2012年05月

金環日食の朝

いつものように5時に目覚め(ノアさんが授乳中で慢性的に超空腹なため、朝メシの催促をしにきます)、いつものように庭に出ました。

小雨。こりゃあ日食は無理かなあと思ったのもつかの間、雨に濡れたバラがあまりにきれいで、カメラを持ち出して撮影しました。



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いいでしょ、うち家の庭。
春のこの日をイメージしながら過ごした長い冬が思い出されました。



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妻がせっせと植えつづけ毎日手入れしていた花が、競い合うように見事に咲いています。
毎日見ているのに、庭に出るたびに「スッゲー!」と思います。

ひとつ気付いた事があります。
この庭の花たちの美しさが、それを植えて育てた妻の姿とダブるんですね。花の魅力が妻の魅力として感じられるこの不思議。



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花の数と幸せの量は比例する。
それは、花を植えるとき、手入れをするときに、花いっぱいの未来をイメージしているから。


毎日幸せな未来をイメージする人は、必ずそれを実現するのです。

これは何度も書いてきた言葉です。
そして今朝、ひとつ追加しました。

花の数と、それを咲かせた女性の魅力は比例する。

てなことを考えながら撮影していたら、雨も上がって薄日が差してきました。でも空は厚い雲で覆われています。

近所の家のベランダから子どもの声が聞こえました。
「太陽出てないよお!ねえおとうさん、太陽出てないよお!」
小学1年生くらいの男の子の声でした。ちょっと泣き声になっていました。

少年よ泣くんじゃない。人生とはこういうものなんだ。

ぼくはいったん部屋に入ってコーヒーを入れて、・・・何やらにぎやかな外の気配に気付いて庭に出ました。

流れる雲の薄くなっている部分に、太陽が見えました。



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近所中から歓声が上がっていました。

すぐにまた見えなくなって、しばらくするとまた見えて、その度に歓声が上がります。

ぼくは感動していました。それは金環日食にじゃなくて、その歓声に。
みんな朝から庭に出ているんですよ。庭やベランダに出て、空を見上げて大騒ぎしている。感動ですよ。
朝起きたら、みんな庭に出て、空を見上げて・・・ぼくが思い描いていたイーハトーブが、その数分間、現実になっちゃってる。いやあ、奇跡の中にいるんだって思いました。

カウントダウンが聞こえてきました。3、2、1。
近く、遠く、子どもたちのワーッという声を聞きながらシャッターを切ったのがこれです。



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すばらしい時間でした。

少年よ、どうだ、人生とはこういうものなんだ。






 

パーゴラの威力( 矢嶋邸 8)

前の晩から、もう翌日のアクセルを踏み込んでいるような状態が続いています。
って、わかんないですよね。つまり、あせっています。
「あわてない、あわてない。ひとつずつ、じっくりとやりますよ」と、日に何度も自分に言っている。これはつまり、逆に考えるとそうとうにあせっているということですよね。

仕事に追われていると、キツいし、ろくなことになりません。こういうときには追っかけてくる仕事をやり過ごして先に行かせて、こっちが追う立場になればいい。
って、これもわかりづらいですかね。つまり、開き直るってことです。「一度にひとつのことかできないって」と。

とにかくあせってもしかたないし、愚痴ってもろくなことないし、こうなったら自己暗示。 

いやあ、いい天気だなあ。そうだ、仕事でもしてみっかなあ。

こうして、とりあえずゆったりした気持ちになった気になって、とにかく仕事を始めてしまえばこっちのものです。始めたらどんどんのめり込んでいきます。これって、才能かもしれません。


さてと、というわけできのうの続きです。

地面を持ち上げて石を張り、レンガ塀をまわして目隠しと見晴らしを調整して、ここまでが「基礎」であり「前提」です。
ここからが居心地のよさを生み出すための「演出」になります。

まず一番の大仕掛けがこれ、パーゴラです。



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これって、屋根でもないし、このままだと日よけになるわけでもないし、いったいぜんたい何のために取り付けるのかって思いませんか。一般的には藤棚の感覚で植物を絡めるためのものと理解さされているようですけど、それだけじゃありません。
パーゴラの存在意義は、空間を認識させることにあるのです。つまり、パーゴラの下を部屋っぽく感じさせる効果。
まずそういう解釈で設置して、それに付随して、植物を茂らせたり、日よけを取り付けたりするというように考えた方が、きっとそのパーゴラは威力を発揮してくれますよ。



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理屈っぽいでしょう。そう、理屈っぽいんです。この理屈が居心地のいい空間を生み出すのです。
ちょっと横道にそれて、この理屈っぽさということを書きます。だいじょうぶ、ちょっとだけですから。

理屈っぽく組み立てた庭が理屈っぽく仕上がったら、それは失敗と言わざるを得ません。

デザインとはそういうもので、すべてのデザインの出自には必ず理由がって、しかし、生み出されたデザインからその理由が見てとれるようではいけないのです。いけないというのは、そこに美しさが生み出されていないという意味です。
バスルームの天井の僅かに楕円になった管理口、美しいなあって思うんですね。電球のフォルムとか、スプーンの形状とか、いちいちカッコいいなあ!と感じ入ってしまう事があります。誰がデザインしたんだよ、すごいぜ!って。

理屈が浅いと、浅いデザインになります。深く理由を掘り下げたデザインは、もはやその理由を想像する事もできないほどの強いインスピレーションを持っています。

庭も同じなんです。理屈っぽく、理屈っぽく組み立てる。その理屈が消えるまで理屈をこねくり回す事で、美しい庭ができあがるのです。
中途半端に理屈を当てはめた庭は、美しくも楽しくもないものです。
だから庭は、理屈っぽい人に設計を依頼した方がいい。でもその人自身が理屈っぽい人に見えるようではダメ。のほほんとしていて、話していてもまったく理屈っぽくなくて、でも思考は恐ろしく理屈っぽい人を探してください。
って、無理ですよねそんなこと。まあ、あなたは幸運にもひとりだけそういう人を知っていますけど。
まあいいです。庭ってとても感覚的な場所でありながら、実は理屈っぽくつくるんだって、そんなこと言ってた人がいたなあと、頭の隅っこでいいので記憶しといてください。もしあなたの人生で庭を必要とすることがあったら、その記憶が役に立ちますよ。

