2012年02月

庭は不思議の国( 古澤邸 19)

レイチェル・カーソンは海洋生物学者で、自然保護と環境問題の先駆的存在の人です。
農薬の環境汚染を研究調査した「沈黙の春」執筆中に、深刻な癌宣告を受けた彼女は、その後闘病しながらこう考えたそうです。



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自分の命が終わってしまう前に、自分が生涯を通して感じ取った「かけがえのないもの」を次世代に残したい。



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命の終わりを知ったときに、人から発せられる言葉が持つ、チカラ、重み、輝きってありますよね。辞世の句、遺言、愛する人に伝えようと、必死で、振り絞るように紡がれる言葉。



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そうやって書かれたこの本「センス・オブ・ワンダー」には、レイチェルが1歳8ヶ月甥っ子のロジャーを毛布にくるんで、嵐の夜に海辺に向かうところから始まります。そしてロジャーが4歳になるまで、ふたりで、家のまわりの森や海を冒険しながら、自然から受け取ったさまざまな事柄が淡々と綴られていきます。



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本文から、レイチェルの思いが詰まった一節を書き写します。

もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら。世界中の子どもに、生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに眼を見はる感性」を授けてほしいとたのむでしょう。
この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、かわらぬ解毒剤になるのです。

この本を、子育て中のすべての人に、手元に置いてほしいです。



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最近立て続けに、育児に疲れぎみの若いお母さんと出会いました。みなさん庭の相談に来られたんですけど、ぼくは庭のことをいっしょに考えながら、それよりもこの本のエッセンスを伝えたいと思いながら話しました。
ぼくがレオチェルと、声を揃えて伝えたいこと、そんな部分を書き写します。

わたしは、子どもにとっても、どのようにして子どもを教育すべきか頭をなやませている親にとっても、「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと固く信じています。



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この本と出会って、ぼくはいよいよ庭の重要性を感じています。



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虫が嫌いなお母さん、土に触れないお母さん、雑草だらけの庭を見るのがいやでカーテンを閉め切っているお母さん、せめて、子どもを庭で放ったらかしてあげてください。お腹がすくまで、疲れて眠くなるまで、庭で遊ばせてあげてください。



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庭はワンダーがあふれています。子どもにとって、庭は不思議の国です。



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庭で目を輝かせる子どもの姿を確認したら、あなたも庭に出て、しゃがんで、いっしょに不思議の国の冒険に出かけてください。
あなたの遺伝子にある「センス・オブ・ワンダー」のスイッチが入って、きっと、あなた自身が、その冒険に夢中になりますよ。
レイチェルとロジャーのように、子どもといっしょに冒険に出かける。それは子育てというより、あなたが輝くことになるのです。

となりで、お母さんがいつも元気に輝いている。それが最高の子育てです。

がんばりましょう!








見た目と関係なく、最高の庭( 古澤邸 18)

ここでもう一度、庭のビフォーをご覧ください。



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このワイルドな庭が、古澤さんちの子どもたちには最高の遊び場だったといいます。駆け回り、泥遊びをし、昆虫や植物に夢中になり、この庭が彼らのお気に入りの場所、大きく言うと、宇宙だったということでしょう。
その子どもたちがまたすごくいい感じに育っていて。ぼくは自分の子育てが、東京の庭のない環境だったことを少し悔やみました。こんな仕事をしているのに、当時「子どもにとっての庭」ということを、それほど重大に思っていなかったということです。
今はハッ切ると思います、子どもには庭が必要です。土、植物、昆虫、風、光、そこで過ごす時間で培われることが、その子の根っこになるのです。

元気で興味津々に瞳を輝かせる子どもを見ると、ほんとにうれしくなりますよね。
その子たちの成長に寄り添ったこの庭、見た目とは関係なく、最高の庭です。


この庭の設計をしている段階で、もし庭が完成してブログで紹介することになったら、それに合わせて1冊の本のことを取り上げたいと思っていました。



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センス・オブ・ワンダー / レイチェル・カーソン(上遠恵子 訳)新潮社版


 帯にはこう書いてあります。


子どもたちへの
一番大切な贈りもの

 
美しいもの、未知なもの、神秘的なものに目を見はる感性〔 センス・オブ・ワンダー 〕を育むために、子どもと自然を探検し、発見の喜びに胸ときめかせるーーー 

子どもと一緒に出かけてみましょう。
自然は、嵐の日も、おだやかな日も、
夜も昼も、憂鬱そうに見える日も、
子どもたちへの、一番大切な贈りものを用意しておいてくれます。
「沈黙の春」の R・カーソン 最後のメッセージ。



