2012年06月

感動的!宇宙家族ヤマザキ

向井万起男さんという方をご存知でしょうか。
この風貌を見れば思い出すんじゃないかなあ。この超個性的なヘアスタイルとひげ。



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日本人初の女性宇宙飛行してある向井千秋さんのご主人です。

慶応大学の医師で、分筆もこなして「講談社エッセイスト大賞」を受章しています。
熱心なメジャーリーグファンとしても有名で、イチローの球種とコース別の打率を研究するなど 、かなりマニアックな方。写真からもその雰囲気が伝わってきますよね。

今日は唐突に、この方の言葉から始めます。

ぼくは向井千秋の旦那と言われることに何の抵抗もありませんよ。だって事実だから。松田聖子の旦那って言われたら怒りますけど、事実を言われても抵抗は感じませんよ。

この言葉から、ぼくは団塊男子のダンディズムを感じます。
万起男さんは「宇宙飛行士向井千秋さんのご主人」と、常に世間からそう言われるわけで、それに対してのスタンスを取る必要があるわけです。それがこの言葉。
団塊世代という大きな一群の中を勝ち上がってきた人に共通する、おだやかにして理屈っぽい、強固な自己肯定感です。
好きなんですよこの感じ。ぼくはいつもその人たちの理屈にねじ伏せられながら、その理屈の説得力や、自信満々な言いように憧れていた世代なのです。
もしかしたら世代が違う人にはピンとこないかなあ。あるんですよ、団塊とか全共闘とか、その人たちが持っている時代的なスタイルとその魅力。

その向井万起男さん、妻千秋さんのことをこう語っています。

結婚するとき、すべて女房の希望を叶えてあげたんですよ。どういう希望かというとね、式は挙げない、披露宴もしない、指輪も要らないし記念写真も要らない。何にもしませんでした。だから何も残っていません。最初にふたりで写っている写真は、結婚して2年後に、海辺でアメリカ人が撮ってくれたやつです。

ご主人万起男さんは、その風貌からも、見るからに変わっています。でもそれに負けず、奥様の千秋さんも変わっていますよね。尋常じゃないです。ちなみに千秋さんもお医者さん。慶応大学の医学博士で、石原裕次郎の担当医だった人です。



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どうやらそれぞれに強烈な個性を持ったご夫婦であると思われます。で、ふたりとも相手を尊重しつつ、それぞれの世界を充実させながら暮らすという関係性が出来ているようです。

万起男さんは続けます。

よく「宇宙に行って人生観が変わった」っていう人いるでしょ。そういう人もいるだろうけど、ぼくにはそれがよくわからなくて。人生観てのは長い年月の積み重ねで出来ているもので、それが宇宙に行ったことくらいで変わってどうすんのって。女房は宇宙から帰ってきても、何一つ変わりなかったですよ。一切変わらなかった。私の予想通りです。

さらに奥様のこと、「自慢話ですけどね」と前置きをしてこう言います。その感じが、いいんだなあ。

私が女房にかなわないなあと思うのは、肝っ玉が据わっているということ。
彼女はパニックにならないんですよ。ぼくは普通にパニクりますけど、彼女はまったく、何が起こっても何ともない。
宇宙に行くと緊張して眠れなくなるもんなんだけど、女房は初日から熟睡したそうです。他の人は睡眠薬を使うのに、それもなしで。
「万起男ちゃーん、宇宙ってよく眠れるのよー」って言ってましたからね。


それぞれの強烈な個性をそのままに、お互いを理解し尊敬し合いながら輝く夫婦関係。ぼくら世代には、なかなか真似できない夫婦のありようです。


っと、ここまでがマクラ。では本題に入ります。

万起男さんの奥様、向井千秋さんは日本で最初の女性宇宙飛行士です。
そして2番目に宇宙に行った日本女性が、皆さんご存知の山崎直子さん。
その山崎直子さんのご主人が山崎大一さんです。
大一(たいち)さんも万起男さん同様に「宇宙飛行士の山崎直子さんのご主人」と言われ続けてきたわけです。
向井さんご夫婦よりも約20年若い山崎さんご一家が、向井さんちとはまた違う家族のあり方を作り上げました。いくつもの危機を乗り越えて。

宇宙家族山崎さんちに起こったドラマを大一さんが書き記した本「宇宙家族ヤマザキ 妻から届いた宇宙からのラブレター」を原作とした舞台が今行われていて、昨晩はそれを観に行ってきました。場所は吉祥寺です。



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北原照久さんが太一さんのことを応援していて、初日ということで、開演前に北原さんと太一さんのトークショーが行われました。



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北原さんは、この舞台の原作本「宇宙家族ヤマザキ」を飛行機の中で読んでいて、感極まって涙があふれてきたことや、大一さんと直子さんの出会いのエピソードなど、これから始まる舞台への期待がグングン高まる話を披露してくださいました。

舞台はすばらしいものでした。
演劇っていいもんですよねえ。興奮と感動の2時間。
終了後に気持ちの中に広がっていた清々しさを、満員のお客さん全員が共有していたことと思います。

劇場の外で、その高ぶりの中、大一さん、北原さんに入っていただいてパシャッと。



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みんないい顔しています。ほんと、大満足、そういう時間でした。



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舞台は明日まで。近くの人は調べて行ってみるといいですよ。
そしてこの本、山崎大一著「宇宙家族ヤマザキ」をぜひ読んでみてください。北原さんじゃないけど、泣けますよ。そしていろんなことを考えさせられる1冊です。読み終えると清々しい気持ちになります。

この本と、昨夜の舞台で、ぼくの中に浮かんだことを並べます。 



夫の夢、妻の夢、どちらかを優先すると片方が消えてしまう。
でも夫婦の夢なら、ふたりでいっしょに頑張れる。



夫婦がうまくいかないって、結局、知性が足りないってことなんだよなあ。
危機に際して、ギリギリのところで踏ん張れるのは知性の力。
知性って、大事。




結局のところ、女性の方が強い。はるかに強い。圧倒的に強い。

 

娘ってかわいいなあ。女房って愛おしいなあ。自分って、がんばってるよなあ。



言葉で伝えることの大事さを双方とも知っていることが、夫婦円満の前提。



家族でハグできるって、いいなあ。



家でいつも笑っていられるって、これも知性の高さ。



すべての夫婦が世界一の夫婦を目指せばいい。



一度きりの人生、家族と一緒に、最高の時間を過ごしたい。いつもゲラゲラ笑いながら。



人生って、感動的だなあ。



早く家帰って風呂掃除しよっと。



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いい家族、だなあ。

育児、老親介護、専業主夫、離婚調停・・・。
崩壊しかけていたぼくたち3人の家族が、本当の絆を取り戻しました。


い、やあ・・・またあふれてきちゃいます。たまんない。

宇宙家族ヤマザキ、世の中のすべてのご夫婦に読んでいただきたいです。夫婦のあり方、人生の歩き方のクオリティーが上がりますよ。
あなたも、ぜひ、読んでみてくださいね。


これを読む前に出来ればもう1冊、こっちを先に読むと、さらに感動、そして感慨が深まります。



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人生には「壁」がつきもの。でも、越えられない「壁」はきっとない。

いやいや直子さん、あなただから越えられた壁ですよ。誰でも彼でも越えられるような壁ではありませんでした。大一さんの心を射止めたあなただから、大一さんと優希ちゃんと、3人掛かりで壁を越えることが出来たのです。すべてはあなたの魅力の成せる技ですって。

そんなあなたに、ぼくも恋しました。ご存知のように、困ったことに、ぼくは「猛烈に強くて美しい女性」に心惹かれる癖があるのです。
ぼくと同じく、そういう「苦労が絶えない癖」がある大一さんにも、惹かれるんだなあ。がんばれー!








昨夜の感動がよみがえってきて、・・・いやあ、・・・ちょっと、まいっちゃったなあ。

そうそう主役は大一さんです。これをご覧ください。大一さんが宇宙の夢を熱く語っています。
山崎大一、いーい男です。


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第89回、メディカツ 宇宙の夢を実現しよう



話それますが、このメディカツの水越さんご夫婦もまたすばらしい。ぼくは奥様のファンなのです。
何たっていまだに毎日出がけにハグするそうですので。まいっちゃうよなあ。マイッチング水越。


山崎さんち、水越さんち、北原さんち、お客様方、ぼくら夫婦のまわりには、手本としたいすばらしいご夫婦がたくさんいてくれてありがたいです。
できるだけそういう人たちの真似しながら暮らしています。・・・なかなか出がけにハグは出来ませんけど。

宇宙家族ヤマザキ、読み甲斐のある本ですよ。












 

 
 

6%→60%、ぼくの政策は・・・( 槌矢邸 10)

槌矢さんちの草花をご覧いただきながら、昨日書いた「地球カレンダー」の続きを書こうと思います。
カテゴリーが違うので話の続きということではなくて、昨日書いたことから浮かんだ違う話を書こうと思います。



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1週間か2週間前だったか、
最近のことです。たぶんラジオ番組のパーソナリティーだったと思うんですけど、こんな趣旨のことを言っていました。

「京都会議の時点で、私たちは目を覚ます必要がありました。でもそれが出来ないまま眠り続けていました。それは今の暮らしがあまりにも寝心地が良かったから。でもあの震災で目が覚めました。私は目が覚めたと思っているんですが、周りを見ると、まだ目ている人がほとんどのような気がして戸惑っています。油断すると、二度寝してしまいそうです。」



