2017年11月

「で」か「が」か問題

金沢文庫店近くのサイゼリアで、いつものランプステーキとシーザーサラダを食べている時のことです。隣のボックス席に入った家族づれのお父さんが、オーダーの際に小学生の坊やに「で、じゃなくて、が」と言っていました。思い当たる人は多いと思います。その子が「シーフードドリアでいい」と言ってしまったことをたしなめていたのです。



枯れ尾花、光る季節。

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ぼくは何かを選択するときには徹底して「が」です。そして、思えばうちのお客様たちも「が」で、これまで「じゃあそのプランでいいです」と言われたことほとんどはありません。それが大人のたしなみなのかもしれませんけど、ぼくとしては「で」と言われるような程度の提案をしないという自負があり、「で」と言いずらい雰囲気を全身から発して、少々追い詰めてしまっているのかもしれません。だとしたら、それはそれでいかんことだと思っています。



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「が」主義。ただしこれには例外があります。いい具合に枯れ味を出しているご婦人に「で」を使われると、もうなんだかありがたくて。その「で」に報いるために、その後の行程に思い切り力が入ります。



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港南台高島屋の地下売り場で「あなた、コロッケでいいわよね。その北海道男爵のをふたつちょうだいな」と、身形美しき老夫婦がにこやかに。



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散々「が」で頑張った結果、豊かな「で」に囲まれて暮らす幸せ。ぼくもこのまま「が」を通して、いつかはそんな、上質にして穏やかな日々にまでたどり着きたいものです。



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身の丈をくずさず風の枯れ尾花
田中文治





今日は港南台店にいます。







 

青い鳥


昨年のちょうど今頃に
四季の森公園で撮った青い鳥。
来週あたりがコウテイダリアの見頃でもあるので、
早起きをして行ってみようと思います。

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アウトサイダーが居並ぶ1950年代のジャズ界にあって、ジェンダーレスなナルシストにして破滅型の悲しき悪童チェット・ベイカーは、その悪評とは真逆に青い鳥を探し求めた人でした。しかしその求め方が、あまりに不器用にして強引に過ぎたのです。
彼はそのイイ男ぶりと繊細な音楽センスで一時はマイルスを凌ぐ人気を得た時期もありましたが、それが彼に安らぎをもたらすことはありませんでした。名声が高まるほどに酒と麻薬に溺れ、近寄る者に手当たり次第に因縁をつける喧嘩上等の日々。とうとうマフィアに目をつけられ、見せしめに前歯を折られてしまったのです(ラッパ吹きには致命的)。その後は職を失い、日銭稼ぎのバイトも性格の悪さからクビになり、ついには生活保護を受け、裏町の吹き溜まりに捨てられたボロ雑巾のようにまで落ちぶれてしまいました。


 

Almost blue
幸せの青い鳥かと思いきや、
Tangled up in blue
ブルーにこんがらがってしまった。 


そんな彼に救いの手を差し伸べたのが、かつてチャーリー・パーカーと共にビバップ革命(モダンジャズ)を起こした、大御所にして天使のハートを持つ男、ディジー・ガレスピー。
1976年にガレスピーの尽力によってファン待望の復活を果たし、彼の暗黒の人生にもようやく朝日のようにさわやかな光が射し込んできたかと思ったのもつかの間、薬物による錯乱か、あるいは泥酔時の事故だったのか、宿泊していたホテルの窓から転落して命を終えたのでした。

探し求めていた青い鳥が幾度も庭に飛んで来たのに、彼は捕まえようとしなかった。もしかしたらいつも束縛を嫌っていた彼は、その鳥の自由を奪いたくなかったのかもしれません。自己投影が引き起こす悲劇
というやつです。
いやいや、そんな心理学的なロジックではなくてですね、闇の世界に馴染んでしまったために光が苦手で、常にカーテンを閉め切って暮らしていたのでしょう。だから鳥の鳴き声は聞こえたものの、その姿を見つけることができなかったのだと。

