2010年09月

イメージしてみてください( 日置邸 12)

ちょっとイメージしてみてください。

あなたは今リビングのソファーに、ゆったりと沈み込むように腰掛けていています。カーテンは開いていて、サッシの外には秋風にそよぐ庭木が見えています。いい天気です。
その外の風景、庭全体の高さが、あと40センチ上だったら・・・。

いかがでしょうか、グッとゴージャスな気分になりませんか。リビングの床と庭の地面がほぼ平らにつながって、木漏れ日の中の花、秋の薔薇が、あなたの目の高さで咲いている。山手の洋館にいるような感じです。

これが庭とリビングの理想の高さ関係。

さっ、幸せなイマジネーションを終了して、現実の世界に戻りましょうか。
現実的には建物の基礎が高くて、庭に出るためには「よっこらしょ」と声が出るほどの段差がありますよね。これを何とかしたいのです。

庭との段差をなくすことで、庭とリビングがつながり、リビングが庭にまで広がる。いいですよね、庭も含めた広々リビング。段差を解消することでそれを実現したい。
とは言っても、庭全体を持ち上げるのはかなり大掛かりな工事になりますので、そこで「ウッドデッキ」です。それも大掛かりだという方には「濡れ縁」。段差なく屋根のないところに出られるということだけで、庭がグッと近い存在になります。

日置さんちのリビングからの眺めをご覧ください。ウッドデッキと濡れ縁があることで、庭が、建物に付随した「外の場所」ではなく、リビングと同等の「暮しの場所」として成立していることを感じ取っていただけると思います。

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どうです、この暮しが外に広がった感じ。いいでしょう!

リビングの外の庭スペースを、窓枠という額縁の中の風景として捉えるだけではなく、暮しの場所として、空間ごと手に入れるための第一歩が、リビングと庭との段差をなくすことなのです。




仕事の都合で数日間設計ができませんでした。今日は一日じっくりと設計作業に当てられます。
朝、家を出る前から「今日は設計だー!」と、ハイテンションになっている自分。素材や構成や植物の選択といった、設計内容のことと、お客様が喜んでくださる顔、おどろく顔が浮かんできます。

「楽しいです!」

なんでしょうね、この楽しさ。
20代の頃はとぼとぼと歩きながら会社に行って「いやあ、どうも調子が悪くって。今回の不調は二十数年続いてるんですよ」とか言ってたのになあ。そういうことがなくなった。
力みまくって自爆を繰り返していたような時期もあったし、カスミを食べながら夢を語っていたこともあったし。・・・まあいいか、楽しいんだから。思いっきり楽しませていただきます。
何だかわからないけど、感謝!設計に熱中させていただきます。
・・・なんだろうなあ、ありがたいなあ。 

テミヤンライブ vol.52

今月もやってきました、テミヤンライブ。

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前回のライブの写真をご覧いただきます。
茅ヶ崎のフラチームがゲストだったこともあって、いつもにも増して「笑顔」がいっぱいの、しあわせ〜なライブでした。

その笑顔の写真を並べながら(見ているだけで、つられて微笑んじゃいますよ)、北原さんがラジオで話していたネタから「笑顔(笑い)」にかんするものを2題。

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まずはラジオ日本「横浜ロハス」から。

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笑いは、神様が人間に与えてくれた最高の贈り物です。
笑っていれば病気も逃げ出すよ。だから長寿の秘訣は笑うことです。

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世界最高齢だった泉重千代さんが110歳のときのこんな話があるんですよ。
長寿の秘訣をたずねられて、「神様、仏様、お天道様に感謝することですね。それと、ときめき。ときめく恋をした方がいい。私は年上が好みです」って、重千代さんはその後10年、120歳まで生きました。

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きんさんぎんさんは取材を受けてこういいました。「ギャラはありがたくいただきますよ。でもあたしゃあ、いくらもらっても、ヌードにはなりたくありませんねえ(・・・あんまり見たくないです)。ギャラは老後の蓄えにします」

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笑いは長寿の秘訣なんです。

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次は、NHKの「音楽熱中倶楽部」からです。毎回グッとくるすばらしい音楽番組だったのですが、残念ながら終了してしまいました。
その最終回の内容をご紹介します。いくつかのテーマにあわせて北原さんが選曲するという構成でした。

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◇ ドライブしながら聴きたい曲/「葉山ツイスト」クレイジー・ケン・バンド

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◇ 男同士で酒を酌み交わすときの曲/「唐獅子牡丹」高倉 健

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◇ 女性とお酒を飲むときにバックに流したい曲/「イッツ・オールウェイズ・ユー」チェット・ベイカー

ロマンチックな曲でしょう!