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そうですよねえ。京都会議、京都議定書のことなど、テレビでもほとんど取り上げなかったし、まったく盛り上がらないままでしたよね。まさしくぼくらは寝ていました。
1997年12月に京都で行われたあの会議、正式には「第3回気候変動枠組条約締約国会議(地球温暖化防止京都会議、COP3)」。世界が地球の温暖化から人類を防衛するために集まった、いわば国際人類防衛軍の会議です。
そこで日本が世界に約束したCO2削減量は6%でした。
ところが昨日書いた通りで、人類を防衛するためには60%以上の削減を実施する必要がある、それが現実。



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何も声高らかにCO2削減を叫ぶことが必要だというのではありません。すでにそのやり方が功を奏さないことは知っています。
今最大の力を発揮しているのはアンケートの数字です。民意。
声に出さない、多くの人が持っているやわらかい意向が世の中を動かし始めています。
たぶんこれって、歴史上初めてのことなんですよね。これまではリーダーが引っぱる世の中でしたから。
うまくしたもので、リーダーらしきリーダーが見当たらないままの状態が、もう何年も続いていますし、そろそろリーダーに期待するという意識も薄らいできました。

ようやく、「世の中を動かすリーダーは、無口な民衆の柔らかい心」という時代がやってきました。



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ハッキリしてきたことがあります。
ぼくらが柔らかく持ち続けることが出来ること、利害や思想にかかわらず、すべての人が異議なくそれを持ちたいと思うことが、たったひとつだけあります。

すべての人が同意するたったひとつのこと、それは「幸せな人生を送りたい」ということ。

その当たり前なことを、ぼくもあなたも、大事に持ち続けていればいいんです。
オレがオレが!で幸せなわけじゃないし、あれが食べたいこれが着たいということも、それで幸せになるわけではありません。みんなそんなことは気付いています。だからものが売れないし、何の企業でも、成長が鈍っているわけです。



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2011年3月11日の衝撃で、これまで続けてきた「発展し、成長し続ける」ことで生み出されてきた幸せの熱病から、多くの人が目が覚めました。もうそれじゃダメな気がすると、そこまでは気付きました。

じゃあどうするか。

もう成長では幸せを生み出せません。発展を前提とした幸福感などねずみ講みたいなもので、論理的にもいつか破綻します。なぜなら、地球は大きくならないんですから。もっと切実に言えば、森が転換してくれる酸素の量は増えていかないのですから。しかもその森は、加速度的に砂漠化を続けているのです。

小学校で習ったこと。みんなすっかり忘れちゃってますけど。

地球上で、人間が放出しているCO2を引き受けてくれるのは、唯一、植物だけ。



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次に大きな戦争が起こるとすれば、酸素と水の奪い合いかなあって思います。
でも、お互いに抱えている同じ危機に際して争いを始めるようなら、「サヨナラ愛しのプラネット」と、地球に別れを告げて消え去るのみです。
そうならないために持ち続けておきたいのが「幸せな人生を送りたい」ということ。
何が幸せなのか、何が心を満たしてくれるのか、何を美しいと感じるのか。
そう、美しいということ。
美的感受性を無くさないようにしたいものです。



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リーダー待望論は捨てて、幸せな人生を願う柔らかい心を持ち続けて、次に投票する機会があったら美的感受性で一票を投じるってのもいいと思います。リーダーじゃなくて、美しい人を選ぶのです。美しい言葉を使って、美しく思考する人、その人自身がしっかりとした美的感受性を持っている人を選ぶ。
あなたが美しい顔だなあ、様子がいいなあと感じられる人に一票。
・・・そういう政治家がなかなか見当たらないから困っちゃうんですけどね。知ってますか、美しい政治家。
ぼくは中西けんじさんの顔、抜群に好きですけどね。とはいっても、政策とかは一切知りませんけど。この人の顔が左右比対称になっていかないといいなあって思いながら、密かに注目している人です。顔に。



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でもまあ、政治よりも大事なことは、あなたが今日を幸せに過ごすこと。何が幸せなのかを見失わずに、幸せな人生を築いていくことです。

あなたが本当の幸せを追求することで、経済も、環境も、人類の未来も、すべての問題は解決へと向かいます。



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異議なし!でしょ。
じゃ、庭に出て、本当の幸せって何かを考えることから始めてください。
争わなくても、会社の業績が伸びなくても、原発を再稼働させなくても、あなたは幸せを獲得できます。

「そうは言っても、売り上げ伸びないと給料増えないし。」
いやいや、全く違うんですって。
大丈夫、ちゃんと売り上げは伸びるんですよ。あなたの仕事が、世の中の人の本当の幸せに寄与するものであれば。
それともうひとつ付け加えるなら、給料上がっても、それで幸せになれるなんてことは絶対に有り得ません。
現に、お金で幸せが買えると思っている人は、ただの一人も(ぼくが考える)ステキな庭を実現できていないのですから。ほんとですよこれ。






いやあ、なんだか今日のは1年生議員の街頭演説みたいになっちゃったなあ。
いかんいかん。ぼくはただひたすらに「幸せな庭」をイメージすることが、ぼくの幸せなのでした。
さっ、設計設計!









 

で、じゃあどうすんの?

地球に取って人類は、大晦日の夜にフラッと現れて、紅白も終わって、ゆく年来る年が始まって、さあカウントダウン、5、4、3、2、1、その瞬間の11時59分59秒に二酸化炭素爆弾を炸裂させた、自爆テロシスト。
地球側に立って考える、あるいは人類以外の生物になって考えると、そういうことになります。許されざる者、人類。

しかしぼくは、他の生物ではなくて、テロ犯の人類なわけです。
さあてと、えらいことをしでかしてしまった今、ぼくらはどうしたらいいと思いますか。

テロリストにはテロリストの言い分があります。言い分も無しに自らの命を賭してのテロなどやるはずがないですから。
生い立ちの問題、育った環境に問題があって、テロリストになってしまったということもあるでしょう。
でも今、その言い分を聞いたり、テロに至った原因を究明している場合ではありませんよね。今現在爆風の中にいて、次々と連鎖的に爆発が続いているのですから。
当たり前ですけど、火事の最中にするべきことは、出火原因の解明ではなく、避難、消火、救助です。

では、ぼくらは、具体的に何をしたらいいと思いますか。
節電しますか?自動車に乗るのをやめますか?地産地消で流通エネルギーを減らしますか?


環境ジャーナリストの枝廣淳子さんが、数字を使って二酸化炭素排出量についてわかりやすく解説しています。

枝廣さんはアル・ゴアの「不都合な真実」の翻訳者で、「地球のためにわたしができること」など、環境に関する本を書いている方です。


日本が世界と約束しているCO2削減目標は6%です。

では、地球の温暖化を止めるには世界でどれくらいの二酸化炭素の排出量を減らせばいいのかというと、こういう数字になります。


今世界で人類が排出している二酸化炭素の量は年間72億t。それに対して、森林や海、自然が吸収できる二酸化炭素の量は31億tです。31億tまでは地球が消してくれますけど、それ以上の排出は、環境を破壊してゆくということになります。

つまり60%減らさないと、今の環境を維持することもできないし、環境を改善してゆくためには70~80%の削減を実現しなければなりません。


6%減らそうと思ったときには、こまめに電気を消すとか、冷暖房の設定温度を変えるとか、そういう小さな積み重ねをみんなで頑張れば何とかなるんですよ。でも、60%ですからね。

ダイエットを考えても、6%体重を落とすことはできても、60%減らそうと思ったら根本的に違うやり方を考えなければなりません。


そんなの無理って思うでしょ。でも世界はその方向に向かっているんです。

イギリスは60%削減の法案を議会に提出していますし、この問題では遅れていると言われてきたアメリカでも、2050年までに70%減らすと、共和党、民主党の両方が打ち出しています。さらに、ノルウェーは、2050年までに二酸化炭素排出をゼロにすると言っています。

世界はそういうふうに、必要な方向へと動き始めています。


さて、私たちはどうしたらいいのでしょうか。とにかく、絶対的な現実は、36億tに削減するまで温暖化は進み続けるということです。


もう頭抱えちゃうでしょ。
環境問題のことを考え始めると、すぐにこの出口がない感じにぶち当たるんですよね。「じゃあどうすんの?」という。何をやっても微力すぎて、何を言っても、あっという間に「唇寒し秋の風」みたいな心境になってしまいます。
それでも、このままではダメなんだということだけはハッキリしていて、何とかしなければ、何としても何とかしなければと考え続けるうちに、それはいつのまにやら「羊が一匹、羊が二匹、・・・」と同じ、意味を持たない呪文の言葉みたいになって寝てしまう。朝起きるといつものようにテレビのワイドショーネタに意識を根こそぎ持っていかれて、環境のことなどきれいさっぱり消えた日常が始まる。
みんなそうだと思うんですね。ちゃんと考えて、しっかりと何とかしなければならないことなんだとわかっているのに、「じゃあどうすんの?」の前には手も足も出ないままで意識から外してしまうのです。

しかたがないことです。それでいいんです。いやよくないけど、でもそういうものなんです。突き詰めてもしかたがないことへの諦観も含めて、人は幸福感を味わえるのですから。
だいいちねえ、「どうやったら二酸化炭素排出量を70%削減できるのか」なんて大真面目に考えながら暮らしていたら、まず仕事が手につかなくなるし、何を食べても後ろめたさがあって美味しく感じられなくなるかもしれません。ついには社会人として破綻しかねませんからね。

