2014年02月

目を見て話す(な)

25歳で東京に出てきて、最初に勤めた造園会社は皇居のお堀端、半蔵門の目の前にありました。そこは東京の中心、ぼく的には日本のど真ん中で働いているんだという感慨がありました。
まだスーツを一着しか持っていないような(それも浅草の出店で買った上下5千円のもの)正真正銘の田舎者のぼくには、もう見るものすべてがドキドキするような、夢の世界に迷い込んだような状態でした。



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入社して、いきなり仕事が忙しく、休日出勤した日のことです。
いつもとは違う閑散とした通りの歩道を、一組の外国人の老夫婦が歩いていました。逆光気味に、穏やかな春の日を浴びて、手をつないで顔を見合わせ話しながら歩くその姿が、まるで欧米の映画を観ているように素敵に思われました。
「ぼくもいつかこんなふうに、目を見合わせて歩くパートナーと巡り会いたい」と思ったものです。その美しいシーンは今でも鮮明に記憶しています。

時は経ち、すてきなパートナーと幸せに暮らすことができているわけですが、ふと思うと、ぼくは女房と目を合わせるということが少ないことに気づきました。あの日憧れた老夫婦の様子とはちょっと感じが違います。



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庭で読んでいた本に面白いことが書いてありました。それは「白目が大きく露出しているのは人間だけ」というものです。
人間だけが白目の中に黒目があって、つまりこれはその人がどっちに視線をやっているかが、他の人に明確にわかるということになります。
何で人間だけがこんな進化を遂げたのか、それは相手に自分の意志を明確に伝えることで成り立つ、高度なコミュニケーションを身につけた結果であるといえます。
他の動物にとって目が合うということは攻撃を予知させる緊急事態です。人に近いチンパンジーであってもそうです。すべての動物は極力目を合わせないように、視線を曖昧にしながら争い事を避けて暮らしています。

「相手の目を見て話しなさい」って言いますよね。あれ、どう思います?
面接のときや目上の人に教えを請うときなどには、しっかりと目を見て話しますけど、通常はあまりそういうことってないですよね。ジッと目を見るって、やっぱり攻撃的なんですよ。いやでしょ、コンビニの店員さんに、こっちの目から視線を外さずに応対されたら。



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白目が多くて視線の行く先が相手にわかるって、実はとても厄介なことなわけです。
若い人のコミュニケーション能力が低下しているということがよく言われます。ぼくはそんなことはなくて、年齢に関係なく、コミュニケーションは高度で難しい能力なんだと思っています。
もしも若い頃に「相手の目を見て話しなさい」と言われたことをずっと気にしているなら、それはたぶん間違い。
白目が多い三白眼は、人相学的には凶相とされていますよね。見つめられたときの印象が強すぎて、相手が不快に思うからでしょう。
逆に「黒めがちの美人」というように、白目の面積が少ない人は魅力的だと言われます。目が合ってもどこを見ているのかよくわからないので、不思議な神秘的な印象を与えるのです。
若い女性がさかんにカラーコンタクトで黒目を大きくしているのは、生物学的異性獲得戦略、というわけ。

つまり、良好なコミュニケーションをはかるために注意しなければならないのは、目を見すぎないようにすること。
会う人会う人の目を見る人がいたら、きっとすぐに災難に巻き込まれます。けんか売ってんのか!ってなりますからね。



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ではなぜ、人類が高度なコミュニケーションを持つに至ったことで出現したのが白目の多さなのに、そのことで際立つ相手の目への視線がコミュニケーションの弊害となるのか。
ふたつのことが言えます。
ひとつは相手の目を見続けるのではなくて、見たりそらしたり、足元へ視線を落としたり、遠くを見つめたりすることによって相手に好印象を与えるというのが、正しい視線の使い方であるということです。
もうひとつ、欧米人と日本人の違いがあります。
半蔵門で見た素敵な老夫婦のように、欧米人(狩猟民族系)は比較的ストレートにパートナーとの関係性をはかります。それはある意味闘争でもあるわけです。喧嘩じゃないけど、好きは人の心を獲物を狩るように我がものにしようとする。
日本人はというと、そうではありません。もっとナイーブです。農耕民族ですから、花を育てるように、あわてることなくジワジワと関係を構築していきます。だから目を見るなどということは、プロポーズとか、ここぞというときだけ。普段は横に並んで、見つめ合うよりも、ふたりで同じ夕焼けを眺めるみたいなスタンスなのです。

日本人同士は、相手の目を見て話してはいけない。

目を見なくても好意が伝わる視線の技術を身につけましょう。
これまで言われ続けた「ちゃんと目を見て話しなさい」という手法よりも、ずっと簡単で効果的だと思いますよ。



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というわけで、ぼくが女房とあまり視線を合わせないのは、良好なコミュニケーションのための日本人的能力ということになります。

決して、女房が怖いからではありません。

・・・決してそうではありません。





 

じょんのび

昨日は先週末に続いて今年二度目の雪となりました。



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ぼくはといえば天気とは裏腹に、何とも穏やかな気持ちで庭に出ています。安らぐというか、落ち着くというか。