君は何が美しいと思う
木よ
だったら君は木だ

君は不思議だ 会うたびに美しくなる
わたしたち さっき出会ったばかりよ
さっきから今 君は美しくなった

なんてね。いいねいいね!

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◇ 一番好きな演歌/「心凍らせて」浜 圭介


◇ セクシーな気分になってしまう曲/「東京ナイトクラブ」フランク永井・松尾和子

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◇ 自分の葬式で流したい曲/「恋の片道切符」ミッキー・カーチス

「人生は片道切符。たとえ片道切符でも、夢を追い続けるのが人生だ」というメッセージを込めて、この曲で旅立ちたい。

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◇ 歌詞にほれた曲/「惜別の歌」小林 旭(島崎藤村) 

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◇ 最後に、リスナーに捧げる曲/「スマイル」テミヤン

とにかく笑って暮らせれば、みんな幸せ。
コロンビア大学の研究チームの発表なんだけど、楽しい気分でいるだけで、心筋梗塞などの心臓疾患が6割も減るんだそうです。だからスマイルで暮らしましょう。
まず、口角を少し上げることから始めてみましょう。 


北原照久さんの周囲には笑顔の人が集まります。見てください、今回の写真、全て笑顔です。
ライブは毎回ほぼ満員なんですから、たまには不機嫌な人や、具合が悪くてしかめっ面をしている人が居てもよさそうなものですけど、いません。
北原さんが放つ、不思議な何かが「笑顔の人限定」にしているのか、あるいはその不思議な何かが「すべての人の笑顔を引き出している」のか。

「北原照久さんから放たれる不思議な何か」を解明したい。その謎が解明できたら、ぼくはそれを世界中の人に伝えたいなあ。考えてみてください、世界中に周囲を笑顔にする人がいるって。宇宙からみたら地球が笑ってるみたいな、そんな世界。

緊急連絡

緊急連絡です。ジョン・レノン ミュージアムが今月いっぱいで閉館になるそうです。
残すは明日と明後日の二日間ですので、「行ってみたいけど、まあそのうち」とか考えていた人は、仕事を休むなりさぼるなりして、行ってください。

というわけで、今日は、妻と一緒にミュージアムに行ったときの記事を転記します。 


WAR IS OVER! IF YOU WANT IT.

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ジョン・レノン・ミュージアム、良かったです。何度かジーンとさせられました。期待と全く違うかたちで衝撃を受けました。

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日本だけじゃなく世界中の40代~60代の人全員が、一度は行ってみるべきです。そしてジョンのことを子供たちに伝え、ヨーコのことを連れ合いと話すべきです。いやホントに。

ミュージアム内は撮影禁止だったので、買ってきたおみやげで雰囲気を感じてください。

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ミュージアム中央のある場所に、小さく、ほんとに小さくYESと刻んであります。

 

心を開いて

「イエス」って言ってごらん

Yes is the answer

すべてを肯定してみると

答えが みつかるもんだよ

 

Strawberry Fields Rock & Roll The Beatles Love & Peace Imagine New York City House-Husband ・・・ 1980.12.8 

 

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そして最後の部屋に入ると、入り口正面にこう書かれていました。

 

ぼくが これまで どうやってきたかは

おしえられる けど

きみが これから どうするかは

自分で考えなきゃ

 

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その最後の部屋の出口には

 

 

ずっと昔 わたしは

 

「けっしてやまない風がある」と言ったけど

気がつかなかったわ その風があなただったとは

Yoko
 

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出発前ははしゃいでいた妻も、展示を見終わってショップに入る時は無言でした。2人とも今使うべき言葉が見つからないし、へたにしゃべると視界がにじんできてしまう、それほど気持がピュアになっていて、お互いに相手もそうであることがわかりました。結婚以来、これほど2人の気持が同じ位置に立っていた瞬間は数えるほどしかありません。そんな貴重な時間をプレゼントしてくれたジョンとヨーコに感謝です。 


