶えています。自然相手じゃ切なさや悔しさをぶつけようもなくて「犯人や責任者や、非難できる相手がいた方が楽だなあ」と思ったものです。
集中豪雨での被害も自然相手ですから、今この時に、ぶつけようのない悲しみや辛さに耐えている人が大勢いらっしゃると思うと・・・。ぼくが考えられることは「生きてる者が、理不尽に命をなくしてしまった人の分まで、精一杯生きましょう」ということだけです。

尊敬して止まない和民の渡邊美樹さんが、こんなことをおっしゃっています。

私にとって、人生とは「1円玉が詰まったガラス容器」というイメージです。
そのガラス容器は大きな砂時計の形をしていて、中にはぎっしりと1円玉が詰まっている。そして、私たちが1日生きるごとに1円玉は1枚ずつ下へ落ちていきます。その数は人生の全日数分、すなわち、80年としてほぼ3万枚です。
しかし、その中に1枚だけ金色の1円玉が交じっていて、その金色の1円玉が落ちたとたん、残りすべての1円玉も一気に落ちてしまう。つまり、それが死です。
金色の1円玉がいつ下へ落ちるかは、神のみぞ知るで、わかりません。それが最後まで残る保証はどこにもない。むしろ、途中で落ちてしまう(寿命をまっとうすることなく死んでいく)ケースの方がずっと多い。それは30年先のことかもしれないが、明日のことかもしれない・・・。
私には、人間の生がそれほどはかなく、死はそれほど確固としたものに感じられるのです。その事実を悲観的にとらえれば、人生のすべては死に至る過程であり、今日を生きることは死に一歩近づくことでしかないということになるでしょう。
しかし、だれの命も有限であり、明日を確約された人間など誰一人としていない、誰にも必ず・・・もしかしたら予想よりも早く・・・明日が来ない日が訪れる。この非情な事実を前提として、だからこそ、その砂漠の水の一滴一滴のように尊い一日一日を、完全燃焼、完全納得しながら生きていかなくてはならないと思うのです。

人生が2度あったなら、最初は下書き、2度目は清書と言った人がいます。しかしもし、今日と同じ日がもう一日用意されていたとしても、私は迷うことなく、今日と同じ過ごし方をしたいと考えています。
たとえ今日が昨日とまったく同じ繰り返しであっても、それで一片の後悔もなければ、一行の余白も残らない。付け加えることもなければ、やり直すこともない。思考も行動も態度も、何ひとつ変える必要を感じない。
そんな中身の濃い一日を一つひとつ積み重ねていく確固たる生き方を、私はいつも自分に課したいのです。


どうですかね、きびしすぎる考え方ですか?それとも「言葉だけなら何とでも言える」と思うでしょうか。
縁あって、渡邊美樹さんと2日間にわたって同席させていただく機会がありました。そのときにはっきり思ったことは「この人はその言葉通りに生きているんだなあ」ということでした。会話、表情、姿勢、立ち居振舞いのすべてがその言葉通りで、そして余白(ボーッとしている時間)が一切なく、常に太陽のように周囲を照らしていました。ものすごい方でした。

ぼく自身、美樹さんに心酔しているものの、とてもその強い生き方を真似ることはできません。それでも日々、物まねの練習はしています。ほんの少しずつでも近づきたい、すばらしい死生観、人生観だと思います。

水害で亡くなられた人たちの冥福を祈りながら、悲しみの中にいるご家族には・・・何にもしてあげられませんけど、その思いの分、明日もまた一片の後悔もなければ、一行の余白も残らない。付け加えることもなければ、やり直すこともない。思考も行動も態度も、何ひとつ変える必要を感じない。そんな一日を目指してみます。チャレンジです。

湘南大好き!なお客様

今日は朝からカーッと日差しが暑くて起き抜けから絶好調モードに入っていました。「こんな日は必ずいい出会いがある」と確信しながら出発!

