2012年04月

若大将降臨

凄いニュースが発表されました。

『ちい散歩』後番組は『若大将のゆうゆう散歩』 5月7日スタート 



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体調不良で休養中の俳優・地井武男さんの出演番組「ちい散歩」の後番組としてテレビ朝日は、“若大将”の愛称で知られる加山雄三さんを起用し「若大将のゆうゆう散歩」を5月7日から放送すると発表した。加山さんは「芸能生活52年目新たなスタートの年に、このような番組に出会えたのは、天から『歩きなさい』と言われているような気がしています。街を歩きながら、いろいろなことに関心を持ったり、感動したり、出会いに感謝すること、散歩することで今以上に健康な体になれるかな?なんて今から楽しみにしています。街でボクが歩いているのを見かけたら、気軽に声をかけてください!」とコメントを寄せている。

 

これはうれしい!というかおどろき! 
あの若大将が街角に降臨するんですからね。

加山雄三という人は、多くの人に取って特別な存在です。尊敬する人であり、大きな憧れであり、「こんなふうに生きたい」という理想の姿、人生の道しるべであり。そんな「神様」が、下々の暮らす街角にやってきてくださるとは。もうありがたいやらもったいないやらです。
いやほんとに、これは信じがたい大ニュース。
歌番組や芸能情報で見る加山さんとは違う、素に近い加山雄三の歩く姿、話す言葉、表情や仕草を、平日に毎日見られるんですからね。たまりませんよ。
加山さんのコメントが、またすばらしいですね。

「芸能生活52年目新たなスタートの年に、このような番組に出会えたのは、天から『歩きなさい』と言われているような気がしています。街を歩きながら、いろいろなことに関心を持ったり、感動したり、出会いに感謝すること、散歩することで今以上に健康な体になれるかな?なんて今から楽しみにしています。街でボクが歩いているのを見かけたら、気軽に声をかけてください!」


どうです、これ。ポジティブ一色で、さわやかで、若大将そのものですよね。



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驚いちゃうのは、加山さん、75歳ですよ!
うちの母親同い年なんですけど、まあ若々しい方ですけど、でもちゃんとおばあちゃんになってますからね。加山さんの若さは驚異的です。年齢を超越しちゃってますよね。朝からサーロイン食べてるそうですし、いやはや、どう考えてもすごすぎます。

このニュースが何でこんなにうれしいかというと、ファンであるということ以上に「これで整うなあ」という気がしているからです。
波動が高い人の姿というのは、それを見ただけで、こちらの波動も引っぱり上げられますからね。月〜金に、毎日波動を高く調整できるということになるのです。
こりゃあありがたい!録画予約をして、欠かさず観て、その度に波動がググッと上がる。そんな生活になったら、いったいぜんたい自分に何が起こるのか、どこまでいい感じに暮らせるのか、未知の領域に踏み入るようなワクワク感があります。若大将成分を毎日注入できるって、これくらいのすばらしい効用があります。

と書きながら、皆さんにとってはどうなんでしょうかね。ぼくだけ?興奮してるの。
まあいいです。ぼくにとっては大事件、 若大将降臨 なのです。










家庭菜園はエリート教育( 森邸 7)

庭の奥の「菜園」に入っていきます。



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土を踏まずに全体に手が届くように通路と飛び石を設置しました。



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こういう仕立ての場合によくお話しするんですが、「フェンスは支柱代わりに使いましょう」ということがあります。
一見味気ないアルミ製のメッシュフェンスは、丈夫だし、陽射しを遮らないし、風通しもいいし、理想的な支柱として使えるのです。
盛大に茂ったミニトマトを支えたり、ツル性の野菜を絡めたりして、夏休みにはフェンスの存在が見えないほどに緑濃くなっている、そんなイメージで活用して下さい。
外構の設計時に、それを想定して、背の高いメッシュフェンスを取り付けるのもいいと思います。



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新潟のぼくの実家も姫路の妻の実家も、庭イコール畑で、時々宅急便で段ボールいっぱいの野菜が届きます。
その味の濃いことと言ったらもう。しばらくスーパーに野菜には手が伸びなくなってしまいます。
出荷用に育てたものと自分ちで育てたものの違いは、トマトでも、水菜でも、まるでちがう食べ物のようです。
ただし、形は悪いし芋虫やナメクジはたっぷりとくっついていますけど。でもまあ、それが有機無農薬栽培の証しですからね。

キャベツに芋虫、白菜にナメクジ、それが有機無農薬栽培の保証書です。ありがたくいただきましょう。

いただくって、芋虫をいただくんじゃないですよ。それは取り除いて、さっと洗えばそれでオッケー。間違って料理に入っても、そんなの何ともありません。田舎の料理にはよく入っていましたから。
虫だけじゃなくて、土も、少しくらいついていたって何ともありません。

田舎みたいに自給自足できるほどの作付けは無理としても、ほんの小さなスペース、あるいはプランターでもいいので、ぜひ野菜を育てていただきたいのです。特に小さいお子さんがいるお宅ではぜひともそうしていただきたい。
野菜がどうやって生長するのか、どんな花が咲くのか、どのくらい収穫できるのか、そういうことを自宅で体感できることの意義はとてつもなく大きいはずです。もしかしたら、その野菜から感じる「センス・オブ・ワンダー」が、その子の一生を支え続ける幹や根っこになる可能性もあるのですから。

さらに、「味」です。自分たちで食べるつもりで、ごく普通に育てた野菜は、「本物の味」がします。

ただパラッと塩をふっただけのトマトやキューリを、ほおばったときの甘さと香り、摘みたての葉物野菜の、バリバリした食感や滋養の高さを感じるということを知らないままに、大人にしてしまってはいけません。

「子どもに野菜作りを経験させた方がいい」などという、子育てのプラスアルファとしてじゃないんです。もっと重要、重大に捉えていただきたいなあと思っています。
少々強めに言えば、当たり前の野菜の味を知らない大人にしてしまうことは、親として、ちょっと片手落ちなんじゃないかなあと思うのです。

大事なことですよ、これ。魚でも肉でも野菜でも、その本当の味を教えておくこと。
野菜が苦手な子どもでも、たまにでいいので、「これが旨いんだ!」と、親がニッコニコしながら野菜をかじっている姿を見せておくこと。

こういう、田舎ではごく普通のことが、ちょっと都会だと、意識的にそうしないと子どもは経験できなくなっています。

土に触れない子ども、ミミズをつかめない子どもって・・・、親の責任です!

