2012年02月

基本を妥協してはいけません( 古澤邸 9)

木製パネルは、軽く透ける目隠し。今日ご覧いただくレンガ塀は、全く透けない目隠しです。
向こう側を完全に遮蔽するレンガ塀ですから、ポイントはその高さになります。どの方向にどこまでの高さのレンガ塀を積むか、その構成のしかたで、目隠し効果が変わってきます。

道路側からご覧ください。



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歩道からだと、写真で見ても見上げる感じで、ちょっと高すぎやしないかと感じる方も多いと思います。
そこなんです、昨日書いた「妥協してはいけない」ということ。隠すべきところはキッチリ隠す。
理屈っぽく、「この部分にはこれだけの高さが必要である」となったら、そこを隠す方法をあれこれ考えて、妥協せずに目的を果たす。そこを中途半端にやり過ごしてしまうと、レンガを積んだのに役に立っていない、ただ意味もなくレンガがあるだけということになります。
この、ただ意味もなくそこにあるレンガ積みやブロックの塀やフェンス、これがまた世の中にはあふれています。
もったいない。それにかけたコスト以上に、そこをちゃんとやり切れば実現したはずの「庭のある、心地よい暮らし」を棒に振ってしまっているわけですから。

この一見すると高すぎるような塀を、道路の向こう側から観てみましょう。



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テラス部分だけなので、そんなに威圧感はないですよね。塀の手前の木々が芽吹いて葉がついて、植栽部分に草花が茂れば、塀の存在感はさらに薄まります。

今度は内側から。



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ね、この高さが必要なんです。
外から、中から、最低限ここまで必要という目隠しの具合、高さを入念にイメージしてそれを整えることで、このテラスの居心地、リビングの居心地が成立しています。

目隠しは庭づくりの基本です。

基本は、理屈っぽく、妥協しないで整える。

基本さえ整っていれば、あとは自由自在に場を組み立てることが出来ます。このテラスをバリ風にも出来るし、カントリー調に仕立ててもいい。すべては基本の上に構築することなのです。

明日はテラス内部の居心地を感じていただきます。





昨日の坂東玉三郎が大切にしている言葉、

型破りな演技は、型を知らずにはできない。
型を知らずにやるのは、型無しというのだ。

ぼくにはとても強く響く言葉でした。それは同じようなことを修行時代によく言われていたからです。土木の施工管理で丁張り出しという作業があります。施工のための基準になる高さや方向を測り出して、現地に杭を打って、そこに打ち付けた板にそれを釘で示す作業です。
丁張り出しの基本は水平。例えば家の基礎を作るときに、すべてが水平に仕上がっていないと、家が傾きますよね。そういうことです。水路を作る場合でも、まず水平を出して、それから水が流れる勾配を決めていきます。
その水平のことを「ロク」と言います。たぶん陸(リク)から来ている言い方だと思いますが、土木ではそう言います。「ロクを出す」とは基準となる水平を出すということです。 

ぼくは新潟で、小岩政夫という厳しい親方について、3年間毎日怒られっぱなしのような修業時代がありました。
親方は、ぼくが出した丁張りを一目見て、「ロクが悪い」と言います。
測量器械を使って、細かい数字を計算しまくってロク(水平)を出しているのですが、ぼくが一応の自信を持って出した丁張りを、パッと見てそう言うのです。
ムッとしながら、それでも怖い親方からの指摘ですから、再度測り直し計算し直すと、指摘通り、計算ミスでロクは狂っていたということが何度もありました。
「そんな機会や計算機に頼るからいけねえんだ。ロクが出てるかどうかなんて見りゃあわかるだろ」と叱られました。たしかに、計算とか自負心とか、そういうものを取っ払って素直な目で見れば、自分が出した丁張りが間違っていることは一目瞭然でした。

親方は丁張りのこと以外でも、この「ロク」ということを言います。

ロクデナシって言ってな、ロクがわるいやつは何やってもだめだ。

現場の休憩小屋で冷や酒を飲みながら、よくそう言っていました。

ロクとは水平、基本ということです。
親方に繰り返し言われた基本とは、人より早く出社すること。現場に行くときは、職人さんよりも早く行って段取りを整えておくこと。いつも現場が整然と片付いているように掃除をすること。職人さんが次に何をやるのかを予測して先回りすること。絶対に測量ミスをしないこと。