港南区 吉田さんの庭です
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朝から旭区のお店『レノンの庭』で設計していると、ご来店されたお客様から「イメージとしては江ノ島が見える丘の上に住みたいんだけど、実家は横浜の内陸部なので、庭だけでも湘南スタイルにしたい」というお話をいただきました。湘南リゾートスタイルにするためのいくつかのアイデアをお話しつつ、「こういうイマジネーションで暮らしたいなあ」と、お客様からとてもいい刺激をいただきました。

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その後、猛烈な暑さにパソコンが耐えきれなかったようで故障してしまい、設計の続きをやろうと港南台店に戻ると、お腹がしあわせでふくれていらっしゃるにこやかな奥様(12月出産予定とのこと)と、優しさと少年の目をもったご主人が来店されました。聞くと湘南某所の海から徒歩10分の場所に土地を買われて、現在家づくりのことをあれこれ検討中だとのことでした。

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生まれてくる子どものことも考えて湘南に住むことを決意されたということで、またしてもいろいろお話をして楽しいひと時を過ごさせていただきました。
これからの生活に夢があふれていて、しっかりとその夢に向かって手をつないで歩いている若い2組のご夫婦の姿が、とってもまぶしかったです。

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「湘南に住みたいけど現実的には無理があるので、庭だけでも湘南スタイルに」という方と、「生まれてくる子どものためにも湘南に住もう」と決意して土地を購入したご夫婦と、今日の日差しが呼び寄せてくれた湘南大好き!なお客様方でした。
いいですよね、湘南。

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アロ~~~ハー!

昨日のテミヤンライブ、よかったなあ~。
夏らしくゲストが茅ヶ崎のフラチームで、アロハなひと時の過ごさせていただきました。

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妻と娘と行ってきたんですけど、ハワイは我が家族の最高の想い出の土地なので、とってもハッピーな気分でした。

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ハワイで思ったんですね、「ここで一生過ごす人もいるんだなあ」と。楽園ですよね、ハワイ。

ポリネシア人は昔、文字を持たなかったと言います。文字がないからいろんな大事なこと、言い伝えや神話や、日常の約束事などを、踊りで伝承しようとした、それがフラダンスなんだそうです。
そしてフラの基本中の基本は笑顔だと、ポリネシア文化センターのガイドさんが教えてくれました。「なるほどなあ~」でした。

楽園で暮らす、楽園を守り伝えるための基本が笑顔。真理ですよね。
ホノルルから成田に着いた時に、一同が同じことを思い、口にしました、「日本人は笑ってないねえ」。

湘南は今ハワイブームです。湘南の人たちは気がついているんですよね、笑ったもん勝ちだってことを。

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続いて文化放送のバンブー竹内さん。この人は熱い!

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竹内さんはテミヤンのCDHappy Life Storyをプロデュースされたんですが、かつて放送でそのことについて

「ラジオは病院で聴いている人が多いメディアなんですね。今聴いてくださっているそういう人たちを元気づけたい、そんな思いもあってこのCDをつくりました」

とおっしゃっていました。いいなあ、そういう言葉がスッと出てくる竹内さん。妻の母も現在療養中ですし、ぼくの友人も病気と戦っていますので、こういう方がいてくれることをほんとにありがたく思っています。いいですよこの方バンブー竹内さん。

Happy Life Storyには竹内さんの朗読「生きる」というのが収録されています。谷川俊太郎さんの詩に感動して、竹内さんがご本人に許可をいただいて収録できたのだそうです。

生きる/谷川俊太郎(ゆっくりと、ゆっくりと、読んでみてください)

生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木漏れ日がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみをすること
あなたと手をつなぐこと

生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ
そして
隠された悪を注意深くこばむこと

生きているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ

生きていること
いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまブランコがゆれているということ
いまいまが過ぎていくこと

生きているということ
いま生きているということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ


いいでしょう!谷川俊太郎さん!!
ぼくはスヌーピーのピーナツブックスの翻訳者として知って、その後マザーグースの訳と、もちろんご本人の詩も一時期夢中で読みました。糸井重里さんとのトーク(何度かラジオ番組で実現しています)も印象深くて、糸井さんは谷川さんを評して「天から降って来た子のような人」と言ったんですね。そしたら谷川さんはちょっと口を尖らせた感じで「ぼくはそういうふりしているところはありますけど、実際は女のお腹から生まれています」と返していました。何ともご両人らしいやり取りで、もう3年ほど前の放送ですけど今でもおぼえています。
その、日本を代表する詩人の谷川俊太郎さんの詩に感動して、ご本人に直談判して使用許可を取付けた竹内さん、いいなだなあそういうところが。

次はテミヤン。

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そしてギタリストのキャプテン北原。

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今月もまた、有意義な時間でした。今日はその余熱でアロ~~~ハー!な気分で過ごすことができました。
また来月もありますので(近くなったらブログで告知します)、当ブログの常連さんたち、行ってみましょうよ。確実に元気になりますよ。もう元気な人はさらに元気になります!