でも大丈夫。人類には、こういうときのために、ぼくのようなねちっこい性格の者が存在しているのです。
科学者でも専門家でもないぼくにいい答えが導き出せるとも思っていませんけど、それでもネチネチ考え続けていると、「考えないよりも考えた方が良かった」くらいの答えや、答えまで行かなくても、進んだ方がよさそうな方向の目印くらいは発見できると思います。


岡ちゃん、サッカーの岡田武史さん。今は中国のチームで監督業に復帰されましたが、それまでの長い浪人中には、熱心に環境問題のことをやられていました。
岡田さんが、震災後の生き方をテーマにした学生に向けた講演で、ぼくらの前に立ちふさがる「じゃあどうすんの?」への立ち向かい方を語っていましたので、それを書き写します。

人間ってね、切羽詰まらないと動けないんですよ。

マルサスっていう人が、18世紀末に人口論っていう本を書いている。「今後人口が増えていって、食料が間に合わなくなって、やがて人類破滅の危機に達する」と、その頃に、もう予言しています。18世紀末ですよ。

でも最後にこういう文章が入っている。「人間っていうのは、切羽詰まったときにものすごい力を発揮する。その力に期待したい」と。

ものすごい洞察力です。

森信三という教育学者がよく言っています。「人っていうのは、出会うべき人に必ず出会う。一瞬たりと早からず、一瞬たりと遅からず。」でも、ぼけーっとしてたら、出会ってんのに気がつかんようって。

このふたつのことから、切羽詰まったことがきても、気がつかなかったらどうしようもない。ひょっとしたら、今回の震災はそういうことを投げかけているんじゃないかと、ぼくはずっとそういう気がしていました。

ここにみんなのアンケートで、「日本の社会は変わらなければならないと思った」というところが97%、「今の政治家や官僚では何も変わらないと思う」64%、「強いリーダーに期待する」64%と出ています。

そう、政治家や官僚に失望している人、多いでしょう。そして誰かいいリーダー出て来ないかなあって言っているでしょう。

じゃあリーダーって何か。サッカーでいう最強の組織は、リーダー、監督が全部をコントロールする組織じゃないんですよ実は。選手が自ら折り合いを成して動き出していく、選手が自分の責任で、リスクを背負って動き出す組織なんです。

監督にああやれこうやれっていわれて動くチームはある程度強くなります。国内では勝てます。でも世界に行ったら絶対に勝てない。

今回のなでしこの佐々木監督も、ずーっとそれで悩んでいた。「言われたことをやるだけじゃダメだ。選手が自ら動き出すようにしなければいけない」と。

ぼくもそれで悩んでいて、ようやく出来たチームです。

リーダー、リーダー。リーダーが出て来ないかな。リーダーが何とかしてくれないかな。これは自分の責任を放棄しているんですよ。自分が動き出さなきゃいけないんだよ。一人一人が、国民一人一人、皆さんが動き出す。「誰かが何とかしてくれる」じゃない。

人間の力は凄いです。被災地に3週間目に入りました。ボランティアセンターの長と気仙沼に行ったら、グッチャグチャだった。ところがセンター長がこう言った「片付いてます」。えっ、どこが片付いてるの?「震災直後より片付いてます。みんなちょっとずつ自分の家のところを片付けている。岡田さん、人間って蟻のように少しずつだけど、コツコツやっていっていつかは片付けるんですね」。

そうです、人間てのは一人一人の力は大したことない。しかし仲間と力を合わせて、そして続けることによって、いつか大きな力を成し得ます。

この社会、世界を変えていくのは、あなたたちです。


これは以前ラジオで聴いたものです。震災後の、まだ自分自身が揺れ続けているような時期でした。
ぼくはラジオから伝わってくる岡田武史という人の熱量の大きさに打たれつつ、講演のこの部分に光明を感じて、丹念にメモしておきました。
講演というものは、そのときには感動しても、内容のほとんどはすぐに忘れてしまうものです。
100人中99人は、話の骨子どころかタイトルすらも忘れて「いい講演だったなあ」ということだけを記憶して日常に戻ります。でしょ。本を読む、映画を観るのも似たようなところがありますよね。
ぼくは思うんです。1冊の本に、1本の映画に、たった1行の言葉によって人生が大きく変えられることがあるんだから、その出会いを見過ごしちゃいけないって。岡田さん(森信三)の「出会うべきと人に・・・」です。
だからぼくは、いいぞ!と感じるとそれを書き留めるし、本も映画も、いいとなったら何度も繰り返し読んだり観たりするのです。これぞネチネチ力。短所と長所は裏表、ぼくは自分のネチネチがけっこう好きなんですよねえ。

講演は、震災からの復興に向けた話でした。「地球カレンダー」を繰り返し読むうちにそのメモのことを思いだして引っぱり出してきました。
つながりました。
ネチネチしていたらつながって、ぼくはそこに答えらしきものを見つけることが出来ました。

リーダー待望論は捨てて、現体制失望論も捨てて、自ら考え、自らの意志で動く、そういう一人一人が集まって、力を合わせて、それをコツコツと継続していくこと。

愚痴言ってないで、自分で考えて自分でやれ!ってことです。そしてそういう仲間を見つけたら、一緒にやり続けること。そうやってやり続けているうちに、思いもよらない、画期的な解決方法が見えてくると信じて。


「サヨナラ愛しのプラネット/地球カレンダー」のカレンダー部分の終わりにはこうあります。

地球カレンダーはここで終わるのでしょうか。これからも続くのでしょうか。
それを決めるのは、今この本を読んでいる、あなた自身です。


やっぱりそうなんだよなあ。自分で考え動くことから始めてみましょう。

何とかなる。
何としても何とかしなければならないことなんだから、何とかしましょう。
自分たちの人類の、火事場の馬鹿力を信じて。



地球を100㎝の球にして、地球誕生からの46億年を1年間に縮めるというとてつもない縮小で考えてきました。
テキストにしたのは3冊の本。



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この3冊をあなたも入手して読んでみてください。読み終えたら、本棚の隅に置いといてください。時々背表紙が目に入るだけでも、ぼくらは進むべき方向を見失わずにすむと思いますので。


この話は続きます。
超縮小の次は、目に見えないほど小さいものを超拡大して、手に取れるような感覚にして考えたいと思います。






ぼくは相変わらず毎晩庭で過ごしながら、「東日本大震災、以前、以降」ということを考えています。
政治っていうのは変わるのに時間がかかるもんだなあとか、でも政治に対する民意はハッキリと変わったよなあとか。自分のことでいうと、すっかり節電意識は消えちゃってるなあとか。
まあそれはいいとして(よくないけど)、環境のことです。

震災と前後して、異常気象という言葉を聞き慣れてしまって、もう異常を異常とすら認識しなくなっていますよね。近々のことでいうと筑波で起きた竜巻。
覚えてますか?竜巻。覚えているといいんですけど。忘れることは強さでもありますが、何でもかんでも忘れてしまうのは困りものです。
台風の来方も変だし、ヒョウは降るし、やたらに水害は起こるし、ゲリラ豪雨という言葉も普通の気象用語みたいになったし。

震災と異常気象とは関係ないことと思われますが、ぼくにはあの地震が、警告のように感じられてしかたありません。学術的にはまったく無関係なことであっても、あの地震、津波、さらに原発のことが、自然からぼくらへの、地球から人類への警告、「地球カレンダー」を読んだ直後の感覚だと「最後通告」のように感じられます。

震災に何を学ぶのか、ぼくらはどう変わればいいのか、変わらなくてはならないのか。一年前にはテレビ・ラジオでよく言われたこの言葉も、すっかり聞こえなくなってしまいました。
津波で家族を亡くした人たちの苦しみは、どう考えてもまだまだ増すばかりのこの時期に、ぼく自身が惚けたように、また震災前と同じような暮らしに戻りつつあることの、この嫌な感じ。

ぼくは警告と捉えています。その警告に対して、持ち前のネチネチ力で、「じゃあどうするか」を考え続けようと思っています。庭に出て。


6月26、27、28日の「前を向くカレンダー」

悲しいね、苦しいね、そっと一言口に出す。
こだまが返るよ幸せ色の。


前川秀子 岩手県宮古市仮設住宅 62歳 主婦




 

囲碁のように木を植える( 槌矢邸 9)

槌矢さんちの樹木です。

もともと植わっていたのがこのシマトネリコ。
前の項で、庭全体と木の周辺が整備されてその場所に意義や意味が生まれることで、木もイキイキとしてくるということを書きました。もう一度その変化をご覧ください。



Before
ビフォーC

After
アフターC




このように、見慣れた木がまるで違う木のように感じられるほどイキイキとするという現象を、これまで何度も目撃してきました。大掛かりな庭のリフォームじゃなくても、周囲の雑草を取るとか、木の枝振りを整えることでも、その木が息を吹き返したように感じられるものです。
(昨日書いた)「庭の変人」としては、それを人間に例えたくなってしまいます。

環境を整えることで、まるで別人のように魅力的になる人がいます。

あるでしょそういうこと。周囲の環境って大事。
逆に考えると、環境が整わないと人の輝きは持続しません。
これもまた納得していただけることだと思います。部屋が散らかったままで暮らしていたら、ねえ、ムリでしょ。暮らしが、それどころか人生の何もかもがうまくいかなくなっていきます。

庭もそうなんですよ。

殺風景な庭、荒れ果てた庭、ストレスの元になっている庭、それをそのままにして輝き続けるには膨大なエネルギーが必要です。

たまにいますけどね、環境がかなり荒れていても大丈夫な人。エネルギー値がものすごく高くて、庭が荒れ放題でも、部屋がゴミ屋敷のようになっていても輝き続けている人。すごい人だなあと思います。
でもぼくが見る限り、ほとんどの人はそんなことは出来ないのです。また、そんなことで出来る必要もありません。