イマジンにはこんな思い出もあります。妻が私の仕事を手伝ってくれる前にやっていた編集の仕事(法律書や教科書の編集をしていました)で、高校の倫理の教科書の最初のページにイマジンを載せたのです。ミュージアムにはイマジンを使っている教科書が何冊も展示してあって、それを見た妻が「私が最初だったのに、みんな真似しちゃってさ」とやや悔しそうでした。これがそのページです。

 

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グラフィックは当時私の設計を手伝ってくれていた、美大出の小張君がやってくれました。ホント、当時としては冒険的な試みで、文部省の検定が通ったときにはみんなで大喜びでした。

 

イマジン、たぶんこの曲の存在で何万人もの人の命が救われたのだと思います。戦争は繰り返されてきましたが、もしこの曲がこの世に無かったら、もっと悲惨な状況であったことは確実です。そして、そのこととは別に、この曲によってイメージするということが世界中の人々に、重要な行為として肯定的に認識された。少なくても日本ではイマジン以前は空想することは遊びや道楽や妄想、幻想といった認識というかろくでもないことという感じでした。
かくいう私も空想癖のある、どう扱っていいかわからないこまった少年だったのです。それが今や、イマジネーションの豊かさこそが時代的価値、豊かなイマジネーションなくして仕事も家庭も成立しないとさえいえる、そんな時代になっています。早いんですよねえジョンは。ようやく時代がジョンに追い付いてきたところ、そんな気がします。

イマジン、この曲に出会わなければ、私は今でも新潟で土木工事をやっていたでしょう。たぶん一生そうしていたに違いありません。それがイマジン以前の私と私の周りの世間の価値観だったからです。私は真面目なのでそれから外れることなく生きていたはずです。それを、この曲が、私の中の厄介な癖を肯定してくれた。そこから自分の人生がスタートした、そんな感じです。
自己肯定観、それを得た時から自分の足で歩きはじめる。思春期のお子さんをお持ちの方、扱いづらいでしょうけど、まずは肯定してあげることですよ。そういえばさっき紹介した倫理の教科書の柱になっているのがこの自己肯定観でした。それを高校生に持ってもらいたい。イマジンの数ページ後に出てくる大文字のメッセージがこれです。

 

あなたは値高く貴い

私はあなたを愛している

 

ほんとはこのことは教科書ではなくて親から子供に伝えるべきことです。が、ついつい否定ばかりしてしまうもの。ここはひとつ、あなたの内面にジョンを呼び込んで、全てを肯定する思考に変えてみましょうよ。もちろん私もです。

 

最後にもう一度、ミュージアムのパンフレットにあったジョンの言葉を。

 

心を開いて

「イエス」って言ってごらん

Yes is the answer

すべてを肯定してみると

答えが みつかるもんだよ

 

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ミュージアムの閉館に寄せた、ヨーコさんからのメッセージです。



ジョン・レノン・ミュージアムを愛してくださったみなさまへ

 

ジョン・レノンは世界中をめぐる運命を持っていました。彼の魂は動くことによって継続していたのです。動かないと死んでしまう。ジョンの精神が宿るミュージアムも動かないとミュージアムではなく、お墓になってしまう。ジョンにはお墓はないのです。彼が息を引き取ったとき、私は「ジョンの葬儀は行いません」と世界に向けて言いました。それは、ジョンの魂が永遠に生き続けることを知っていたからです。

ジョンの魂は、10年を節目にしてここからも離れて行きます--次の旅を見つめながら… 。まず、5年と思っていたのがみなさんのミュージアムへの愛によって10年になったのです。

このジョン・レノン・ミュージアムを愛してくださったみなさん、深く感謝しています。あなたがた一人ひとりの中にジョンのスピリットが受け継がれ、そのみなさんのスピリットが世界の平和が実現していくための愛の力になることを信じています。みなさん、ありがとう!