その基本が出来るようになるのに、実に3年かかりました。そして毎日怒られ続けていた恐ろしい親方が、気がつけばぼくを最強のパートナーとしてくれていて、難しい現場ではぼくを指名してくれるようになっていました。
3年間、ぼくはロクデナシだったわけです。

修行って大事だなあと思います。修行って、基本を身につける期間のことなんですよね。ロクデナシがロクがいい職人に、一丁前の人になるための時間。
ロクデナシを辛抱強く叱り続けてくれる人との出会いも、時間が経つほどに有り難いことだと感じます。
そのときは、コンチクショウ!の連続だったんですけどね。









 

目隠しが基本課題なのです( 古澤邸 8)

今日と明日、目隠しの具合をご覧いただきます。

お客様と庭のことをあれこれイメージするときに、最初に考えることがこの「目隠し」についてです。
カテゴリ別アーカイブ「8つのポイント」でも、最初の項が「目隠しをする」。そこから仮想庭のイメージがスタートするのです。

まず、
庭でどう過ごすか、何と楽しむか以前に、リビングの居心地をよくするための庭側での目隠しを考えます。リビングのカーテンを開けっ放しで過ごすには、最低限、どこにどの程度の目隠しが必要か。
特に通りに面した庭の場合は、これが先決であり大前提です。

どの部分にどの程度の強さで目隠しをするかは、リビングに立って、室内を歩き回って、座って、いろんな角度から外を眺めて決定します。
ここで大事なのは妥協しないこと。必要な場所にはキッチリと目隠しすることです。「そんなに高く目隠ししたら・・・」風通しや日当りや防犯や、いろんな理由を持ち出して目隠しを拒む人がいます。今までなかったものが出現することへの抵抗感はおどろくほど強いんだなあと感じることもしばしば。でも、そこをキッチリとやらないばっかりに、せっかく庭を楽しそうにつくったのに、現実には楽しめていないというケースは限りなくあるのです。庭にも出ないし、それ以前に1年中カーテン閉めっぱなしになるわけですから、庭は暮らしの外にある場所、たまにそこに行っては草取りをする場所になってしまいます。もったいないというか、残念というか。
何事も、基本や前提条件が崩れると意味をなさなくなるものですから、隠すべきところは隠す、その点を妥協しないことをお勧めします。

逆に、隠す必要がない場所、方向は、できるだけ開放的にします。
そうやって構成してゆくと、大概は部屋が暗くなることもないし、開放的でありながら居心地がいいリビングになります。

次に、庭をどう使うかをハッキリさせます。野菜を育てるのか、雑木林にするのか、芝生の庭にするのか、食事が出来る場所にするのか。そしてそのシーンを思い浮かべながら、今度は庭の目隠しを考えます。

まずはリビングの目隠し、次に庭の目隠しを考える。
庭をど使うかよりも、リビングを快適にすることが先決です。



では、古澤さんちの目隠しをご覧いただきます。
木製パネルによる目隠しです。



Before
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After
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斜めからの視線なので、このように軽く透ける目隠しにしました。

外からはこんな具合です。



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パネルの足元が植栽スペースになっているので、そこにツル性植物を植えてパネルに絡めれば、目隠し効果は強くなりつつ内側からはそこが花咲く壁になりますから、リビングとテラスから、いつもそれを眺めながら過ごすことが出来ます。



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いいでしょ、このパネルにアンジェラやピエールドゥロンサールが咲いている風景。



庭を快適な場所にするために、庭がある暮らしを楽しむために、まず目隠しのことを考え解決することにこだわってください。それが基本です。
最初にキッチリとその基本課題をクリアーすることで、次の展開がより楽しいものになります。

基本を曖昧にすると、どこまで行っても曖昧なままで、いろんなことをやってみても、けっきょく楽しい場所にはならないまま。そしていつしか庭が厄介な場所になってしまう、という可能性があります。住宅地を歩くたびに思うこと、世の中の庭は、そういうことだらけなのです。