はい、寄り道は終わりにして、パーゴラの話です。

場を部屋っぽく構成する事に加えて、今回は正面斜め上方向の目隠しという役割りがあありました。
お向かいにアパートが建ってから、2階の部屋に出入りする人から丸見えで、カーテンを閉じっぱなしで暮らしていたそうです。
そこで、パーゴラ上部に木製パネルを取り付けました。



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リビングからはこうなります。



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これでカーテンも開けておけるし、段差がないからテラスにはスッと出て、出たら部屋っぽくて居心地がいい。
いいでしょパーゴラって。ちゃんと理屈っぽく使うと、この材木の仮想天井が凄い威力を発揮するのです。あなたの庭にも当てはめてみてください。

パーゴラ以外の「演出」は、明日以降にします。 

いやあ、いい天気だな。そうだ、仕事でもしてみっかなあ。




 

老舗レストランのテラス席( 矢嶋邸 7)

この庭の中心、メインステージとなるバーベキューテラスの構成を解説します。

平らだった庭スペースの一部を「居場所」として成立させるために、いろんな要素を組み立てていく設計です。
その組み立ての土台となるふたつの要素があります。その土台があってこそ、その上に組み立てができる、その土台無しにはその他すべてのことが意味を持たなくなってしまうという、その場所の前提とも言えることです。
そのふたつの要素とは、「地面を持ち上げる」と「周囲を塀で囲む」。

地面を持ち上げるのは、部屋からそこに行きやすくすることと、その場所を部屋と一体化させて、部屋で過ごすのと同じ気分で外にいることができるように、外のテラススペースを、部屋同様の居場所として捉えるため。
周囲を塀で囲むのは、目隠しと見晴らしの調整をすることと、部屋がそこまで広がったと感じられるようにすること、そして外に出て座ったときの居心地をよくするためです。
今回は、このふたつのことをちゃんと整えないと、その他の要素、ベンチや囲炉裏や照明器具や植栽などの演出物が、まったく意味をなさなくなります。
庭を持ち上げ、周囲を塀で囲むことが「前提」で、ベンチや照明器具が「演出」。この「前提」と「演出」という組み立て方がないとか、最初はあったものの、打合せを進めていくうちにそれが崩れてしまうと、その庭は存在意義を失ったただの庭っぽい場所になってしまいます。
庭に行きづらかったり目隠しがうまくできていない状態だったら、どんなにおしゃれに仕立てたところで、そこは楽しい場所にはなり得ない。コストをかければかけるほど、落胆も大きくなるのです。

土台となる構成をやり切らないと、その上に築くすべてのことが意味を失います。
基本が大事、基本が崩れたら、どんなに張り切ってもものごとはうまくいかないということです。
でも、誰でもわかっていることでありながら、基本ってゆらぐんだよなあ。


ちょっとがっかりな状態になってしまった場合、実際にはそれほどガッカリすることはなくて、たいがい「庭なんてこんなもんさ」と思っているんですよね。
見た目だけ整えたものの、何年経っても楽しい時間が積み重ならない庭。
でも一見すてきにできあがっているし、デッキが欲しいとかジューンベリーを植えたいとか、そういう要望もちゃんと織り込まれているし、だいいち、ものすごくお金もかかったしで、しかたなく「庭って、まあこんなもんだよ。別にいいんじゃない、こんなもんで」と思うしかない。
世の中に庭は限りなく存在するのに、魅力的な庭はごくたまにしかお目にかかれないという悲しい現状は、こうしてできあがっているのです。

おっと、話がどんどんそれていくので、軌道修正して、矢嶋さんちの構成をご覧いただきます。



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テラスを持ち上げて、周囲を塀で囲む。



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持ち上げた地面は30センチ角の自然石平板を張りました。



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よく使うタイルとはまた違う、時間の経過を思わせるような、とても落ち着いた空間に仕上がります。

塀は床面の自然石平板との相性もいいレンガを使いました。



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この床と壁で、中央線沿線の老舗レストランのテラス席みたいな、ワインが似合うような場所になりました。



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レンガ塀は、方向ごとに、必要なだけの高さを積んであります。目隠しと見晴らしの調整です。



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「地面を持ち上げる」と「周囲を塀で囲む」、このふたつのことを基本「前提」として、そこに構成していった応用「演出」を明日解説します。





春爛漫ですね。
毎年この時期が最も忙しく、なかなかゆっくりと庭で過ごすということなく過ぎていきます。
いち年で最も庭が輝く時期なのに、残念ではありますが、その分たくさんの庭を生み出せるわけですから、そう考えればうれしく幸せなことです。
今年は例年に増して依頼数が多く、内容的にも中身の濃い仕事が積み重なっています。
あせってみてもしかたないので、ひとつひとつを丁寧に仕上げています。
・・・と言うとカッコいいんですけど、あまりの量の多さに、開き直っていると言った方が正確かもしれません。
まあ、あせらずに、あわてずに、じっくりと。








雨の庭/ほめて育てる( 矢嶋邸 6)

昨夜とは一変、今夜の庭はちょっとした嵐のような風が吹いています。
我が家の庭はリビング側に壁と屋根があって、いわゆるガーデンルームのようになっているので、こんな日でも庭にいることができます。
屋根や壁で庭の一部が部屋仕立てになっていて、天候に関係なく庭に居られるってすごくいいですよ。

おだやかな日だけが庭じゃなくて、雨の日も、風が強い日も、雪が降っていても庭は庭。

ぼくは雨の日の庭が特に好きです。しっとり湿った空気と、しとしとと葉を打つ雨音と、雨粒をまとった花びらの美しさと。
テミヤンのレインボーを You Tube 用に編集しながら「そういえばどこかに、雨に濡れた花の写真があったなあ」と思って探し出したら、あるわあるわ、こんなに雨の日に写真撮ってたんだと、自分で驚きました。