愛をこめて… 

オノ・ヨーコ 


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明日と明後日、あと二日です。 

 

 

庭木って、いいなあ!( 日置邸 11)

リフォーム前の庭を拝見して印象的だったのが、庭木の状態がとてもいいことでした。樹形もいいし、成長もいい。ふだんから木を意識して、手をかけながら、木も家族の一員のように感じながら暮らしていることがうかがえました。

今日はその、もともと庭に植えてあった樹木からご覧いただきます。

ジューンベリー
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ブームになってからまだ数年なので、出回っているのはまだ細い木ばかりです。ここまで幹が太ったジューンベリーは初めて見ました。
枝振りも丁寧に仕立ててあるので、花も実も盛大なことでしょう。

シマトネリコ
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軒先のこの位置に植えたことがすごい!一般的には木は庭の背景に並べてしまいがちなもの。このように家側に植えるという発想がすばらしいです。
ここにこの木があることで、庭に奥行きと厚みが生まれています。


ユズ
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ウンシュウミカン
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柑橘類も元気です。
これから、秋、冬と実が色付いて、庭に明るい雰囲気を出してくれます。 

ゲッケイジュ
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この木を残せるギリギリのラインでベンチとパーゴラを設置しました。
 
これらに、アクセントで数本植え足しました。

ブルーへブン
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エレガンテシマ
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ブルーエンジェル
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レモン
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ガーデンリフォームでは、もともと生えている木をできるだけ残しながら、活かしながら設計します。
で、こうなりました。

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緑濃い庭。小枝が風にそよいで、日だまりと木陰ができて、人の手による構築物だけでは得られない「心地よさ」が得られます。
庭木って、いいなあ。



「庭の木が茂りすぎたせいで庭を楽しめない。だんだん年取ると手入れも大変だし、全て切ってしまいたい」ということでご来店くださるお客様に、「お任せください!木を切ることなどおてのものです」と答えつつ、庭の現状をお訊きし、どういう庭が理想的なのかを一緒に整理しながら考えていきます。すると、結果的には木をほとんど切らないままで庭が楽しい場所に生まれ変わった、ということが、これまで何度もありました。
本当に庭木が原因で庭を楽しめないなら、その木は切ってしまった方がいいんですけど、よーく考えると、庭を楽しめない原因は木ではない場合がほとんどなのです。

「年取ると手入れが大変」かもしれませんけど、それでも木はあった方がいいのです。
享年94歳だったぼくの祖父は、亡くなる前日まで、脚立に登って庭木の剪定をしていました。
94歳、何を思いながらチョッキンチョッキンとやってたのかなあ。
ぼくは思います、祖父はそのとき、幸せだったんだろうなあと。実際に選定作業をやってみるとわかるんですけど、はさみを片手に木につかまっていると、幸せな気持ちになるんです。また、気持ちが幸せに向かわない状態では、人は庭木に思いをして、枝ぶりを仕立てようなんて考えないものです。
だからぼくは、お客様の「 年取ると手入れが大変」という言葉を「年取っても手入れができる幸せ」というふうに変換して受け止めます。

ぼくが設計する庭は、「年取ると手入れが大変」な庭、「年取っても手入れが楽しめる庭」なのです。

でも、ほんとに大変になったら、ご連絡くださいね。レスキューにうかがいますので。




今日はいい雨だなあ!ありがたい。設計に集中できます。
今日設計するのは、にこやかに、おだやかに、ゆったりと暮らすご夫婦の「しっとりとしたモダン和風の庭」です。雨音をBGMに、いい庭が描けそうです。 

2方向から眺めれば2倍になる( 日置邸 10)

ウッドデッキと芝生の庭に、新たに「外の部屋」が加わりました。デッキ脇に添える配置でつくったバーベキューテラスです。



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いつもの円形ではなく四角い囲炉裏にしました。

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デッキ側の席はアグラをかいて、炉端焼きのようにして楽しめます。

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背景には木製パネルを立てて、照明器具を取り付けました。

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これで居心地の良さと、場にスペシャルな感じが生まれます。

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パネルの前に座ってデッキ側を眺めます。

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この風景。今回のリフォームで奥様が感激したポイントなのです。