ミミズは土を肥沃にしてくれるありがたい生き物なんだってことも、野菜は土から養分を吸収しておいしくなるんだということも、さらに、お日さまやきれいな空気がなければ野菜は育たないんだということも知らないままで成長してしまったら、ね、その子の人生は、そうとうに生きづらいものになると思いますよ。
今まで上に、これから10年20年、自然とどう関係していくかが、人生の意味や人間の生存にまでかかわるような重大事になっていきますから。

「自分も自然の一部なんだ」という自覚無くして、幸福な人生を築けないという時代に入りつつあります。

ぼくらの成長期に、そんなこと言う人いなかったですよね。何年も何年も、ひたすら「勉強しなさい」って言われつづけました。でも今は、教育ママって見かけなくなりましたねえ。
「学力を上げることが幸せへと至る唯一の道である」という価値観が、気付いたらもう崩壊しています。

今や、家庭菜園は、エリート教育の必須科目です。

でしょ。
まっ、エリート教育って言葉自体、もうそろそろ誰も反応しなくなるんですけどね。

だれも自分の子どもをエリートにしたいなんて思わなくなりますよ。それよりも「健康で幸せな人生を送ってほしい」ってことですよね。うんうんそうそう、ついに、そういうことが人生の価値になったんです。

ということは、

これからのエリートとは、幸せになる能力が高い人のこと。学力、肩書き、一切関係無し。「しあわせだなー」と感じる幸せ上手が、未来のエリートです。

家庭菜園が、その未来のエリートを育てるための必須科目だとしたら、どうでしょうか、「私は虫が嫌いで、土が苦手で・・・」というお母さん、庭に出たくなったでしょ。
お子さんのエリート教育のためには、まずお母さんが、うれしそうにミミズを触れなきゃ。

ほらほら、家庭菜園から話が転がってエリート教育のことになりました。絶好調のときにはコロコロと、どこまでも話が転がっていきます。
どこまでもどこまでも、切りがないのでこのへんにしとこうと思います。

今日も絶好調!何たって、昨日は美容院と整体に行って(スタッフ全員で整体してもらう日でした)、メンテナンスバッチリですからね。

体を整えて、身だしなみも整えて、庭に出て、植物を育てて、野菜を味わって、そこまでやったら心もと整うし、当然絶好調になります。

自分を絶好調に持ち込めた日は、ものすごく得した気分になります。何でもかんでも楽しく感じます。
いろんなことを整えながら、こういう日を増やしていきたいなあ。



さっ、頭を切り替えて、今日も設計設計。










 

夢をキッチリと実現させる( 森邸 6)

駐車スペースからつながる「縁側のある庭」です。



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一番奥にあるガレージまで、バイクが通り抜けなければなりません。これが今回の一番大きな制約でした。



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いろいろと考えた末に、建物に濡れ縁を取り付けて外に出やすくし、その正面に、板塀で目隠しをし、板塀を背中にしてベンチを設置しました。中央にはイスとテーブルを置いて、これをちょっと移動すれば、楽々とバイクがガレージまで入れます。



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濡れ縁のガレージ側と板塀の入り口側に木を植え、その足元は草花を楽しむ植栽エリアです。

ガレージに入っていきます。



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このときバイクの持ち主であるご主人は、休日の朝の走りを楽しみに出かけていたため、ガレージ内には主役のバイクはなく、自転車が停めてありました。

内部はこうなっています。



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カッコいいですよねえ。微かにオイルの香りがするホビールーム。 バイク好きじゃなくても、このスペーしには憧れますよね。

庭を振り返ります。



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自分の城、趣味の世界から外を眺めると、 そこに家族がいる庭が見える。何と贅沢なことでしょう。



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この空きスペースに、ピッカピカに磨き上げられたバイクが入れば、ご主人の城は完成します。
「天気はいいし、今頃気持ちよく走ってるんだろうなあ」と、その様子を想像すると、ぼくまで満ち足りた気分になりました。


家を建てるときに、設計段階で思い描くあれこれは夢に満ちあふれています。リビング、キッチン、書斎、寝室、そしてこのガレージのような趣味の部屋。
いったい何割の人がその夢にあふれた想像のマイホームを、実現させるところまでこぎ着けるかというと、けっこう少ないんじゃないかなあと思います。途中で、その夢を阻む現実が次々と現れますから。
ぼく自身どうかというと、新居に入るときに思い描いていた夢の世界には未だたどり着けていません。道半ばというか、はるかな道のりというか。実現までたどり着かないうちに、ついつい日常の雑事に負けてしまったようなところがあり、時々、「もっと美しい生活をするイメージだったのになあ」と思うのです。
だからこのガレージ、すばらしいなあって思うのです。

夢膨らませた想像の世界を、キッチリと実現させる能力ってすばらしい。

それができる人はいろんなコツを持っていると思うんですけど、きっと一番は「夢見る力」なのかなあって思います。
まず夢を思い描くこと、そこまでは誰でもできます。その夢を自分の中で増幅しながら、輝きを増しながら持ち続ける能力、そこに差が出るのかなあと、自分と森さんを対比させてそう思いました。
庭だったら負けないんですけどね。それ以外のことに関しては、ぼくはけっこうヘナチョコなのです。反省しきりです。

思い描いた夢を、色あせないまま持ち続ける人になりたい。

よくこうして、お客様の夢実現に刺激されることあります。ありがたいことです。
その刺激で、何度も目が覚めて、思い出して、少しずつでもお客樣方のすてきな暮らし方に近づいていけることがうれしくて、ほんと、ありがたいなあって思います。


