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この1:1.618、なかなかあなどれません。自然界のいたるところにこの比率が存在しているのだそうで、みつばちのオスとメスの比率、オームガイの渦の縦横比がそうだといいます。まあ、考えてみると、細かい数字は別として、自然界も人の世もキッチリ半分とか、バシッと左右対称ということのほうが少ないし、あまりそういったものに美しさや魅力を感じないもの。例えば完全な左右対称、シンメトリーな美人がいたとします。多分CGアイドルみたいで人工的な気味悪さを感じるのではないかと思います。実は割り切れるとか、対称形とか、同量に分けるというのは計算上楽で便利だから日常的に多用していますが、感覚的にとか、現実的にとか、実存の世界ではどちらかというと堅苦しさや、不自然さ、居心地の悪さを感じさせるものなのです。

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曖昧が美しい。左右非対称でいてバランスがとれている、その危うさやバランスを保とうと微調整を続ける姿が『生活』なんだと思えば、どうですか、「なーんだそうなんだ。それでいいんだ」と気が楽になるのと思うのですが。

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左右対称で単純に割り切れる答えを求めて悩むのは思春期だけで十分。私たち、もう大人なんですから、子育てや仕事やいろいろな場面で1:1.618を探しましょう。昔、よく年寄りにいわれた言葉、天網怪々粗にして漏らさず、急がば回れ、負けるが勝ち、すべて「あわてて白黒つけないで今は曖昧にしておけ」という一面を持った教えです。曖昧さの中での絶妙な均衡状態、それが1:1.618であり、目指すべきは割り切れないこの比率だと解釈することで、世の中の見方や生活に、余裕、潤い、なごみ、そういった余地を生み出せる、そんな気がしているのです。実はこれは自戒の念。慢性的に忙しいために余裕がなくなっていて、イラッとしてしまうこともしばしば。曖昧なまま先に進むにはその曖昧さをプールできるだけのゆとりも必要なんですよねえ。

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