そんな人生もある。ぼくは嫌だが、そんな人生も、あるのだ。
片道切符の旅の時間をどのように使うかという命題に、真っ当と極悪とを、自分と自分以外とを、常識と非常識とを、安らぎと闘争とを、安住と開拓とを、日常と非日常とを、夢と現実とを、白いわふちと黒いわふちとを行きつ戻りつする夜の庭に、寝そびれたか青い鳥がやって来て、懐かしのカサブランカの主題曲をさえずり始めました。




このことを心に留めておいてほしい

キスはキスであり ため息はため息

恋の基本はいつの時代でも当てはまる

いくら時が流れようとも


月の光とラブソング

すたれることなどない

人はいつも嫉妬と憎しみの激情に駆られる

女は男を求める

男は女を求める

誰も否定できない永遠の真理だ


いつの時代にも存在する物語

栄光と愛への戦い

生きるか死ぬかのせめぎ合い


恋する者たちを世界は受け入れる

いくら時が流れようとも



そうか、わかった。チェト・ベイカーは自分に恋をしたのだ。それはそれは強烈に恋をして、その求愛があまりにウザく強烈過ぎて振られてしまったのだ。
実像を上回る自己愛が自分を痛めつけ破滅へと向かう、ナルキッソスが辿る悲劇。酒に酔い、薬に逃げ込み、身近な人から片っ端に傷つけることも、実のところは水面に映る幻想の自分しか見えていないのだから仕方のないことだと、病と解釈するのがよいのだろう。だとすればだが、彼は自らの両手が翼となったことを確認して、窓の隙間から雄々しく自由の空へと飛び立ったのに違いない。周囲の不快と裏腹に、歓喜に包まれながら自らが青い鳥となって、今頃は千の風の中を飛び回っていることだろう。 

彼は見た目も中身も、生き方も結末も、ぼくらの時代で言えば尾崎豊にとても似ています。その人生をぼくは好きではありません。好きになってはいけない類のものなのです。ただ、彼が命と引き換えに残した青春臭い録音群を嫌うことができずにいるのです。っていうか、たまらなく好きなのです。「嫌いだけど好き。嫌いになりたいのに、あなたのことが好き」とは手練れな女性の伝家の宝刀。ユニセックスな声を持つ彼にそう言いたいぼくの中の女々しいぼくの存在を、まあ、別に打ち消す必要もないので、時々思い出しては引っ張り出して聴いています。

もう一曲。
彼が無残に歯を折られ、まだその痛みが残る頃に仮歯を入れて録音したのがこの曲です。





翼を折られた青い鳥の弱々しく痛々しいさえずりを聴いていると、いつもほとほとと泣けて来ます。そして自分の青い鳥の姿を再確認したくなるのです。失ってから気づくという、愚か者の常道に足を踏み入れてはいけないという、自分への強い戒めとともに。

そうそう、ところであなたはご存知ですよね、クッククックと鳴く鳥の居場所を。







 
 

庭のつれづれ

カロリー。

ファミレスのメニューにでかでかとカロリーが表示された時期があった。嫌が応にもあれこれと考えてしまい、満腹感も満足感も得られずに足が遠のいたものだ。ローカロリーを売りにしているレストランにもあまり入る気になれない。缶コーヒーを買うときには必ず100mlあたりの熱量をチェックしてしまう。いち日に必要なのは2000kcalだから・・・と、何を食べても足し算をしてしまう。
昭和時代までは噂にも上らなかったカロリー大魔王の呪縛に、やすやすと、完全に囚われているのだ。
食べても食べても追いつかないほど燃えて暮らせばいいのだと、理屈ではわかっているのだが、なかなか。