夢は見るものではなく、叶えるものだ。

これは、なでしこジャパンの澤選手の言葉。
ワールドカップ優勝などという、とてつもなく大きな夢を実現させた姿に感動しましたよね。誰でもかれでもできることではありません。夢の実現なんていうと、そういう特別な人の話のように思ってしまうこともありますが、このガレージと庭を見ていると、ぼくはもっと身近な世界での「夢は叶えるものだ」ということのすばらしさを感じるのです。

人ベンに夢と書いて儚いとなります。これを「人の夢など、しょせん儚いものだ」と読むか「儚い命だからこそ、人は夢に寄り添って生きるのだ」と読むか、この違い。

家を建てるときに思い描いた夢の世界を、その夢を育み続けることでちゃんと実現させるということの素晴らしさ。そのときの喜びや満ち足りた気持ちの量は世界一になることに比べたら小さいことですが、でもその喜びは持続して、さらに育って膨らむものです。
片や澤選手たちは、もう次への期待、日本中からのプレッシャーに押しつぶされそうになっているに違いありません。
さて1年もしたら、総量としての喜びは、どっちのほうが大きいでしょう。

暮らしの場所を夢の世界にしていける人は、何かで世界一の偉業を成し遂げることと同じくらいの、大きな喜びを得ている。

そういうことです。

夢を思い描いて、それを実現しながら進んでゆく暮らし方ができる人は、地球上で一番の幸せ者にだってなれます。

例えば夫婦の幸福感、「こいつといられてしあわせだなあ〜」と感じるその気持ち、幸福感の量を競うワールドカップが開催されたとします。出場者は地球上のすべての夫婦です。
アラブの大富豪の夫婦でも、南の島で魚を捕りながら暮らす夫婦でも、横浜で庭のことを考えつづけながら暮らしている夫婦でも、スタートラインは一緒ですよね。本人たちが日々どれだけの幸福感を味わったかで順位が決まるわけですから。ようするに感じ方の勝負ですから、職種や財産や国や生活環境などはまったく関係ありません。すべては自分たち次第です。
さあ、あなたは、連れ合いと二人三脚で、世界の何位くらいまで行けそうですか?

たまに、こんなふうに考えてみると、「もっといい夫婦にならなきゃなあ」って思えます。自分たちはいつか世界基準の幸福な夫婦になれているだろうか、現世で、どこまで順位を上げられるだろうかって。





テミヤンライブで知り合った「メディカツ」の水越さん夫婦は、世界レベルの幸福感を味わいながら暮らしています。にこやかで、夢見がちで、よく働くご主人と、絵が得意で、優しく気だてがいい奥様。毎日出がけにハグするんだそうです。そういうことを(はずかしげもなく)楽しげに話すところがまたすばらしいのです。

その水越さんの番組「メディカツ」に、宇宙船の管制官、国際宇宙サービスの山崎大地さんが登場しました。宇宙飛行士山崎直子さんのご主人です。



昨年のイブ、山崎さんご一家と、パシャッと。
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こちらもまた世界レベルのご夫婦です。
そこに至る葛藤、ドラマは、大地さんの著書「宇宙家族ヤマザキ」で、感動的に描かれています。


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こんな You Tube を見つけました。グッと来ますよ。



2011年3月8日の国連公開シンポジウムでの宇宙家族山崎家の紹介映像

 




 

では、「メディカツ」をご覧ください。下をクリックして下さい。すてきな話が展開していますよ!


 


水越さん、大地さん、そして終盤に登場する北原さん(スプーン曲げやってます)、皆さん世界レベルの幸せ者です。あやかりたいあやかりたい。
横浜で毎日庭のことを考えながら暮らしている夫婦も、がんばって、順位を上げていきます。





 

遺伝子を運ぶ舟( 森邸 5)

今日はフロントヤードの駐車スペースをご覧いただきます。
2台分の駐車スペースを確保しつつ、できるだけ「駐車場」ではなく「前庭」っぽくすることを意識しての設計です。

クルマの動き、切り返しと配置を想定しつつ、玄関ポーチの周辺と建物の基礎の前に植栽スペースを設けました。



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土間コンクリートにスリットを入れてデザイン処理し、表面は洗い出し仕上げに。



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クルマ2台分となると、どうしてもコンクリートの面積が大きく、味気ない場所になってしまいますので、このように植栽を入れたり、仕上げを洗い出しにしたりしながら、なんとかそこを「駐車場」から「楽しい暮らしの場所」へと少しでも昇華させたいと考えました。

思惑通りに、さっそく子どもたちはそこで遊び回ってくれました。



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「いいぞいいぞ!」内心ニヤッとする瞬間です。



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ぼくが子どもっぽいのか、小さな子には、いろんな意図がストレートに伝わります。



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いいぞいいぞ!弟くんはとても伸びやかに、ものすごくオチャメに育っています。

縁側にはお兄ちゃん。こちらも伸び伸びと、自由奔放そのものです。



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この写真のふたりって、ちょっと、野生動物みたいでしょ。いいんだなあこういう子どもの姿。


こうして健康に成長している子どもたちに接すると、ぼくはご両親にお礼を言いたくなります。「こんなに元気に、ハツラツと育ててくれてありがとう」って。
よその家のお子さんを見て、その親御さんにお礼を言いたくなるって、変ですけどね。でも、ほんと、「ありがとう」って言いたくなります。 

子どもを伸びやかに育てられる両親って、他のどんなことよりもすばらしい価値を持っているって、後悔だらけの子育てを終えたぼくにはそう思えます。神々しいほどです。

分子生物学の世界には「人間は、神がつくった遺伝子を、未来へと運ぶ舟である」という言い方があるそうです。
ぼくらは親から受け継いだ遺伝子を時代へとつなぐために舟をこいで生きている。ただ舟をこぐだけじゃなくて、子どもたちに手渡した遺伝子の調整をしておかなければなりません。いい状態にメンテナンスし、さらにその子が将来にわたって、必要に応じて適切で良質な遺伝子のスイッチを入れる、そのスイッチ・オンのやり方もちゃんと伝えておかなければなりません。
親の暮らし方、考え方、悩み方、楽しみ方、そういうことが、子どもにとってのスイッチ・オンのマニュアルとなりますから、ぼくらはよりよく生きてみせないといけないわけです。