いいなあ、やっぱりいいなあ。名曲ですよね。

雨の庭もいい、どころじゃなくて、ぼくは雨が降ると庭に出たくなるのです。

雨もよし、雪もまたよし、晴れたら文句無し。天候に関係なく庭に出ていることができると、それだけ多くの庭の表情を味わえます。
こんなことも、実際に毎晩庭に出る習慣によって得られる感慨です。

こんなこと言っても、もしかしたら「雨の日や風が強い日にまで庭に出ることないじゃないですか」と、あなたは思うかもしれません。
まあまあ、試しにやってみてください。雨の日の庭、強風の庭にいると、まるで映画のようですよ。
映画を観ているんじゃなくて、その映画に出演しているような感じ、とても濃い時空にいる感覚を味わえます。生きてるんだよなあって感じです。

雨降る庭に居ると、空気と光と時間が濃厚に感じられます。

ふと思いました。
波のように強弱を繰り返す空気の動き、ガサガサ鳴りながら風にちぎられそうにたなびいていている枝、遥か遠くまで吹き飛んでいく花びら、この感じは、例えば江戸時代でも同じだったわけです。
芭蕉や山頭火も、黄門様も、坂本龍馬も、旅の途中で繰り返し、この風の音を聞き肌を撫でる空気の動きを感じたはず。

庭で感じる音や光や空気の動きは、昔の人も同じように感じていたこと。歴史上の人物とも共有できる感覚です。

そう思うと、すっかり自分が映画の主人公になったような気分になって、目を細めて遠くの夜景に視線が行きます。
ちょっと妄想が過ぎるかもしれませんけど、まあいじゃないですか。誰に迷惑かけるわけじゃないんですから。

こういうことって、女性にはなかなか理解しがたいことなのかもしれません。妻はこんな日に庭に出ることはありませんからね。

風が強い夜の庭で思ったことでした。


では矢嶋さんちの続き、今日はBBQテラスの奥にある菜園です。



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もともとあった土の部分に通路として枕木を並べただけの仕立てです。これで土を踏まずに野菜の管理ができます。
ちょっと便利にする、たったそれだけのことで、「さあて、次は何を植えようかな」と意欲がわいてくるんですから不思議ですよね。



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実はこれ、便利さが増したこと以上に、目先が変わって新鮮な気持になったということも大きいのです。

ちょっとした変化で、意欲がわいてくるものです。
変化させ続けることが意欲を持続する秘訣なのです。




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とにかく変化させること。庭に限ったことではありません。何でもかんでも、あまり深く考えないで、昨日と違う今日にしてみることです。それが癖になっている人は、いつもイキイキとしています。


ところで、家庭菜園を楽しんでいるのって、圧倒的に男性ですよね。早朝から野菜苗を買いにやってくる人の8割はオジサンです。
何ででしょうね。

芝生の手入れもそうです。雑草取ったり芝刈りするのも、ほぼ100%ご主人の仕事のようです。
何ででしょうね。

ひとつには、女性は現実的だということがあります。野菜はスーパーで買った方が安いという計算ができるし、芝生の手入れに時間を使うより先に、やらなければならないことが山のようにあるのです。主婦はいそがしい。
せっせと庭で作業するご主人をほめちぎりつつ(こういうところが上手なんです)、自分ではまったくやらないというのが、世の奥樣方のひとつのスタイルになっています。

では、ご主人方の心境はというと、そこに合理的な理由ってないんですよね。
何で庭で野菜を育てたり芝生の手入れをするのか。きっとそれは、仕事で合理主義の戦いをしているからだと思うのです。その反動。
常に成果を求められ、数字に追われ、効率を追求する毎日。それも職種によっては命がけでやっているわけです。
だから家にいるときには、どうせまた生えてくる草を引っこ抜いて、スーパーの何倍もコストをかけた野菜を育てて、一人悦にいっている。

ご主人方が非効率な庭仕事に夢中になるのは、それでバランス調整しているのです。

それともうひとつ、奥様やお子さんやお孫さんがよろこぶから。
男というものはとても単純にできていて、家族にほめられるとそれだけで頑張っちゃうんです。
ほめられると、頑張る。もっとほめられたくて、さらに頑張る。

奥様方、男は年齢に関係なく、ほめて育ててあげてください。 
 
ほめてほめてほめまくってあげたら、旦那さんはあなたに一生を捧げますよ。とても単純に、男ってそういう生き物なのです。

この話をしたら、大笑いしながら「いまさら旦那をほめたら、口が曲がっちゃうわよ」と言った奥様がいました。
でもきっとその奥様、口を曲げながら、ご主人をほめまくっているに違いありません。その方が得だということに気付いたら、口が曲がるくらいはどうってことないと思うところが、女性のたくましさですからね。
今度お会いしたら、口元の曲がり具合を観察しようと思います。
  




現代人(日本人)の庭文化は黎明期( 矢嶋邸 5)

現在5月16日午後7時49分、つまりこの記事をアップする前夜です。
場所は我が家の庭。さきほど夕食をすませて、コーヒーを入れて、パソコンを持ち出して、心地いい夜風を感じながらキーを叩いています。
目の前には一斉に咲き出したバラが揺れていて、今夜は風向きの具合がすこぶる良く、バラの香りに包まれています。
ゴージャス&リラックス。
昼間がいきなり夏日だったこともあって、空気は文句無しに丁度いい涼しさです。

毎晩庭に出て過ごすということは、ぼくにとっては普通のことになっているものの、よくよく世の中の現状を考えると希なこと何だなあということに気付きます。1000人に1人、もしかしたら10000人に1人。
しかしそれは希なことであっても、別に変なことでも特別なことでもありません。やってる人はやっていることです。
眺望のいいマンションだと、けっこうな割合で夜のベランダに灯りが点いているし、山手の庭でもあちらこちらの庭から楽しげな声が聞こえます。湘南に行くと、さらに。

あまり気付かれていないことですが、夜、庭に出て過ごす人たちがいます。
静かに、満ち足りた気持ちで。


でも、まだまだ少数派ではあります。
マイノリティーであろうがなかろうが、ぼくとしてはこの習慣を抜きにした暮らしなど、到底考えられなくなっています。夜の庭の心地よさとそこで得られることが、どれほど自分の心身のバランスと暮らしのリズムを調整してくれることか。
みんなまだ知らないだけで、この効用を実感したら、きっと誰でも同じ気持になるはずです。