明日から数日、古澤さんちの草花をご覧いただきながら、この本、センス・オブ・ワンダーについて書き進めようと思います。


 

変化( 古澤邸 17)

引き続き古澤さんちの樹木をご覧いただきながら、最近感じた自分の中の変化について書いておこうと思います。



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長年庭のことをやっていると、自分自身の中で、庭に対する考え方や感じ方に変化が生じます。
20年くらいの長いスパンで言えば「庭は眺めるものではなく、そこに居て感じるものである」ということに気付きました。
その方向で庭を突きつけていくうちに、
「夜の庭の魅力」や「植物のメカニズム」や、さらに広がって「自然と人の関係性」に興味が湧き、やがて「庭を楽しむ人は幸せを実現しやすい」という、自分的には世紀の大発見をして、そのことを追求しながら仕事をするというスタイルが出来上がりました。



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このように、庭に対して、変化しながら深まって行く自分を感じながら、天職なんだなあという気持ちと、この先どこまで深まるのかと、ものすごく楽しみでもあります。何せ、ぼく自身の庭への思いが深まるほど、お客様が喜んでくれるのですから。
昨夜も完成した庭を撮影しながら、お客様から「なんていうのかなあ、う〜ん、どう言えばいいのか・・・、そう、人生が変わりました!」と、最高のお言葉をいただき、うれしさから少々晩酌が増えて、とても気持ちよく熟睡しました。お褒めの言葉はそのまま受け取る、どころか何倍にも増幅して有頂天になって、木にでも電柱にでも登るタイプなのです。
変化しては「大発見だ!」と夢中になり、ちょっと褒められると有頂天になり、またいい気になって突っ走っては(たまには激しく転倒しながら)また発見があり、変化してゆく。



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で、昨年暮れからの数ヶ月で、またひとつ変化を感じています。

木が愛おしい。



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そう、やたらに木が愛おしいのです。
以前は姿が美しい木、その庭に適した木、花や実が楽しめる木、元気な木を選び、植えていました。
でも、この頃、「木なら何でもいいや」と思う自分が居ます。
樹形が崩れていても、多少病気でも、花の咲かない地味な木でも、とにかく木はあった方がいい。全体の条件が許す限り、できるだけたくさんの木を植えた方がいいと思うことがあります。
形や樹種に関係なく、どんな木でも、愛おしく感じている。とても不思議な変化です。



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この変化が、この先どのように展開してゆくのかはわかりませんが、でも、今、書き留めておこうと思いました。





本日、ノアさんの「念押しの和合」に、千葉に行ってきました。
犬って柔軟というかたくましいというか、1度目はやや怯えたような、憂いを含んだ表情だったのが、今回はもう馴れたもので、まったく普段通りでした。今は何事もなかったかのようにいつも通りに過ごしています。
2ヶ月後にはお母さん。知ってました?犬って2ヶ月で出産なんですって。ぼくはてっきり1年くらいかかるのかと思っていて、妻に笑われました。
何頭身ごもってくれるかなあ。5頭だと母体の負担が大きいので帝王切開だそうです。1頭や2頭だと、赤ちゃんが大きくなりすぎるので、これまた帝王切開だそうです。
できれば自然分娩で産んでほしいので、4頭になってほしくて、ノアさんに「4だよ4、1、2、3、4の4だよ」と繰り返し言い聞かせています。





 

冬の庭の輝き( 古澤邸16)

古澤さんちの樹木を並べます。

道路沿いの2本です。
ハナミズキとシマトネリコ。ハナミズキは最初から植わっていた木で、シマトネリコは今回植えました。



ハナミズキ
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シマトネリコ
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落葉樹(ハナミズキ)に常緑樹(シマトネリコ)を添えることで、風景が和みます。
特に冬、枝だけになる落葉樹だけだと、寒々と感じられるものです。そこに常緑樹が入ることで、冬であっても日だまりの温もりが感じられるようになります。


レンガ塀の表側にブルーベリーを数株植えました。
この木(灌木)も冬の風景を和ませてくれます。



ブルーベリー
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ブルーベリーというと、まず実の収穫をイメージしますが、晩秋から冬、この赤く色づく葉も大きな魅力です。
昨日庭の打合せで千葉へ行き、花見川区ののどかな風景の中にブルーベリー畑を発見しました。畑一面が燃えているように赤くて、周辺の冬枯れの林とのコントラストがすごかった。強烈な存在感。
枯れ色の中で冬の日を反射して赤く輝くブルーベリー畑、気持ちがパーッと明るくなりました。 



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冬の沈んだ風景の中に原色の輝きを出現させる植物ということでは、柑橘類もそうです。