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やはり雪国のDNAは特別なのかもしれません。



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よく雪国育ちの人を我慢強いと言いますけど、それってきっと「のんびりしている」ということなんじゃないかなあ。何かにじっと耐えるんじゃなくて、ボケーッとしてやり過ごすうような感じ。
あなたの知る雪国の人を思い出してください。きっとその人は、穏やかに微笑んでいるんじゃないでしょうか。



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故郷魚沼では3〜4メートル積もります。
毎日降り続く雪を相手にイライラしたり、あせってみてもしかたありません。ただ淡々と除雪をしながら、じっと春を待つしかないわけです。それを先祖代々経験しているわけですから、まあ当然のこととして気質はのんびりしたものとなります。



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雪国から飛び出して28年が経過し、こうして思いがけない雪景色の中にいると、根っこは今でも雪国の人なんだということを確認したような気持になります。
それはちょっとうれしい、ちょっと誇らしいような気持ちです。



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新潟ではのんびりすることを「じょんのび」と言います。
その響きが大好きです。
「こっけ降ったらどうしょもねえすけ、じょんのびこたつにあたってればいいて」と使います。



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「じょんのび」の語源は、たぶん「順延ばし」じゃないかと思うんですね。あわててみたって怪我するだけだから、順に先延ばしにしとけばいいということなんじゃないかと。



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四季がある国に暮らすコツは、自然と歩調を合わせること。



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だいじょうぶ。また数日で、何ごともなかったかのように雪はなくなってしまいます。
だから、今日はじょんのびと。

雪でリズムが整う朝の庭、いい感じです。




 

興味が尽きないこと

昨日は脳内のクオリアという反応について書きました。
半年ほど前から、庭で読む本が医学と生物学に偏っています。なぜか興味が尽きません。
それで何か支障が出るわけではないので(書いておきたいことだらけで、庭の紹介が滞っていますが)このまま、気の向くままに読み続け、その手の記事を書いていこうと思います。



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もともとぼくの興味がそこにあったわけではありません。ぼくの興味はこの仕事を始めた時から変わらずに、「人はどうやったら幸せな人生を築けるのか 」ということに尽きます。
土木と造園の施工管理技師だったぼくに、運命のいたずらで庭の設計依頼が舞い込んだときに、ぼくは直感的に「これは誰かを幸せにしない限り意味がない仕事だ」と思いました。
振り返ればその直感は、とても個人的な価値観だったわけで、世の中的には庭と「幸せ」を結びつけて捉える人などどこにもいませんでした。庭業界の人は庭のことを考えている、それは今もあまり変わっていません。



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ぼくの直感も変わっていません。ぼくとしては、庭は人の幸せに寄与する場所にならない限り価値を持たない、それどころか価値のない庭は、人生の重荷になったり幸福感のブレーキとなると思っています。

人が生み出すすべてのものは、人の幸せにつながるものでなければならない。



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ガーデンデザインという仕事の入り口で(26歳でした)、庭の価値を「幸せ」と定義して、来る日も来る日も庭を設計しながら、実は幸せを思い描いてきたわけです。
現在53歳、気がつけばその思いは強化されて、ぼくはすっかり「幸せ探求家」みたいになっていました。



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生物学と医学が、というか生物学者とお医者さんが書いたエッセイの類いが、そんなぼくの興味と合致したんですよね。読めば読むほど、そこにはぼくが考える庭世界と共通する、幸福探求のエッセンスを感じ取ることができます。
例えば幸せホルモンのこと、睡眠のこと、先日書いた笑いの起源もそうです。それを知ると、今日という日が幸せ方向へと展開してゆく、そういう事柄が次々と見つかります。



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もしもぼくが庭の仕事に就いていなかったら、庭の価値を「幸せ」と定義していなかったら、全く違う人生になていただろうなあって思います。

幸せについて考えることで、ぼくは幸せに満ちた人生を得ました。

運命の導きは、とてもラッキーでした。
土木施工管理技師のままだったら、コンクリートの強度を出すことに一生懸命な、まじめで優秀な技師として生きていただろうと思います。ただ、これほど幸せについて考えることはなく、休日の登山と魚釣りが生きがいみたいな人生になっていたんじゃないかなあ。
そうなっていたら、それはそれでよかったのかもしれませんが・・・いやいや、きっとぼくは満たされない気持のままで暮らしていたに違いありません。平坦だけど悩みが尽きないような暮らしで、感動も少なかったんじゃないかなあと思うのです。
ありがたいことに、今はあれやこれやと感動的な毎日です。



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出会いと運命に導かれて、こうして幸せな庭を思い描くことで暮らしている今の自分が最高です。できることなら、あと300年くらい続けたいと思っています。
昨日も庭のことを話しました。そのお客様の眼からウロコが落ちるのを目撃し、表情が輝き出す様子を確認することができました。

庭は幸せのためにある。

23年をかけてぼくの中で熟成され強化されたこのことを、これからもしっかりと持ち続けたいと思っています。

庭だけじゃなく何の仕事であっても、それが幸せに寄与するものであってほしい。
ケーキ屋さんも、看護士さんも、大工さんも、商社マンも、システムエンジニアも、ダンサーも、歌手も、俳優も、教師も、政治家も、農家も、漁師も、専業主婦も、ドライバーも、職人さんも、パート・アルバイトの人も、すべての人が総掛かりで、心の底から「幸せ」を願って仕事をすれば、世の中の不幸は激減しますからね。

ひとつはっきりしていることは、ただぼーっとしていたら幸せにはなれないということです。
幸せについて考え、それを追い求める気持ちを抜きにして、あなたの幸せも、幸せな世界も実現できません。
でしょ。ご異議ありませんね。
だから、今日もしっかりと幸せ方向に舵を切って、頑張って進みましょ!