「今まで何年も庭を楽しんできたのに、庭に座って家側を眺めたことがなかったことに気がつきました」

うれしかったなあ。それを発見して、そのことをうれしそうに話す奥様に、ぼくはときめいてしまいました。「なんて素敵な人なんだろう」と。

庭を家側からだけ眺めながら一生を過ごす人も、相当数いるはずです。あなたはどうでしょう、庭にたたずんで、庭から家側をジックリとながめたことがあるでしょうか。
同じ庭スペースでも、2方向からその庭を眺め、感じることができれば、風景としては庭は2倍になります。そしてたいがい、その2方向は別世界なのです。

家(室内)から庭を見ると、見えるのは庭とお向かいさん。家に居て、外に庭があるという設定になります。では、庭に座って家側を見るとどうでしょうか。庭とその背景にわが家のリビングルームが見えます。
家からだと「外に庭がある」、庭からだと「庭があってリビングがあって」となります。つまり、庭は庭側から建物(リビング)込みで眺めたときに、初めて視覚的に、リビングと一体の、リビングと同格の「暮しの場所」として認識されるのです。

そのことを感じてほしくて、けっこうそういう設定、庭から家側を眺める仕掛けを入れ込んだ設計をしているんですけど、今回のように、お客様からそのことに気がついたとよろこんでいただいたのは、20年以上この仕事をしていて初めてのことでした。
うれしかった!



「家からの庭の眺め」と「庭からの家方向の眺め」という2方向を意識し始めたのはウインド・サーフィンが切っ掛けでした。ウインドは、ぼくの数ある趣味の中でも大好きな、たぶんじいさんになっても続けるであろう趣味です。

ブームを握って、ボードを沖に向けて、セールに風を入れて、パッとボードに乗って、セールを引き込んで風を捕まえて。するとボードは水面を滑り始めます。これがビーチスタート。
しばらくバランスを取っていると徐々にスピードが上がって、アッという間に沖合300メートルです。広い海で300メートルなんてほとんど波打ち際なんですが、実際にそこに行ってみると「怖い」と思ってしまいます。当然水深は背が立たないし、さっきスタートした浜辺が遥か遠くに見えます。
その怖さも何度も経験するうちに消えてなくなり、そうなると沖合300メートルからの陸方向の景色を楽しむ余裕が生まれます。それは陸から眺めていた海とは別世界。自分が海側の存在になって陸を眺め居ていることの気分の良さったらありませんよ。征服者の優越感みたいな。手を腰に、オードリーの春日のように胸を張って、高笑いしたいような気分になります。
ヨットやクルーザーを楽しんでいる人たちにとっても、この「海から陸を眺める気持ちよさ」が大きな魅力なんだと思います。

海から陸を眺めることと同じように、庭から家を眺めると、「別世界」を感じられるのです。



今日は日曜日。昨日の強風もおさまって、穏やかな晴天です。気持ちいいなあ!
今日ぼくは港南台店に居ます。遊びにきてくださいね。 

漂う幸せな空気感( 日置邸 9)

日置さんちのリビングには、独特の「幸せな空気感」があります。その空気感の発生源は、裁縫とトールペインティングが得意な奥様が手づくりした、ソファーカバーやテーブルクロス、クッションなどです。

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その「幸せな空気感」は、さっそく庭へと溢れ出しました。

パーゴラに取り付けた、手づくりのタープ(シェードセイル)です。

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夏の庭らしくミッキー柄のブルーの生地です。赤いパーゴラと相まって、ウッドデッキが楽しい雰囲気になりました。
寸法が大きいので、ご主人にも手伝ってもらった共同作品だそうです。
秋が深まったら、また違う柄で制作するとのことでした。

そのタープの下のベンチにはクッションと、

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ペイントした鉢カバー。

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チャッチャッと、こんなふうに描けたらいいですよね。うらやましい才能です。

芝生に置いた椅子のクッションにも、リゾートフルなワンポイントが描かれていました。

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ヤシの葉。 

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美術部出身のぼくとしては「これを描いているとき、奥様は幸福感でいっぱいだっただろうなあ」と、その時間が想像されて、グッと来てしまいました。描いているときの幸福感。

物をイメージして、つくり出す、描く、そういう時間が生活の中に存在しているのがすごいことですよね。そうやってできあがった手づくりの物にかこまれて暮らす。奥様は幸せを生み出す達人です。