大人気のレモンです。



レモン
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もうすぐ完熟します。
枝で熟したレモンの旨さ、ほろ苦さ、甘酸っぱさは、高村光太郎の「レモン哀歌」を思い出させます。


レモン哀歌

そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
かなしく白くあかるい死の床で
わたしの手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした
あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
あなたの咽喉に嵐はあるが
かういふ命の瀬戸ぎはに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた
それからひと時
昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして
あなたの機関はそれなり止まつた
写真の前に插した桜の花かげに
すずしく光るレモンを今日も置かう



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庭にいると、冬には冬の輝きがあることに気付きます。


「冬は寒いし、花は少ないし、庭はひと休み」と思わずに、庭に出てみてください。
シマトネリコのつやつや光る葉っぱ、ブルーベリーの赤、レモンの黄色とそれをかじったときに頭にパーッと広がる世界。
こんなふうに、植物は人にちょっかいを出し、話しかけてきます。それもけっこうな大声で。






今日は昼から、完成した庭の撮影です。遠足の朝みたいにうれしくて早く目が覚めました。
天気は薄曇り、最高です!光が柔らかく行き渡って、こういう日にファインダーを覗いていると、ドップリとその庭に入って、庭と濃密な時間を過ごせます。楽しみです。




 

庭の書斎( 古澤邸 14)

今日は和室前の「縁側の庭」をご覧いただきます。



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みんなで集うバーベキューテラスの向こうに、一段下がって、コンパクトに、ひとりで過ごすように仕立てました。

あえて「ひとりで過ごす場所」ということを意識したのは、ぼく自身が庭でひとりで過ごすことの効用、すばらしさを強く感じているからです。



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2月の終盤、そろそろ空気が温かくなってきて、庭に居ることが楽になりました。
昨夜も庭で1時間ほど過ごし、ブログをやって本を読んで、そうしているうちに頭にたまった雑事が整理整頓されていくのを感じました。

庭にいることで頭が整理される、その感覚は、寝て起きるとフレッシュな気持になっていることに似ています。

昨夜、庭で読んだ本は医師の根来秀行さんが書いた「眠っている間に病気にならない身体を作る本」です。すっごく興味深い内容で、何度か読み返しています。

人は眠っている間に記憶が整理されます。その整理整頓作業の大半は「忘れる」ということだと言います。いち日で散らかり放題散らかった記憶の大半を捨てて、残った記憶を引き出しにしまい込む作業です。
ついでに言うと、細胞も整理されるそうです。60兆個の細胞が眠っている間に整理整頓される。傷んだ細胞、周囲に悪影響を及ぼす細胞を捨て続けていて、新しい細胞を適所に埋め合わせてゆく。その身体の土木工事のような細胞入替作業は常に急ピッチで進められていて、1年もすると、60兆個すべてが入れ替わるそうです。つまり、1年後には今の自分は完全に生まれ変わっているということです。

よく眠れない、寝ずにがんばる、そういうことを続けていると、その土木作業に遅れが生じます。
身体の入替工事が工期に間に合わなくなったとき、人は体調を崩します。記憶の整理整頓が追いつかないときには、精神や思考に異常をきたします。
覚せい剤ってそういうことなんですよね。常に覚醒しているから身体の疲れを感じないし、頭もストレスたまらずにスッキリしたまま。でも、その結果あっという間に心身に異常事態が起こってしまう。
そう考えると、疲れるって大事なんです。疲労感があるから眠れるし、いやなこと、イライラすることを捨て去るために眠って、寝て起きると気分が良くなっている。その繰り返しのリズムを崩さないことが、健康に暮らすのにとても重要なことなのです。

いい睡眠をとっていれば、一切の病気にかからない。

極端に言えば、という前置きをしながらも、根来先生はそう言い切っています。ついでに付け足すと、「規則正しく7時間(11時に寝て6時に起きる)の睡眠をとって、食事を腹八分目にして、赤ワインを飲む」ことで、ほとんどの病気を回避できるそうです。


話を庭に戻しましょう。
夕食後に庭に出てひとりで過ごすことを始めて、もうすぐ1年になります。12月、1月はさすがに寒くて辛い日もありましたが、そこは雪国育ちのA型、頑固ですから、やるとなったらやり続ける。その頑固さでストレスたまるわけですけど、そうしたら寝る。
1年前、震災をきっかけに始めたこの庭で過ごす習慣、1年でぼくの全細胞は入れ替わったので、この習慣は新たなぼくの基軸になりました。夜の庭で感じたこと、仕入れた情報、考えたことで今の自分が出来上がっているということです。
この乗りの長い人体実験、自己評価をすると、大成功でした。