 

植物が主役の庭( 吉永邸 2)

最初はリビングの外の通路です。地面を持ち上げてテラスにしました。

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反対側から。

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そして庭です。裏木戸の外から庭を見るとこうなりました。

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庭に入って、振り返って、

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そのまま後ずさりして、

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庭の中央で振り返って奥を見ると、

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そして一番奥まで行ってまた振り返ると、こうです。

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もともと植わっていた木や草花を残しつつ、通路を整備しました。そして工事完了から、木が芽吹いて草花が生長するまで撮影はじっと我慢。
普段つくっているバーベキューテラスなどのそこで過ごす人が主役の庭と違って、今回は植物が主役の庭ですから。その主役が元気になるまで、何度か覗きに行って、梅雨明け間近のこの日に撮影となったのでした。

いつもと違って、なぜ今回は植物が主役なのか。それはまた後日ということで、明日から各所を解説していきます。


 
どうやら今月中は夏!にならないようです。

「子どもたちよ、天気がぐずぐずしているうちに宿題を終わらせておこうぜ。絵日記だって8月31日まで全部、先に描いちゃえばいいんだよ。そうすれば楽しい夏休みのイメージがしっかりでき上がるから、あとはその通りに楽しむだけ。きっと絵日記以上に楽しい夏休みになるよ」

ま、子どもの心配している場合ではなくて、ぼくの目の前にも宿題が山積みされていますので、パワー全開で、今日も設計の鬼と化しますよ!

あ、そうそう、今夜は横浜人形の家のテミヤンライブです。お子さん連れでいかがですか、アロハで楽しいひと時になると思いますよ。きっと絵日記の1ページになります。

しっとりした庭( 吉永邸 1)

梅雨に逆戻りしたような天気ですね。どうやら夏本番は8月からのようです。

さあはじめましょう!
今日から新シリーズ、吉永さんちのしっとりした庭です。
撮影が梅雨時期だったので、太陽ギラギラの夏には絵的にずれるかな?なんて思っていたら、天候がブログに歩調を合わせてくれました。では。

奥様が生まれ育った家を建て替えて、庭は以前のままで外構は一応完成。その外構(駐車スペース)が使いづらいということで声をかけてくださいました。

現地にうかがってあれこれお話しをお聞きするうちに「外構もプランしますけど、庭の方もご提案させてもらっていいですか?」ということになりまして、結果的には外構の改修はそこそこにして庭の方を施工することになりました。
これはよくあることなんですね。家を建てるとどうしても外構のことが気になってそちらに意識が集中してしまって、庭スペースは後回しになりがちなのです。外構と庭、どちらも大事ですけど、どちらが優先かというと、ぼくは庭だと思っています。
住宅の外構は(一般的に言うとですけど)駐車スペースがあって、あと必要なのはアプローチと表札とポストとインターホンです。簡単に考えれば駐車場に砂利を敷いて、表札・ポスト・インターホンがセットになったユニット門柱を建てて、玄関までのアプローチに飛び石でも置けばそれでOK!です。もちろん見た目や建物のコンセプトと合致しつつ、家を引き立てる外構ができれば最高ですが、優先順位としてはなんですね。

外構がイメージ通りにできることのメリットやうれしさと、理想的な庭が実現することのうれしさ、価値、どうですか、新居での暮らしが始まるわけですから、やっぱり庭優先じゃないでしょうかねえ。いい庭があれば豊かな気持で過ごせたり、暮らしが何倍にも楽しくなるのですから。見事な外構ができあがったからといって、そのことで暮らしが楽しくなるわけではないですからね。いや、ちょっと極論ですけどね、もしも優先順位をつけるとしたら、ということです。

では、そんないきさつで(外構は後回しで)できあがった庭のプランをご覧ください。

Plan A
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施工前の庭はこうです。

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奥様のご要望としては、
1、既存の木と草花を大事にしたい
2、昔から仲良くしている裏のお宅と行き来ができるようにしたい
3、素朴な和の雰囲気でガーデニングを楽しみたい
4、お隣りさんから見ても感じがいい庭にしたい
というものでした。

Plan Aをご覧いただいての感想が「通路の素材を石だけではなく、まくら木を使いたい」ということと、「もっとナチュラルに、まくら木とまくら木の隙間に草が生えている感じに」ということ。そのイメージをぼくに伝えるために、色鉛筆を使って一生懸命に描いたスケッチを渡してくださいました。感激しました。
そうやってできあがったプランがこれです。

Plan B
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明日はビフォー・アフターです。しっとりした庭が出現しますよ。


 

明日は月に一度のお楽しみ、北原照久さんのテミヤンライブです。

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横浜人形の家で夜の6時30分(7時)からです。

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今回はカロケメレメレフラスタジオのトカリガ(舌かみそうですねカロケメレメレフラスタジオのトカリガ)というフラグループがゲスト出演するそうで、なんだか凄いことになりそうです。