ハスは見事に燃え尽きた。

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アジサイはほのかに燃え残った。

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サクラははらはら燃え落ちて、

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モミジはここぞと燃え盛っている。

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幸いなことに、今朝も種火は灯っている。
嬉しいことに、仕事がしたくて早く目が覚めた。
有難いことに、情熱をたぎらせる仕事が立て続いている。
あとは吉野家に立ち寄って薪をくべるだけ。





今日は「港南台店」にいます。





 

庭のつれづれ

真新しさの威力。

先日購入した、まだピカピカで、注意深く扱わないと指を切ってしまう緊張感をまとっているペティナイフによって、帰宅するのが楽しみになりました。とにかく切りたくて切りたくて、シイタケをスライスしては庭で干し、ニンニクも同じく庭に干し、サツマイモをスライスしてカリカリに焼いて犬たちの大好物のポテトチップスを作り、どれも大量のストックができたのでそこまで、としても手は止まらず、リンゴをウサギにし、レモンを蝶々にし、キュウリを鳳凰の羽の如くにし、ひとりニヤニヤしながら悦に入っています。毎日切るための野菜を買って帰っては台所を占拠して、新品を手にウキウキしているぼくを、古女房が遠目から「何がそんなに楽しいのかねえ」と言いたげに。
さあて、次は何をスライスしましょうか。



新品のレンズも威力抜群。

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取説にあるレンズ群の構成やら
手振れ防止機能のあれこれに、

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「冬晴れが春の光に思えます」とか

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「歩きすぎて足がつらないように」とかの
注意書きを添えたらいいのにと。

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行けども行けども被写体だらけです。

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今日は「金沢文庫店」にいます。





愛用のレンズが壊れてしもた

ぼくは現在カメラを7台とレンズを10本所有していて、その中から日頃使っているのは、コンパクトカメラとミラーレス一眼の2台、一眼レフ用の交換レンズ3本です。
そのレンズの中でもお気に入りのズームが夏頃から調子が悪く騙し騙し撮影していたものの、昨日とうとう使用不能になってしまいました(デジタルに移行してからはカメラもレンズも消耗品なのです)。
数年間毎日覗き続けてすっかり身体の一部、ぼくの瞳と化していた筒が、とうとう壊れた・・・・その落胆と名残惜しさみたいな気持ちに10秒ほど浸り、次の瞬間にはやったー!と、さっそくパソコンを検索しまくって代わりのレンズの物色を始めていたのでした。もうワックワクで。
壊れたレンズには手に馴染む愛着があり機能的にも何の不満もなかったので、全く同じ機種を入手してもいいのですが、そこはこの際だからということで、高価なものだからからこそ、どうせ買うなら、となりまして、上大岡のヨドバシでワンランクだけ上位機種を購入(ここが大事。階段は一歩ずつが肝要なり)。いやあパソコンと同じでデジタル関連の進化は目眩がするほどなのです。もしもあのレンズが壊れてくれなかったら、気づかぬうちに、写真の楽しみの領域で大損を積み重ねてゆくところでした。



新品のレンズでさっそく
ドウダンツツジの植え込みをパシャパシャッと。


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ピンもボケも申し分なし。


予期せぬ喪失、意に反する喪失ってありますよね。失恋、離婚、子供の自立、リストラや倒産によって職を失うとか、病で健康を失ってしまうことも。もしもそんな場面がやってきたら、次の言葉を思い出してください。



やや大ぶりで重くなったものの、
いきなり手に馴染む設計に惚れ惚れ。


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手持ち撮影なのに、内臓ジャイロ機能の威力で手ぶれなし。



運命の好転は、いつも決まって喪失の次に起こる。



どうやら
いたってロマンティストな性格のようだ。

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レンズにも性格があるのです。




これはですね、「不足によって意欲が湧く」「失敗するほど成功は大きくなる」「悩んだ者に知恵が授かる」「人生楽ありゃ苦もあるさ、涙の後には虹も出る」と並ぶ、神様による絶対的なプログラミングなのです。
ですからね、ええ、ことに男性諸氏、「別れても好きな人」などとうじうじする事なくスッキリと切り替えて、「別れたら次の人」を探しましょう。ワックワクで。
女性の場合は、紅葉真っ盛りの京都大原三千院でしばし感傷に浸った帰り道には、湯豆腐、芋棒、う雑炊と味わって、甘味処もハシゴして、胃袋を満たしたら次なる獲物に罠を仕掛けましょう。