夜の庭は、心身のバランス回復装置です。
夜を浴びると、宇宙のリズムに同調できます。

宇宙のリズムだなんて、ちょっと大げさですかね。
でも、まあやってみてください、実感できますから。


というわけで、ぼくはほとんどの設計に、この「夜庭に出て過ごす」ということを織り込んでいます。
矢嶋さんちも、いつものようにそうしました。

庭に出て過ごすというのは、もちろん夜に限ったことじゃなくて、朝も、昼も、部屋にいるのと同じ感覚で庭にいてもらいたいと思っています。なぜなら、庭も暮らしの場所だから。しかもそこは、室内では感じなれない世界を備えた特別室なのですから。

夜の庭を居場所として仕立てたら、そこは特別室になります。
特別室はあなたに働きかけてきます。
あなたに語りかけ、あなたを癒し、良質なパワーを注ぎ込んでくれる、そんな部屋は他にはありません。


またまた大げさな言い方になりましたけど、いやほんとに、あなたにも実感してほしいなあ。
きっとその日から、人生の質が変わっていきますよ。


矢嶋さんちの夜の特別室は後日じっくりと。今日は昼間の様子、その仕立てをご覧いただきます。

では、前庭からその特別室、リビング前に設えたバーベキューテラスへと進んでいきます。



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来訪者が、玄関に入らずにすんなりとテラスまで行けるように、庭に面したふたつの部屋からもそこへ行けるように、階段兼通路をつなげました。
田舎の縁側と同じで、ご家族もお客様も家に入るよりも気安くそこに行って、茶飲み話に花が咲くというシーンをイメージしてのことです。

庭に囲炉裏端のような部屋があったら、家族も友人も、そこに集います。 



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テラスの中に入っていきます。



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はい、ここからが「外の部屋」です。
レンガ塀とパーゴラの構成で部屋っぽく仕立てました。

リビングからはこう見えます。



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庭に突き出した屋根のない部屋です。



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周囲の植物と遠景と空を存分に感じつつ、でも部屋として落ち着いて過ごせる場所にするために、目隠しと見晴らしのバランスを慎重にイメージして組み立てました。 



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庭の一部を、このように部屋的な空間として仕立てることで、庭に出て過ごすことが、ごくごく普通のことになります。

庭に出て、リビングやダイニングにいるのと同じ感覚で過ごす。そこで感じる室内では感じられない特別なことが、日常的なごく普通のことになったとき、あなた自身が特別な人になるのかもしれません。

ややこしいですか、この言い回し。
つまりですね、庭が持つスペシャルな世界をあなたのものにすることで、あなた自身がスペシャルな人になる、庭を進化させることで、あなたが進化するということです。

庭によって思考や暮らしが進化する、庭に引っぱり上げられることは、べつに珍しいことではありません。古今東西、人は庭の声を聞き、庭に導かれ、庭に引っぱり上げられながら、実り多い人生を送ってきたのですから。

利休も一茶もシェークスピアも、庭の声に耳を傾けながら生きました。

庭って言うと、まだまだ「植物を美しく育てる場所」というように捉えられていて、園芸家がガーデンデザイナーと名乗っていたりしますけど、そんなんじゃないんですよ庭って。
庭に注目しながら歴史の教科書を読み返すだけでも、それが人の人生に影響しながら存在する場所であることがわかるはずです。

まあそんなことも、時間とともにまともなカタチに修正されていくでしょう。現代人(日本人)にとって、庭文化は黎明期ですから。黎明期、夜明け前、・・・もうすぐ夜が開けます。


あなたも庭に出て、そこで、庭の声を聞きながら過ごす暮らしを始めてみませんか。
やろうと思えばとても簡単なことです。
簡単にやれることなのに、その効用は計り知れません。
夜明け前に早起きする人には、きっと三文の得がありますよ。












 

15日経過

出産から5日経過。

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 10日経過。

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15日経過

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4頭とも元気いっぱいで順調に育っています。
体重は15日間で倍になりました。見た目も倍です。生まれた直後の写真と比べてみてください。



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母親のおっぱいだけでこんなに大きくなるんだから、お母さんは大変です。



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猛烈な食欲で、フードの好き嫌いもまったくなくなりました。口に入れば何でもいいという勢いで食べまくっています。
それにつられて猫のミーもガツガツ食べて、活気にあふれた食事時間です。

食べても食べても子どもに吸い取られて(妻曰く、吸血鬼みたいに)、満腹で眠っているときは、順番にお尻をなめてトイレの世話をして、毎日ずっとつきっきりで面倒を見ています。
母親ってのはたいしたものですね。いやあほんと、頭が下がりますよ。
 
少しだけ目が開いてきました。まだ見えてはいないようです。





 

 

アプローチガーデン( 矢嶋邸 4)

門扉を入って玄関ポーチまでのアプローチを、「通路」じゃなくて「前庭」と捉えると、暮らしは大きく変わります。家と道路、家庭と社会の境界に庭が存在するようになるからです。

以前このブログでご紹介した高橋さんちの、門扉周辺のビフォー・アフターをご覧ください。



Before
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あまりの変化に同じ場所だと思えないかもしれませんので、上の写真の右側の建物を、下の写真とすりあわせてご確認ください。


After
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同じ場所なのに、そこから感じる「庭感」はこれほど大きく違うのです。これが、「通路」じゃなくて「前庭」にする、ということです。 

庭を通過してから学校や会社や買い物に行く。庭を通過してから家に入る。
家に出入りするたびに庭を通過することで、庭が持つ「庭成分」のシャワーを浴びて、それによって自動的に
「家庭人→社会人/社会人→家庭人」というスイッチの切り替えが行われます。

玄関アプローチを前庭にすると、そこで、家庭人と社会人の切り替えがなされます。

ただそこを通過するだけ、その何秒かで起こることは、とても微細でありながら、でもその微細な感覚はないよりはあった方がいい。その微細な庭成分、微細な感覚の変化が、やがてビタミンのように心と体に作用してきます。