先日の「プロフェッショナル 言葉のチカラスペシャル」で坂東玉三郎さんが大切にしている言葉が紹介されました。
襲名当時に、師匠である守田勘弥さんから言われた言葉だそうです。

型破りな演技は、型を知らずにはできない。
型を知らずにやるのは、型無しというのだ。



20代の後半、玉三郎演じる助六の揚巻を観る機会がありました。息をのむ美しさということを知った日でした。
型、基本、その反復から、人を感動させる型破りな美しさが生まれるんですね。

で、ぼくの基本は、さくさくと家事をこなして、庭に出て過ごして、バランスよく食べて、早寝早起き。これは実感として、基本が崩れると設計も調子が出ないし、体調悪くなるし、気力も落ちて、あらゆることが雪崩のように崩れていきます(50を過ぎてから著しい)。
いち日いち日、基本を大切に、そして行き詰まったら基本に返る。
イチローがルーティンにこだわるのも、そういうことなのかもしれませんね。




 

縁側は庭の書斎( 古澤邸 7)

バーベキューテラスの奥に、和室前に縁台を取り付けた縁側の庭があります。



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テラスとは別に、「ここに腰掛けて庭を感じていただきたい」という提案です。

縁台まで行って振り返ります。



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道路からは内部が見えなかったバーベキューテラスが、ここからはよく見えます。
玄関側は閉じて、こちら側は開いてあるわけです。
なぜこちら側を開けるかというと、家が坂の途中にあって、ことら側は道路が下がっているから。
立地条件に合わせて、閉じるべきとことは閉じつつ、できるだけ解放感を確保することを意識しました。

後ろ向きのまま、一番奥まで行きます。



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縁台の前の土部分には、子どもたちが大量の球根を埋めたそうです。

その芽吹きや木々の変化を楽しみながら、ここに座って、本を読んだりパソコンしたり。
バーベキューテラスは集う場所 で、こちらはひとりもの思う場所。庭の書斎みたいなイメージです。







今日は久しぶりに、朝からずっと庭に出ています。
サッシのガラスを拭いて、芝生の雑草取って、スッキリしたところでパソコン開いて、事務処理と取りためた写真の整理をしました。
陽射しが心地よく風がないので 寒さゼロ。
不謹慎にも昼食でビールを1杯いただきまして、1時間ほど庭で昼寝(熟睡)。
目が覚めて、ノアと散歩に行き、また庭に出てこうしてブログやってます。
BGMはいつもの鎌倉FMで、ラジオの小さなスピーカーから、モノラルのスタンダードジャズが庭に流れています。
とてもいい感じです。
贅沢です。
最高です。
こういう仕事か休みかわからないような時間って、いいんだなあ〜。
しあわせだな〜。
今日はこのまま、星空になるまで庭に居続けようと思います。
 
カスミのような薄曇りなので、今日の夕焼けは美しいはず。カメラも用意しときます。






 

隠しておいて、パッと見せる( 古澤邸 6)

では、バーベキューテラスに入っていきましょう。

レンガ塀と木製パネルで、道ゆく人からはその内部がどうなっているのかは見えません。
ただ、予感はします。「いったい、あの中はどうなんっているんだろう?」という興味を持たせるくらいの閉じ方です。



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近づいていって、中へと進みます。



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エーッ!こんあのありー!



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初めてここを目撃した人は、きっとビックリするんじゃないかなあと思います。



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予感を感じさせつつ隠しておいて、パッと見せる。

この手法は茶庭の路地や、もっと大規模な回遊式庭園でも使われている手法です。身近でいえばディズニーランドはこれの連続です。隠しておいて、パッと見せる。

昨日の赤いポスト、そして奥様が設置したプレート、内部をキッチリと隠すレンガ塀、中の様子が見えそうで見えない木製パネル、これらはいわば罠、仕掛けです。
これで植え込みに花が咲いて、ツルが絡んで、木が茂って、バーベキュー炉に炭が熾きて、肉が焼けていたら・・・。
その罠にはまった人は大喜びすること間違いなし。