眠ることと同質な効用を感じる「ひとり、庭で過ごす」ということ。ぜひ多くの人にお勧めしたいことです。
というわけで、この縁側スペースを設計に入れました。長い説明でしたけど、そういうことなんです。



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写真には写っていませんが、物置側に室外コンセントを設置してあります。ここでパソコンをやったり、本を読んだり書き物をするときのスタンドの電源です。


濡れ縁に座って周囲を眺めてみましょう。



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これから新が出て、木には葉が茂り、足元は草花で埋め尽くされます。最高の「庭の書斎」になります。

庭の書斎で頭の整理整頓することを習慣化すると、毎日頭に、スッキリとした空きスペースが出来ます。 

すごいことですよ、これ。
その空きスペースがあると、自分を客観視できるし、思考がぶれないし、日々意欲が途切れないし、ストレスを引き受けることも出来ます。

庭にひとりで過ごせる場所がある、たったそれだけで、暮らしの充実度は格段に上がるのです。





ストレスって、動き回って身体が疲れるのと同じに、いったん引き受けた方が良さそうです。そしてよく眠って捨てるべきものは捨て、引き出しに納めるべき物はきちっと納める。はなっからストレスを回避するばかりでは引き出しが空っぽになってしまいます。
22日に書いた夜明け前の闇には、大切な意味があるって、そういうことなんだと思います。
辛い出来事がやってきたら、一旦辛さを引き受けることで見えてくることや、得られることがあります。
あとは自分の整理整頓能力がそれに追いつくかどうか、そこが勝負です。

って考えると、いやな出来事も、ゲーム感覚で受け取れますよ。









 
 

和印

今日は早朝に横浜を出発して、成田の先の鹿取市に行ってきました。目的は愛犬ノアさんのブリードです。つまりお見合いして、お互いに気に入れば、即、その場で結婚してハネムーンみたいなことです。

お相手はカブトくんというとびきりハンサムで、家柄、性格、健康状態、非の打ち所のない好青年。

ノアさんをひと目見るなり、カブトくんは気に入ってくれたようです。

片やノアさんお方は、まあもともと誰とでもフレンドリーですし、事情もよくわかっていないもんですから、思いのほかすんなりと和合が成就しました。

10分間位だったかなあ。




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その間のご両人の表情を興味津々で撮影しながら、ぼくの頭の中にはいろんなことが駆けめぐりました。

何が駆けめぐったのかは省略して、ひと言でいうと「すてきだなあ~」という感じ。和合っていいもんですねえ。




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ところで、和合ってわかりますかね?辞書で調べると、和合 親しみ合うこと、男女が結ばれること、とあります。そういうことです。


妻とふたりでノアさんの和合を眺めている、それもまたいい時間でした。




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北原照久さんのコレクションに「和印」というジャンルがあります。和合のおもちゃというか、民芸品というか、そういうものを「和印」と言うのだそうです。

そのコレクションを見た写真家の霧島ローランドさんが「これはすごい芸術品だ!」と感動して、それを撮影したものが写真集になりました。題字は書道家の武田双雲さん。




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愛犬ノアさんの和合に立ち会って、「これだな!」って思いました。北原さんの和印コレクション、一家に1冊置いといたらいいですよ。

そこには人の生命力があって、好奇心があって、想像力と創造力があって、夫婦の絆があって、生きることの喜びがあって、だからそこから、家族が、幸せな人生が始まるという、とても基本的で大切な世界があります。

そこに写っているコレクションの完成度の高さ、びっくりしますよ。それと、ローランドさんの視線。
芸術ってこれなんだなあって思いました。
「もう、ローランドさんったら、すっごいエッチなんだからあ」。

ぼくは今、和印みたいな庭を生み出したいなあと、心底そう思っています。

和合・・・かあ・・・。











 

夜の庭は自己回復装置( 古澤邸 13)

目隠しして、庭を持ち上げて、囲炉裏とベンチを設置して、バーベキューテラスが出来上がりました。

もうひとつ、この場所を楽しむために欠かせないのが「照明」です。 

どんなにいい庭、楽しい庭になっても、夜になると部屋のカーテン閉めて、シャッターまで閉めることが当たり前になっていると、庭の楽しみは半減どころかもっと小さくなってしまいます。夜庭に出ることが習慣になっているぼくからすると、その楽しみの量は10分の1くらいになるんじゃないかなあと思っているほどです。

夜の庭を楽しめるようにすると、庭の魅力、価値は倍増します。 


使った照明器具はいつものマリーンライトとフロアーライト。



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それぞれ3灯ずつ使いました。



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この計6灯のライトで 、夜はこうなります。



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暗くなったら自動で点灯するようにセットしてあります。

夜、リビングの外に庭が存在している。すぐにそこに行って過ごすことが出来る。そのことで得られることの大きさは、それを体感しなければ感じられないことです。
星空、月明りに流れる雲、静寂、宇宙ステーションの光、夜風、周辺の家からもれる温もりのある光。
集うのもいいし、ひとりもまたいいし。