庭から得られる微細な「庭成分」からは、ビタミン剤のような効用が得られます。

たった数歩のアプローチであっても、ぼくはそこを庭として成立させることを提案します。
木を植えて、足元の草花へと意識が行くような仕掛けをして、アーチをくぐるようにして、真っすぐ歩けないように、ゆっくりと歩を進めるように、うつむかせておいて見上げさせるように、季節の変化を感じられるように、表情が和らぐように、いろんな要素を織り込んで、なんとかしてそこを「通路」じゃなくて「庭」と感じられるような場所に仕立て上げます。
玄関アプローチだけじゃなく、駐車場とか、いわゆる外構全体も、どうやったらそこが庭になるかを考えながら設計しています。
その方がいいんですよ。「外構」、家の外の構えをコンクリートやアルミで構築するよりも、全体を庭にして、「庭の中に家がある」という体で暮らす方が豊かだと思っていますから。「外構」じゃなくて「庭」。
庭の中に木を避けながらクルマを停める、庭を通って玄関に至る、玄関にいかずにそのまま庭で腰掛ける、いいでしょうそういうの。

新築で、外構をどうしようかと考えている人は、そこを「庭として成立させるには・・・」ということもイメージしてみてください。建築屋さんに勧められるままに、コンクリートで固めた外構にするよりも、きっと何倍も楽しい場所になるはずです。


では、矢嶋さんちの前庭(玄関アプローチ)をご覧ください。



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門扉を開いて中に入ると、そこはもう庭で、アーチと乱形石と枕木で、庭の奥へといざなわれる。
ここを通過しながらの暮らしって、うん、やっぱりそうです。ただの通路よりも、この方が豊かです。


あなたの家の玄関先は、通路ですか、それとも庭ですか。
通路を庭にするためのアイデアは、さっき書きました。
もう一度並べます。
  • 木を植える
  • 足元の草花へと意識が行くような仕掛けを施す
  • アーチをくぐる
  • 真っすぐ歩けないようにする
  • ゆっくり歩くように工夫する(歩きづらくする)
  • うつむかせておいて顔を上げさせる
  • 季節の変化を感じられるようにする
  • 表情が和らぐような何かを置く

ざっと、こんなことを当てはめると、あなたの玄関先は庭になります。やってみてください。



 


「やってみてください」って書きましたが、ほんとに、今日の午後にでもやってみるといいですよ。
何でもそうなんです。やってみることが大事。やらないよりもやった方がいいことは、その方法がよくわからなくても、その効果がイメージできなくても、とにかくやってみることです。

やらないよりはやった方がよさそうだと思うことは、やらないよりやった方がいいんです。だから、すぐにやりましょ。

悠々として急げ!開高健の言葉です。



 

記憶の蓄積/変化させ続ける( 矢嶋邸 3)

家族の時間が積み重なった庭が持つ味わいってあります。一見華やかでもなく、デザイン的に云々するような仕立てがなされていなくても、それとはまったく別のことです。
そこに暮らす人にとって、一本の木が、毎年芽吹く宿根草が呼び起こす満ち足りた時間の記憶。
その記憶の中には、若い日の自分と、まだ幼い子どもと、もしかしたら、もうすでに遠くへと行ってしまった人の姿や言葉もあるかもしれません。
記憶ってすてきですよね。記憶の中の自分やそこにいる人たちは、自分の中では消えることなく生き続けてくれますし、今も自由に会話することができますからね。しかも不思議なことに、そこには楽しい記憶だけが息づいているものです。
だから、そういう記憶が幾重にも積み重なっている庭は魅力的なのです。

そこに積み重なった楽しい日々の記憶が、庭を幸せな場所にしていきます。

あなたの庭は、10年後に、そんな魅力を持つ場所になでしょうか。そうなれる庭が、いい庭なのです。

矢嶋さんちのガーデンリフォームは、そういう「いい庭」に、これからさらに楽しい記憶を積み重ねていくための変化、プラスの世界をもっとプラス方向に広げていくための脱皮、羽化、進化でした。

では、一気にご覧いただきます。



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ぼくとしてはそういうふうに、ご家族の新たな記憶を積み重ねていくための進化を遂げる、ということを意識して設計しましたが、きっと奥様の方は、そんなに力んだような気持ちはなかったと思います。何となく「もっと楽しくなりそうだ」と、気負いなく、そういう感じだったと思うのです。
それは、これまで出会ったたくさんの「庭を楽しんで幸せに暮らしていく族」の人たちと共通することで、力まずに、とりあえずは変化を楽しむような、気楽に変化させてみようというような感覚です。

「何となく楽しそうだ」と感じたら、気軽に変化させてみる。これが「庭を楽しんで幸せに暮らしていく族」の特徴。あまり気合いを入れません。

気合いを入れて変化させると、今度はそれを維持しようとしますよね。まずいんだなあそれ。変化は変化させ続けることに意義があるのですから。

力まずに、「どうせまたすぐに変えるんだから、とりあえずやってみよう」くらいの感じで変化させる。そうやって変化させつづけることが、庭を楽しむコツなのです。
どうやらそれは、幸せに暮らしていくためのコツでもあるようです。


大掛かりなガーデンリフォームはそれなりにコストもかかりますから、気軽にとはいかないかもしれませんけど、それでも変化を楽しむという気持ちが先行しないと、いい結果は得られないものです。
これから庭を変えようと思っている方は、気合い先行で力みすぎることなく、変化を楽しむワクワク感を無くさないようにして進めていっていただきたいと思っています。

提案提供する側は、それではダメなんですけどね。
ぼくは毎日、燃える闘魂のように気合いを充実させて、血管切れる寸前まで、思いっきり力みながら設計しています。
毎日クッタクタになりますよ。その充実感とか達成感が楽しいんですけどね。何かを生み出すって、そういうものなのです。
そんな仕事をやってみたい人がいたら、いつでも面接しますよ。


よっしゃ!今日も気合い入れまくって、設計設計! 