あなたに逢えてよかった
あなたには希望のにおいがする

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フレッシュな瞳を得たようで、
何を見てもシャッターが切りたくなります。




喪失は幸運の前触れ。失うことを恐れて、腐れ縁によってせっかくの人生を腐らせませぬように。・・・35億、ですから。





「喪失は幸運の前触れだ。確かに君の過去にはあの男との素晴らしい期間があった。だがそれが歴然と過去の出来事なのだということは、文学系の君にならわかるだろう。そのような現在とこれからに期待する幸福にほとんど効力を持っていない過去を、あたかも過去が未来であるかのような錯視を、そんな曖昧にして実体のない幻想としか言いようのない陽炎を失うことを恐れて、腐れ縁によって自分と自分が大切に思う娘たちの人生までをも腐敗させてはいけない」という言葉を、ぼくはある女性に膝詰めで、両手で彼女の両手を痛いほどの強さで包んで、食らいついて咬み殺すほどの視線で伝えたい衝動に付きまとわれている。・・・もうかれこれ五年もだ。
だがその行為がその友人の苦悩に功を奏さないことを、ぼくの他の経験から、他の友人が彼女にそういう進言をした結末を見て、ぼくもまた彼女に、現状の打開と解決に最適と思われる専門家を紹介したり、多方向からの意見を積み重ねてみたものの、功を奏するどころか不協和音を奏でるだけで何も変わらなかったことからも、残念無念ながら「放っとくしかないのだ」と知るに至った。この手のことは、つまりは当事者の思考と選択の問題なのだと、とほほな気持ちともに、生きる能力の重み、彼女の場合で言えば酒に逃げることの哀れさ、現実から逃げ回ることの虚しさ、一方の当事者である愚かな男については、病的ナルシストが引き起こす周辺(彼の愚行を鈍感に、あるいは軽薄に、あるいは各々の事情により止む無く容認してしまった者たち)への病魔の伝染が、いかに残酷で恐ろし威力を持っているのかを学ぶ、良い機会とはなったのだが。
そう結論付けてはいるものの、やはり、彼女に対する起死回生の言葉はないものかと、そのことが夜の庭で過ごす時間の背後に常に覆いかぶさっている。彼女はそれほどに、生まれ持っての資質、愛嬌を凝縮したような美貌と、誰からも愛されるキャラクターと、これまでの真面目で、善良に積み重ねて来た苦労を思えば、本来ならばこの苦難を超えて最上級の幸福を得る資格を持った女性なのだと、ぼくはそう思っているのだが。
もしもこの事態を夏目漱石なら、「余計なことを言ってはならぬ。賢者の言のごとく、口は災いのもとである」と言うだろうなあと。では芥川龍之介ならどうだろう。きっと「自分の耳を切った、あのオランダ人の所業を云々する事が文学なのだ。貴乃花親方の如くに狂気の眼光で決然とし、大いに混沌を続けよ」と言うだろうし、太宰なら「不倫は文化だ」と言い「あのぉ・・・もしよかったらなんですけどぉ・・・ぼくもその狂宴の悦楽に、苦悩と言う甘美のいざこざに、絶望と言う名の究極の快楽の宴に参加させてはもらえないでしょうか」と、天才の域とも言えるナルシストぶりをたぎらせる事でしょう。
はてさて、こうなったら頼みの綱は宮沢賢治、彼ならどう言うだろう。「ごめんなさい、ぼくは今それどころではないのです。今年の夏は陽の光が不足して、おまけに秋も深まってから台風が来たものだから、傷んだダリアの花が悲しみの中で必死に咲こうとしているのですよ」と、呆けたように取り合ってもくれないことでしょう。もうひとりだけ、村上春樹ならいかがかと。一言、というかため息の言語的表現として「やれやれ」で、章は閉じられます。
かくのごとき長々とした徒然の結果、「喪失は幸運の前触れ。失うことを恐れて、腐れ縁によってせっかくの人生を腐らせませぬように」は、彼女にではなく、自分自信に向けて諭すことと致し候。決然として。
結論。明日も新品レンズを携えウキウキと、強引マイウェイで、「小沢昭一の、小沢昭一的こころ」的に行くのだー、のこころだー!