一瞬の輝きなら誰にでもあります。何かの拍子に、その人の魅力や能力が、瞬間的にスパークすることはあるんです。
美しいですよね、そういう時の人間って。でもそれは、その人の幸福な人生にはまったく意味がありません。一発芸とか一発屋ということですから。
一時的にスパークした人の中には、残念ながら「◯◯崩れ」って言われてしまう人もいます。芸能人崩れとか、ボクサー崩れとか、エリート崩れとか。
かつて栄光の中にいた人でも、それが持続しなくなると、世間の常識を大きく超える崩れ方をしてしまう。それはその人の輝きが持続しないものだったらです。

幸せな人生に必要なのは、「あの人っていつもイキイキしているね」と言われること、そしてその輝きを持続して「輝き続ける」ということです。

もしもあなたが、並外れたエネルギーの持ち主じゃないとしたら、楽々とそういう人になるために、輝かしい人生を実現するために、環境を整えることが先決です。

ぼくにはそんな並外れたエネルギーはありませんから、常に掃除をしながら暮らしています。部屋も庭も掃除して、たまには模様替えをして、できるだけ楽々とパワーを発揮できるようにしています。
それはまるで、恐竜全盛の時代に息を潜めるように暮らしていた哺乳類のようです。か弱いけれどちゃんと生きているぼくなのです。弱いからこそ日々掃除が先決。

部屋も庭もまず掃除、これがヨワヨワな人でも楽々と輝けるコツ。

シマトネリコをご覧いただいたところで、話が大きく庭からそれてしまいました。軌道修正します。

このシマトネリコには見た目の美しさ以外にいくつかの役割りがあります。



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庭で過ごしている時の居心地の良さを演出しています。

それとほぼ同義のこととして、背が高くさわやかな緑があることで、場に厚みを持たせつつ、場の雰囲気を清々しいものにしています。



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さらにもひとつ、この木があることで起きている効果は、



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この木の向こうに見えるお隣の庭、さらにその向こうの森を、この庭に引っぱり込んでいるのです。



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これは借景の技法。
自分のエリアをハッキリさせつつ、エリア外である背景をも取り込むために、エリアに築山や木を配するという。
借景、周囲の自然までも我がものにしたいというのは、とても日本人的な感覚です。ヨーロッパの庭はまったく逆で、城壁で囲まれた街とか、放射線状に道路が広がってゆく都市計画とか、庭で言ったら左右対称形のトピアリーとか、大自然の中に、自分が制圧した土地を生み出し広げていきたい、と考えます。

自然を制圧するのか、自然を取り込むのか。
自然に生かされていると思うあなたは、後者を選びますよね。 

またまた話がこの庭から離れてしまいました。修正します。

シマトネリコです。
リフォーム前からそこにあった木にいろんな役割りを持たせ、これらの意義を生み出すことが出来ました。

そこにある木を、ただそこにある木だと思えば、ただそこにある木のまま。
「こいつは役に立つぜ!」と思えば、その木は欠かすことのできない存在になります。


ちゃんとした役を与えられたこの木は、年月が経っても、同じこの場所で、味わいを増しながら輝き続けます。まちがいない。

そのシマトネリコの奥にレモンを植えました。



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シマトネリコは下枝が少ない樹形なので、そこにいつも濃い緑を配するために添えたのです。



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もちろん実も楽しめます。3年もしたら、枝で完熟させたレモン食べ放題。



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シマトネリコの手前には、落葉樹であるジューンベリーを植えました。



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背景にあるお隣さんのコンクリートとフェンスをさえぎりながら、庭に季節感を生み出すためにこの木を選びました。



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もともと植わっていたシマトネリコの背後にレモン、手前にはジューンベリー。
このようにして、囲碁やってるみたいに理詰めで構成していくことで、居心地のいい庭ができあがっていくのです。

シマトネリコ側から庭を振り返るとこうなります。


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椅子に座ったときに、頭の上にはジューンベリーの枝がそよいで、横に視線をやるとオリーブの葉っぱ。



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この位置には1年中葉があってほしいので、近くで見ていて気持ちがいい、ちょっとリゾート気分も味わえるオリーブを植えました。



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シマトネリコに加えて、理詰めで植えたレモン、ジューンベリー、オリーブ 。

設計するときに、木の配置を、こうやってああだこうだと考えながら組み立てていくって、すごく大事なんですよ。

何となく植えた木は、何となく育ちます。
その木はやがてじゃまな存在になったりします。
任務を与えて植えた木は、その役を果たしながら成長してくれます。
いつまでも欠かせない存在でいます。


時間が経ったときにじゃまになる木って、植えられた時点でその運命を背負わされているともいえるわけですから、多角的によーく考えて、よーく吟味してから植えましょう。
いったん植えると長い付き合いになる庭木が、楽しい毎日に欠かすことのできない、家族のような存在になったらいいですね。







今日は完成したお庭の撮影に行きます。
天気は上々。うっすらと雲がかかって、光が柔らかくまわっています。
おまけに、梅雨の晴れ間にしては空気がカラッとしていていい感じです。
気分は上々。気合いも満々。
今日のこの空気感を、うまいこと写せるといいなあ。







 

 

地球カレンダー

新カテゴリ「庭をつくる人」。前項では「地球がもし100㎝の球だったら」という本をもとにして、直径1万2756kmの地球を、1mの球に縮めて捉えてみました。

地球がもし1mの球だったら、・・・空気の厚さは1㎜で、海の深さは平均すると0.3
㎜で、極点の氷を除いた真水は小さじ一杯分。

あなたはどう感じたでしょうか。

ぼくは「ありがたい」という言葉の意味を、あらためて考えました。

「ありがたい」は「有り難い」。
「有り得ないほどの有り難さ」を「ありがたい」と言う。

地球を両手で抱えられる大きさにしてイメージすることで、今こうして息しながら、「腹へってきたなあ」なんて思いながらブログを書いていることが、もうありがたくてありがたくて。

地球を1mまで縮めて考えることに続いて、今度は時間を縮めてみましょう。
46億年を1年間にしてみます。
テキストにするのは清水伴雄著「サヨナラ愛しのプラネット/地球カレンダー」です。




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これまもたおもしろすぎて、しかも30分ほどで読み切れる本で、ぼくは夜の庭で何度も読みました。「センス・オブ・ワンダー」、「地球がもいし100㎝の球だったら」共々、渡邉美樹さんが言う「世界共通の教科書」にしていただきたい1冊です。

著者の清水伴雄さんは、もと朝日新聞の社会部記者で、退社後フリーライターとして活躍し、「21世紀の歩き方大研究」というウェブサイトが話題になった方です。

ではこの、「
サヨナラ愛しのプラネット/地球カレンダー」がどういう本なのかというと、地球誕生から現在までの46億年の歴史を、365日、1年間のカレンダーに置き換えて捉え直してみようという試みがなされています。
「地球がもし・・・」では大きさを、この本では時間を縮小している。それによって、「あまりに大きくて実感できない地球のことを、身近な存在として感じながら考えましょう」というこの発想、すばらしいんだなあ。学校のテストの点数が高いことじゃなくて、こういうことを考えついて、本にまでまとめあげてしまう人のことを「頭がいい」って言うんだなあって思いました。

学校の成績とは別次元の「頭の良さ」があります。

社会人になって、30年以上経って、こういう奇想天外とも言える発想力とか、それを考え続けたり、1冊の本になるまで追求していく人たちの存在をとても楽しく感じています。
大多数の人からしたらどうでもいいようなこと、でも本人には大事、おもしろいと思えるひとつことを追求して、どこまでも突き詰めていく人から感じる不思議な世界。
例えば東京理科大学から天下のNTTに就職したのに、書家であるお母さんの影響で、ある日会社を辞めて街角に出た書道家がいます。ひたすら書に没頭するうちに、その墨跡は人々の感動を呼び、今では著書多数、題字の依頼も絶えない大人気書道家になっている人がいます。
小さい頃にお母さんから「あなたは本当に運のいい子ねえ」と言われ続けたことから、その「運がいい」というひと言を追求し続けて、累計300万部以上の本が売れたという、その分野でのカリスマになっている人もいます。
もっと身近なところでは、ぼくのことを「親友のいわふちくん」と言ってくれる(親友などとはとんでもない。ぼくとしては大師匠だと思っています)世界一のおもちゃコレクターとか。考えられないですよ、一時遊んだら捨ててしまうようなものを、人生をそれに捧げるようにし集め続けているんですから。
他にも「睡眠」のことを徹底的に考え続けているとか、目に見えない、ほとんど誰も意識したことのない「遺伝子」の研究に情熱を燃やし続けて、ついにはそれを人生論や哲学にまで高めた人とか。
DNAの研究者が多くの人の人生に大きな価値をもたらしているって、ね、とんでもなく変わってますよね。言ってしまえば変人の極みです。

その人たちは、一見すると変人に思えたりします。

そう、今ぼくは、そういう天才的な変人が醸し出す真実に心惹かれています。
大師匠込みで変人扱いしてしまいましたが、でもまあその人たちには、ぼくら常人には計り知れない、広大で深遠な世界があって、その人たちの姿とその世界から発せられる作品や言葉によって、ものすごくありがたい、とてつもなく良質と感じられるパワーをもらっているのです。


