話が途中から逸れて、エルビス、そして片岡義男と寄り道しましたが、軌道修正して『レノンの庭』に戻ります。

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『レノンの庭』に込めた思いがあります。それは一軒でも多くの家に家族が集う庭をご提案したいということです。その庭があれば(いきなりですけど)子どもが不幸にならない家族でいられる、そういう庭をつくり続けたい。だからレノンなのです。だからLove & P eace なのです。家裁の待合室は離婚調停の相談者で満杯だそうですが、お父さんお母さん、お願いだから簡単に離婚しないで下さい。ひどい連れ合いだってあなたが選んだ人なんでしょ。気が合わないっていったって、昔はラブラブだったから結婚して子どもが生まれたんでしょ。調整しましょ、進化しましょうよ。でも、実のところあなたたちはどうでもいいんです、大人なんだから。ただ、子どもの顔が曇るようなことは絶対にしないで欲しい。万が一あなたが不幸に負けて自殺することを選んでしまったとしても、どうかあなたひとりで死んで下さい、子どもは道連れにしないで下さい。大丈夫、自殺を選択するようなそんなあなたがいなくても、子どもにはすばらしい人生が用意されていますから。
ほんとに唐突ですけど、このことはここ数年間ずっと持ち続けている思いです。だから私が提案する庭は『家庭』、家族が過ごす場所、家族が集う屋根のない部屋、なのです。環境問題も大事、年金やガソリンのことも大事、でも子どもが子どもらしく育つこと以上に重要なことは、私には思い付きません。これが最優先で、そのための環境問題、そのための経済、そのための良好な夫婦関係だと思っています。

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イラク戦争でイラク民間人の死者数は8万人を超えたそうです。その何割かは子どもたちです。アメリカの兵士が爆撃で頭が取れた子どもを抱え上げて、ぼろぼろ泣きながら空に向かって何かを叫んでいる写真がありました。それをみながら私も泣きました。世界で、15秒に1人づつ子どもが餓死しているといいます。日本には今は飢餓も戦争もありませんけど、子どもは殺され続けています。親によってです。狂った大人によってです。ニュースでその現場が映し出されると、必ず家の周囲や庭が荒れ放題になっていて、病んだ生活が伝わってきます。もしその家族の日常に私が提案する庭があったら、いろんな事情があるにしろ、ぎりぎりのところで踏んばれたんじゃないか、この子は死なずにすんだのではないか、よくそう思います。ぎりぎりのところで。みんなそうなんですから。我が家も同じ、実家も同じ、親戚の家も友人のお宅も、みんなぎりぎりのところで踏んばって向こう側に落ちないようにしている。幸福か不幸か、そんな白黒ハッキリつくわけじゃなくて、みんな混沌の中からいい関係、いい時間を紡ぎ出しながら踏んばり続けているのです。家族の平和を守るために。大事なのは落っこちないことなのですよ。ぎりぎりであっても向こう側に落っこちなければいいんです。そして、家族の、その踏んばる力を蓄える場所が庭なのです。庭はそういう役割を果たせる場所として家族の中に存在する可能性を秘めた場所としての庭を、そのことを1人でも多くの方に伝え広げたいと毎日・・・

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いやあ、力んでしまいました。そろそろこっぱずかしくなってきたのでやめましょう。
さっ、今日も私のキャパぎりぎりのところまで設計に熱中です。

Now thatIshowed yuo what I've been through
Don't take nobody's word what you can do.

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