 

庭を部屋にする( 矢嶋邸 2)

人は、出会うべきときに、出会うべき人と出会う。必ず出会う。一瞬たりと早からず、一瞬たりと遅からず。

昨日書いたこの言葉は哲学者の森信三でした。
出所がわからずに書いたら気になっちゃって、調べました。そう、森信三先生の言葉。
「運命の出会い、奇跡の出会いを察知する感性を無くしてはいけませんよ」という教えです。
はい、これでひとつクリア。

ひとつクリアしたものの、他にも気になっていることがあまりに多くて、最近ちょっと、どうしたものかと思っています。
気になることって、例えば読んでおきたい本とか、ブログで展開したい話題を原稿にしておくこととか、そうそう、テミヤンの曲に写真を載せて You Tube にアップするのも、現在2曲が途中でストップしているし、撮影に行きたい庭は限りなくあるし、庭の手入れもしたいし、子犬の躾けもちゃんとしておきたいし、それに加えてというか、恒常的に設計は山のようにたまっているし・・・。
優先順位をつけて、上位のことに集中するということが基本ではあります。一度にいくつものことはできないですからね。

誰かが忙しい状況を「ジャグリング」に例えていました(・・・ほら、誰だったかが思い出せません。こういう事がスッと出て来ないこの混乱している感じが、A型的には気持ち悪いんですねえ。・・・まあいいか)。ジャグラーがボトルをお手玉するでしょ。あの状態に例えていたのです。両手に一本ずつ握っていて、空中には3本あるような忙しさ。
うまいこと言うなあと。まさに今そんな、目が回るような状態です。
庭のこと、設計のことが四六時中頭にあることには馴れっこになっていて、それはぼくにとっていい状況です。庭の設計というボトルが何本も宙を舞っている方が気分がいいのです。ワーカホリックは目指すところでもありますので、まったく問題無し。
ところが、庭以外のことが・・・。例えば本、読みかけのが20冊を越えています。で、どれもこれも2回は読みたい本ばかりで。
いやいやどうしますかねえ。何でもかんでも興味がわいて、片っ端からかじってしまう。以前はひとつ事にのめり込むタイプだったのに、どうなってしまったのでしょう。
困ったもんです。いっそのこと、やりかけの事、読みかけの本、思考途中の事柄をぜーんぶチャラにして、材木座にウインドサーフィンしに行ってしまおうかと思ったりもします。

皆さんはどうしてますかね、こういう混乱状態のとき。
マイペースって大事ですよね。興味や意欲が先行してハイペースになって、足がもつれていたらダメですよね。
ちょっと立ち止まって、整理整頓しましょうかね。

忙しさで目が回っていているようでは、ワーカホリックになんてなれない。

多忙でいるには、思考の足腰が強くないとダメなんだなあと感じています。バランスを鍛え直します。
思考の足腰って、どうやって鍛えるか知っていますか。これ、武道家で思想家の内田樹さんや、いろんな人が同じことを言っているんですよ。

思考の足腰を鍛えるには、実際に足腰を鍛えること。思考の柔軟性を身につけるには、体を柔軟にすること。

うん、鍛え直します。反省反省。ついで宣言しちゃいますけど、あと5キロのダイエットで、軽やかな思考を手も入れようと思います。


では、昨日の続きです。
庭に、次の夢の扉を見出した奥様へのプレゼンテーションのポイントは、「庭を部屋にする」というものでした。
これまでの庭は、リビングの外にある場所。これからはリビングが外に広がって、そこで、部屋にいるように過ごしていただきたい。そしてその周囲には、長年親しんできた木々や草花がある、というイメージです。



Plan A
矢嶋邸A

3分割して右側から順にアップにします。

矢嶋邸A-1

矢嶋邸A-2

矢嶋邸A-3



Plan B
矢嶋邸B

矢嶋邸B-1

矢嶋邸B-2

矢嶋邸B-3



奥様はとてもよろこんでくださいました。プランの内容をもっと実感してみたいということで、近所の何軒か、うちがやらせていただいた庭にお連れしたところ、さらによろこんでくださいました。
あまりによろこんでくださるので、こちらもうれしくなりました。

夢を追う人は、とてもよろこび上手なのです。 

ご家族で検討していただいた結果、テラス部分は PLan A で、その他の部分は PLan B で、ということになりました。
ビフォー・アフターをお楽しみに。





よっしゃ、ブログはここまで。はい、ひとつクリア。
では、ワーカホリック目指して(ちょっと変ですかね)今日も設計設計!





夢見る人の、次の夢は「庭」( 矢嶋邸 1)

あなたは学校を卒業するときに、どんな夢を持っていたでしょうか。
小学生の頃に無邪気に思い描いていた夢、「パイロットになりたい」、「ケーキ屋さんになりたい」というような夢が、社会人としてスタートするときになってもそのまま夢として息づいている人って、けっこうすんなりとその道に進んでいるということに、あなたも気付いていると思います。

純に夢見続ける人は、案外簡単にそこにたどり着ける。

思い続けること、それも無邪気に思い続けることの威力って絶大です。
お子さんが「大きくなったら仮面ライダーになるんだ」って言いますよね。
大事にしてあげましょうね、その想像力。そう思いつづけた子どもが、ちゃんと今仮面ライダーになって、毎週正義の戦いを繰り広げていますからね。
こないだ打合せにうかがったお宅のぼくちゃんは、キラキラした瞳で「ダンゴ虫になりたい!」と言っていました。
大事にしてあげたいです。どんなダンゴ虫になるのか楽しみですね。

何かを思い続ける素直さはすべての子どもが持っていて、ぼくら大人がやってあげたいことは、それを思い続けていられる環境を与えること。そしてその夢の実現を、一緒にワクワクしながら思い描くこと。
またぼくの子育ての話しになりますけど、そんな子どものイマジネーションを、一緒になってワクワクできていたかというと、・・・反省しきりです。

無邪気に夢見て、その夢を素直に懐に抱きつづけて、周囲もそれを見守り応援して、その夢へとつながる出会いが訪れて、気付いたときにはそれが実現してイキイキとその夢の世界で暮らしてきた。
今日からご紹介する矢嶋さんちの奥様は、きっとそういう人です。
奥様だけでなく、ご主人も、これから夢を叶えようとしているお子さんたちも、皆さんからそういう賢さを感じました。

