エルビス・アーロン・プレスリー、知ってる人は知っているので解説の必要はないわけですが、私と同じ40代にとっては「ああ、尾崎紀代彦みたいなもみあげで西城秀樹みたいな衣装の人ね。たしかピーナッツバター塗ったドーナツ食べ過ぎで太って死んだんだよね」という感じでしょうか。30代の人はその姿さえ思い浮かばないかもしれません。でも、でも、エルビスはすんごいスターだったのです。ビートルズ以前の、ビートルズ以上の存在でした。ジョン・レノンはインタビューで「もし生まれ変われるとしたら・・・」という質問に「エルビス」と答えています。ちなみにですが、三島由紀夫も同じ答えをしています。

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同級生がビートルズをあがめたてまつって、4人に関するトリビア合戦をしている時に、私はひとりでエルビスを聞いていました。年代的には完全にずれている。
最初の出会いは小5の夏休みで、近所の柳清館という映画館に『エルビス・オン・ステージ』がきました。そのポスター(白黒)の格好良さにノックアウト!で、まあ小学5年生なので音楽的なことはピンときていなかったのですが。その1年後にハワイからの全世界衛星中継という歴史的なコンサートかあり、その放送を知らせるコマーシャルで使われていた監獄ロックのイントロで、再度、今度は音楽でノックアウト!中学3年間はエルビス漬けでした。
なぜビートルズではなくてエルビスだったのかいうと、こういうこと。私が洋楽を聴きはじめたころに、すでにビートルズは解散していて、レコード店にはレット・イット・ビーのあのポスターが貼ってある、そんなタイミングだったのです。年長者が「これでひとつの時代が終わった」みたいな話をしきりにしている頃で(学生運動の終焉も重なっていました)、上の全共闘世代をカッコイイと思っていた私としては、次の時代のヒーロー、おれたちのビートルズは誰なんだ、ということがひとつの命題だったのです。次はおれたちが時代の主役として反体制革命を起こすんだ!(中学生で・・・)と思っていましたから、その闘争の後ろには時代を象徴する音楽が流れている必要があったのです。それはボブ・ディランか、サイモン&ガーファンクルか、あるいはカーペンターズなのか、違う・・・ビリージョエルかロッド・スチュワートか、もしかしてベイシティーローラーズか・・・どんどん遠くなっていく。日本人でもいいかな、拓郎か、岡林か、高田渡、加川良、・・・ウ~ン、やっぱり違う。結局『おれたちのビートルズ』は出現しませんでした。音楽はフォークがニューミュージックになって、洋楽はディスコからフュージョン、ソフト&メローへと、何とも曖昧で際限なく多様化していって、時代的BGMなど存在しなくなってしまいました。そして革命も起きない。そうやって肩すかし状態のまま音楽のヒーロー探しをしていると、AとB、どっちがえらいのか、Bだ。じゃあBとCではどっちが優れているのか、Cだ。という選択が癖になりまして、結局はビートルズに行き着いて、そしてそこでジョンの「生まれ変われるならエルビスになりたい」という言葉で、「エルビスが最高なんだ」となったわけです。そういう理屈でエルビスにたどり着いて、で、聞けば聞くほどエルビスはカッコイイ!当時の私にはビートルズは理屈っぽくて(いろんな知識がないと友だちとの会話に入っていけなかったということもありました。もともと理屈っぽい自分は、どうしても挑戦的になってしまって、どこか疲れる感じがあって)、それに対してエルビスは無条件に酔いしれることが出来たのです。

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毎日レコードを聴きまくりながら、エルビス評の第一人者である湯川れい子さんの文章や、片岡義男の「僕はプレスリーが大好き!」を飽きることなく繰り返し読んで、どんどん深みにはまっていきました。