いろいろあっても、ちゃんと生きてみせる。その姿が、子どもに渡した良い遺伝子を働かせるための、「スイッチ・オン」のマニュアルになる。

世界中の子どもがいい遺伝子のスイッチをオンにして健全に育てば、原発のことはもとより、拉致問題、戦争、貧困、環境破壊・・・、地球上の悩みのほとんどは、50年後には半減し、100年後には消滅しています。
でしょ、50年、100年あれば世界は変わりますよ。放射性物質みたいに半減期何万年ってことじゃなくて、今生きている人たちがちゃんといい遺伝子を働かせる「スイッチ・オン」の生き方をすれば、自分が消えて、その先の先の世代には、人類は生物的に地球に認めてもらえる(許してもらえる)存在になれるのです。

幸せな暮らしって、そういうことなんですね、地球に認めてもらえる営み。それが正しい行いであれば、地球はご褒美として、あなたに幸福感を与えてくれます。そのように導こうとしてくれています。

だから、子どもをハツラツと。伸び伸びと、豊かな気持ちに育てることができている大人は、人類を救う、地球を救う、救世主と言えます。
いやあ大きな話になりました。でもこれって、納得できるでしょ。 

震災以降、「遺伝子のスイッチを入れる」という言い方考え方を、筑波大学の村上和雄先生を筆頭とした、多くの医師や学者が語り出しました。ちょっとしたトレンドになっています。
ものすごく興味深いその世界を探索すべく、本を読みあさっています。







あんまり天気がよくて、「レノンの庭」の草花が輝いていて、おかげで頭がノリノリなので、ついでにもうひとつ。
今回の設計とは別のこととして、外構の設計をしながらいつも頭をよぎることがあります。まず駐車スペースの配置から考え始めながら、そのときに思うことです。
駐車場で自宅の土地を使うよりも、クルマに乗らないとか、他に駐車場を借りるとかしてでも、その広さを「庭」として活用した方がいいのになあと。
どう思います、これ。
かなり極端な考えですが、まあ、そんな考え方をする人もいるんだなあと、そう思っていて下さればいいです。とりあえずそうしといて下さい。
これが引っかかって頭の隅っこにいつまでも残っている人には、いつかぼくの言っている意味が、そのことの本意が伝わって、あなたの中で花開く日が来るはずです。
10年ほどすると、このことは変なことではなくて、あったり前のことになっている、・・・かもしれません。「駐車場が必要だから庭を狭くするなんて、どうかしてるよ」って。そうなっていたらいいなあと思っています。








 

い・ず・み・は・る・み

和泉さんちのお花見に行ってきました。



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庭に桜(ソメイヨシノ)って、プランとしてはなかなか提案しづらいものがあります。これまでに数えるほどしかプランに入れたことがなく、そのすべてが実現には至りませんでした。ぼく自身に迷いがあったせいかもしれません。
その迷いとは・・・。



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桜は横に広がりますから、まず、庭が広い必要があります。次に、桜吹雪の花びらと秋の落葉が盛大で、掃除が大変です。さらに、アメリカシロヒトリがつきやすく、消毒が必要です。もうひとつ、根っこが地表近くで太りやすく、周辺の地面を持ち上げることがあります。
というような理由で、桜をプランに入れるのをチュウチョする傾向にありました。



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でも、和泉さんちの桜(リフォーム前から植わっていました)を見ると、その考えがぜ―んぶ吹っ飛びました。そんなに広い庭じゃなくても平気だし、花びらや葉っぱの掃除なんて楽しいだけだし、消毒だってそんなに大変な作業ではないし、根っこは・・・、まあそうなったらなったで何とかなります。どれもこれも、たいした問題ではありません。



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桜を植えましょう!すばらしいですよ桜、最高です。



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見て下さいよこれ、庭が輝いています。



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そもそも和泉さんちの庭の輝きは見事です。そこに足を踏み入れると、誰でもその輝きに心打たれて、気持ちがググーッと上がります。そこに桜、もう言うこと無しです。



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すんばらしいなあー!こりゃあもう、これからやるプランにはどんどん桜を入れちゃおうかなあー!なんて思いながら、家におじゃまして、集まったご近所さんに混ざってお点前を頂戴しました。
いい気分。
壁にかかっていた額に目が行きました。



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お孫さんからのプレゼントでした。
「い・ず・み・は・る・み」
いいですねえ。孫からこんなのもらえる日が、ぼくにもいつかやってくるのかなあ。幸せだろうなあ。

これなんですよね、和泉さんちの庭が輝いている理由。
庭って、人を映すんだよなあ。


パッと咲いて、サラサラと散って、旺盛に吹き出す葉っぱが「また来年の春まで、がんばろうぜ!」と言ってくれているような桜。

毎年、思いっきり葉を茂らせて、太く根を張って、春には見事に咲く桜に倣えば、「悩んでる暇はないなあ」と思えてきます。

とにかく自分を燃焼させなければ。もっと、もっと、今日をもっと、そんな気持になってきます。

桜の寿命が人とほぼ同じってところもまた、味わい深いものがありますよね。
「アァ、いったいあと何回・・・」って思いますよね。桜も、自分も、永遠ではないって。

思いっきり輝くために、植えてみますか、あなたの庭の真ん中に、桜の木。








微細な仕掛け( 森邸 4)

玄関アプローチの仕立てです。
門扉のないオープンスタイルで、駐車スペースの都合もあり右側から回り込んで玄関ポーチに上がるようにしてあります。



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ここでのポイントは、ポーチと同じタイルを道路までつなげていることです。