その感じは最初に庭を拝見したときに伝わってきました。
とても堅実と言うか、真面目と言うか、でも堅苦しいわけではなく、その庭を楽しみながら充実した日々を過ごされてきたことが、その庭から見てとれました。
これです。



ビフォー4

ビフォー5

ビフォー7



季節が冬なので花数は少ないものの、手づくりの花壇とよく手入れされた植物。庭全体に、ご一家のここまでの充実の日々が映し出されていました。

庭は、家族のヒストリーを映し出すスクリーンです。 

いい庭です。
ぼくが見てもそう思うんですから、ご家族にとっては、たくさんの思い出が詰まった特別な場所になっているに違いありません。
そこに凝縮されている家族の歴史。過ぎてみればあっという間で、いろいろと大変なこと、辛いこともあったはずなのに、なぜか楽しい思い出だけが映し出される庭。
充実した人生を見つめつづけてきた庭が持つ味わいは、デザインでは生み出せない魅力を持っています。

幼い日に無邪気に夢見た職業に就いて、夢中で働いて、家事をこなして、子育てして、さあいよいよ退職の時期。
「これからはもっと庭に出て暮らしたい」と、奥様はそう思ったようです。

夢中で暮らしてきた人は、また次の夢、さらに次の夢へと入って行きます。

そんなタイミングで、たまたま買い物に来たホームセンターでうちの店を見つけて、ぼくに声をかけてくださいました。
そういうときに、出会いってやってくるんですよねえ。

人は、出会うべきときに、出会うべき人と出会う。必ず出会う。一瞬たりと早からず、一瞬たりと遅からず。

これは誰の言葉でしたかねえ。記憶が定かではありませんが、ぼくもまったくその通りだと思います。
同時に、運命の出会いを見逃すことがないようにと思い、知らない人と会うこと、話すことが楽しみになる言葉でもあります。

もしかしたら、ぼくが奥様にとっての運命の出会いの人になれるかもしれないと思うと、もううれしくてうれしくて。ぼくは夢中で設計しました。

その設計、明日ご覧いただきます。







さきほど陶芸をやっているというおじいさんが、庭のブロックが崩れそうだということで相談に来られました。
庭の一角に工房があるそうで、そこで磁器をやっているとのこと。
ブロックの話しはそこそこにして、陶芸話で盛り上がりました。

土物(陶器)は偶然性を良しとするからね、まあ楽しいと言えば楽しいんだけど、ぼくは磁器がいいんだなあ。
磁器ってね、設計通りに仕上がることが美しいんだよ。偶然性はいらない。
ところがねえ、これが手強くてね。なかなか思い通りに仕上がらない。
女性と同じでね、丁寧に繊細に扱っているのに、こっちの思い通りには仕上がらないんだよなあ。
まあ、だから楽しいんだけどね。


おそらく80歳を越えていると思われるその人の顔は、よく日焼けして、艶があって、すてきな笑い皺だらけでした。
いいんだなあ、あの感じ。
ああいう人に出会うと、長生きしてみたくなります。




 

理想の子育て( 森邸 20)

森さんちのご紹介は今日までとします。



DSC_1396



この庭と森さんご一家のことを振り返りながら、ぼくはもう一度子育てをしたくなりました。森さんのご主人のようになって、もう一度子育てができたら楽しいだろうなあと。
ご主人のようにおだやかに、笑顔いっぱいで。うん、そうとう楽しいに違いありません。
ぼくの子育ても世のお父さんたちにくらべると、かなり楽しい方だったと思っていますが、子育ての楽しさを実感しているので、なおさら、我がことを振り返りつつ、もっと楽しめたかもしれないと思うのです。



DSC_1419



ぼくの子育て、楽しかったですよ。ジョン・レノンを気取って主夫(ハウス・ハズバンド)やってましたから。
そんな数年間をイメージして会社をやめて独立して、そして子どもが生まれて、昼間は家事育児を中心にして夜中に仕事するという暮らし方をしていました。
睡眠時間は当然少なく、昼寝でそれを補いながらも慢性的に眠くて、ちょっと時間が空くと寝ていた記憶があります。
今ではそんなことしたら、あっという間に体調崩して倒れてしまいます。こないだの(愛犬)ノアの出産でたった一晩徹夜しただけで、その後一週間辛かったですからね。
主夫生活も、体力有り余っている時期だからで来たことだと思っています。

若くて、寝なくても平気な時期にしかできないこともある。



DSC_1404



体力的に大丈夫だったとはいえ、ぼくの子育ては戦いでした。時間との戦いです。
小さいお子さんをお持ちのお母さんなら、きっとそのことをわかっていただけると思います。とにかくやることが山のようにあって、睡眠時間以外は常に動き回っていました。
考えることも切りがなかったし、献立とか洗濯物の干し方とか風呂掃除をするタイミングとかね。今思うとちょっと笑えますよ、毎日そういうことに頭を使いまくっていたんですから。



DSC_1416



そんな余裕のない状態でしたから、ぼくはついついイライラしたり、思い通りにならないこどもを叱りつけたりすることもありました。
森さんちのご主人は、たぶんそういうことがありません。いつもおだやかな気持ちで子どもたちに接しているその姿が、ぼくにはとてもうらやましく思えたのです。
だからぼくも、そんなふうにした方が良かったんだろうなあと。もう一度チャンスがあれば、きっとそうするなあと思いました。
だから、もう一度子育てしてみたいなあと思ったのでした。
ご主人は、子どもたちにとっても奥様にとっても、きっと理想的な人なのです。
おだやかで、いつも笑顔で、趣味を楽しみ、勤勉にして優秀な仕事人で、夢を着実にカタチにしていって、そして奥様に尊敬され、子どもたちの憧れの人。
・・・以前のぼくに足らなかったことのすべてを備えているご主人。
もう一度やれるんなら、ぼくはそういう父親であり旦那になりたいです。
どうすればそういう父親になれるのかというと、お父さん本人の努力も大事ですが、もっと重要なのは奥様です。・・・でしょ。