「表現欲」ということがあります。
食欲や物欲は誰にでもありますが、この「表現欲」はある人とない人がいるのだそうです。

ぼくは田舎にいる頃から表現欲過多で、絵を描いたり、粘土をこねたり、写真を撮っては夜中に現像したり、曲を作って、ギター一本抱えて「県内縦断コンサート」をやったり。その欲求が強いばかりに、世間からやや変人扱いされていたような時期もありました。新潟では、そういったことはただの道楽で、そんなことばかりしていたぼくは「役立たずの道楽者」だったのです。
当時は「何で俺だけこうなんだろう」と、周囲とのギャップに思い悩んでいました。思春期ってそういうものなでしょうけど、いつも何かしらモヤモヤしていて、絵を描いたり写真を撮っているときだけ、ぼくはそのモヤモヤから解放される。
だから周囲から「そんな飯の種にもならないことばっかりやってるんじゃない」と言われても、それをしないと自分を保てなかったのです。
でも、今となってみれば、その厄介だった「表現欲過多」の延長線上にこの仕事があって、こうして暮しが成り立っているのですから、人生とは面白い物です。

その、当時のぼくにとっては苦しみの源だった「表現欲」を、ぼくの中で肯定させてくれた言葉があります。ピーター・カブリナというハワイのウインド・サーファーがインタビュー記事の中で語っていた言葉です。

晴れた日は海に出て波に乗る
雨の日は家で木彫りをする
どちらも同じこと
自分の中の「表現欲」を満たしているのです

衝撃的でした。そういうのアリなんだー!と。それと「表現欲」という言い方。それまでぼくの中でモヤモヤとしていた得体の知れない欲求が、そこ言葉でハッキリと定義されたのです。得体が知れないから不安になる。それを定義できれば、「表現欲」という呼び名があればちゃんとそのことと向き合える。そういうことってありますよね。長い長いトンネルから突然抜け出した瞬間でした。

うちのお客様の3割以上の人たちが、トールペインティングや陶芸、木彫り、アートフラワーなどの創造的な趣味をお持ちです。
みなさん、ご自分の中の「表現欲」を満たしながら暮らしているのです。そしてその作品は、暮しに「幸福な空気感」を生み出しています。

「表現欲」のある人は幸いです。 

デッキが生まれ変わりました( 日置邸8)

ご夫婦が港南台店に相談に来られて、庭の現状をお聞きしたときに、最初に「このウッドデッキはもったいないなあ。ちょっと工夫するだけでもっと楽しめるのになあ」と思いました。 

1、あと少しだけ広くする
2、居心地を良くする工夫
3、照明器具の設置

この3つのことを付け加えれば、既存のデッキが何倍も楽しい場所になると考えたのです。


 1「あと少しだけ広くする」は、デッキの外にベンチを付け足すことでクリアー。

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これでゆったりと過ごせる広さが確保できました。

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次は、2「居心地を良くする工夫」です。ベンチの背後に目隠しパネルを設置し、

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コーナーパーゴラで立体感を出して「部屋っぽく」しました。そしてそのパーゴラに照明器具を取り付けることで、3「照明器具」はオッケー。

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こうして、既存のウッドデッキが生まれ変わりました。

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ビフォーをご覧ください。

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これに何が足りないのかを理屈っぽく考えて、その足りない要素をプラスしていくことで、

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こうなるのです。
楽しい!

もしあなたの家にウッドデッキがあって、「そういえばつくってはみたものの、ほとんど楽しめてないなあ」と感じたら、ぜひご連絡ください。現地を拝見して「楽しめない理由」を解明いたします。あとはその理由を消していけばいいだけです。
庭の楽しさの核になるべき場所なので、そこが楽しいか楽しくないのかで、庭の楽しさが決まってしまいます。ウッドデッキの見直しが「楽しい庭」、「悦楽の庭暮らし」の入り口になるかもしれません。



日置さんご一家がお店に来られて「夕べはデッキで鍋をやりました!」と。さっそく庭を楽しみまくっているようです。そしてブロッコリーの苗を買っていかれました。
ぼくはにニンマリ笑って小さくガッツポーズ。またひとつ「笑顔があふれる家族の庭」ができあがりました。そしてそのスタートは「このウッドデッキは、もったいないなあ。ちょっと工夫するだけでもっと楽しめるのになあ」からでした。 