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道路から玄関ポーチへ、ドアを開いて玄関の仲間で地面の素材をひとつにするというのが、一応の基本と考えていて、条件が許す限りそのように設計しています。

素材数を減らした方が場が荒れないで、全体的に説明がつく仕立てになります。同時に、道路から玄関までという毎日何度も通る場所を、ひとつの資材でつなぐことで、スッキリした誘導になります。
これは些細なことです。ほんとに、住んでいる人は一生そんなことを意識しないかもしれないような微小なことです。でも、繰り返し玄関まわりを設計し、住宅地の無数に並ぶ玄関アプローチに意識を行かせているうちに、こういう些細で微小なことが、けっこう大きな事柄に思えてくるのです。

毎日通る玄関アプローチ、そこは家と外を区切る場所であり、そこから出かけていって、そこに帰ってくる「結界」です。ふたつの世界を結う、分けてつなぐポイント。そこの仕立てがスッキリとして理に叶っていることが、日々の暮らしをスムーズにします。
この些細なことが逆の働きをしたらどうなりますか?デザイン的に説明のつかない◯◯風の門塀とか、やたらにいろんなレンガや石をこれまた説明できなそうな使い方で、素材のオンパレードになっていたとしたら。

スッキリと、理に叶っているところに運気が舞い込む。

ぼくには、どうもそんな気がしてしかたありません。外構の設計を始めてから、かれこれ25年。玄関先のことをバッカみたいに考え続けると、こういう些細なことが重大に思えてくる。何の仕事でも同じじゃないですかね。

素材数を絞り込むこと、同然をひとつの素材でつなぐこと、もうひとつ些細なことがあります。「アイ・ストップ」ということです。目が止まるということ。
玄関への入り方を右に振るために、まず右側へと視線を誘導する。今回の場合は赤いポストと、枕木に取り付けた表札とインターホンがそれです。



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ここに意識をぶつからせておいて、それから建物側へと木製パネルで誘導する。



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足元に目を落として玄関ポーチの階段を上がると 、今度は落葉樹と草花に目が行ってから、玄関ドアへ。


 
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このようにして意識を誘導することもまた、とても些細な、微小なことです。説明しなければ誰も気がつかないようなこういう仕立てが、実は心地よくその場所を通過するために作用していたりします。
これは基本的な造園技術のひとつであり、店舗や商業施設の設計でも使われているテクニックなのです。

微細な仕掛けが折り重なって、心地よさが演出されます。

東京ディズニーランドは、このテクニックを幾重にも使いまくっているんですよ。マニアの方はご存知だと思います。舞浜に、いつまでも色あせることなくある「夢の国」は、そういうところが、アトラクション以上に魅力的なのです。






先日訪れた、倉敷の大原美術館の衝撃がまだ続いています。よかったー。
その場にいるときには、次々目の前に現れる作品に詰問されているようで、胃が痛くなり、建物を出たときにはぐったりと疲れていました。絵画では500年前から現代までを一気に、他には河井寛次郎あり、棟方志功あり、ガンダーラの仏像あり、ちょっとすごすぎるのです。
それが、こうして横浜の日常に戻ってから、ひとつひとつの作品の声が、丁度いいボリュームで心地よく聞こえてくる。初めての経験です。
また行きたいです。今度は一人一人と、もっとじっくりと語れる気がします。
いいですよ、大原美術館。倉敷方面に行くことがあったら、ぜひ行ってみてください。胃薬持って。









 

イメージ通りの庭出現( 森邸 3)

ではズラッと、ビフォー・アフターを並べます。



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一瞬で、パッと、建物が息づき始めるようなこの感じ。 



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After 2
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さら地の状態から繰り返しイメージしていた世界が、ちゃんとそこに出現する楽しさ。


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After 3
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ハウスがホームに変身する変化です。



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After 4
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外構や庭が整うことで、家全体、敷地全体に、家族込みの世界が出来上がります。



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After 5
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敷地いっぱいに、敷地からはみ出るほどの「楽しい暮らしの場所」が生まれました。
 


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ご夫婦が、さら地状態で、映画を撮るように、シーンとして完成後をイメージしていたことがわかります。 



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ビフォー7

After 7
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ここがもしあなたの家だとしたら、あなたは Before の段階で、どんなシーンを思い浮かべるでしょうか。



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After 8
アフター8



ワクワクとイメージする人には、ワクワクする庭がやってきますし、「そんなのどうでもいいや」と思う人には、ちゃんと、そういう庭が現れます。

まちがいないでしょ。こうして実際の変化を並べると、きっと実感していただけると思います。ぼくと森さんご夫婦が、ワクワクとイメージした、その通りの現実が写真には写っています。


 
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After 9
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これって、すごいことなんですよ。いやほんとに、すごいことなんです。


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After 10
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現実は、あなたがイメージした通りにできあがってゆく。

「そんなばかな」って思いますか?いやいや、場合によっては時間はかかるかもしれませんけど、よーく考えるとそうなんですよ。あなたが思い描いたことは、遅かれ早かれ必ずその通りになる。庭をしメージしながら、毎日繰り返しそれを目撃しているぼくは、実感としてそう思うのです。
「そんなことないって。世の中そんなに簡単じゃないし、思うようにいかないのが人生なんだよ」と、そう思っているあなたには、ほら、ちゃんと、そういう人生が訪れているでしょ、簡単じゃないし、思うようにいかないし。ね、そういうことなんですよ。ちゃんとあなたのイメージした通りになるのです。 





ぼくの仕事、庭を生み出すって、そういうポジ側の考えからぶれるわけにいかないんでね。
なぜなら、庭ってなくても別に困らない、庭がないばっかりに幸福な暮らしを実現できないとか、庭がないから子育てがうまくいかないとか、そういうものではない「プラスアルファ」といった存在ですから。