古今東西、いい庭は、罠がたくさん仕掛けられています。

そこを訪れる人、庭にやってくる人の気持ちを捉え、心をくすぐる罠を仕掛けましょう。 





庭に限らず、人をおどろかせるのって楽しいですよね。楽しさを通り越して感動することもあります。
「夏子の酒」っておぼえているでしょうか。
お兄さん(中井貴一)が亡くなった次の年の夏、長岡の花火を染め抜いた浴衣が夏子(和久井映見)に届きます。送り主はお兄さん。
感動的なシーンでした。

さっ、設計設計。今日もせっせと罠を仕掛けます。







 

アクセント( 古澤邸 5)

今日は「アクセント」 についてです。

アクセントとは、音楽でいうと一連のメロディーラインのなかで、ある音を強くすることです。それによってメロディーに印象が生まれます。
ではそれをデザインに置き換えるとどうなるでしょうか?
音楽なら、ある単音のボリュームを上げればいい、鍵盤を強く叩けばアクセントになります。

ではデザインの場合は?
デザインには音はありませんので、アクセントは色でつけます。

デザインは、色でアクセントをつける。

例えばこういうことです。
バブル期後半に、コンクリート打ちっぱなしのお店が流行りました。一見すると地下倉庫のような無機質の壁と天井で、インテリアはモノトーンで。
その極端にモダンな空間をカッコいい場所として成立させるには、あることが必要です
それは、アクセントをつける。つまり、色を入れるということです。

イメージしてみて下さい。
コンクリートが支配するモノトーンの空間に、真っ赤な椅子が置いてある。
その椅子の赤が入ることで、空間全体がイキイキとしますよね。その椅子がなくて、どっちを見ても冷たい白黒の世界だったら味気ないです。そしてそれ以上に、気分が沈む感じになり、とてもじゃないけどそこで恋人とすてきな時間を過ごすなんてありえません。
当時、そういうコンクリート打ちっぱなしの空間に、どういう色使いでアクセントを付けるかが、空間デザイナーの腕の見せ所だったのです。

その「色使いによるアクセント」の効果は、住宅外構や庭でも同じです。
家の外まわりには、たいがいアクセントが存在しません。壁やアプローチ、庭木、エクステリア製品、どれもナチュラルな中間色でまとまられているものです。
その色彩的には平板な風景にアクセントとして、真っ赤なドアがあったら・・・、



こうなります!
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これは、あるリフォーム好きの奥様が、ご自分で塗装した扉。何とも楽しい、見事なアクセントです。

このように、色によるアクセントが風景全体をイキイキとさせます。


では古澤さんちです。
玄関アプローチの入り口に赤いポストを設置しました。



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ちょっと後ずさって眺めると、こうなります。



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赤い点景物によるアクセント効果、感じていただけるともいます。



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その赤い色に引き寄せられるように近づいていくと、ポストの後ろのレンガ塀にプレートが。



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奥様が設置した「Welcome」と書かれたプレートです。



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アクセントで全体を楽しい雰囲気にして、そのアクセントで引きつけておいて「ようこそ!」と。
奥様のおかげで、見事な仕上がりになりました。


庭や外構に色を入れることを、日本人はほとんどやってきませんでした。京都の石庭に赤い壷が置いてあるとか、方丈庭園の縁側がターコイズブルーとか、ありえませんよね。
でもヨーロッパや南米の庭は、パレットのように、自由自在に色を使いこなしています。

色を使って、庭空間をイキイキとさせましょう。

アクセントを考えることと同時に、色を楽しむことにもどんどんチャレンジしてみましょう。




感性が豊かに暮らしている人っているんですよね、美的感受性が飛び抜けている人。
ドアを赤く塗った奥様の家のリビングには、なんと蛍光灯がありません。窓からの自然光と、豆電球を使ったアンティークなシャンデリアと、キャンドルで暮らしているのです。カッッックイイですよ。


 




 

大成功でした( 古澤邸 3)