夜の庭は、日常から抜け出したような、時間の感覚が消えたような、不思議な世界です。

お客様から「昨夜もお友達が遊びにきて、庭で日付が変わるまでしゃべってたのよ」と、とてもうれしい報告をもらったことがありました。そういう場所なんです、夜の庭は。
ぼくは、夜庭に出る習慣抜きには、もう、ちょっと無理かなって思っています。それ無しの生活には戻りたくないというか戻れないというか、その時間で気持ちがメンテナンスされ、思考が広がり、そこで感じたこと、考えたことに従って暮らしています。

夜の庭は自己回復装置。癒されるだけじゃなくて、充電もされます。
毎晩庭に出ると、毎晩ピッカピカの自分になります。


暮らしの中にそういう場所があることで得られること、感じられることの大きさを、庭をお持ちのすべての人に伝えたいなあ。すっごくいいですよって。





半月ぶりの雨です。
雨が降ると気が滅入るという人、たくさんいらっしゃると思うんですね。ぼく自身昔はそうでしたから、よくわかります。雨音を聞くだけで、空気が湿っているだけで気が重くなる。
ぼくは今は全く逆で、雨が降るとホッとするのです。空気が湿っていると気持ちが柔らかくなるし、濡れた風景を見ると目がうれしいし、雨音を聞くと集中力が増して設計がはかどるし、いいことだらけに感じます。雨の日は気持ちが晴れ晴れとするのです。
何が変わったんでしょうかね。

雨の日が苦手だったのは30代の後半から45歳くらいまで。途中に厄年をはさんで、けっこう疲れていたってことはあります。前のめりになってバリバリ仕事しまくっていたので、気持ちに余裕がなかったのかもしれません。
でも、よく考えると、今の方が格段に仕事量は多い。
もしかして、バランスとるのがうまくなったのかなあ。・・・うん、そうかもしれません。

もしあなたが、雨で気が滅入るようなら、心や身体のバランスが崩れているのかもしれませんよ。
雨が上がったら、庭に出ましょ。庭に出て、お茶するんでも、雑草引っこ抜くんでも、何でもいいのでしばらくの時間、庭で過ごしてみてください。そうすると庭の声が聞こえてきますから。
庭は「がんばれ!」というか、「力を抜いて、気を楽にして」というか、あるいは全く違うことを話しかけてくるかもしれません。その声が聞こえたら、あなたはただそれに従えばいいのです。
会社の上司が言うこと、連れ合いが言うことは素直に聞けなくても、庭の声には素直になれるものです。

庭の声に導かれて暮らすと、雨で気が滅入ることがなくなります。

庭は、バランス調整機能もあるのです。






今夜はテミヤンライブ。







夕方には雨も上がりそうなので、出かけてみてはいかがでしょうか。
テミヤンライブも、夜の庭と同じ、自己回復装置です。




 

テミヤンライブ Vol.67

明日2月23日(木)、67回目のテミヤンライブです。



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もうすぐ震災から一年ですね。
テミヤンのスマイル、聴かせてくれると思います。







今日はテミヤンライブのお知らせついでに、最近見つけた2つのことを書こうと思います。

俳優の渡辺謙さんと放送作家の小山薫堂さんが呼びかけて「前を向くカレンダー」というものが発売になりました。


kizuna311 #50 「前を向くカレンダー」

 

 
 


インターネットで購入できますし、ぼくのようにアナログな人は大きめの本屋さんに売っていますので、ぜひ。
2100円は2冊分の価格で、被災地以外で販売して、1冊購入でもう1冊が被災地へ送られるそうです。
123の支援メッセージ、胸が熱くなります。そして人の思い、言葉のチカラ、人間ってすばらしいなあと感じることができます。


もうひとつ、「風の子守唄〜あしたの君へ〜」という曲を聴きました。
作詞/谷村新司、作曲/石井竜也で、ふたりで歌っている復興支援ソングです。

その曲の中で、グッと胸に来た歌詞がありましたので、書き留めておこうと思います。

夜明け前の闇には 大切な意味がある
心の旅支度 息を吐き切るとき

明けない夜はない。夜明け前の闇が一番深い。その夜明け前の闇に、実は意味があるって、この1年間を振り返ると、胸にしみる言葉です。
被災した人たちが、闇の中で何を感じたのか、何を掴んで立ち上がろうとしているのかはきっとぼくには計り知ることは出来ませんけど、ぼくらもまたこの1年で感じたこと、掴んだことがたくさんありました。
心の旅支度、息を吐き切るとき、辛いときにはそこにこそ意味があるんだと、心の隅にそういう考え方を持っていることが、立ち上がる気力に繋がるなあと思いメモしました。