 

クオリア

脳科学の世界では、今クオリアの研究がトレンドなんだそうです。
クオリアとは?
庭の花を見たときに、その花びらが可憐なピンク色をしていて、触れると散りそうなやさしい質感を持っていると感じる。風に揺れる枝から涼を感じる。夕焼け空に気づいて見上げた時の情感。外的刺激から起こる、内面的な、そういうたぐいの解釈や反応のことです。ひとことで言うと「感じ」。



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ぼくは「まだそこなのかあ」と思いました。
脳科学者は、生命科学の分野で細胞研究と共にエリート中のエリート。その英知がこぞって「感じ」ということの解明に取り組んでいるって・・・ねえ、まだそこなのって気がしますよね。
これまで、科学の基本は物事を数値化すること、矛盾無く定義することだったわけです。
ようやくここに来て、「感じ」という割り切れない内的反応の探求を始めた。
人も社会も公式化できない割り切れなさの森みたいなものですから、科学はまだまだ未開のジャングルの入り口に立ったところなのかもしれません。

このクオリア研究が進むと何が起こるのかというと、ロボットが心を持つようになります。
わが家で大活躍しているお掃除ロボット君が、ご主人様の顔色を察知して「今日は近づかない方がよさそうだ」とか「ちょっと静かに動いた方がよさそうだ」という気遣いができるようになります。



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科学は科学として進歩していってほしいんですけど、ぼくは同時に、「いいんじゃないの、そんなことまで研究しなくても」という気持にもなるんですよね。
解明できないから、割り切れないから面白いってこともあるんですから。
例えば女房です。その言動は決して公式化できない、摩訶不思議な未開のジャンングル。
でも、だからいつまでも新鮮な気持で一緒にいられるんだと思っています。
・・・でしょ。そういうことだらけなのが人生の面白いところ。そこから文学が生まれ哲学が生まれるんですから。



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クオリアを持たない人間を仮定して「哲学的ゾンビ」と言うそうです。哲学(心の学問)の分野で、心を排除した人間。

五感からの情報が心にアクセスしなくなると、人はゾンビになる。

それはあくまで、極端な仮想の人間像ではありますが、現実的に、人はそういう傾向に陥ることがないわけではありません。

心が疲れてくると、クオリア機能が低下する。

気遣いや、感動や、悲しみや、ワクワクしたり、やさしい気持ちになったり、そういう心の動きが鈍ってきたときに、それを自らが察知できないと、病みの進行をくい止めることができなくなる恐れがあります。

心の疲労は、人から感動や気遣いを消し去る。

そうなり始めると、人は理屈に走り、その理屈は自分本位のへ理屈になり、周囲から孤立していきます。
世の中の何もかもが気にくわないとか、「誰も自分のことを理解してくれない」というような強い孤独を感じている人の多くは、その傾向にあると言えます。



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感動できたら大丈夫!

くれぐれもゾンビ的にならないように、日々庭に出て、自分のクオリアが健全に機能していることを確認してください。
庭は、脳科学者たちが緒に就いたばかりの未開の森の入り口の、その奥にある世界です。
風や光や草花や、数値化し、公式化することとは無関係の世界が広がっています。
流れる雲を追いながら、心はサライの空へとワープする。開きかけのつぼみに明日の笑顔を予感する。そんな心の動きを感じることができれば、あなたのクオリアは健康そのもの。

庭は五感で感じる場所。そこに理屈はいりません。
クオリアが低下すると、庭はあなたに無口になります。




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脳科学に限らず、科学ってものはまだまだ幼い学問なんですよね。命って何?幸せって何?それすらまだまだ解き明かすことができていないわけですから。
でもぼくらは、非科学的に、命の大切さやありがたさを知っています。幸せを感じる能力を持っています。それでいいのです。

知ることよりも感じること。
解明しなくても、感じていれば問題無し!




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さあ、庭に出てください。そこで、あなたのクオリアを活性化させてください。

庭って大事。
あなたの庭が、あなたの幸せに寄与する場所になっていてくれたらいいなあ〜。
そうであることを願っています。

今日も張り切って、願いを込めて、そういう庭を思い描きます。



 

笑顔の人

きのうの続きです。

赤ちゃんの愛くるしい笑顔、それはDNAに組み込まれた防衛本能。大人たちに向かって微笑み、愛情を獲得することで、まだ無力な自分の生存をはかっているのです。



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その笑顔に接した大人たちは、脳内のミラーニューロンが活性化して、つられて笑顔になります。
この赤ちゃんから投影された笑顔もまた、その大人たちを守ってくれます。
赤ちゃんや子どもを見て笑顔になる人には、必ず良好なコミュニケーションが開けていって、暮らしは幸せ方向へと展開していきます。



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無垢な赤ちゃんにとっての、本能的な、生存のための武器である笑顔を、我々大人は意識を持って積極的に使いましょう。