天気予報では、「また厳しい冷え込みが・・・」と言っていても、寒く感じるのは早朝だけ。日中は日向にいると、もう春のようにポカポカです。夜も庭に出るのに気合いがいらなくなりました。
寒さが和らいでくるに従って、また庭の季節がやってくるといううれしさを感じます。
昨年も、思いっきり楽しく有意義な時間をくれた「庭」の存在が、春を待つ気持ちを大きく膨らませてくれます。

2月9日、春の到来を心待ちにし、日だまりの温もりに顔がほころぶ。
今年も庭を楽しみまくります。



春に向けて、庭の椅子を新調しようと思います。柔らかいデザインの、座り心地がいいチークの椅子です。

これから三寒四温を繰り返しながら、季節は着実に春に向かう。
3月11日には、庭を花だらけにしておきたいなあと思っています。でないと、・・・うまく言えませんけど、そう思っています。

3月11日、ぼくは、花いっぱいの庭で過ごします。



さて、では始めましょう。
子どもの庭から家族の庭への変化です。



Before 1
ビフォー1

After 1
アフター1




Before 2
ビフォー2
 
After 2
アフター2




Before 3
ビフォー3

After 3
アフター3




Before 4
ビフォー4

After 4
アフター4




Before 5
ビフォー5

After 5
アフター5



自分たちがもの心ついてからずっと楽しんできた、彼らにとっては楽園のような庭。それが変貌するのを、子どもたちはどう感じるだろうかと少し心配でした。

撮影を始めてすぐに、学校から帰ってきた兄弟が、笑顔いっぱいで「庭をやってくれてありがとうございます!」と言ってくれました。とてもきちっとした兄弟です。
庭に出ては昆虫をつかまえ、夢中で泥団子をつくる奔放さと、素直で礼儀正しい面との両方を持っている兄弟。うまく育てたなあと、感心するやらうらやましいやらでした。
カメラを覗いてパシャパシャやりながら話しを続けていたら、友だちにも自慢の庭だそうで、植栽スペースにはさっそく大量の球根を植えたのだと教えてくれました。
しばらく撮影を興味津々で眺めていたと思ったら、急に家に入って、「お母さんが日よけの布を縫うんだけど、まだ出来てないんだ」と、生地を持ってきて見せてくれました。

よかった。大人だけじゃなく子どもたちも、この庭を大喜びしてくれていることを確認することが出来ました。
子どもの庭から家族の庭へ、大成功でした。

早く春になって、大人も子どもも庭に出っぱなしの暮らしが始まるといいなあと、そのシーンを思い浮かべながら撮影を続けました。







 

子どもの庭から家族の庭へ( 古澤邸 2)

昨日ご覧いただいた2プランを検討していただいて、細部を調整し出来上がったのがこの Plan C です。



Plan C
古澤邸 C



道路側からの立面はこうです。



 古澤邸 C−3



庭の平面図を2分割します。



古澤邸 C−2




古澤邸 C−1



 子どもたちにとっての楽園であったワイルドな庭を、この設計でどう進化させたのかというと、子どもの庭から家族の庭へ、ということです。
「そろそろ親も庭を楽しむ、親子で庭を楽しむことを始めましょう」という提案でした。

家族全員にとって居心地がよく、家族みんなが庭に居て、庭で過ごすことが大好きになるような、そんな庭へと変化したら、それは大きな進化になります。


昨日書いたこと、

周囲の変化に適合しながら、自分の形や性質を変化させてゆくことが進化。

そして、

庭も、家族の成長とともに進化させましょう。でないと、庭から楽しさが消えてしまいます。庭の退化が始まります。

このことについて、もう少し書き進めたいと思います。

ひと目見て元気がない庭、どうも楽しそうに見えない庭の多くは、進化を止めてしまった庭です。

家を建てるときには庭への夢は膨らんでいたはずですし、新居での暮らしがスタートしたころは園芸店で購入した植木や花鉢を、夫婦で庭に植えるだけで、ものすごく満ち足りた気持になったはずです。
そして子どもが生まれて、一緒に庭で過ごした時間、友だち呼んでバーベキューした時間は、一生の宝物のようなすてきな記憶になっていると思います。
それが、気がついたら、もう長いこと庭での楽しい時間を過ごしていないという方、たくさんいらっしゃいますよね。
あるいは、家を建てた時点ではまだ庭へのイマジネーションが広がっていなくて、広がらないまま今日に至っていて、一度も庭で楽しんだことがないという人も大勢います。