では、いつものように「北原照久ミュージアム」です。



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無関心、無感動、無責任、無表情、無愛想。無のつく言葉には、夢や希望が入る隙間がないんだよなあ。
無をつけない人どうしだと、お互いの人生が楽しさと感動でいっぱいになるよ。



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金田正一さんが言っていました、「長生きの秘訣があってね、それは子どもっぽいこと。裕次郎もヒバリちゃんも仲良かったけど、ふたりとも早く大人になり過ぎたんだよ。いつまでも子どもっぽいことが長生きの秘訣だよ」。
子どもっぽくワクワクして、いつも新鮮なおどろきを感じて、そういう気持ちを持ち続けるとが大事ですね。幼児性が大事、幼稚性じゃなくてね。




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「幸せの太鼓」という映画を観ました。ハンデを持った人たちが太鼓を練習して全国をまわるドキュメンたりーです。ラストシーンはただただ感動でした。
ぼくらは健常者なのに不平不満を言ってしまう。文句言ってないで何かに打ち込みましょう。
そして楽しむこと。楽しいから打ち込めるし、続けることが出来る。




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今日はバーナード・ショーの言葉です。
「老いたから遊ばなくなるのではなく、遊ばなくなるから老いるのだ。」
もっともっと、いろんなことを楽しんで遊びましょう。何にでも興味を持って、ときめいて。



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テーマ「あなたの一番の願いは」

ぼくの願いはずっと言い続けているけど、70歳までにすべてのコレクションを表に出したい。倉庫にあとミュージアム10個所分のが眠っているんですよ。
でも、一番の願いは、ひどい天災が起きないでほしいですね。




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しゃがんでみてください。視線を低くするだけでときめきますよ。



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こないだの満月、きれいだったね。空に穴があいてるみたいだった。
宇宙飛行士の山崎夫妻から聞いたんだけど、宇宙ではほんとに穴があいたみたいに月は真っ白なんだって。

月を入れて寝るとする/山頭火

名月や 池をめぐりて夜もすがら/松尾芭蕉

名月を とってくれよと泣く子かな/小林一茶

菜の花や 月は東に日は西に/与謝蕪村

イラッとするときってあるでしょ。イラッとしたらこういう句や言葉を噛み締める。
ため息つきたくなったら、グッとこらえて、もっと大きく息を吸い込んで深呼吸する。「ため息は、命を削るカンナかな」って言うからね。



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今日の言葉

あいさつは、されているうちは半人前。
先にできたら一人前。




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テーマ「心残りなことは?」

全然ないね。できることはすべてやってきたから。



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人間は何に感動したかを他人に伝える義務がある。
言葉は無力ではない、言葉を失った人が無力なのだ。

これは長野にある無門館の館長の言葉です。感動を言葉で伝えてゆく、大事です。




それじゃ、明日6時半に横浜人形の家でお会いしましょう。





 

もう一押し( 古澤邸 12)

目隠しをして、庭を持ち上げて、過ごすスペースの設定が出来ました。
設定を間違えると何をどうがんばってもうまくいかないのです。

次はその場所でどう過ごすかということ。その場所の使い方、楽しみ方を膨らませるための「もう一押し」を解説します。
庭の骨格が出来上がって、見た目に整然と美しく出来上がったらそこまで、それで満足してしまう人が多いんです。これは庭を提案する側の責任も大きいんですけどね。大概「予算的に・・・」とか「そんなに庭に出るわけじゃないから」とか、急にトーンダウンしてしまう傾向にあります。
そうやって完成してしまった庭に遭遇すると、ぼくは心の中で「違う!ここからが大事なんだ!」と、自分でも押さえられないような強い調子で叫んだりするのです。あ、いや、あくまで心の中で叫んでいるので、ぼくの表情は一瞬だけ、口角が2ミリ下がる程度ですけど。

「もう一押し」で、その庭に命が宿る。
街には「惜しいんだよなあ」と感じる庭がたくさんあります。


庭の産声を聞くことろまでやり切らなきゃ、ぼくの仕事は終わらないのです。

庭に命が宿る瞬間に、庭の助産婦のように立ち会い続けています。
命が宿っている庭とそうでない庭、生きている庭とそうでない庭の違いは、時間の経過で明らかになります。
命が宿っている庭は時間とともに成長し、楽しみが広がり、味わいを増していきますし、そうでない庭は、時間が過ぎるほど殺風景になっていきます。周囲に森や林がある場合には、数年で周囲の自然に呑み込まれて、存在自体が消えてしまうこともあります。庭が周囲の環境と戦う生命力を持っていないのですから当然です。
時間とともに朽ちていって、暮らしの中で厄介な場所になってゆく庭、自然に抗えずに呑み込まれてしまう庭、命が宿っていない庭・・・。