縁側は宇宙ステーション( 日置邸 7)

今日ご覧いただくのは濡れ縁です。屋外に取り付けるタイプの縁側。

当初の設計ではこの部分は石張りのポーチでした。打ち合わせを進めるうち「ここに洗濯物を干したい」ということになって、それなら濡れ縁にして、壁に物干金具を取り付ければいいのでは、となりました。

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さらに打ち合わせが進んで、「物干し場」という実用性に加えて「縁側」ができることで、部屋が外に広がった感じになることと、縁側自体の楽しみ、腰掛けてお茶を楽しんだり昼寝をしたりというシーンまでイメージがふくらんでいきました。

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完成後、この縁側が好評でした。奥様は「物干しが楽になった」と。そしてご主人は「昼寝ができる」と。

室内からはこうです。

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日だまりの縁側、いいですよね。



ぼくは縁側で育ちました。新潟の実家の縁側は、遊び場であり、昼寝をする場所であり、夏休みの宿題をするのも縁側でした。ラジオ体操から帰ってくると「涼しいうちに縁側でやっときなさい」と言われたものです。
縁側の外の坪庭に種を飛ばしながらスイカを食べたことや、七輪で鮎を焼いたことや、大量に捕まえてきてタライで飼っていた沢ガニが、近所の猫に食べられてしまったこともありました。カエル、ヘビ、トンボ、ホタル、コオロギ、縁側は野生の王国でもありましたし、近所の人たちが、玄関ではなく縁側から入ってくる光景など、縁側の思い出は尽きることがありません。

ぼくは思います。子どもを育てるときに、縁側は欠かせないと。
家なのに外とつながっているその場所は、子どもには不思議な魅力にあふれるスペシャルな空間なのです。子どもにとって、庭は宇宙で、縁側は宇宙ステーション。子どもの情緒は縁側で育まれるのです。

完成した縁側に「便利になった」という奥様に対して、「昼寝ができる」といいながら、とても楽しい場所が手に入ったという感じでよろこんでいたご主人。きっとご主人の実家にも縁側があったに違いありません。きっとそうです。

子育て中のみなさん。お子さんに、縁側をプレゼントしましょう。 

百歳オーバーの秘訣とは

昨日は敬老の日でした。テレビラジオで「元気なお年寄り特集」みたいな番組がいくつかあって、そこからメモった「百歳を超えても元気でいる秘訣」を並べます。どれも百歳オーバーの方から出た言葉です。
  • 大根おろしを欠かさない
  • 仕事とパチンコが生き甲斐
  • 健康法など考えず、やりたいようにやる
  • テレビを観ながら行儀悪く食事をする
  • 天衣無縫に暮らす
  • 疲れるような運動をしない
  • 毎日オロナミンCを2本飲む
  • 家族に隠れて煙草を吸う
  • 週に3日、一合の晩酌
  • フライドチキンを食べる

どうですか、意外でしょ。ぼくの予想としてはもっと道徳の教科書に出てくるような「長生きのコツ」が並ぶと思っていたのに、どうも様子が違いました。

う〜ん・・・。
ここから、これだ!という「百歳オーバーの秘訣」を導き出すとすれば、・・・なんでしょうね。うっすらと、共通点が見えてはいるのですが・・・。 

「便利さ」も庭の要素です。が・・・( 日置邸 6)

芝生広場の隣り、庭の入り口側に、土間コンクリートを打ち足してサイクルポートを設置しました。

ご家族4人分の自転車と一輪車が1台。リフォーム前は家の脇の通路や庭の芝生に置いていて、不便を感じていたそうです。

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物置や物干し場も同じ。こうして、庭の一部を使って「便利さ」を実現することも、庭全体の楽しさを増すために必要なことです。考えるべきことはそのスペースと配置。
リビングからの風景に入らない庭の端に、広々と余裕のあるスペース取りをしました。

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自転車の収まりどころができて、これで庭全体がスッキリと落ち着きました。

「庭を楽しむ」ことに加えて「暮らしが便利になる」ために庭の一部を使う、これも大事なことです。ただし、便利さ優先で庭が楽しくない場所になってしまうのは残念ですから、じっくりと考えて、その両方を実現できる割合や配置やアイデアを導き出したいものです。
リビングからスチールの物置を眺めながら暮らしていたり、物干し台が庭の中央に置かれているというのでは、悲しいですからね。