笑顔の人は強い。



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庭を楽しむ人の中に、ぼくは「笑顔の人」をたくさん発見してきました。庭って笑顔率が高まる場所なんですよねえ。
いい庭は誰もを笑顔にしてしまうチカラを持っています。そこに足を踏み入れた瞬間に顔が緩んで、気がつけば、集う人すべてを笑顔の渦に巻き込んでいます。
そういう魔法のような庭を生み出す人は、必ず飛び切りの「笑顔の人」。



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訪れる人の笑顔を楽しみに、寒い季節からせっせと庭に出て手入れを怠らない。その時間の積み重ねに、庭って必ず応えてくれます。人のおもてなしの心を、ちゃんと花咲かせてくれるのが庭。
そういう心のこもった庭で出会う笑顔って、楽しい気持を通り越して、感動しますよ。



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大昔に、猿が相手の威嚇の表情が解かれたときに感じた、ホッとする気持。その微かな心の動きを進化させて、人は相手を感動させることまでできるようになりました。
相手を喜ばせたい、楽しんでいただきたいという気持ちは、進化した人間だけが持つ、高度な能力なんですよねえ。



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さあ、猿へと退化してしまわないように心して暮らしましょう。
何があっても、どんな状況でも、とにかく笑顔で、出会う人出会う人に、その笑顔を広げていきましょう。

笑顔は、人が人として生存するための能力。

今日出会う人を何人笑顔にできるか、それがあなたの人間力を示します。

思いっきり!笑顔全開で!


今日ぼくは「レノンの庭」で、二ッコ二ッコしながら設計していますので、お近くの方はぜひ遊びに来てくださいね〜。
雪に埋もれた庭から、花たちがニッコニコで顔を出し始めています。





 

笑顔の起源

笑う動物は人間だけ。笑顔は人間だけに与えられた特権。

ところで、人はどうやってその特権を得たのでしょう。
今日は「笑顔」を、その起源にさかのぼって考えてみたいと思います。



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人の胎児は、最初の細胞分裂から出産までの間に、生命の歴史をたどって成長するといわれています。
身体のカタチや顔つきが、魚類→両生類→爬虫類→哺乳類と変化してしていきます。
やがて猿になる。そして出産間近に、ちゃんと猿から人間にまで進化してから産まれます。
その猿期から人間期への成長を示すのが「微笑み」だそうです。
胎児を映し出す映像で、微かに微笑む赤ちゃんの顔を見たことがあると思います。あれです。 



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人は笑うが猿は笑わない。でも猿って、笑うような表情をすることがありますよね、歯を剥き出して、ウキキー!って。
あれは威嚇の表情だそうです。
知らない猿がやってくると、表情筋をありったけ動かして「それ以上近づくな!」と意思表示をする。
この猿の威嚇の表情からの進化が笑顔になったと言われています。
では、どのようにして威嚇が笑顔に進化したのかを解説しましょう。面白いんですよこれ、笑顔の紀元を知ると、笑うことの意味が明確になって、笑っちゃいますよ。



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威嚇された相手は、その恐ろしい表情にたじろぎ、それ以上近づくことなく立ち尽くしています。
すると威嚇していた方の猿は警戒心がやわらいで、威嚇の表情を中止します。
相手はその表情の変化にホッとします。
ここです!威嚇される恐ろしさやいやな気持から解放される瞬間の、ホッとする感覚を、威嚇された側の猿は記憶するのです。
その猿は、仲良くしたい相手にあえて威嚇の表情で近づいていって、相手がたじろいだ瞬間に表情を和らげる。すると相手はホッとして、そこから親密な関係が生まれてゆくという手法をおぼえました。
そのコミュニケーション術が流行して、定着し、何万年もそれをするうちに、威嚇の表情を解くときの微妙なやわらかい顔で相手と接することが、本能として遺伝子に組み込まれました。
その、歯を剥き出してから和らげることで、親愛の情を表現することを身につけた一群の猿が、人間へと進化していったわけです。
だから胎児のふにゃっとした微笑みは、母親のお腹の中で、順調に猿期から人間へと成長したことを示しているのです。

笑顔は、猿から人への進化の証し。

面白いですよね、威嚇から笑顔が生まれたって。
最初にわざと警戒させておいてから、「大丈夫、怒ってるわけじゃないから」って。
子どもがよくやりますよね、好きは女の子に嫌がらせをしてしまうとか、喧嘩することで仲良くなるとか。



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笑顔の起源を知ると、笑うってことが人間の証明なわけですから、つまりいい笑顔の人ってのは、より進化した優れた人間ってことになりますね。

笑う猿が人間になりました。
笑わない猿は猿のまま。




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時々猿にまで退化している自分に気づいて、ハッとすることがあります。
いろんなことがあって笑えない時期ってものあるわけですけど、そんな時こそ「人間の自分」を意識して、無理矢理にでも口角を上げて、目尻を下げて、その困難に向かっていきたいものです。



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武田双雲さんが、すばらしいことを提唱しています。

口角を5ミリ上げてみてください。
たったそれだけのことで、気持が上向きますよ。


これ、効果絶大!
ぼくは自分が猿化しそうになると、これをやります。日に何度も(・・・進化が遅い)。

笑顔の話、明日に続きます。






 

いまここ( 名言・格言コレクション )