夫婦相和しのコツは「相」にあり。





今日は「港南台店」にいます。






 

家族の庭のつくり方 94

夢中で遊ぶ

庭で子どもを遊ばせたい、犬を遊ばせたい、というご要望がよくありますが、子どもは大人が、犬は人が庭にいなければそこで遊んではくれないのです。



庭好きなワンちゃんたち。

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あなたが夢中で遊んでください。



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バーベキュー、読書、運動、日曜大工、ガーデニングなどに熱中するあなたの姿が、庭を家族の遊び場にします。





画家の絶筆

ある寒い嵐の夜、売れない老画家ベアマンは壁にいち枚の葉っぱを描きました。それが世間からも、また自らも認める芸術の落伍者、四十年間描き続けてもミューズの衣に触れることさえ叶わなかった男の、最初にして最後の、見る者の心を震わせる傑作となりました。



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ジョアンナは、病室の窓から見える壁を這う蔦の葉が日に日に少なくなってゆくのを数えながら、最後のひと葉ももうすぐ落ちてしまう自然の営みに、自分の絶望を重ねて、か弱く暗いため息を繰り返しています。
世間からまともに相手にされなくなっていた老画家は、惨めな世捨て人の顔をするしかなくなっていた自分に、いつも変わらず無邪気な笑顔で慕ってくれていたジョアンナの、元気だった頃とは別人となってしまったその哀れな姿に衝き動かされて、嵐の晩に絵筆を取りました。
彼は、最初こそは少女への溢れてくる思いから描き始めたものの、次第にその思いを超える創造の悦びに打ち震えながら筆を重ねていったに違いありません。激しい雷鳴と雨音に包まれて、「主よ、私の命と引き換えても構わないから、どうか、どうか、この葉っぱに命を与え給え」と、鬼神の笑みで叫びながら、明け方近くに意識を失うまで描き続けました。
西洋の神様は、持ち前のシンプルな思考に従い画家のその願いを聞き入れ、少女には落ちることのない希望の葉っぱを与え、なんということか、彼からは申し出通りに命を奪ってしまったのです(東洋の神様なら、少女だけでなく画家にも、その後の幸せな日々を用意したでしょうに)。

ぼくは設計に入る前に、依頼主とそのご家族の笑顔を思い浮かべることが習慣化しています。やや大げさに言えば、その都度ベアマンの心境になっているのです。だからいつか嵐の晩に無我夢中で描く場面がやって来たら、やはり思いが成就するよう、命と引き換えにと祈るやもしれません。ただ、祈る相手はお釈迦様か、日々ぼくを良き所へと導いてくださっている八百万の神々にしようと思っていますが。

オー・ヘンリーによれば、老画家の死因は寒さと疲労による急性肺炎だったとのこと。熱で混濁する意識の中には、いつまでも美しい葉っぱに希望を見出した少女の、あの日と変わらぬ笑顔が浮かんでことでしょう。世界的なシナリオライターとなったナザレの大工の息子は、いつもそういう結末を好みますから。そのことが、彼と同じく、ミューズからお声がかからないまま歳を重ねているぼくにはせめてもの救いです。

報われる創造とはなんぞや。そは自利利他公私一如なり。





今日は「金沢文庫店」で絵筆を取ります。




 