プランの段階で思い描いた、夢いっぱいの庭でのシーンを実現するための「もう一押し」を意識し、やり切ること。そこで庭に命が宿ります。


話を古澤さんちに戻します。
目隠しと持ち上げで設定した過ごす場所に行った「もう一押し」がこれ、バーベキュー炉とシエスタベンチです。



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バーベキュー炉じゃなくて、丁度いい具合のテーブルでもいいんですけど、そこに人が集って腰掛けることが出来る、そこに行って座って過ごしたいと思わせるものが必要。
「過ごす庭」という設定ですから、実際にそうやって庭で過ごさない限りその庭の価値を感じることはないわけですから、そこまでやって完成なのです。

このバーベキュー炉が大好評で、毎月何カ所もこれを中心とした庭をつくっています。この炉が欲しくて、そのために庭をリフォームする人もたくさんいらっしゃいます。



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 家族で、友人を招いて、時にはひとりで、火に向かう。贅沢な、でもとても簡単に実現できるシーンです。

そして、これまたすっかり定番になりました、シエスタベンチ。



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庭にあるソファーのような、ハンモックのような存在で、部屋から庭へと出たときに行き場所がある、そこに行けば座れて根っ転がれることが、庭への誘いになります。庭を暮らしの場所にするために、とてもいい効果を生んでくれます。


あなたの庭は生きていますか?
もし気絶しているようなら、肩を揺すって蘇生させてあげましょう。
命が宿った庭は、家族とともに健やかに成長してゆきます。 

庭は建築構造物ではないし、植物を植える畑でもないし、部屋からただ眺めるだけの絵でもありません。
庭は家族です。


庭をそんなふうにとられることが出来た人にだけ、庭は、目眩がするほど幸せな時間をプレゼントしてくれます。




先日、あるお庭から海に沈む夕日を眺めていました。
なんだか感動して、生きているなあって、涙があふれてきました。
・・・老年性多涙症かもしれません。
でも、幸せでした。
自分ちの庭じゃないのに、その庭はいつも家族のように、ぼくに、すばらしいプレゼントをくれます。
その庭はいつも健康に、豊かな気持ちで、思いっきり生きています。





庭を持ち上げる( 古澤邸 11)

リビングの外に庭スペースがある場合に、リビングと庭とをどうやって繋ぐか、一体化させるかが重要です。それを意識しないと、家族が集うリビングルームの外に、暮らしの場所から排除された、名ばかりの庭の一丁上がりになります。そしてその庭は、やがて暮らしの中で厄介な場所になってしまう可能性が大なのです。
それほどこのことは大事なことでありながら、なかなかそこに意識が行かない。
ぜひ一度、あなた庭に当てはめてイメージしてみてください。

部屋と庭を繋ぐとは、ふたつの意味があります。
ひとつは部屋から庭へ、庭から部屋への移動がしやすいということで、もうひとつは、部屋から見える庭が部屋と一体化しているということです。
もっと噛み砕いて言えば、部屋と庭との段差を解消すことと、部屋からの庭風景をいち枚の絵にすること

このふたつのうち、窓を絵の額縁と捉えてそのに風景を描いていくことは、わりと皆さん無意識にやっていることです。
木を植えて、花を咲かせて、風景としての庭を楽しむ、さらに庭に出たくなるような、その風景の中に居たくなるような窓からの景色にうっとりとすることがよくあります。
問題はもうひとつのこと、部屋と庭の段差の解消です。

庭に出るときに段差が大きくて、
出られることは出られるけど、サッシの縁につかまって「よっこらしょ」と声が出るようでは、庭は遠い存在になってしまいます。室内の部屋の行き来と同じく、特に意識しなくても庭に行ける、子どもだったら室内を駆け回って遊んでいて、そのままの勢いで庭に駆けていけるような仕立て、部屋と庭の繋がり方を実現してください。そこから、今まで味わったことがないような「庭のある暮らし」が始まります。

具体的には、例えばウッドデッキや濡れ縁。部屋と庭のレベルが同じですから庭と部屋は繋がります。
もうひとつは階段。部屋か踏み出す最初の段が広いことが大事です。寸法で言うと50センチ以上、理想的には100センチです。
足元を気にせずにスッと外に立てることが、庭に出ることの抵抗感を無くしてくれます。そして、地面まで降りてゆくときの段の高さは1段が18センチ以内であること。実際に上り下りしていると、段差が20センチになるとやや大きい感じがします。