雪景色の日曜日です。
こんな日はコタツに潜り込んで、ミカンをむきながらオリンピックを観るに限りますね(と言いつつ、ぼくは鬼のように仕事をしますが・笑)。



ミーは夜明け前から庭に出て、
雪に埋まった庭園灯を発掘していました。
うちの猫は犬化しています。

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全国的に降った今回の雪は、週末だったし、何だか日本中をスローダウンさせてくれた気がします。
いいんだなあ、この感じ。
雪が降ったらじたばたせずに、暖かくして、家族で過ごすのが正解ですよね。
雪国育ちなもんで、人一倍そういう情緒が育っているのかもしれません。



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こういう日には相田みつをが似合います。
あなたの実家の居間にも、額が飾ってあったんじゃないですか。
雪が降る日の団らんみたいな「みつをワールド」で、昭和にワープしてみましょう。



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花を支える枝
枝を支える幹
幹を支える根
根はみえねえんだよなあ




そのときの出逢いが
人生を根底から変えることがある
よき出逢いを




しあわせは
いつも
じぶんの
こころが
きめる




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奪い合えば足らぬ
わけ合えばあまる



生きているうち
はたらけるうち
日のくれぬうち




雨の日には雨の中を
風の日には風の中を 




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つまづいたって
いいじゃないか
にんげんだもの




道はじぶんでつくる
道はじぶんでひらく
人のつくったものは
自分の道にはならない




「自分の花」

名もない草も
実をつける
いのちいっぱいに
自分の花を咲かせて




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いま
ここ




いいことはおかげさま
わるいことは
身から出たさび




ひとり
しずか




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「めぐりあい」

あなたにめぐりあえて
ほうとうによかった
ひとりでもいい
こころから
そういってくれる
ひとがあれば




アノネ
がんばらなくてもいいからさ
具体的に
動くことだね 



うしろをふりかえると
勇気がくじける
わき見をすると
他人のことが気になる




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小出スキー場からの越後三山と魚野川
これがわが故郷の風景です


一生感動
一生
青春




いま
ここにしかいない
わたしのいのち
あなたのいのち




穏やかに、やわらかく、でも強靭に。昭和って、なかなかいい空気が満ちていたんだなあって思います。
その感じをなくしちゃいけないですよね。

雪が融けたら春近し。







 
 

雑草の定義

朝起きたら、外は一面の雪景色。
う〜〜〜寒い!と同時に、雪国育ちのぼくとしては、抑えきれない高揚感があります(いつものように、気合い一発!庭に出て書いています)。



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花は雪をかぶって・・・。でもぼくは知っています。この花たちは、明日になればしおれることもなく、何ごともなかったかのように咲いていることを。いつもそうですから。
あんなに可憐でか細い花が、自然に降り積もる雪のは驚くほど強い。
咲く花も、降る雪も自然のい采配です。
自然体でいること、自然に身をまかせることって強いんだなあ。

ではまいりましょう。いつものように。
 

雑草という名の植物はありません。

これは昭和天皇の言葉です。
確かにそうなんですよね。植物学的に「雑草」は存在しません。
でも、皆さんは、庭の雑草に悩まされていますよね。だから雑草は、ちゃんと存在しています。



ピンク サマースノー
ピンクサマースノー



では雑草とそうでない草花の違いって何でしょう。
買ってきて植えるか、自然に生えてくるかの違いでしょうか。花が咲くか咲かないかでしょうか。
一般的に雑草と思われているシロツメクサやドクダミを、ある人は可愛く感じて茂らせたりしています。それはその人にとって雑草ではありません。
雑草の定義とは、いったい・・・。

ぼくはこう考えます。

存在によって、あなたの波動が下がる草が雑草。

ちょっと理屈っぽく雑草論を書きましたが、本題はここから。



リーピングサーモン
リーピングサーモン



会社や友人付き合いやご近所さん、最近ではツイッターやラインやフェイスブックなども含めて、ぼくらは毎日大勢の人とかかわり合いを持ちながら暮らしています。
そのかかわりの中で、「この人ちょっと気に触る」とか「この人って好きにない」という人が必ずいると思います。あなたの波動を下げさせてしまう雑草のような存在の人。
どうしてます?そういうとき。

人の悩みの大半は、そういう人の言動から始まります。
ではどうするか。
どうするもこうするも、引っこ抜くしかありません。

波動が下がる人からは遠ざかる。

この当たり前のことをきっぱりとやる人と、なかなかそうできずに、心を雑草だらけにしてしまう人がいるんですよね。
かく言うぼくも、雑草駆除が追いつかずに波動を下げてしまうことがしばしばあります。



モリニュー
モリニュー



雑草が手に負えなくなってしまう人にはひとつの特徴的な思考があります。それは「庭中をコンクリートで埋めてしまいたい」という発想。
抜いても抜いても生えてくる雑草にうんざりして、土のない庭にしてしまおうと、コンクリートや砂利やウッドデッキの庭にしてしまう。これ、よく見かけるケースです。
でも思うんですけど、そういう庭ってたいがいつまらないし、庭として機能していません。

「雑草が生えない環境にすることでその苦労から逃れる」ということを、人間関係に置き換えてみるとこうなります。
気が合わない人がいるから友だち付き合いはしない。時々気に触るコメントが来るからフェイスブックはやらない。仕事にも買い物にも行かずに部屋から出ないで暮らす。
・・・だめですよね。