Graceland Style

活かすとは不満を利点にすること。

狭いとあきらめ、広いと持て余して荒れ放題という庭のなんと多いことか。
庭が狭い人は広い庭に憧れ、広い庭の人は狭い庭を羨むという皮肉な現状。では、立場が逆転したらどうでしょう。たぶん両者の言い分も逆転するだけでしょう。
広ければ雄大に、狭ければ居心地よく、現状を活かす発想を。



どんなに狭い庭でも、その上空にあるのは宇宙空間。

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それに気づけば庭の狭さなど問題ではない。

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あるいは庭がなくても。

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照る日くもる日、花も嵐も踏み越えて。

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うつむく者には先見えず。

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女神も天使も造物主も、いつも決まって
上の方から見守ってくれているものなれば、
常日頃、天空を感じながら暮らすことが肝要なり。

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今現在、そちらの上空の様子はどうなっているでしょう。
わざわざ確認しに庭に出なくても、
意識を空に向けただけで晴れ晴れとすると思います。
その感じその感じ。





今日は「港南台店」にいます。
 



 

息子の所信表明

かれこれ20年ほど前、母方の祖母の葬儀での出来事です。花に埋もれて穏やかな顔で横たわる祖母を不思議そうに見つめていた息子が、「ねえお父さん、おばあちゃんは寝ているの?」と。その問いへの回答はすぐに導き出されたものの、一瞬、それを告げていいのか迷いました。
当時彼は、ようやく日本語を話せるようになった程度の年齢です。ぼくがちょっと視線をそらしてから、3秒後につとめて素っ気ない発声で「死んじゃったんだよ」と言うと、彼は間を空けず「ねえねえお父さん、みんな死んじゃうの?」と迫るように問い重ねてきました。ぼくは黙っていました、が、次の展開は予想外のもので、そのシーンを今も鮮明に記憶しています。
彼はお得意の愛らしい表情でまっすぐにこちらを見上げながら「オレは死なないよ」と。その笑顔のなんと清しくチャーミングであったことか。健やかな命が、生まれて初めて遭遇した命の終わりに際して、父親に向かって、自らの生きる指針を高らかに表明してくれた瞬間だったのです。



イチョウが色濃くなりました。

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あなたは何を大げさなと思うかもしれませんし、親馬鹿チャンリンと言われる類のことなのでしょうが、それを超えて、彼のその時の様子と言葉が、大げさではなくぼくが今日に至るまでの指針となりました。あの日の無邪気な笑顔をぎこちなく真似ながら、気づけば20年が経過した次第です。



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現在息子は生物学者を志し奮闘中。ぼくとしては庭屋になって、この壮大なドラマの続きを引き受けてほしいと希望しているので、「早く挫折しろ。だいたいだなあ、学者などというものは直接的に喜んでくれる人に出会えない職業なのだ。仕事とはどれだけ他者の喜びに出会えるかが価値なのだから、日の目をみることの少ない基礎研究とかそんなもんは、勉強マニアになった世捨て人の自己満足に過ぎないのだよ。そのような道からは早く足を洗いなさい」と諭しているのですが、ぼくに似てとても頑固に父親の意向に反抗的なことはなはだしく、しかもぼくとは違い、いつも余裕のあの笑顔でいるものだから、今のところは手も足も出ないという状況。
まあいい。ふふ、息子よ、こちとら伊達に苦労はしていないのだ。次の手、その次の手と策略は万全である。無駄な抵抗はやめて降参しなさい。



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さっそく策略第一弾で、日本に古来より伝わるありがたい言葉を教えてあげよう。
親孝行、したい時には親はなし。いつまでもあると思うな親と金。親の甘茶が毒となる。親思う心に勝る親心。親の意見と茄子の花は、千に一つも仇はない。親の小言と冷酒は、後でずしりと効いてくる。