父親を理想の父親にできるのは、本人よりも奥様です。

いやいや、これはけっして男の責任転嫁じゃなくて。
奥樣方、ほんとですよこれ。子育てと同時に、旦那さんを理想の父親にする「父親育て」も必要です。



DSC_1173



ご主人は、とにかくゆったりしていて、常に余裕があります。
ぼくにはそれがありませんでした。ぼくは子育て中に、子どもに向かって「ダメ!」と「早くして!」を何万回も言いました。
これって思い当たる人多いんじゃないですかねえ。とにかく朝から晩まで「危ないから、そんなことしちゃダメ!」とか「もう時間ないんだから、早くしなさい!」と、毎日慌ただしいばかりで過ぎてゆく日々。
子育て終わってみると、なんであんなに「ダメ!」と「早く!」を言いまくってしまったのかと、後悔しきりです。

ダメ!早く!って、そんなに否定されつづけて、伸び伸びと育つまずありませんよね。しかも親からですから、ひどい話しです。

子どもに言う「ダメ!」と「早く!」は、
せいぜいいち日3回までにしましょう。



DSC_1224



今となっては、子どもたちに教える言葉はただひとつ「反面教師」。「いわふち家の子どもたちよ、何も悲観することはない。父を反面教師にすればいいのだ。どうか実り多き人生を送ってくださいね」。
ガーデンデザイナーいわふちひでとし、庭のことなら何でもお任せなんですけど、子育てについてはほんと、トホホなのです。



DSC_1214



自己肯定感って大事なんだなあと、今頃になって強烈にそう思います。とにかくほめることです。ほめてほめてほめまくって育てればいいんだと、今はそう思っています。

「ぼくって、ほめられて伸びるタイプなんです」って言うけど、そんなのタイプじゃなくて、誰だってほめられたら伸びますよ。
誰もほめてくれないときには、自分で自分をほめちゃいましょう。




DSC_1207



「ダメ!」じゃなくて「すごいねえ」、「早く!」じゃなくて「あわてないで」がいいんです。
自己肯定感、自信、自分が大好き、人が大好き、毎日が大好きな子どもに育てることができる親って、最高ですよね。
どっかりと安定した自己肯定感があれば、人生は必ずいい方向へと開いていくし、それがひ弱で自信がないと、いくら頑張ってもなかなかうまくことが運ばなくなりますからね。

「自分大好き」で「自信満々」な子どもに育てられれば、子育ては大成功。



DSC_1236



ぼくはどう育てられたかというと、あんまりほめられた記憶はありませんけど、幸いだったのは親が忙しかったのでほとんど放ったらかされていたということでしょうか。
それもいいと思います、放ったらかす。
放ったらかしだったので、ぼくはひたすら空想することを楽しんでいました。傍目にはボーッとしているように見えたらしいんですけど、ぼく的には、四六時中夢の世界で遊び回っていて、けっこう充実していたのです。その時期に身に付いた空想癖(妄想癖かな?)が、今の仕事の原資になっています。だからイメージすることが得意なのです。
もちろん、両親は放ったらかしながら、実はいつも見守ってくれていたこともわかっています。あと、背中で教えるみたいなことも。
365日、起きてる間は仕事仕事で動き回っていた両親の姿が、今の暮らしのお手本になっていますからね。

親という字は「立つ」と「木」と「見る」、親が木の上から子どもを見守っている姿です。放ったらかしつつ見守ることも大事です。

こんなふうに、森さんご一家を見ていると「もう一度子育てしたいなあ」と思い、いろんなことが思い浮かぶほど、ぼくにとっての理想の家族像がそこにはありました。すてきな出会いでした。



DSC_1239



子育て中の方で、中にはストレスがたまっているお母さんもいると思います。大変なことですからね。
でも過ぎてみると必ず思うことです、あっという間だったって。
もし育児に疲れてイライラしたら、ちょっと庭に出てリラックスしてください。
意識を子どもから草花に移してみるのもいいし、子どもが寝てから、旦那さんと夜の庭でワインを楽しむとか、休日に友人を招いて、バーベキューでもしながら思う存分愚痴を言ってみるとか。
室内で愚痴を言うと空気が淀みますけど、不思議なことに屋根のない場所で愚痴ると、スッキリしますよ。
庭はそんな役もはたしてくれるのです。

子育てに疲れたら、イライラしたら、庭に非難してみてください。瞬時にして、スーッて楽になりますよ。



DSC_1255



森さんご一家、理想的な家族像だなあということに加えて、もうひとつ思ったことがありました。「幸せになる能力は受け継がれる」ということです。
この両親に育てられたら、子どもたちは自然と、幸せな暮らしを築ける人になるに違いありません。

ぼくが今超幸せなのも両親のおかげだなあと、心底そう思っています。まああんまりほめられませんでしたけどね。でも、愛情は濃厚だったんだなあと、自分が子どもを育てながらそう感じました。

我が子を育てて知る親心。
これは、手こずらせてくれる子どもからの、最大のプレゼントです。
手がかかる子どもは親孝行。


妻を見ていてもそう感じます。妻の両親もまた愛情濃厚な人です。それにもかかわらず、ぼくも妻もその愛情を踏みつけながら好き勝手やって大きっなって・・・、今頃になって感謝の気持ちでいっぱいになっています。
親って、本当に有り難いですね。



DSC_1366



またもや楽しい仕事でした。

森さん、ありがとうございました。花いっぱい、笑顔いっぱいで、庭を楽しみまくってくださいね。
皆さんの笑顔、お子さんを伸び伸びと育てている様子がとても印象に残り、これからの設計のエネルギーとしてぼくの中に蓄積されました。感謝です。
庭木がうっとうしいほどまで育ったら声をかけてください。それまでは放ったらかしがいいと思います。
ぼうぼうに伸びたら、剪定のしかたをお教えします。
お子さんたちに手がかからなくなった頃に、今度は成長した庭木を眺めながら、その姿を整えながらの暮らしがやってくる。そんなこともイメージして設計しました。
おふたりで縁側に腰掛けて、大きく育ったジューンベリーの満開の花を見て、「また春が来たねえ」なんて言いながら。「孫たちは今度いつ来るんだっけ」とかね。
いいでしょう、そういうの。





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