フェンタジア
フェンタジア



雑草が生えるということを肯定的に捉える人は、せっせと雑草を抜いて暮らします。

雑草は生えるもの。いやな人は現れるもの。そういうものなのだということをしっかりと受け止めておかないと、思考が現実逃避を始めて「雑草が生えない世界に行きたい」ということになり、つまらない世界に閉じこもることになっちゃいます。

庭中をコンクリートに・・・という逃げの思考で出現するのは、味気なくてつまらないコンクリートの空き地。



チャールストン
チャールストン



来るなら来い!私は雑草ごときでいやな気持になんかならない!徹底的に、きれいさっぱり引っこ抜いてやる!という気構えを持って暮らしましょう。
雑草も生えるけど、それ以上にたくさんの花が咲いている庭(社会)から逃げることなく、自分自身も花咲かせてゆく、そんなイメージを持ちたいものです。
いやな人は、反面教師だと捉えればいい。「自分は決してそうならないぞ」と思えば、そういう人が現れるたびに自分を律することができますからね。



リトルウッズ
リトルウッズ



ではここで、雑草取りのコツをご伝授いたします。

雑草に気づいたら、後回しにせずにすぐに抜くこと。少ないうちなら簡単なことなのに、後回しにすると何倍も苦労することになります。
もうひとつ、抜くときには根っこから。根まで抜かないと、あっという間に復活します。


庭にしゃがんで、いやなこと、気に触ることを雑草に込めて「コンチクショウ!」と気合いを込めて、根っこから引き抜く。
徹底的に駆除して顔を上げると、きれいに整った芝生や花壇が広がっていますよ。

春から梅雨にかけて、庭は絶好の雑草取りシーズンに入ります。コンチクショー!の季節到来(笑)。
いやあ〜楽しみ楽しみ。


この雪が融けたら、春が、一段と近くに迫ってきます。




 

パラダイムを意識する

身に何が起こっても、周囲の状況がどう変化しようとも、進行方向が幸せへと向いたままの人がいます。
そういう人の姿は美しく、「かくありたし」と思わせてくれます。
例えば鈴木杏樹さん。朝の番組で彼女の晴れやかな笑顔を見るたびに、自分の中に良質なパワーがみなぎるのを感じます。

幸せな人はどこまでも幸せになって行く。
反対に、なかなか幸せを維持できずにもがき苦しむ人もいます。もがけばもがくほどに状況を悪化させてゆく姿は、傍目にも悲しいものです。

この両者、いったい何が違うと思います?
ぼくは知っています。



中山邸 Before
中山邸 ビフォー

After
中山邸 アフター



「庭は木や草花を植えて眺める場所」という概念から一歩も出られない人がいます。その庭に「眺める」以上の展開はなく、やがて暮らしのお荷物になっていきます。
時間の経過で家族構成も変わり、仕事や暮らしの状況も変化し、眺める庭は色あせて、楽しさを感じられない場所となって、うちの店を見つけてご来店くださいます。
ぼくの言うことは決まっています。

眺める庭から過ごす庭へ、イメージを広げてみませんか。

庭は眺めるのではなく浴びるものなんだということを、実例をご覧いただきながら解説し、その意識の変化によって「人生が変わった」とまで言ってくださった、たくさんの人たちのことを話します。

目を輝かせて「その手があったか!」と小躍りする人と、どこまで話しても「庭は眺めるもの」という立ち位置から微動だにしない人に分かれます。その後の展開は推して知るべし。



一柳邸 Before
一柳邸 ビフォー

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一柳邸 アフター



これはぼくの「過ごす庭」という提案が素晴らしいと言っているのではありません。食料を生産する庭でもいいし、ゴルフやヨガなどトレーニングのための場所にしてもいいし、ドッグランでもいいし、眺める庭のままで全く違う風景に仕立て直すんでもいい。
でもそういう変化に対して頑に抵抗するタイプの人には、ぼくのどんな提案も無力です。

パラダイムの呪縛から逃れられないと、なかなか幸せな展開は望めません。



谷口邸 Before
谷口邸 ビフォー

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谷口邸 アフター



つまずいても、倒れても、また必ず幸せ方向へと歩き出す人の共通点は、これまで持っていた価値観や既成の枠組みを捨てることができるということ。

行き詰まったら立ち位置を変える。苦しくなったら今を捨てて、次へと歩を進めてみる。
新たな世界に臆病だと、悩みも苦しみも深まるばかり。


何にでも興味を持って、違う世界を否定しないで、軽やかに前進する人には、笑顔という強さが備わります。



天野邸 Before
天野邸 ビフォー

After
天野邸 アフター



突然、最愛のご主人を亡くされてから、ただの一度も顔を曇らせることなく仕事をこなしている鈴木杏樹さんの姿に、悲しみを抱えたままでもちゃんと前進する人の、凄みと美しさを感じますよね。
あの笑顔は、頑張んなきゃ!ここに足踏みしていてはいけない!って思わせてくれます。

