最近、関西から恵方巻というものが入ってきて、スーパーのレジ脇に節分の豆と一緒に太巻きが売っています。姫路出身の妻に聞くと、昔からあったそうで、ひとり一本の太巻きを無言で食べていたそうです。私はというと、出身地はかつてはコシヒカリ、今や地震と豪雪で有名な新潟の北魚沼郡小出町(魚沼市)。恵方巻を食べる習慣はありませんでした、が、魚沼特有の節分でした。
 それはどういうものかといいますと、豆といっしょに大量のお菓子をまくのです。子どもたちが十数人で『主婦の店』の袋(紙袋でした)を持って近所の家をまわり、各家はその到着を待って豆まき(お菓子まき)を始める。ハロウィンの『イタズラかオゴリか』と同じです。シンシンと降る雪の夜に、家長の張り上げる「フクワ-ウチ! オニワ-ソト!」と子どもたちの大歓声がひびき渡る、そんな豆まきです。
 2月のはじめは最も積雪が多い時期です。今年ほどではないにしろ、毎年町は雪に閉じ込められた状態なります。流雪溝(除雪した雪を流す水路)がない地域では、最初は屋根からおろしていた雪が屋根より高くなって、穴を掘るように雪を跳ね上げるようになるのがこのころです。ちなみに、現地では屋根の除雪を「雪下ろし」ではなく「雪掘り」と言います。私が子どもの頃はまだ消雪パイプ(道路のセンターラインから噴水みたいに水が出て雪を溶かす設備です)もなく、すべてが雪の下、スキーを履いて通学している同級生もいました。
 そんな閉じ込められた状態で冬の数カ月を過ごす子どもたちへの、大人からのプレゼントとして、あのような魚沼流の豆まきが行われるようになったのでしょう。今思うと、けっこうそういう行事がありました。『サイノカミ』『カマクラ』『トリオイ』・・・、雪国育ちの、あったかい、ありがたい思い出です。
 そんなわけで、わが家の節分は『魚沼流』、お菓子を大量にまきます。それを拾うのは娘の同級生たちで、毎年楽しみにしてくれています。田舎での参加者は小学校低学年までだったのですが、わが家のは回を重ねるうちにメンバーは6年生になってしまいました。例年どおり、本日2月3日開催したのですが、無邪気な子どもの行事という趣きはすっかりなくなり、「ワーワー! キャーキャー!」の大騒ぎです。妻いわく、「まるでギャバクラ状態ね」。おじさんとしてはさみしいような、うれしいような、変な感じです。娘に来年はさすがにやらないよねと聞くと、「絶対やる!」とのこと。今まではウケネライに、お菓子にまぜてニンニクやオクラやナメコパックをまいて、笑いをとっていたのですが、来年、中学生の女子軍団に何をまこうかと、おじさんは早くも思案しているのです。

〈 今年は写真が撮れなかったので昨年のものです 〉

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