ではでは、またもやぼくが見つけた頭のいい人(変人)の世界に入っていきましょう。

46億年を365日に縮めるどうなるのか、まずはその尺度、スケール感を持つためにいくつか数字を並べます。

46億年前の地球が誕生した日が1月1日で、今日現在が大晦日の午後12時ジャストだとすると、・・・


実時間の1億年7日と22時間。


1千万年が19時間2分。


カレンダーの1日が実時間では1260万年。


1時間が52万5千年。


1分が8千7百年。


1秒が145年。


どうでしょう、もう頭がクラクラしてきましたよね。

そのクラクラした頭で読み進めていってください。クラクラしたり、途中で気が遠くなってボーッとしたりしながら読んでいって、最後にはガツンと衝撃を食らって目が覚めるはずですので。

カレンダーからいくつかのトピックを引っぱり出して並べてみます。


1月1日 午前0時 46億年前 地球誕生です。
生まれたばかりの地球は、赤いマグマの海におおわれています。
その地球には、巨大な隕石がいくつも衝突しています。


1月12日 44億5000万年前
火星ほどもある大きさの天体が地球に衝突しました。
そして月が生まれました。


2月25日 39億年前
海には猛毒の硫化水素がたくさん含まれていました。
その中ではいろんな化学反応が起きていて、やがて最初の生命が地球に誕生しました。


この生命の誕生がどのようにして起こったのか、そもそも生命とは何なのか、未だにまったくわかっていないといいます。

筑波大学の村上和雄教授は「細胞1個が生まれる確立は、1億円の宝くじが連続100万回当たることに匹敵する」と言っていますし、青山学院大学の福岡信一教授は「アメリカが行ったヒトゲノム計画によって、生命の設計図である遺伝子情報はすべて読み尽くされたが、それによってわかったことは、それでも命はつくれない、ということだった」と言っています。
その、まさに奇跡の命、われわれを含めた地球上のすべての生物の親が、ここで誕生したということです。
そこから39億年間受け継がれ続けた命が現在のすべての生物の命なわせですから、地球カレンダーの2月25日は、すべての命の誕生日です。


5月31日 27億年前
光合成を行うバクテリアが登場し、酸素を出し始めました。
このバクテリアはシアノバクテリアと呼ばれています。
シアノとは青いという意味です。
シアノバクテリアは文字通り「青い地球」をつくり出すために、最も大きな貢献をしてきた生物です。


11月14日 6億年前
生命の進化にとってとても重要な出来事が起こりました。
それは地球の大気圏にオゾン層が出来たことです。
オゾン層は生命に有害な紫外線をさえぎって、生き物たちが陸へ上がるための環境を作ってくれました。


その後11月18日に、海の中で生物の爆発的な進化が起こって、11月23日に魚類が登場し、11月27日に生物の上陸が始まりました。
まずは細菌類から、ついで藻類や苔類が少しずつ陸に広がっていき、翌28日には植物が陸に上がり、それを追って昆虫の祖先が陸に上がりました。
29日には魚類から進化した両生類が海から陸にはい出してきました。



12月13日 2億2800万年前 恐竜の登場です。
恐竜たちは5000を越える種類が存在し、1億6000万年もの長い間、繁栄をお謳歌します。
この同じ日に、最初の哺乳類が登場し、恐竜たちを避けるように、ひっそりと命をつないでいきました。


さあ、ここまできました。すでにカレンダーは12月です。
・・・人類が出てきませんよねえ。

クリスマスが終わった12月26日に巨大隕石の衝突が原因で恐竜が絶滅します。
27日になると、それまでほそぼそと生き延びてきた哺乳類が繁栄を迎えます。
まだ人間は出てきません。もう年末も押し迫って、仕事納めの頃です。

12月29日、ついに猿が登場しました。

とうとう大晦日になってしまいました。


12月31日 午前10時40分
類人猿の系統の中のチンパンジーの祖先から、ようやく人類の祖先が枝分かれしました。
これが猿人です。



午前10時40分に現れた猿人の中から、立って歩くものが出始めたのが午後3時38分。
大晦日の夜、紅白が始まって盛り上がっている午後7時26分に、立って歩くようになった猿人が進化して脳が大きくなり、石器を使いこなす原人が出てきました。
8時35分、さらに脳が大きくなって、火を使い言葉を話す新しい原人が出てきました。

紅白の取りが歌い始めてしまいました。年越しそば食べましたか?

やれやれ、今年が終わってしまいます。


12月31日 午後11時37分 ようやく、私たち人類の登場です。
現在の人類である新人、ホモ・サピエンスがアフリカで誕生しました。
これこそが、私たち、現代の人類そのものです。


驚きでしょ!人類登場は地球カレンダーの、大晦日の夜の、紅白が終わる頃なんですよ。
ここから現在まで、今年が終わるまでたった23分間です。


午後11時58分52秒
人類が農耕牧畜を始めました。
これが文明のスタートです。

って、あと1分8秒ですよ。


午後11時59分56秒
ルネッサンスが各国に広がり、新しい芸術と文化を生みました。


午後11時59分58秒
産業革命が始まり、人間のくらしと社会を大きく変えていきました。


午後11時59分59秒
20世紀が始まって終わりました。
戦争と激動の100年は、ほんの1秒にすぎませんでした。
人類が地球を壊し始めた1秒でもありました。


ハッピー・ニュー・イヤー!


12月31日 午後12時00分00秒
いまあなたがいる現在です。
新しい年が明ける瞬間でもあります。


おめでとうメールの一斉送信です。

でも、おめでたいですか?
泣きそうになっちゃいませんか?

この写真をご覧ください。過去1000年の地球の温度変化をグラフにしたものです。



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最後の100年の上昇、どう見ても異常ですよね。ハッキリと何かが壊れたと読み取れます。

最近の異常気象については、もう誰でも実感していることですから省略するとして、そのグラフの上昇は100年前から、地球カレンダーだとカウントダウンの最後の1秒。産業革命以降人類がしでかしたことだということがわかります。 

私たち人間は、地球に、大晦日の夜にフラッと登場しました。
そして何をやったのか。
紅白歌合戦が終わって、カウントダウンも大詰めのときに、強烈な爆薬に着火し、大量の二酸化炭素爆発を起こしたテロリスト犯、・・・ですよね。しかも自爆テロ。


ね、なんだか申し分けなさすぎて、とてもじゃないけど新年を祝う気持ちになれませんよね。

もう一度、この本のタイトルを、声に出して読んでみてください。

サヨナラ愛しのプラネット 地球カレンダー

著者はこの本の書き出しに、こう書いています。

種としての人類は、まもなく姿を消します。
地球とすべての生命に対して、私たちは多大な迷惑をかけ続けてきました。
そのことをまず心からおわびし、陳謝します。
私たちのいない地球で、進化の道を歩む生物たちに、繁栄あれ。
太陽の寿命を考えると、地球の進化において、新たな知的生命体が誕生する機会は、もうないかもしれません。

この本の初版は2008年2月14日発行になっています。今から4年前です。
2011年には震災があり、原発事故が起こりました。
著者の清水伴雄さんが、今現在どういう心境なのかはわかりませんが、ぼくはこの冒頭の一文が大嫌いです。この本をすばらしいと感じながら、でもこの部分だけは、どうしてもイヤです。
冗談じゃないよ!って、それでもなんとかしなきゃいけないだろ!って。
もちろん、読者にそう思わせるための言葉なんだと思いますけどね。清水さんのそのトラップには、ぼくはまんまと引っかかりたいです。
とにかくぼくらは、原発事故直後の東電幹部みたいに、陳謝している場合じゃないんですよ。とにかく・・・。

この続きは明後日にします。


あなたはどう感じたでしょうか。最初はクラクラして、途中では気が遠くなって、でも最後は、衝撃だったでしょ。

ところで、最初の方に書いた「変人」についてですけど、ぼくは「庭の変人」を目指しています。
えっ、もう十分に変だって!?
お褒めのお言葉、ありがたくちょうだいいたします。





パラダイムシフト( 槌矢邸 8)

庭に居場所をつくる、庭を居場所にする、庭が暮らしの場所になるということをあなたは目撃しました。
まあ言ってしまえば、常連さんのあなたはこのブログで何度も目撃しているわけですが。
でもあえて、もう一度、ちょっと強めに言いたいことです。

「眺める庭から過ごす庭へ」というパラダイムシフトは、あなたの人生を変えます。



Before
ビフォーA

After
アフターA
 


多くの人にとってどう扱っていいのかわからないままになっている庭。そこをどうにかするという発想すら浮かばないままに、暮らしの範疇から追い出されている庭。文句を言いながら雑草取りばかりしている、厄介な場所になっている庭。
そもそもそういうモヤッとした場所を抱えながら暮らしていること自体が、あなたにブレーキをかけているということに、気付いてほしいんだなあ。



Before
ビフォーB

After
アフターB
 


ウインドサーフィンの走り出しで、まだボードの大半が水中にある状態だと、いくらセイルに風を入れて踏ん張っても前進しません。そのまま耐えて、バランス保ちながらグッと我慢していると、徐々にボードが浮き上がってきて水から抜ける。その瞬間から途端に前進が始まります。
そのグッとこらえている状態のことを「ゴミ袋を引きずって走ろうとしているみたいだ」と言った人がいましたが、まさにそんな感じです。いくら意識が先行しても、視線は遥か沖合に向いていても、ボードが動いてくれない。
眺めているだけの庭、ステキな風景になっていれば、まあそれはまだ良しとしても、あってもなくてもいい庭やあることでストレスを感じている庭を、そのまま引きずりながら暮らすことは、実はあなたの推進力にブレーキをかけています。