光を受けるイチョウの黄色を背景に、
選手交代の時期ですよと言いたげな白寒椿。

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まあいい。一度きりの、さして長くもない人生なのだから信じる道を邁進せよ。思う存分に生きるのだ。君の頑張りを見ていると、あの宣言通りに一時たりとも生きることをやめずにここまで来たことがわかるから、「その調子で突っ走れ」というのが今のぼくの台詞としてはふさわしいと思っている。

優一朗よ、その調子で突っ走れ!
まあ、親の因果が子に報いるかもしれないがね。その時には、タフに勉学を続けて来た君にふさわしく、学者よりも百倍辛く、百倍感動的なぼくの仕事のすべてを君に授けることを約束しておく。



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ちょこざいな日陰の花め。
 


そうだ、君との約束で一つだけ果たせていないものがある。あれは冬だった。君にせがまれて行った中野駅裏のむし社(昆虫専門店)でギラファのつがいをゲットした帰り道で立ち寄ったコンビニで、アッツアツの中華饅頭(ストロベリー味)を買って、半分こにして食べたことを覚えているだろうか。君は「すっごく美味しい!お父さんまた買ってね。約束だよ」と。それを果たさないままに店は無くなってしまったし、その後コンビニのレジ横に蒸し器が出される時期になると、あの木枯らしの夕暮れを思い出してはストロベリー味はないかと確認するのだが、未だ見つけてはいないのだよ。

これは決して弱気を装っての策略第二弾ではない。親の不出来でさんざん苦労をかけた君から、20年越しに、こんな素敵な気持ちにさせてもらっていることを、夜の庭で感謝している。





今日は「港南台店」にいます。




 

庭のつれづれ

夏色のナンシーも、艶姿ナミダ娘も、冬来りなば衣替え。

街は色づくのに会いたい人が来なかったとお嘆きのあなた、なあに、木枯らしに抱かれて出会いは風の中ですぞ。一足早くクリスマスカラーを身にまとって、いつもながら気の早いイルミネーションの街へと出かけましょう。
くれぐれも暖かくして。寒々しい顔をしていたら、野鳥もリスも、悪い虫すら寄りつきゃしませんから。



里山全体が冬色になり
シックにデコレートされたツリーのような風情です。

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ぼくもそんなイメージでコーディネートすべく、
ベイサイドのアウトレットパークに
冬服を探しに行ってきました。
たまには森じゃなくて
シティーを歩くのも刺激的でいいものですね。
散策の結果、衣類は Tommy Hilfiger の靴下のみで、
以前から欲しくてウズウズしていた
Henckels の牛刀とペティナイフと
その他キッチン用品をあれこれ購入という、
なんでやねん!な展開となりまして。
当初の目的は達せられなかったものの、
名刀を手に、男子厨房に入り浸る楽しい冬になりそうです。






今日は「港南台店」にいます。




 

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暗示のすゝめ

名人柳家小さんという人は、出囃子の頃合いで高座に上がった瞬間に今日は客筋がどうも・・・と察したならば、即座に客席が漆黒の闇であるという自己暗示をかけて喋ったそうでございます。
いかな場面に出くわしましても、状況というのは自分次第でいかようにも解釈できるもの。肝心要は、なけなしの己が技量を最大限に発揮するてえところにあるんですから、皆々様も、どうかくれぐれも、連れ合いの小言なんぞに心曇らせませぬように。
ことに朝げの最中などには。



寒椿 私は薔薇よと自己暗示

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自己暗示、自己暗示、やってみれば簡単にして効果絶大なはず。
永谷園のご隠居も、「これでインスタントかい?」と言っていたように。



さあ今日も張り切って、頑張って、
いち日をドラマ仕立てに仕上げるべく
スタートを切りましょう。
「主演は私」と暗示をかけながら。







今日は金沢文庫店にいます。「もうすぐ春ですね」と暗示をかけながら。さぶっ。




 

 
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