そんな庭に、暮らしを彩る輝きや、より幸せなシーンを生み出す魅力を持たせないと、その庭の意味や意義が生まれません。意味のないものにお金を使わせるようなことを仕事にしていたら、ぼくの人生がつまらないものになってしまいます。考えただけでもゾッとします。アァいやだいやだ、絶対にいやですねそんなのは。
「庭は雑草取らなきゃいけないし、植木屋さんたのんで剪定するのも費用がかかるし。だいいち私は土が嫌いで、虫が苦手で、花は枯らすし、だんなはインドア派だし、子どもが庭に出ると家の中まで汚れるし・・・」
そんなネガティブな捉え方をすべてひっくりがえすことができる庭を提供して、その人に「庭ってこんなに楽しかったんだ。庭があると毎日が充実するし、もう庭なしの暮らしなんて考えられない」と思わせることができたときに、小さくガッツポーズすることが楽しいのです。

庭をポジティブにとらえられるとき、あなたはポジ側に居ます。庭はいつも、あなたを映し出しているのです。


今日はこれ以上ないというくらいにさわやかな天気。昨日の雨で「レノンの庭」の植物はイキイキとしています。いい感じです。
背筋を伸ばして、気持ちはやや前傾姿勢で、次の設計に取りかかります。今日はとことん夢中で設計できそうです。








 

Plan B( 森邸 3)

昨日ご覧いただいた Plan A を検討していただいて、変更し、出来上がったのが次の Plan B です。



Plan B
森邸B−1

森邸B−1−1

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玄関まわりと庭の塀が木製パネルになり、表札、ポスト、インターホンは、枕木を組んで配置しました。
考え方と構成はそのままで、素材が替わったことで、ずいぶんと軽やかに、ナチュラルな印象になりました。



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森邸B−3



庭も同じく、コンクリートの塀から板塀への変更で、場が和らぎました。

この後に、パーゴラも取り付けたいということと、材木の色を緑と薄い茶系の組み合わせで、というご希望があり、ぼくはニヤニヤしながら変更設計をしました。
なぜニヤニヤしたのかというと、森さんご夫婦が、よりナチュラルに、より居心地よく、ということをイメージさせれいるのが伝わってきたからです。
その時点では現地はまだ足場がかかっていて、庭の広さをイメージするのも難しい状態でしたから、なおさらそこまで、「仮想庭」をリアルに創造できていることがうれしかったのです。

あと、バーベキュー炉をなくして、普段はテーブルを置き、それを移動すると広場になるというイメージに変更しました。「外の食事室」から「縁側があるフリースペース」という変化でした。
これも、後退ではなくて前進。リビングの外をいろんなことに使いたい、いろんなシーンを実現したいという思いがあってのことでした。

ぼくはこの時点で「こりゃあ楽しい庭になるぞ」と確信しました。

まだ見ぬ世界を、映画のようなシーンとしてイメージできる人は、早晩その映画の主人公になります。

まずイメージすることが大事って、ジョン・レノンも、武田双雲も、渡辺謙も、姜尚中も、スティーブ・ジョブズも、あらゆる宗教の教祖も、そしてぼくも言い続けています。
でもそれって、「イメージしなさい!」って言われても、ただボーッとしてしまいがちなんですよね。ただボーッとしてしまったところに「ほら、これがすばらしい未来ですよ」って、映像を見せられると、それが「すばらしい未来」として刷り込まれます。映像って強烈なのです。
そのことを使って、感動的な作品を生み出す人もいれば、洗脳に使う人もいる。・・・っと、はなしが大きく逸れそうなので、元に戻ってと。
イメージするのが得意な人は、その思考回路が脚本家のようになっています。具体的な人を登場させて、台詞を言わせ、そのシーンでの表情や動き、それを追うカメラアングルまで思い描きます。カラーで、音付きで、プロモーションビデオのように未来をイメージできることの素晴らしさ。学校では教えてくれないその能力を持っている人、思考のクセ付けができている人は、いとも簡単に、思い通りの明日を実現するのです。

映画を撮るように、シーンとして未来を思い描くことができる人には、イメージ通りの未来が約束されます。

またまたそんなこと言って、怪しいなあ・・・、そう思ったあなた。まあだまされたと思って、やってみてくださいって。何も損することでも、怖いことでもありませんから。

あなたは、あなたの映画の脚本家であり監督。主役はもちろん、あなたです。


明日、ビフォー・アフターをご覧いただきます。森さんご夫婦がイメージしたシーンが、ちゃんとそこに展開されています。






シーンとしてイメージするクセがある人は、一見するとボーッとしているように見えます。

もしお子さんが、ボーッとしていたら、声をかけずにそっとしておいてあげてください。その子はボーッとしながら、手塚治虫やスティーブ・ジョブズと肩を並べているのですから。


ぼくは小さい頃、いつも空を見てボーッとしていたので「ヒデボー」と呼ばれていました。
ヒデボーと呼ばれながら空想していた未来の自分と、今現在の自分は、そうとう近いです。そしてこれから先の自分も、ヒデボーは思い描いていたので、きっとそのようになります。
子どもはボーッとしながら、自分と世界の未来を組み立てている、予言者なのかもしれません。
うちの子どもたち、みんなボーッとしています。親も子どももボーッとしっぱなしの、予言者一家・・・、いや、妻だけはいつもシャキシャキしてますねえ。ぼくらがあまりにボーッとしているものですから、妻は反動でシャキッとしているのかもしれません。
ありがたいことです。感謝だなあ。全員ボーッとしていたら、たぶん社会に適応できないで、ぼくは「夢多きホームレス」か「放浪の山水河原者」になっているにちがいありませんからね。
ありがたいありがたい。





 

Plan A( 森邸 2)