気に入らない庭をそのままにしているようでは、幸せに暮らすのは至難の業。

主婦のみなさんならピンとくるんじゃないでしょうか。ゴミ出しをさぼってしまって、勝手口の外やベランダの隅に袋が積み上がっている状態とか、たたんでいない洗濯物の山とか、流しに食器が残っているままだと、なぜか気分が上向きませんよね。それを先に片付けない限り、何をやっても調子が出ない、うまくことが運ばないということを実感していると思います。それと同じことなんですよ。



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だれも水上を歩くことなんて考えないと思います。忍者みたいに、地面を歩くように水の上を歩くという、その考えもしなかったことが、あるバランスを得ることで現実のこととなる。ウインドサーフィンの最大の楽しさって、ここなんです。

ハイハイしていた赤ちゃんが、つかまり立ちができるようになって、・・・来るぞ来るぞ、・・・がんばれー、・・・、・・・ほら、歩けた!という瞬間。
風のパワーを使って人が水上を歩けるようになるその瞬間の感動。
プロになっても、この走り出しの感動を感じるそうです。何千回繰り返しても感じるこのトキメキ。
人の無意識の範疇に、ハイハイから、初めて歩いた時の感動が刻み込まれているから、人は何度でも立ち上がる人生を送れるのかもしれませんね。

ウインドの走り出し、赤ちゃんの歩き出しの様子からわかることがあります。

立ち上がるときに必要なのは、ちょっとの我慢とバランス。いいバランスをつかまえればさほど苦労せずに立てるようになります。



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もうひとつ、大事なコツがあります。なぜ赤ちゃんは立ち上がって二足歩行するようになるのか。なぜウインドサーフィンで水上を移動できるようになるのか。

立っている人がいるから、自分も立とうと思う。

そういうこと。赤ちゃんは周囲の大人が立って歩いているから、自分もそうしたいと思うのです。オオカミに育てられたら大人になっても四つん這いですからね。
話を庭に戻すと、こういうことになります。

庭を楽しんでいる人の暮らしにウットリする。そこからあなたの幸せな暮らしが始まります。
あなたがウットリする人のバランス感覚を観察して、それを真似ればいい。
真似るは真似ぶ、学ぶの語源です。




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いいなあと思う人のことを真似しているうちに、水の上に立てるようになるし、赤ちゃんは歩けるようになる。
そうやって歩き出した後には、さらなる怒濤の感動が待っています。赤ちゃんで言ったら、歩いていった先に笑顔爆発のお母さんが両手を広げて待っていてくれます。
ウインドで言うと、浮き上がったボードと水面の間にハイドロプレーニングが起こって、一気に滑り出します。クラクラするような興奮を覚える至福の時です。



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「眺める庭から過ごす庭へ」というパラダイムシフトが、あなたの人生を変えます。
そのことを伝えたくて、どうしてもあなたに気付いてほしくて、いろんな例え話をしています。
庭の魅力と重要性を力一杯語ったり、庭が息を吹き返す様子や、
幸せに暮らす人たちの庭をご覧いただいたり、ぼく自身が毎日庭に出続けたりしながら。

わかる人にだけわかってもらえればいいなんて、ぼくは思わない。

これは書道家の武田双雲さんの言葉です。
まったく同感。



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はい、とりあえず立ち上がってみましょうか。つかまり立ちでいいので。
立てましたね。じゃあ次はこっちを見てください。
はい、じゃあ、いいですかあ、手を離してみなしょう。
いっちにいのさん、はい!
こっちですよお、こっちこっち!

いやほんとに、あなたにも歩き出してほしい。

庭を良くすると、ほんと、その先にすごいことが待っているんですよ。

ほんとなんですってば。






さてと、今日もこの思いを伝えたい人に向けて、ガッツリと、全力で、「過ごす庭」を思い描きます。
今朝はなんだか、力んでるなあ。意欲満々。いい状態です。







 

なぜ学者さんは庭好きなのか

職業によって、庭の好みが違うということがあります。



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新聞記者で、日々悲惨な事件や現場を取材している人は「家にいる時はおだやかな気持ちで、笑顔で過ごしたいから、家族や友人と囲炉裏を囲んで過ごせる庭がいい」とおっしゃいました。



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中間管理職で、毎日終電で帰ってくるご主人は、「家に入る前に庭に行って、頭をリラックスさせています。駅から歩いてきて、家が見えてきて、庭が明るいとホッとしますよ」と。



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お医者さんとパイロットさんは芝生好きです。雑草を抜いたり芝刈りしていると、無心になれるのだといいます。人の命にかかわる仕事なので、日々そうとう強いストレスにさらされているのでしょう。だから庭に出ては草をいじっている。頭が空っぽになるのだそうです。



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で、学者さん、大学教授や研究者は、自然を感じる庭を望みます。
神経伝達物質の研究をされているご主人が、庭に流れをつくってホタルを育てたことがありましたし、他にも何人か、落ち葉に埋もれるほどの雑木の庭や、リビングからバードウォッチングができる庭とか、そういう「自然を感じながらの暮らし」を目指した庭をつくってきました。



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猪俣さんも
何冊も本を書かれている学者さんです。そして「しっとりとした自然を感じながら暮らせるような庭」を希望されました。
やっぱりそうなんです。学者さんは「庭で自然を感じたい」と思う職業。



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数学者の藤原正彦さんは、父親である作家の新田次郎さんから与えられた最大の財産は、自然を感じることで培われた美的感受性であると言っています。



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分子生物学の福岡信一さんは、「センス・オブ・ワンダーを探して」という本を書いていますし、遺伝子研究の村上和雄さんは、科学を哲学にまで高めて「わたしはサムシング・グレート(すべての生物の親)の伝道者になりたい」と言い、人間は自然の一部であり、自然に倣って、いい遺伝子のスイッチをオンにしながら、よりよい生き方を目指すべきであると言い続けています。



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睡眠研究の根来秀行さんは、地球のリズム、自然に準じた暮らし方で、体内時計を正常に機能させることの重要性を説いています。季節を全身で感じながら、お天道様の動きに合わせて暮らすことでいい睡眠が保たれ健康が維持される、ということです。

何の分野であっても、学問を突き詰めていくと哲学になります。そしてすべての哲学は、自然の営みの上にあるということに気付くのです。



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久しぶりにこの庭に立って、
猪俣さんが望んだ庭、明確に、自然を感じながら暮らしたいという思いがあってできあがった庭を、その望み通りに楽しんだ3年間だったことが感じられました。



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ところで、この取材のテーマは「日陰の庭」です。
一般的には「日照が少ない条件の場所でもちゃんと育つ植物はいっぱいあるし、十分に庭を楽しめますよ」という考え方で日陰の庭、シェードガーデンが語られます。
でもここは普通に日が差す庭です。そこをあえて雑木林にして日陰をつくった、積極的にシェードガーデンを目指した庭なのです。



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明るいばかりが庭の魅力ではありません。



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これって人も同じですよね。明るけりゃいいってもんじゃないって感じること、ありますよね。
繊細でしっとりとした人間関係、そういうのもいいんだなあ。



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夏の暑い日に森に入ると、街場よりも10℃近くも温度が低いことがあります。
薄暗く、空気がしっとりとして、木々が発散するフィトンチッドで、地中の微生物だけじゃなく自分まで活性化してくることを感じます。清々しいって感じ。



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シェードガーデンからは、森にいるのと同質の癒しが得られます。




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「癒し」というと、傷を癒すとか、そういう「修復する」という意味になります。
庭から得られる癒しにはもうひとつ「調整」ということがあります。
「修復」はマイナス域にある自分を、よりプラマイゼロに近づけようとすることで、「調整」は、より高いプラス域に行くための準備です。



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庭から得られる癒しは「修復」と「調整」。
庭を感じることは、イキイキと暮らすためのメンテナンスなのです。
庭に出る習慣は、プラス域の人生に欠かせません。



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すべての学問は哲学に通ずる。そして学者さんが庭に「自然を感じること」を求めるのは、それが哲学的に大切な、人がよりよく生きるために欠かすことのできない要素であることを、それぞれの研究分野における見地から知っているからなのです。



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庭で自然を感じながら、自然に倣って暮らす。
そこからずれたら、いろんなことが、・・・なかなか難しいですよ。
庭をつくり続けて、庭を楽しむ人を見続けて、自分も庭に出続けて、感じることです。




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人の暮らしと自然を感じられる庭、人と自然、暮らしと庭の関係性を思うとき、そこに方程式のようなものを発見できます。



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人は庭に同調しても、庭は人に同調しません。庭からは決して人に同調してくれませんが、人が庭に同調すると、すぐに共鳴が起こります。



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つまり、庭はあなたに手を差し伸べないけど、あなたが庭を意識すれば、即座に庭と感じ合うことができる、ということです。



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「庭はあなたに手を差し伸べない」なんて、庭屋のぼくが言い切ってしまうって、ちょっと意外に思うかもしれませんけど、でもそうなんですよ。あなた自身が庭に向き合わない限り、庭はおせっかいに話しかけてきたり、あなたの傷を修復したり、あなたを励ましパワーを注入したりはしません。そんなことは有り得ないのです。



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なぜそう言い切れるのかというと、人間と自然の関係性がそうだから。

自然があなたを癒し、よりよく生きるためのパワーをくれるのは、あなたが自然にそれを求めたときだけです。



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長く悩みの中にあったり、気持ちがささくれ立ったままで大自然に入って行っても、自然はあなたを救い上げることはありません。絶望的な気持ちで富士の樹海に入って行ったら、自然にじゃまされることなく、その目的は果たされます。
でしょ、そういうもんなんですよ。



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海洋冒険家で、風だけを頼りに単独で地球を3周した、日本一の海洋冒険家、白石康次郎さんはこう言いました。

環境保護って言うけど、自然は守られたいなんて思っていませんよ。環境が破壊されて困るのは人間の方で、地球は何も困らないんだから。

強烈な言葉でした。パシッと右フックをもらって、目が覚めた思いがしました。



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人と自然、人類と地球がそういう関係性にあることを知った上で、さあ、あなたは庭をどう捉えますか?