歩みを止めない人には、必ずあらたな世界が待っています。そこは間違いなく、幸せな世界です。



石丸邸 Before
石丸邸 ビフォー

After
石丸邸 アフター



人は自分の持っている世界観や価値観に従って暮らし、喜怒哀楽を感じています。
はたしてそこが正解なのかをいつも疑ってみることも必要。そして、決してその場所に縛り付けられてはいけません。

パラダイムを意識しましょう。
時々は、それを疑ってみましょう。
この場所は、今の考え方は、正しいと信じていることは、最高に幸せなことなんだろうかと。


「夫婦って他人なんだから、うまくいくはずがないよ」と思っている人はうまくいかないし、「夫婦の幸せこそが大事なんだ」と思う人はいい夫婦になる。
「仕事は苦労するものだ」と思っている人には苦痛で、「仕事が生きがいだ」と思う人には喜びとなる。
「夢なんてしょせん儚いものだ」と思っている人には希望が失せ、「夢は必ず叶う」と思う人は希望に満ちている。

「庭なんてたいして楽しい場所じゃないよ」と思っている人には厄介な場所になり、「庭がある暮らしって最高だよ」と思う人には、この上なく幸せな庭時間が待っています。
 


和泉邸 Before
和泉邸 ビフォー

After
和泉邸 アフター


 
思考ひとつで、人生はどのようにもなる。
だから今にとどまることなく、自由自在にパラダイムシフトできる自分でいたいですね。

まずは庭から。

庭くらいは楽々と、最高に幸せな場所にしちゃってください。
本当のお楽しみはその先に待っています。


現状に捕われずに、後悔を背負い込まずに、思い込みを捨てて、言い訳も捨てて、遠慮せず、クラクラするほど幸せな庭を、自分をイメージしてください。
イメージできたらできたも同然です。

パラダイムシフト!




 

ナイト・サイエンス

小保方さんは最初、極細のガラス管を通過させることで、細胞のいくつかが初期化されること発見しました。それはストレス(刺激)を与えることによる変化なのだと仮定し、ありとあらゆる方法で細胞を刺激する実験に入りました。
そして艱難辛苦の末にたどり着いたのが、弱酸性の液に浸すというとても簡単な方法でした。

偉業や大発見は、たどり着いてみると、とても簡単なこと。



バラが人を感動させるのは、
長い改良の歴史があるから。
多くの人の情熱が積み重なった花だから、
人はそこに希望を感じるのです。

ワイルドイブ

ワイルドイブ



話はちょっと横道にそれます。
能楽師で論語の研究者である安田登さんによると、孔子の時代、中国にはまだ「心」という漢字が存在していなかったといいます。
字がないということは、それを概念として捉えていなかったということになります。
その後「心」という文字が開発され使われるようになって、人は心を獲得したのです。
こういうことってあるんです。ある概念を得たことで、人は猿から飛躍的に進化する。



クリムゾンピラー
クリムゾンピラー



アインシュタインの相対性理論もそうです。
デイ・サイエンスでは、その理論によって人は原子力まで使いのなすようになったわけですが、もっと重要なことがナイト・サイエンスの世界で起こりました。
この難解な理論を学んだ世界中の科学者に、事象を関係性の上で捉えるという思考を根付かせ、それまでのガチガチの機械論的科学が、もっとやわらかくて温もりのある、ナイトサイエンスの方向へと広がって行ったのです。
アインシュタインは相対性理論を「好きな人と過ごしていると、時間が短く感じるだろ。それが相対性理論だよ」と解説しています。

思考が血が通った概念を持ったとき、科学も文学も幸せ方向へと進化する。



サマースノー
サマースノー



STAPとは、Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency (刺激誘導型の多機能獲得)。
ワクワクしませんか。刺激によって多機能を獲得するんですよ。
遺伝子を組み換えるなどの無理な改造をするんじゃなくて、適度な刺激が細胞を若返らせて多機能展開の可能性を出現させる。
これまで世界中の科学者が考えもしなかった細胞君のその性質の発見は、「心」の獲得や相対性理論と同じく、デイ・サイエンス(科学)以上にナイト・サイエンス(ハート)に大きな希望をもたらすんじゃないかなあと思うわけです。



アンジェラ
アンジェラ3



女房が「弱酸性に浸せばいいんだったら、じゃあさあ、オレンジジュースのお風呂に入ったら若返るってこと?」と申しておりましたが、その通りなんです。それ、正解。
デイ・サイエンスではそんなことは有り得ないんですけど、ナイト・サイエンス的にはいくらでも奇跡は起こるのです。若返るんだと思って入れば、必ず効果が現れます。

無垢な希望はしばしば奇跡を起こす。

適度な刺激、ちょうどいいストレスによって細胞が若返る。その細胞の集合体がぼくらですから、ぼくらもまた刺激によって若さを維持し、奇跡の変化を得ることができる。これってごく自然な考え方ですよね。



フランシーヌ オースチン
フランシーヌ オースチン



今の時期、庭で過ごしているとそれを実感します。
寒い、冷たい、でも気持いい。さらに、ちょっと気温が上がると、まだ皮膚に残っている厳しかった日の感覚が、何ともいえない幸せな気持に変換されます。

庭で感じる刺激は、人を活性化させます。

これ、まちがいない!