ではプランをご覧ください。



Plan A
森邸A−1



フロントヤード、駐車場と玄関アプローチです。



森邸A−1−1



アプローチから右側を見た立面図です。



森邸A−2



庭部分です。



森邸A−1−2



リビングから見た立面図です。



森邸A−3



枚数が多くてわかり辛いかもしれませんね。ちょっと辛抱して、平面と立面を頭の中で組み合わせてみてください。立体的に把握していただけるとうれしいです。

手つかずのさら地から、いつも通りに理屈っぽく組み立てたプランです。
昨日書いた「庭をバイクが通り抜ける」という制約をクリアーしつつ、ちゃんと「過ごす庭」を成立させるというところが、描き手としてはエキサイティングな部分でした。ウッドデッキでもなく、庭を持ち上げることもなく、それでも出やすくてかつ過ごしやすい場所にするために、濡れ縁のある庭にしました。
その奥のエリアは家庭菜園で、他に5カ所のガーデニングエリアがありますから、植物を楽しみまくりながら、縁側のある庭で遊びまくる、そんなイメージです。
玄関アプローチは、駐車スペースを2台分確保するために、2枚のかまぼこ型の壁をT字に配置して、玄関ポーチの右側から回り込む導線にしました。


この Plan A をジックリとイメージし検討していただいて、細部を変更して出来上がった Plan B を明日ご覧いただきます。







今日は早朝から芝生の手入れをしました。
冬をじっと耐えた芝が、このところの暖かさで動き出しました。このタイミングで肥料を少々と目土をすると、一気に新芽が出てきます。
今後は半月に一度の施肥を梅雨が始まるまで続けます。

目土をする前に丹念に雑草を抜きます。しゃがんで、目を凝らして、カーペットボンビングのように隅々まで雑草をやっつけながら、気分が徐々に上がっていきました。
雑草取りって不思議なんですよ。皆さんが嫌がる作業なのに、ぼくはそれが楽しくてしかたがありません。いつもやっているので、引っこ抜く草の量が少ないということもあるんですけど、芝生全体をやり終えたときの満足感、爽快感。こんなにシンプルに自分が上がってゆくのを感じられる作業って、他にはなかなかないです。

芝生の雑草を抜くと、スーッと波動が上がります。エレベーターで上階へと行くような感覚です。

あるご主人の言葉が思い出されます。
ディズニーランドのように手入れが行き届いた芝生でガーデンリフォームの打合せをしていたときのことです。ぼくの「すばらしいていれですねえ」という言葉に、ご主人が、ニヤッと笑って、

「芝生の状態がぼくの状態なんだよ」

と。
それ以来、ぼくは芝生に憧れ、自宅の芝を下地から張り替えて、日々芝(自分)の手入れにいそしむようになりました。
今年一度目の芝刈りが、今から楽しみです。

芝生をお持ちのみなさん、芽吹き始めの今が施肥のタイミングです。








新築は夫婦力を高めます( 森邸 1)

今日から新シリーズ、森さんちの外構&庭をご覧いただきます。

ビフォーをご覧ください。



ビフォー1



新築のまだ手つかず状態からの設計です。

前面は駐車場と玄関アプローチで、左側がリビング外の庭スペースです。

問題がひとつあります。左側奥にあるシャッターがバイクのガレージになっているのです。つまり、庭を通ってバイクを出し入れするということになります。 



ビフォー4



ということは、例えばウッドデッキとか、いつもやっているように庭を持ち上げるというやり方は無理。
さあ、どうしましょうか。

そのガレージの脇から裏手にも少しスペースがあります。ここも何かに使えそうです。 



ビフォー7



一番奥まで行って振り返ります。



ビフォー8



こうしてまだ手つかずの状態に立つと、がぜん意欲がわいてきます。今回のように「庭をバイクが通り抜ける」という制約があると、なおさらです。

ここにどんな庭をイメージしたのかは、明日ご覧いただくとして、このように制約があると、がぜん張り切るということについて書きたいと思います。


家も庭も、プランニングは夢いっぱいな状態から始まりますよね。あれもやりたいこれもやりたい、こんなことも実現したいと。
でもすぐに、いろんな制約が目の前に現れて、膨らんだ夢がつぎつぎしぼんでゆく。きっと誰でもその段階を通過します。
そこで元気をなくす人も多く、「どうせ夢は夢、儚いものなんだ」と、自ら、まだしぼんでいない夢まで消してしまう人もたくさんいて、とても残念に思っています。

この仕事をしていると、年がら年中、家を新築するときに起こるその葛藤を目撃します。「お金がないからしかたない」とか「土地が狭いから無理」とか、よくあるのは夫婦で意見がぶつかって喧嘩してしまうこと。でも喧嘩になればまだ良くて、どちらかがすっかり折れてしまって、自分の思いは一切言わずに相手任せにしてしまうケース。一見もめないで良さそうな感じですが、実はまったくちがって、折れた方には不満が根深く残ることが多いのです。その不満が後々どう影響してくるのかを考えると、背筋が寒くなる思いがします。何せこれから、その不満の元凶であるその家で暮らしていくわけですからね。

ものごとを実現しようとするときに必ず立ちふさがる「制約」を、どうクリアーするか、それに対峙しても夢をしぼませない力、というか知恵というか、姿勢というか、それが必要なのです。

「新築は夢を諦め続ける作業です」と、早い段階で施主に話す住宅営業さんもいます(言い方はいろいろですが、けっこう大事な営業テクニックだそうです)。ご夫婦をもめさせないように、不満が爆発しないために、そう考えてのその言葉、ある意味優秀な営業さんです。
でも、ぼくはちがう気がします。

制約を前にしたときに、さっさと夢を諦めないで、制約をクリアーしながら夢を実現する方法を考えればいい。

その方が健全ですよ。「家を建てるというのは、夢を諦め続ける作業」だなんて、ぼくはそんな夢のないロジックに賛同することはできません。夢の前に立ちはだかるものがあるなんて、あったり前のことなのですから。

その前提として、夫婦で夢を共有して、その前に立ちはだかる制約や障害をも共有することが必要になります。これが大事。夢のマイホームが実現することよりも、その姿勢、夫婦で一緒に考えることの方が、何倍も大事なことだと思っています。ふたりで課題を共有する、それが夫婦力を高めることにつながるのです。