庭をいつまでも楽しい場所にしておくコツは、常に変化させること。

庭ってそう考えるとわがままで手がかかる存在です。いったん美しく仕立てても、そのままを維持しようとすると、どんどん色を失っていきます。その美しさが消えていくよりも早く、次の美しさを生み出していかなければなりません。楽しさも、同じくです。

つまり、こういう捉え方が必要なんですね、

庭は造形物ではなく、生き物であり、家族。
だから季節によって着る服は衣替えが必要だし、成長に従って買い替えることも必要です。


庭木が落ち着いてきたころに「庭さん」の人生観が変わることもあります。「おじいちゃんが自慢していた松が、いつのまにか手入れが大変なだけの厄介者になっていて、ついにヤシの木に植え替えることになった」ということも起こります。

いいんですいいんです、どんどん変えちゃえばいいんです。そうしないと、庭は元気をなくしてしまいます。

変化させること、変化させ続けることで、楽しさや美しさや、庭の輝きが維持されます。



さあ、では今日の本題に入りましょう。ここまでは前振り。

庭をどんどん変化させながら、庭を元気いっぱいで輝かせておける人は、その人自身もどんどん変化できる人です。

これなんですよ、大事なのは。
変化を好む人、いつでも軽やかに変化できる人は、周囲の変化に対してタフに適応していけます。
逆に、変化を嫌う人は、周囲の変化で自分を保てなくなって崩れていきます。

庭も人も同じ。こういうことも、庭が教えてくれます。

仕事がうまくいかないときは、・・・自分が変化すればいい。というか、それしか方法はありませんよね。いくら上司や部下や景気のせいにして愚痴ったところで、何も解決しません。

結婚したいのに相手がいなくて、・・・自分が変化すればいいんです!
部屋がいつも散らかっていて、・・・自分が変化すればいいんです!
朝なかなか起きられなくて、・・・自分が変化すればいいんです!
毎日がつまらなく感じて、・・・自分が変化すればいいんです!
姑とうまくいかなくて、・・・自分が変化すればいいんです!
どうも体調が悪くて、・・・自分が変化すればいいんです!
子どもが反抗期で、・・・自分が変化すればいいんです!
株価が下がって、・・・自分が変化すればいいんです!
夫婦の倦怠期、・・・自分が変化すればいいんです!
二日酔いで、・・・自分が変化すればいいんです!
杉花粉が、・・・自分が変化すればいいんです!
給料が、・・・自分が変化すればいいんです!
体重、・・・自分が変化すればいいんです!
妻、・・・自分が変化すればいいんです!!!


変化すること、変化し続けることで、人生の輝きは維持されます。



明日はビフォー・アフターです。ものすごい変化を目撃して下さい。
 

陽のあたるところへ

雨音を楽しみながら設計に没頭していたら、外の音が変わってきました。風が強くなってきて、シトシトだった雨が、道路や屋根を叩きつけるように降っています。

ふと懐かしい曲が脳内に流れました。
You Tube で探したら見つかりましたので、よかったらお聴きください。
知る人ぞ知る、というか、あまり知られていない曲だと思いますが、今日にぴったりの名曲、久保田真琴と夕焼け楽団の「陽のあたるところへ」です。 



 


久保田真琴さんは、最近はネイチャーヒーリングの世界で音作りに励んでいるようです。
いい声、いい音、いいセンス。才能あふれまくりの人。
昔から大好きなミュージシャンです。
 
ふとしたときに、突然頭の中に流れ出す音楽、いいですよね。
手前味噌ですけど、この曲もそうです。







ウ〜ン、酔いしれちゃうなあ。
っと、ここが落とし穴。このまま You Tube 検索に突入するとすぐに何時間も経ってしまいます。いかんいかん。

さっ、また設計に戻ります。 
ほんと、いい雨です。




 

進化する庭( 古澤邸 1)