ウイリアム シェークスピア
ウイリアム シェークスピア



まだ寒い日もありますが、だからこそ庭に出てください。
自分の五感に、いい刺激、適度なストレスを与えて、ナイトサイエンス的奇跡を起こし続けましょうね。

目覚めよ細胞!頑張れ細胞!
あなたには60兆個の奇跡の援軍がついています。



 

STAP細胞

STAP細胞の発見!いやはや何とも、すごいことが起こったものです。
細胞好きのぼくとしては(笑)この大発見は、科学界におけるアインシュタインのe=mc2(エネルギー=質量×速度の二乗)の発見に匹敵することではないかと興奮しています。



園芸店に春のバラ苗が入荷しました。
トキメキの季節が始まります。

アイスバーグ
アイスバーグ



細胞というものは、最初から「あなたは皮膚の細胞で、あなたは心臓の細胞で」というふうには生まれてこなくて、元は体のどの部分になれるものです。つまりあなたの身体を構成している60兆個の細胞ひとつひとつに、あなたの身体のどの部分になっても、ちゃんと役割を果たせるだけの膨大な設計図が備わっていて、その細胞が誕生した時の周囲の様子によって、皮膚になったり、心臓の一分になったりするわけです。
その自由自在にどの部位にもなることができる設計図、それがDNAです。



コレッタ
コレッタ



周囲の状況に応じて身体のどの部分にでもなることができる、これが細胞の万能性。
ただ、そこにはひとつの絶対的な掟が存在している。それは、いったん髪の毛になるという志を持って歩み出した細胞は、二度と他の部位にはなれないというものです。
もの心ついたときに、「お母さん、ぼくは将来ケーキ屋さんになる」と決めたら、もう一生心変わりはできない。その子が成長して高校生になり、「母さんゴメン、ぼくは間違っていた。本当は医者になりたかったんだ」と心変わりをしたら、その子は周囲の環境に馴染めずに細胞界から追い出されてしまうという、とても融通の利かない性質を持っています。



ベビーロマンチカ
ベビーロマンチカ



世界中の科学者が信じて疑わなかったその掟を打ち破ったのが、一昨年のノーベル生理学・医学賞を受賞した中山伸弥教授のIPS細胞でした。
中山教授は、ケーキ屋さんを目指して修行をしていたその子に特別な訓練を施して、ケーキ屋さんへの夢とそれまでに身につけたスキルを捨てさせ、また新たな細胞人生の選択をさせることに成功しました。



ラベンダーラッシー
ラベンダーラッシー



さて、では、今回のSTAP細胞はどういうものかというとですね、ケーキ屋さんへの夢を抱いて修行入った細胞君を、不思議なメルモみたいに若返らせてしまうというものです。
方法は、たった30分ほど弱酸性のお風呂に入れるだけ。それだけでその細胞君は、まだもの心つかない産まれたての状態に変身して、また一から人生の選択ができる。医者にもなれるし、大工にも、俳優にも、政治家にもなれる万能細胞に生まれかわります。
これが新型万能細胞です。



オドラータ
オドラータ



この発見で世界を仰天させたのは、30歳の女性研究者、小保方晴子さん。
彼女の言葉です。

何度もやめようと思ったけど、あと1日だけ頑張ろうと続けてきて、いつの間にか今日に至っています。

だれも信じてくれなかったことが、何より大変でした。

もうダメかと思ったときに、必ず助けてくれる人が現れてくれました。

研究成果は、実験数に比例します。

お風呂のときもデートでも四六時中、研究のことを考えていました。

数十年後とか、100年後の人類社会の貢献を意識して研究を進めたい。


何の世界でも、彼女のようにただひたすらに打ち込む人が偉業を成し遂げますよね。



リトルアーティスト
リトルアーティスト



連日テレビで放映される彼女の様子から、ぼくはあることに注目しました。
小保方さん、実は占いが大好きで、「早稲田の母」と呼ばれるほど手相占いに凝っていたそうです。
これだ!と思いました。
科学者なのに、占いという非科学的な世界にも惹かれているところが、この大偉業を成し遂げることができたカギなんじゃないかと。



ジャルダン デュ フランス
ジャルダン ドゥ フランス



「スイッチ・オン」で有名な筑波大学の村上和雄さんは、デイ・サイエンスとナイト・サイエンスということをおっしゃっています。
デイ・サイエンス(昼の科学)とは、論理的で実証性があり客観性のある、いわゆる科学のことで、ナイト・サイエンス(夜の科学)は、感性や直感や霊感、スピリチュアルな世界まで含んだ非科学的とも思われる世界での科学ということです。
で、村上教授は、ナイト・サイエンスにこそ科学の可能性が潜んでいるのだと。



モッコウバラ
モッコウバラ



占いはナイト・サイエンスです。
この世紀の大発見が、占い好きのリケジョ(理系女子)が成し得たことであるというところが、ぼくにはたまらなく楽しく感じるんですよねえ。

生物学を学ぶ理系男子の息子にもよく話すことなんですけど、科学って突きつめると文学になり、文学は科学の世界を漂うようになるんだなあ。

片足は科学の世界に、もう片方は文学の世界に。
このバランスを欠くと、科学も文学も、人の幸せに寄与するものにはなりづらい。


この話、明日に続きます。
STAP細胞から、ぼくのナイト・サイエンスの世界へと話を広げます。







 
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