ふたりで問題に対峙する姿勢が夫婦力を高めます。

ふたりで夢に向かって、仮にクリアーできなくても、その果たせなかった夢が、ふたりの共通の夢になるのですから。

この点に関しては、ぼくのみる限り、若いご夫婦の方が上手です。まだラブラブですからね。
今回ご紹介する森さんご夫婦も、そういうタイプです。 


「庭をバイクが通り抜ける」という制約があるとがぜん意欲がわいてくる、というのは、またこれとはちがったことで、設計者のサガというかクセというか、そういうものです。
制約や障害があると、それをクリアーするために、考えて、考えて、考えて、結果、いつもとはちがう仕立てが生まれたりする、それが楽しいのです。
諦める!?ありえません。ぼくはしつこいのです。どんな制約でも、それで諦めたりしない。諦めるなんて、もったいなくて。諦めないその先に、天才デザイナーいわふちひでとしが存在するのですから(ちょっと言い過ぎました)。

方法は無限大、諦めてはいけない。

これはワタミの渡邉美樹さんが、呪文のように自分に言い続けている言葉です。









桜は人と共生する木

早起きが大事。朝早く起きて庭に出て、メラトニンとセロトニンの分泌をバトンタッチさせることが大事。庭に出て木の枝越しに空を見上げることが大事。
そう書きながら、昨日は寝坊してしまいました。
目覚まし時計は使わないで自然に目覚める主義なので、たまに、そういうことが起こります。
気がつくと7時30分。これはもう庭に出るとか朝の儀式で波動を上げるとか言ってる場合ではなく、速攻で支度して、朝食もとらずに出勤。港南台店で掃除と朝礼をしてから旭区にある「レノンの庭」へと向かいました。
やっぱり、起き方が良くなかったのと、朝メシ抜いているもので、どうも調子が出ません。
こういうときに注意が必要で、空腹に任せて大食いすると、調子はますます下がってしまいます。サラッと、うどんかそば、それも立ち食いがいい。というわけで、途中コースをそれて相鉄線の鶴ヶ峰の駅前にある「ゆでたろう」に向かいました。
その店は、注文を受けてからそばを茹で、天ぷらを揚げて出してくれます。でも立ち食いそば屋の雰囲気。気に入って時々食べにいっています。
ひとつ不便なのは、店の前に駐車できないこと。100メートルほど離れたコインパーキングに停めて歩いていきます。
朝の相鉄線の駅前ですから、通勤ラッシュです。それに加えて「健康教室」という旗を先頭にしたお年寄りグルーブの列と、幼稚園のバスを待つちびっ子とお母さんの一群とで、なかなか真っすぐ歩けない混雑ぶりでした。
ぼくは「ゆでたろう」を目指して歩きながら、ふと、道行く大勢の人の顔がほとんどすべて半笑いのような、和んだ表情になっているのに気がつきました。普通なら出勤時間ですから、けっこう戦闘モードで口がへの字のおじさんとか、まだよく目が覚めていない、やや不機嫌な顔が多いのです。
その理由は人々の視線の先にありました。そこには花吹雪が始まりかけている満開の桜。



DSC_1435



桜の下を歩いていると、仕事に行く人も、お仲間とウォーキングをする人も、 子どもの手を引く人も、誰でもかれでも、上を見上げて表情が和らぐんだなあということを実感しました。
ぼくは目的地に到着して、ささっとそばをすすって、いったんクルマまで戻ってカメラを取り出し、その桜の下に向かいました。



DSC_1436



いい、やっぱりいい。



DSC_1437



ぼくは先週書いた言葉を思い出しました。

桜ってすごい
 
咲いては人を見上げさせ
 
吹雪いて人を感動させて
 
葉桜になれば
 
元気に明日へと送り出してくれる
 
こんな花は他にない


桜って、すごすぎます。



DSC_1439



ファインダーで見上げながら、気付いたことがありました。桜の花は下を向いて咲いているんですよね。もちろん上向きの花もありますが、よーく見てください、下向きに咲いている花の方が圧倒的に多いのです。
これは・・・、桜は人にメッセージを送っているに違いありません。もしかしたら低く飛ぶ昆虫にアピールしているのかもしれませんけど、でもソメイヨシノは受粉しても実を付けないという悲しい性質な訳ですから、それもちがう気がするし、そうです、桜は、下を通る人間を上向かせることを意識して咲いているのです。
こういうふうに、人間と共生しながら繁栄してゆく生物って、けっこう存在するんですね、里山のカブトムシや、家の軒下に巣を作るツバメとか。桜(ソメイヨシノ)も、その人間を元気方向へと導いてくれる役割を果たすことで、日本中に植えられてきたのかもしれません。



DSC_1434



「レノンの庭」に到着して、いつものように「イマジン」を流しながら庭の掃除をしました。
待望のジューンベリーが開花し、これまた毎年楽しみな、シャラノキの葉っぱが開いていました。



DSC_1443

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春です、まぎれもなく春です。



DSC_1440

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前日にスタッフが植え足してくれた草花が、ポカポカした陽射しをよろこびながら咲いていました。



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いい感じです。



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何でですかねえ、花って、人をいい気分にしてくれますよね。ただの草なのにねえ。



DSC_1446

DSC_1454



いいでしょう花の写真って。花を撮るときは、しゃがんで、自分がハチかチョウチョになったような気分で。

花を撮ろうとしてしゃがむと、それが子どもの視線。幼い日の自分に戻れます。 


今日は残念ながら雨。でもこのくらいの雨なら桜は耐えそうです。
明日は一転晴天の予報なので、桜吹雪を楽しめそうです。

いちいち人に語りかけてきて、上を向かせたり、微笑ませたり、やる気を出させたりする花。口うるさいけどありがたい、妻や母親のような存在に感じることがあります。



4月12、13、14日の前を向くカレンダー。

春は自分との約束に贈る花束。

Itsuko 宮城県多賀城市 59歳 主婦

自分との約束に、春を贈る。桜の巨大な花束を自分に贈って、その約束に向かって、元気いっぱいに進んでいきたいものです。



明日は和泉さんちの桜を撮影に行こうと思っています。






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