さっ、天気はスッキリしないけど、気持はスッキリでがんばりましょう!今日は久しぶりに旭区四季の森の「レノンの庭」に行ってます(ハワイアン流して腰振りながら設計してます)ので、遊びに来てくださいね。

秀加さん

本日2度目です。

AM1422ラジオ日本で、火曜から金曜まで夜の9時50分からやっている「きのうの続きのつづき」、今週のゲストは歌手デビューされた、元パリコレモデルの秀加さんです。
毎回素晴らしいゲストの番組なんですが、今回もまたいい感じです。
ぼくは秀加さんのことをまったく知らなかったので、「どんな方なのだろう」と興味津々で、放送を聴いてみてびっくり、とっても素敵な女性でした。年齢はナント還暦イブ!

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昔、ボー・デレクが出演して話題になった『テン』という映画の中で、場末のキャバレーで歌う女性歌手が「男はいいわね、年を取ると魅力が増してくる。女は枯れていくだけよ」とつぶやくシーンがあったんですが、どうもそれはひと昔前のことのようです。今はうちのお客樣方をみていても思いますけど、どちらかというとおじさんの方が元気がない。ご夫人方は年取るほどに輝いている気がします。
まあそれは置いといて、秀加さんです。ラジオなので表情は見えませんけど、その言葉から伝わる感じが美しい。波動ですかね、とってもいい気持ちになりました。

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デビュー曲の「最後だとわかっていたなら」はズンッと響く曲で、(初めて聴きましたが)たぶんヒットすることでしょう。そして秀加さんがテレビに出て、世の女性たちはますます元気を手に入れる。おじさんたちも頑張りましょうね!永ちゃんも、谷村さんも、もっと年上の加山さんもがんばってるんですから。

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美しくて、歌がうまくて、人生の円熟期を感じさせるようないい波動を出している秀加さんは、茶目っ気もあります。最近はまっているという川柳を披露していました。

勝負ブラ 誰のためなの 念のため

ぼけて来て わたしをきれいと言うおやじ

ピアスまで 外して乗っかる体重計


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秀加さんがゲストの「きのうの続きのつづき」、いいですよ。皆さんも聴いてみてくださいね。

庭への新たな意欲( 田村邸 13)

田村さんちの最終日です。
もういち度プランとビフォー・アフターをご覧ください。

Plan A
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Before 1
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After 1
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Before 2
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After 2
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テーマは「ついつい族の悩める庭をどう改善するか」。

導線を整えながら平面を整理して、過ごす場所をつくって、立体構成で居心地のよさを演出して、そして庭が完成し、「ついつい族」に新たな意欲が。グランドカバー用の植物が大量に買い込んでありました。

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近所のお友達からも「きれいになったわねえ」と声がかかるそうで、リニューアルした庭で、新しいガーデニングの世界が始まろうとしています。ガーデンリフォーム大成功!


 

今日は朝から想定外の連続で、ブログが夜になってしまいました。

皆既日食、横浜ではまったく確認できなくて残念でしたが、硫黄島からの実況中継があまりに美しくて、感動しました。ちょうどお客様のお宅で打合せ中だったんですけど、(我が家と違う)大型のハイビジョンテレビでやっていたその放送に釘付けで、庭の打合せは中断。お客様と一緒にジーンとしながら観ていました。
硫黄島の海岸にレポーターがただひとりで見物客の歓声や拍手もなく、波の音と、感激してほとんどレポートにならない興奮状態のその人の声、みがき上げた巨大な宝石のような景色、刻々と移り変わる太陽と風景の色合い。いやあ~素晴らしい時間でした。

宇宙と地球のドラマに感動しながら、同時に硫黄島の美しさというかすごさにも打たれました。ほんとにこれ以上ないというほどきれいな自然の中に、波打ち際に戦争の残骸があったりして。渡辺謙(幼馴染みなんです)があのクリント・イーストウッドと、この景色の中で映画を撮ったんだなあなんて思ったら、そのときの謙の思いや、その作品にかけた情熱がテレビ画面からぼくの中にズーンと飛び込んできて、もう目頭が熱くなって(お客様の前なのでグッとこらえましたけど)、何とも言えない、皆既日食の日でした。
それにしても、この天体ショーを硫黄島にレポーターを送り込んで中継したテレビ局、偉い!拍手喝采です。
硫黄島、いつか家族で行ってみたい場所がひとつ増えました。
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