「便利さ」って、もしかしたら「豊かさ」と反比例することなのかもしれないなあと、そう思うことがあります。暮らしが便利に、コンビニエンスになればなるほど、人の心から豊かさが削り取られていくような。
庭に「便利さ」を加味することも必要なことではありますが、しかし、気持ちのどこかに、庭くらいは不便でいいんじゃないかなあという偏屈なことを考える自分もいるのです。思いっきり不便な庭、苦労が絶えない庭、・・・う〜ん、悪くないなあ・・・。おっと、黒い自分がうごめき出しました。いかんいかん。

便利さと豊かさの反比例。考えたら庭は不便さだらけ、合理的じゃないこをかき集めたような場所です。
庭がなければ、蚊に刺されながら花がら摘みや水やりしなくていいし、どうせまた生えてくる雑草を修行のように抜き続けることも、スーパーで売っている何倍もコストをかけて野菜を育てることもなくなります。わざわざ炭を熾して、パラソル開いて日陰を作りながら焼き肉しなくたって、ダイニングテーブルにホットプレートを出せばいいわけですし。
でもねえ、不便さの向こうに「楽しさ」や「喜び」があるから、庭に出るんですよね。

便利さも大事ですが、

庭くらいは不便でいい。庭では、便利さと豊かさは反比例し、不便さと豊かさは比例するのです。

と言い切っちゃってもいいかもしれません。だから庭は楽しいのだと。

「眺める芝生」を「過ごす芝生」に( 日置邸 5)

では、各エリアの解説です。今日は芝生広場。

もともと芝生がありました。よく手入れされて、元気に育っていました。しかしあまりそこで過ごすことはなかったそうです。つまりこれまでの数年間、「芝生の手入れと眺めを楽しんでいた」ということです。
そういう楽しみ方もありなんですよね。芝生のコンディションを整えながら自らのコンディションを確認するという暮し。芝生というのはとても正直にその管理者の状態を反映する、鏡のような植物なのです。
芝生の手入れを日課にしている、あるご主人の名言。

芝生の状態がぼくの状態なんです。

この言葉を思い出すたび、そのご主人の日焼けしたビッグスマイルと、ため息が出るほど美しく手入れされた芝生がセットで思い浮かかびます。

ぼくはそういう芝生との付き合い方にあこがれつつ、もう一方で「雑草だらけでもいいから、そこで子どもが駆け回ったり、ワンチャンがほじくり返したり、家族でバーベキューやティータイムを楽しむ」という「過ごす芝生」にも強く惹かれていて、今回も芝生エリアがそういう役割を果たすようになったらいいなと考えました。

「眺める芝生」を「過ごす芝生」に変えるために、「居心地」をよくする要素を付け加えました。

背景の生け垣の下枝がなくなって、目隠し効果が弱まっていたため、それを抜いて木製のパネルを設置。

DSC_0057

DSC_0058

これによってお隣さんとの目隠しをかねた仕切りがハッキリして、場に広さと、「ここが芝生広場なんだ」というエリア感が生まれました。
そして木陰に椅子・テーブルを置けば、

DSC_0062

ご覧の通り、これで「眺める芝生」が「過ごす芝生」に変身です。
 
眺めるだけの芝生のために、何年も、膨大な時間と労力をかけて手入れをしている、そういう庭を目にするたびに「美しい・・・」とため息をつきつつ、一方で「もったいないなあ」と思ってしまうのです。あと少し、もうひと工夫すれば・・・と。
「芝生の庭」は平面的に地面に芝生を張るだけではなくて、立体的に構成して、適度な目隠しや居心地の良さを同時に考えることで、家族みんなで心地よい時間を楽しめる、「過ごす芝生」になります。それができれば、芝生の魅力は倍増するのです。




連休最終日です。気持ちのいい天気だなあ。さっ、今日はどんな出会いがあるのか楽しみ楽しみ。
ぼくは夕方まで、港南台店で、ニヤニヤと設計しながら(どうも最近、設計しながらニヤついているらしいです)、皆様のお越しをお待ちしております。 
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