今日からご覧いただく古澤さんちは、築12年。横浜の丘陵地帯の住宅地に新居を構えて、3人のお子さんの子育てをしながら夢中で暮らしてきたそうです。
お宅におじゃまして、室内の壁に貼りまくってあるお子さんの習字や漢字表や地図、ズラッと並んだ家族写真から、その12年間がとてもすてきな時間だったことが感じられて、いい家族だなあと、すばらしいなあと感じました。

子どもたちがいくらか手がかからなくなって、気がつくと庭は・・・。

これがビフォーです。 



ビフォー1



森のように茂った木々の部分が庭です。その内側はこうなっています。



ビフォー3



見た目にはほとんど整備されていない庭。でもこの状態でも、子どもたちにとっては最高の場所だったようで、いつも庭に出ては虫や植物と遊びまくっていたそうです。そう、子どもには土と石ころと植物があれば、それだけで無限に楽しむ能力があるのです。

そう考えるとぼくの仕事は、子どもにはかなわないんですよね。庭を楽しむ、庭の声を聞く、毎日ぼくが話し書き続けていることを、子どもたちは誰に教えられたわけでもないのに最初から持っているんですから。

すべての子どもは天才ガーデンデザイナー。

大人がなくしてしまってその存在すらも忘れてしまったこと、しかし子どもたちは当たり前のこととして持っている、そういう能力があります。
その能力を最大限伸ばしてやることで、そこで感じたこと、育まれたことが、その子の人生を支えるたくましい根っこになるのです。

子どもが夢中で土を掘り、昆虫やドングリにときめき、そよぐ葉っぱの声を聞く。その心が人生を支えてくれる。

環境学の草分けともいえる学者レイチェル・カーソンは、そのことを「センス・オブ・ワンダー」と呼び、自分の命が終わろうとしているときに、後世まで伝えたいこととして書き残しています。

この、一見荒れ放題のような庭スペースが 、子どもたちの、もの心ついてから数年間の成長の舞台として機能したというのはすばらしいことですよね。


というわけで、今まではこの庭でよかったのです。
ではなぜぼくの出番となったのか。
それは、「進化」です。

家族は進化してゆきます。子どもの成長、いやいや子どもだけじゃなくて大人も成長し、それにともなって、家も庭も形を変えてゆく。
その変化をやめたときから退化や老化が始まります。

周囲の変化に適合しながら、自分の形や性質を変化させてゆくことが進化。

その進化は庭の持ち主がそうしようと思わなければ起こりません。進化しないままの庭がどうなるかというと、輝きを失って、「子どもが小さい頃は庭も楽しかったけど、今はねえ・・・」ということになってしまいます。

庭も、家族の成長とともに進化させましょう。でないと、庭から楽しさが消えてしまいます。庭の退化が始まります。

このことは、庭を通して人生を考えるときにとても重要なことだと感じているので、明日もう少し書こうと思います。

では、ぼくがイメージした古澤家の「進化の形」をご覧ください。



PLan A
古澤邸 A



Plan B
古澤邸 B



この2プランをもとに、ご夫婦でジックリとイメージしていただいて、そして出来上がった Plan C を、明日ご覧いただきます。







久しぶりの雨ですねえ。
ぼくは極度の乾燥肌なので、空気がシットリしていて救われたような気持ちになっています。いい気分です。いいんだなあ、濡れている景色と雨音。
それと今日の雨はぬるま湯みたいに温かいですよね。春雨と呼ぶには早いかもしれませんが、でもどこか春の予感みたいな雨です。

朝、庭に出て、冬枯れの芝生にスイッチが入ったことを感じました。明日からまた寒気が入るそうですけど、今日の雨で、植物の芽吹き装置のスイッチはしっかりと押されました。
芝生もバラも、今日から春が始まります。

バラの寒肥がまだの方は、急ぎ作業に取りかかって下さい。



 



 

緊急連絡

昨日より graceland@graceland.jp に不具合が生じ、メール及びホームページからの「お問い合せ」が受け取れなくなっています。
お急ぎの方は、下記の電話でお願いします。

