2006年2月22日  朝日新聞(夕刊) 『こころの風景』より

『はるか未知なるもの』 斉藤惇夫

 長年ケニアに住みつづけていた小学校時代からの友人が自動車事故で亡くなった。月の山というウガンダの幻の山の登頂を計画し、下見にいった帰り道だった。
 一昨年の暮れに、彼の「ちょっと来てみないか」という言葉に誘われて2週間ほどアフリカに行ってきた。商社の仕事でケニアに行っていた彼が、何故そこに住み着いてしまったのか、とても気になっていたものの、私の方も自分の仕事に忙しく、ゆっくりと会うのはほぼ50年ぶりであった。会ったらその何故を聞こうと思っていた。
 だが言葉は無用だった。キリマンジャロを背景に、朝靄のサバンナを無数のヌウが歩き始め、そこにシマウマやゾウの家族が加わり、日の出とともに静かに草を食む姿を見た時、突然、ああこの穏やかな高雅としか言いようのない光景こそ、俺たちが小学校の頃から夢見ていた世界だったと思った。そしてアフリカの人々の眼差しには、私たちが子どもの頃焼け跡で沢山見た、はるか未知なるものをのぞむ不思議な強い光が、確かにまだ宿っていた。互いに異なる道を歩き、今、同じ場所に立てたことを、我々は喜び合った。
「英国の友人でここに住む民俗学者がいる。彼と君の求めるケニアの神話や昔話について語り合おう。もう一度おいでよ」。それが彼の最後の言葉だった。私は準備を始めていた。
(作家)

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〈 アフリカご自宅でのガーデンパーティー 〉


 人は二度死ぬと言います。一度目は生物的な死で、二度目は生きている人の記憶からその人が消えたときです。年令が増すほど私の中で生き続ける人が増えてきて、その人たちの助言や励ましで、どれほど人生が豊かになっていることか。そして、清水孝さんも・・・。おそらく一生、私を励まし、正しい道を指し示してくださることでしょう。もちろん私だけではなくて、ものすごく沢山の、たぶん清水さんと関わった全ての人の心の中で生き続ける、そういう人なのです。先日奥様ともそんな話をしたのですが、「こんなふうに生きてこんなふうに死にたい」訃報を聞いた多くの人がそうつぶやいたのではないかと思います。

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〈 友人の民俗学社と共に、大統領にごあいさつ 〉




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