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猪俣さんちの庭のことを考えているうちに、壮大な話になりました。
どうでしょう、庭に出たくなったでしょ。庭を持っていない人は、庭が欲しくなったでしょ。



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あなたが庭(自然)を意識して、あなたが庭(自然)のことを慈しんで、あなたが庭(自然)のある暮らしを始めたら、庭(自然)は即座にあなたと共鳴を起こします。
庭(自然)と共鳴する暮らしをする人を、地球は守り導いてくれます。
それはつまり、あなたが、地球が望む自然環境の一部に仲間入りさせてもらえるということです。


すべての学問が哲学になっていくように、庭を楽しむこともまた、哲学なんだよなあ。



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さっ、庭に出て、自然との共鳴を感じましょう!
そう思えば、雑草取りもまた楽し。






 

しっとりとした自然を感じられる庭

出版社の取材が続きます。ありがたいことであり、とても楽しいことでもあります。

猪俣さんちは3年前の施工です。そして取材のテーマは「日陰の庭」。



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右側から3分割します。


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この猪俣さんちの提案は、ぼくのいつものパターンとはちょっと違うものでした。
最初ぼくは、家族で過ごす庭、思いっきり明るく楽しい庭をご提案しましたが、ご主人の反応はいまいち。んっ!?と思っているぼくに、ご主人は明確な庭のイメージを伝えてくださいました。

「そういうのも楽しそうなんだけどさあ、ぼくとしては、しっとりとした自然を感じながら暮らせるような庭がいいんだなあ。雑木の庭って感じの」。

ガッテン承知の助です。
お客様が思い描く理想の庭がわかれば、それでもう大丈夫。家族や友人とにぎやかに過ごすイメージの、バーベキューテラスをつくるばかりがぼくの設計ではなく、茶庭や坪庭やイングリッシュガーデン、プロバンス風、スパニッシュ、ご希望とあれば中国式の庭やアフガニスタンの庭まで、ありとあらゆる庭を設計できるのです。
ブログの常連さんはご存知のように、ぼくは粘着気質でマニアックな性格ですから(今風にいうとオタクに近い)、庭を生業として生きていこうと決めてからは、もう徹底的に庭のことを勉強しましたので、大概のご要望にお応えできるだけの引き出しは揃っているのです。

しっとりとした自然を感じながら暮らす、これはもう願ってもみないテーマでしたので、ぼくは意欲満々。
このようにお客様のご要望が明確だと、それがぼくの規定方針、ぼくが提案したい庭と方向が違っていても、それをカタチにするのはエキサイティングはことです。しばらく使っていなかったスイッチを入れることができました。
それともうひとつ、意欲がわき上がってくる理由がありました。ご主人がとてもすてきな人だったということです。

そろそろ定年が近い年齢のご主人は、プラント建設で有名な会社の研究員、つまり学者さんで、人柄は最高だし、カッコいいし。初対面の時点で「こんな人になりたいなあ」と思いました。
そういう出会いってありますよね、なんだかいきなりリスペクトみたいな。

そうやって設計した庭の完成時の写真と、今回の取材で撮った現在の様子を並べてみます。
ビフォー・アフターを想定せずに撮ったのでややアングルが違っていますが、そこはあなたのイマジネーションで修正しながら、3年という時間が生み出した植物の生長と、ご主人が希望していた「しっとりとした自然を感じる」ということが実現されている様子をご覧ください。



3年前
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現在
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植物がいい具合に生長しています。



3年前
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現在
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緑のボリュームが増しただけではなく、具合がいい。とってもいい感じです。



3年前
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現在
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庭に踏み入った瞬間に、庭に息づかいが感じられ、空気がしっとりとしていました。

そしてこの日の天気の具合もよかった。直前まで雨模様で、止んでもしばらくは曇天。取材を始めたら厚い雲が切れて、少しの間だけ光が差して、庭と僕との再会を、空が祝ってくれているようでした。 



3年前
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現在
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ぼくは取材を受けながら、ライターさんとの会話は、実のところどこか上の空でした。
この庭の3年間の変化にウットリとして、その感動に浸っていたかったのです。
徹底的に自画自賛状態。「これだよこれ!設計していたときにイメージしていたのは、工事完成時のじゃなくて、今のこの庭なんだよ」と、誰に言うわけでもなく、内心ひとりで興奮していました。



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この庭が、時間とともに成長して魅力を増したことの要因は、ぼくがご主人に出会った瞬間に感じたいい感じだったと思います。
ご主人のご要望が明確で、そういう庭をイメージしているご主人に対してぼくが感じた、「いい感じだなあ。こういう人になりたいなあ」という印象が間違っていなかったということです。
3年間、ご主人はこの庭を慈しんでくださいました。そしてその間の、この庭がある暮らしが充実し切っていたことがハッキリと感じられました。



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工事が完了してから数年が経過して訪れた庭が、ちゃんと進化して輝きを増しているときに感じる嬉しさって、もう言いようがないほどなんですね。こればっかりは作り手の特権です。



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「 ぼくとしては、しっとりとした自然を感じながら暮らせるような庭がいいんだなあ」。
そのご要望に応えるべく、普段とは違う引き出しを使って設計したあの時間。普段とは違うイマジネーションで、 普段とは違う興奮状態で。
その時に思い描いた庭が、リアルに、イメージ以上に熟成されて、成長を遂げて、それをこうして実感できることの嬉しさ有り難さ。
なんだかとっても幸せな取材でした。



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明日は引き続き取材時の写真をご覧いただきながら、ご主人が思い描いていた庭の意味、 この庭が持つ価値について考えたいと思います。





今日は朝からお客様としゃべりっぱなしで、ブログのアップが夜になってしました。土日はお客様が多くて楽しいのです。
いろんな庭のことを考え話しながら過ぎていく、充実のいち日。

人と会って話すことは、植物が光合成するのと似ています。
たくさんの人と話すと、必ず元気がみなぎってきます。


昔は全く違っていたなあ。人と会って話をするとけっこう疲れたりして。できるだけ誰にも会わないようにしていたこともありました。遥か昔のことです。
そういう時期って、振り返って考えると、何をやってもうまくいかなかったような気がします。
きっと人と会う、他の人と話しをすることで光合成できるって、健康な状態なんでしょうね。


さっ、晩飯食って、また夜の庭に出て、明日のネタの準備をしときます。
早朝から深夜まで、走りっぱなしのような日々が続いています。
明日もたくさんの人と話せるといいなあ。二酸化炭素を吸い取って、酸素を排出しますよ!








 

虫コナーズ、・・・ありかも。( 槌矢邸 7)

今日はバーベキューテラスの構成を解説します。

和室前から階段で上がって、部屋からは段差を気にせず外に出られるように仕立ててあります。これがとても大きなポイントです。



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このように庭を持ち上げるにはそれなりのコストも生じますが、そのことで得られる効果を考えると、ぼくとしては世の中のすべての庭にこれを適応したらいいと思うほどです。

今回の場合はもうひとつ、もともとの庭が周囲の宅地よりも低く、雨水の流入もあって、いつもジメジメしていたということもありました。こうして過ごす場所の設定を高くすることで、いつもカラッとした環境になりました。

そうやって部屋から出やすく、また部屋と近い庭、部屋とつながっているイメージになった場所に、今度は居心地の良さを組み立てていきます。



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寝っ転がれるサイズのベンチと、テーブル兼用になる囲炉裏。これはもううちの設計の定番になりました。毎月何カ所もこのパターンで施工していて、どこでも大好評です。

そして、コーナーパーゴラと木製パネルの組み合わせで、部屋っぽい落ち着きが得られるようになります。



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庭の一部、リビングから出たところを「外の部屋」として再構築する。これもまた、日本中の庭に適応してほしいことです。



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庭を持て余している、庭スペースが役に立っていないという場合、この「庭に出て過ごす」という考え方によって、庭はなくてはならないほどの価値を持って生まれ変わるのです。



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庭がこのようになると、カーテンどころかサッシも開けっ放しでの暮らしが始まります。
槌矢さんご夫妻は、庭は一変して居心地や楽しさが生まれたことに加えて、このリビングのサッシを開けっ放しで暮らすようになったことをとてもよろこんでくださいました。

ご主人のこんな言葉が印象的でした。

サッシを開けて暮らすようになったら、虫が入ってきても気にならなくなりました。放っとけば出て行くから。 

これは名言ですよ。
ストレスに対しての意外な解決策。

虫一匹でイライラすることありますよね。虫コナーズが大当たりしているそうです。
でも、虫コナーズぶら下げるということは、虫を気にするということ。虫コナーズが視界に入るたびに虫が飛んでいないかを確認せずにいられなくなるということですから、実はストレッサーの排除ではなく、ストレス源の強調になっているのです。
それが「いつでもどうぞ」と窓を解放することで、逆に虫の存在が気にならなくなる。