グレースランド本社オフィス 
045−834−3069 

いわふち ひでとし 090−3570−4355





ついでにもうひとつ緊急連絡。
庭の消毒(石灰硫黄合剤散布)、芝生とバラの寒肥の時期です。今日はいくらか暖かいので、庭に出てみましょう。 





優しい気持ちと直感力( 小湊邸 21)

小湊さんちのご紹介は今日まで。
なかなかいい庭だったでしょ。もしこの家がぼくの自宅だったら、きっと同じ仕立てにしたと思います。



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ご夫婦は普段とても物静かで、いつも穏やかに笑っているという印象がありました。
この日は、ちょっと違っていました。
できあがった庭が大満足で、そのうれしさが爆発したような感じで、お酒も手伝ってとてもにぎやかな夜となりました。



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ご主人はぼくとの出会いをしきりに不思議がっていました。たまたまポストに入っていたチラシに目が止まって連絡をして下さったとのこと。
そのチラシとは、すぐ近くのお宅で庭をやらせていただいていて、その現場打合せの空き時間に、スタッフが周辺の何軒かにポスティングした「お庭の相談会」の案内でした。ほんとに、たまたまの出来事だったのです。
そのたまたま手にしたチラシから、(ご主人曰く)「考えてもみなかった庭」ができあがって、そして大満足でバーベキューを楽しんでいることの不思議さを、うれしさいっぱいで何度もぼくに話すご主人に、なんだかぼくの方が感激してしまいました。うれしいうれしい、とてもうれしい反応でした。



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たまたまが重なって出会いが起こる
出会いはすべて奇跡的
その奇跡の出会いから 奇跡のような庭が生まれる
奇跡のような庭から 奇跡の連鎖が始まる




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奥様からはこんなお話がありました。
「工事して下さった職人さんがとってもいい人で、毎日手紙のやりとりをしていたんですよ」。
工事に当たったのは忍足(おしたり)さんという、とびきり腕がよくて、寡黙に、ものすごく熱心に仕事をする職人さんです。
奥様は仕事で日中は留守になるため、置き手紙で「ご苦労様です。今日もよろしくお願いします」とか、他に気になっていることなどを書いて庭に置いて出かけたそうです。それに忍足さんは、必ず返事を書いて帰る。工事期間中ずっとそのやりとりが続いたのだそうです。
後日忍足さんにそのことを話すと、ちょっと照れたようすで「手紙が置いてあると、なんだかラブレターもらったみたいでうれしくてね」と笑っていました。



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奥様の気遣い、そしてそれをうれしく感じて返事を書く職人さんの気持ち、そういうこと、目には見えないけれど確かにあるものが庭というカタチになる。これもまたうれしく感動的なエピソードでした。



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目には見えないけれど確かにあるもの
庭はそれによってカタチになります
そうやってできあがった庭に居ると
目には見えない大切なものを 感じ続けることができます



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奇跡の出会いで、またひとつ幸福な場所が生まれました。

出会い、目には見えないけれど確かにあるもの、幸福な場所を思い描くときに必要な、新たな鉛筆を手に入れた気がしています。



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小湊さん、楽しい仕事をありがとうございました。
毎日思う存分庭を楽しんで下さい。楽しめば楽しむほど、この庭はよろこんで、人生に次の楽しさを運んできてくれます。
花や野菜を植えまくって、休日の昼間、平日の夜、そして毎朝、庭に出まくって、あきれるほどの幸せみ満ちた庭へと進化させていってください。



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最後に、ぼくがおふたりから感じたすてきな才能のことを書いておこうと思います。
おふたりは、とても静かに、心穏やかに暮らしていますよね。常にガシャガシャとしたわが家と比べると、森の中にある湖のような、静寂の中で暮らしているように思えるほどです。
その静けさの中にある優しい気持ちと直感力を、とてもうらやましく思いました。
そう直感力。何かを判断するときのカンというか判断基準が、とてもシンプルですね。シンプルだから早い。そして判断を誤ることがありません。シンプルに「楽しいかどうか」、シンプルに「美しいかどうか」。
力まずに、優しい気持ちと直感力で暮らしを組み立ててゆく、見事です。その感じをいつか会得したいと思いました。





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