このふたつの方法が一般的ですが、もうひとつ、ちょっと思い切った方法があります。
それが今日ご覧いただく「庭を持ち上げる」というやり方です。



Before 
P1010030


After
DSC_1060



庭に「過ごす場所」を設定して、そこを持ち上げて部屋に近づける。
このビフォーとアフターの変化を感じていただけると思います。庭が部屋と繋がって、暮らしの場所に仲間入りできました。これが、部屋と庭を繋ぐということなのです。



DSC_1094

DSC_1095



このときに注意しなければいけないのは、床下の通気の確保です。あと、設備舛があったら蓋も持ち上げておくこと。



DSC_1078

DSC_1079



工事としては大掛かりになりますが、それにかかるコスト以上の楽しさを手に入れることが出来ます。



DSC_1075



部屋つながりで、外にもうひとつの部屋がある。



DSC_1074



ちょっと庭に出てみてください。部屋と庭との繋かり方をチェックしてください。

段差を無くすこと。暮らしが幸せ方向へと、大きく前進する変化です。

これって、人間関係も同じです。




考えたらすごく単純なことで、関係性を良くしたい相手との段差を無くせばいいんですよね。
そう考えると、ツイッターやフェイスブックって革命的なことです。携帯持ち歩くだけで、段差の無いフィールドに立てる、コミュニケーションの幅が爆発的に広くなるわけですから。
・・・どうすっかなあ・・・やってみようかなあ。何となく、パンドラの箱的な怖さもあるんですけど。・・・薬物に手を出してしまうような。

「危ぶむなかれ、行けばわかるさ」と猪木さんも言ってることだし、そのフィールドに立ってみましょうかねえ。

だれか、ぼくの段差を解消してください(設定のしかたを教えてください)。







 

開放感と遮蔽感のバランス( 古澤邸 10)

木製パネルとレンガ塀で目隠しを構成して出来上がった、テラス内部の様子をご覧いただきます。



 DSC_1087

DSC_1088

DSC_1089

DSC_1090



4方向に腰掛けてみました。

もう一度昨日の写真をご覧ください。



DSC_1086



こうしてテラス入り口で立って眺めるのと、上の4枚の座った状態での場の感じ方の違い、わかるでしょうか。

レンガ塀が、立ったときにはほぼ視線の高さ、塀に近づくと向こうが見通せる高さになっていて、座ると視線が塀に当たります。
テラス全体としては開放的で、そこに行って座ると、まるで部屋にいるように落ち着ける、この具合がいいんです。開放感と遮蔽感がちょうどよく感じられます。


この快適さを構成しているもうひとつの大事な要素があります。それは地面を持ち上げるということです。
明日はそれをご覧いただきます。






連日設計に追われて・・・いやいや追われていてはいけませんね、設計を追っかけています。
もともと仕事をすることは好きですけど、こんなに仕事への意欲が途切れないことが不思議にもなります。やってもやっても意欲が湧いてきて、ひとつ仕上がるたびにすごい充足感があって、それがまた次への意欲に変換される。いい感じです。

そう言いながら、そうは言っても、ときどき意欲の炎が弱くなって、とろ火くらいになります。
どうするか、寝ます。寝て起きると、また炎が大きくなっています。
寝て起きてもまだとろ火のときは、単純作業に没頭します。ぼくの場合は家事。
料理、掃除、洗濯、どれも適度に頭を使いながらもほぼ無心で没頭できますし、けっこう身体を動かしますし、さらに、妻の機嫌もよくなるし、いいこと尽くめです。
家事をこなしていると、だんだん焦りが出てきます、「設計たまってんのに、のんきに料理や掃除していていいんだろうか」って。これもまた意欲の炎に焼べるマキになるのです。

こうして火力が増すと、しばらくはまた熱々の設計作業が続きます。

家事で、仕事の意欲を維持するバランスが保てる。

これはもしかしたら、自称主夫、育メン、妻曰く中性的な、ぼく独自のバランス感覚かもしれませんけど、ほんと家事っていいですよ。
自分の状態を知るのにもいいですしね。

家事がめんどくさいときは、気持ちが後ろ向きなとき。

これは主婦のみなさんはいつも感じていることですよね。家事が楽しいとき、家事してると次の意欲がわき上がってくるとき、心身は健康な状態にあるのです。

さあてと、メラメラとサクサクと設計して、夕飯は旨いワイン(オーガニックのカベルネを入手しました)に合う献立をつくらせていただきましょうかねえ。








 
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