ストレス源を気にしている限り、ストレスからは解放されません。

ストレスから解放される方法はふたつ。ストレス源を消し去るか、それを受け入れるかです。

庭に飛ぶ虫を絶滅させることは不可能ですからね。受け入れちゃえばいいんですよ。
一生虫を気にして過ごすなんて、ばからしいでしょ。

と言いつつ、大ヒット商品になっている虫コナーズ、ちょっと魅力的なんですよね。何人かのお客様からの情報なんですけど、なんとなんと、蚊も寄せ付けなくなるそうです。
庭で過ごす時の蚊よけとして、使ってみましょうかねえ。






強烈なコマーシャル。・・・効き目ありそうですよね。


ちょっとキツすぎるので、お口直しにこれ。世界中で話題になっているそうです。








須藤元気の「WORLD ORDER」です。

須藤元気の言葉。

人をつくりあげるものは、思考と言葉と行動。
ポジティブな自分をつくりあげるにはポジティブな言葉を使うことが必要です。
ため息をつくんでも「ハー、よかった」って、意味もなくよかったをつける。いやなヤツに会っても「アイツ最低だよ」じゃなくて、「アイツ最高だよ。天国へ行きやがれ!」って。



彼の輝き方っておもしろいですよね。独自の世界観でありながら、でも思考が理に叶っているから誰でも真似できそうな、そういう不思議な魅力の持ち主です。










アジサイに見とれつつ思うこと

設計の合間に気分転換&メタボ対策の散歩。「レノンの庭」からすぐの四季の森公園を歩いていたら、菖蒲田の脇に咲いていたアジサイが目にとまりました。



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近づいていって、カメラを覗きながらさらに近づいて、ググッとアップにしたときに、その美しさが迫ってきました。



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森のリトマス試験紙、アジサイ。



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この時期視界に入ることはよくあっても、それを意識して、立ち止まることは少ない花です。



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それがなぜか、そのときは軽く打たれるような、ちょっとした感動みたいな感じがありました。



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昨年までのぼくには、たぶんそういうことはなかった。昨年のぼくなら、菖蒲田の脇に咲くのを写してから、すぐに帰って設計を再開していたと思います。



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でも、ぼくはその「昨年と違う自分」と意識したことで、妄想渦巻くあらぬ世界の扉を開いてしまいました。パチッとスイッチが入ってその扉の向こうの部屋が明るくなりました。



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開いたからには中へと進んでいきたくなって、それから2時間、広大な公園を歩き回りながら、アジサイを撮影しました。



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ほとんどが森の森林公園の山陰や散策路の脇に、ポツンポツンと点在しているアジサイを探しながらの撮影は、ほとんど歩きっ放しです。10分歩いては見つけてパシャッと撮って、15分歩いてはパシャッと。



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そうやって狩りをするように歩いているときは、獲物を探すことの楽しさ以上に、歩くこと自体に夢中になります。



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歩く、ただ歩く、ただただ歩いていると思考が澄み切ってきて、アジサイの色がますます沁みてきました。



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何で今年はこんなに・・・。



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今まで大した感慨を持たなかったことに深く感じ入るようになる。年取るってこういうことかなあと。



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花ごとに違う美しさで迫ってくるアジサイが、ぼくには公園を散策している大勢のお年寄りの姿とダブりました。



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年金ぐらしで時間に余裕があるから、こうして平日の公園に集まってくるのかと、以前のぼくはそう捉えていたと思います。
でも今は違います。



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年を取れば取るほど、忙しいのです。
そして経験を重ねれば重ねるほど、感受性が豊かになります。



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その豊かさは、青春期の多感さとは違う、芳醇な感性。
自身が熟成されたことによって得られた多感さです。



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だからじっとしていられません。ビンビン感じますからね。
予定をやりくりしては公園に出かけて、木々や花を楽しみ、水筒に入れてきたお茶を味わいながら、友だちとの会話に花が咲きます。



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心配事を相談し、逝ってしまった連れ合いとの思い出を掘り起こし、今夜の食事を考え、お互いの健康を気遣い、人生がいかにすばらしいものであるかを確認し合います。



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暇を持て余して公園に来ているお年寄りなど一人もいません。そういうもんなんです。



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うちのお客様の中にも、たくさんのお年寄りがいらっしゃって、みなさんとても忙しく暮らしています。
いち日いち日を充実させながら。



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さんざん歩き回りながら感じました。
アジサイは、色もカタチも千差万別で、それそれがそれぞれの輝きを持っています。
それはまるで、公園で梅雨の晴れ間を楽しむおじいちゃんおばあちゃんのようです。



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その色は、驚くほどフレッシュです。



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年を取るってすごいことです。
辛いこと、悲しいこと、やりきれないことをすべてのお年寄りが経験していることでしょう。



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うちの亡くなったばあちゃんは、大失恋をして何日も部屋に閉じこもっていたぼくに、「ひでとし、まんま食え。思うように行かねえことあるどもに、おめえ、生きてるだけでありがてえんだぞ」と言ってくれました。ぼくは泣きながらタマゴかけご飯を食べました。



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じいちゃんは帰郷するたびに、いつも、「おい、横浜は仕事はあるか?仕事があればあちこたねえ(大丈夫だ)」と。



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芳醇な言葉だなあ。同じことを親に言われても、こんなに沁みることはないと思います。
突然開いた、記憶の引き出しでした。



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あの日、2時間歩いて本当によかったと思いました。翌々日の台風で、花は折れ、色はくすんでしまいましたからね。



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こうして写真を並べていると、あの2時間が、一瞬の奇跡の時間だったように思われます。



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長く生きると、ちゃんとご褒美が用意されていますね。
若者には決して感じることができないことを感じられるようになり、いろんな経験を積み重ねて、熟成された言葉やたたずまいが、この日のアジサイのように美しく花開きます。



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広大な四季の森公園、すごくいいですよ。
 


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梅雨時期はしっとりとした森の空気を楽しみに、そして梅雨が明けたら蝉時雨と木陰の諒を求めて、ぜひ行ってみてください。



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中原街道の、ズーラシアとららぽーとの中間地点にあります。
道路を挟んだ反対側に「レノンの庭」がありますので、こっちもぜひ覗いてみてくださいね。






台風の塩害で枯れ枯れになってしまった草花を、今日の雨が洗い流してくれます。
あまりの忙しさで疲労が頂点に達してトリップ状態に入ったのか、単にオジサンになったのか、最近なんだか、何でもかんでもありがたく思えてしまいます。花見て泣けてきたりするんですよねえ。
今朝は生まれたてのメダカをすくっていたら(別の水槽に移さないと親にパクパク食べられてしまうのです)、妙に胸にこみ上げてきて・・・。
まあ誰に迷惑かけるわけでもないので、しばしこの感じを楽しみましょうかねえ。うん、悪くないなあこの感じ。


前を向くカレンダーの6月20、21、22日の言葉です。

幸せとは、ありふれたことを、かけがえのないことだと気付くこと。
birdie-chance   神奈川県横浜市 35歳 会社員



さっ、雨音を聴きながら、設計に没頭します。
そして夕方はテミヤンライブ。6時30分に横浜人形の家でお会いしましょう。










台風通過/Lokohama Style

夜中に台風が通過しました。朝起きて庭に出ると、その惨状たるや、しばし呆然でした。

ぼくはいったん部屋に入って身支度をして、そして庭を見ると、妻がせっせと掃除をしていました。
いつものことながらリカバリーが早い。
花という花はすべて吹き飛んで、植木鉢は倒れ、椅子はひっくり返り、空から降ってきた葉っぱとゴミが吹き溜まった庭が、みるみる整然としていきます。

リカバリーは素早く。

ぼくなどは「ひどいことになったなあ」と、しばし軽い喪失感に浸っちゃうんですけど、妻はすぐに次の行動に移っています。きっともう、今度は何を植えようかという楽しみが膨らんでいるにちがいありません。
ダメな状況を長引かせない。リカバリーしながら、さらなる楽しみにまで高めていく。マイナスを一気に大きくプラスに転じる。すばらしいことです。

ピンチはチャンス到来の合図。

ぼく以上に自由奔放に生きてきた妻は、その奔放さが過ぎて、これまで幾多のピンチに見舞われてきました。傍目には自業自得みたいなことなんですけどね。でもそのピンチを、いつもすごい瞬発力ではね除けて、その勢いで事態をプラスに転じながら生き延びてきたような人です。
だからでしょう、状況が悪くなると、活性化するクセがついています。基本、何が起こってもボーッとしているぼくには心強い存在です。


台風通過で気分が高揚していることもあって、早めに家を出て「レノンに庭」に向かいました。
庭の白樺が根元から折れて通路を塞いでいました。さっそく撤去作業。

大汗かいたところで北原さんからうれしい電話をいただきました。今日のTVKの「ありがとッ!」で、ぼくの言葉を紹介してくれるそうです。



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取り上げてくださる言葉はこれ、

花の数と幸せは比例する。

人は花を植えるときに、その花が咲く数ヶ月後の幸せな風景をイメージします。園芸好きな人は、そうやって日常的に「幸せな未来」をイメージしていますから、当然暮らしはそのイメージに向かいます。
だから、花を植えれば植えるほど、その人に幸せも花開いていくのです。
庭や玄関先に花があふれている家の人って、どっからどう見ても、幸せがあふれていますよね。それが花の力。
花の数と幸せは比例します。

テレビ神奈川の電波に乗ったこの言葉で、横浜に、神奈川全域に、花咲く庭が増えたらいいなあ。

花咲き誇って、家族の笑顔があふれている庭。それが Lokohama Style 。 


台風の後片付けはさっさと終わらせて、さあ、次は何の花を植えますか?







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