ぼくは葉牡丹をこんなにすてきに使っているのを見たのは初めてでした。
撮影しながら奥様にそのことを話すと、「バラみたいでいいでしょ」といつもの素敵な笑顔。

実はこのお庭をブログで紹介しようかどうか、ずいぶんと迷いました。
そしてこのことも。


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工事が8割くらい進んだ頃にスタッフから「高橋さんちの娘さんが亡くなったそうです」という連絡が入りました。
えっ・・・言葉が出ないまま呆然としました。そして今こうして書いていてもそうなんですが、涙が流れて止まりませんでした。

ぼくに設計依頼された後に、
奥さんと娘さんは
うちの店『レノンの庭』までタクシーで来てくださったそうです。私は留守にしていたんですけど、おふたりで庭の草花と店内に貼ってある写真や図面をつぶさにご覧になっていたということを後でスタッフに聞きました。車椅子で外出も大変な状態でのご来店でした。

庭の完成を見ずに逝ってしまった娘さんに「ごめんなさいね、仕事が遅くて」と何度も何度もそう思いました。それと奥様にも。

世の中に子供に先立たれること以上の悲しみはありません。奥様やご家族にかける言葉もなく、庭の完成が間に合わなかったことの無念さ、申し訳なさでいっぱいになりながら数日を過ごしました。そして庭が完成して、花を持って、娘さんにお詫びを言いに伺いました。
家の前にクルマを止めると、ちょうどお出かけになるところだった奥様に出くわして「わあ、いわふちさん来てくださったのお!」といつものはじけるような笑顔で迎えてくださって、少し、気持が楽になりました。

私の中には「ご家族にとって、この庭が悲しい思い出の場所になってしまうのかもしれないなあ」という気持ちもありました。もしそうなったら辛すぎるから全く違う庭につくり替えよう、そう思っていました。でも奥様が「庭が完成したから新年早々に植木鉢を買いに行ったのよ。いいでしょうこれ」とはしゃいでくれて、春になったら植えたい植物のこともあれこれと話してくださいました。さらに「庭をお願いしてよかった」と言ってくださったので、ほっとしました。

リビングでコーヒーをごちそうになりながら、娘さんの話しになりました。いつもすばらしい笑顔の奥様が、その笑顔のままで大粒の涙をぽろぽろこぼしながら「辛いわよ・・・」と。
庭のこと、娘さんのこと、数時間いろんな話をして帰ってきました。
ぼくとしてはどうしたら奥様の辛さを和らげることができるかと、そのことばかりを考えていましたけど、そんなことはできるはずもなく、かえってこちらが励まされるような感じで情けなかったです。

10年ほど前、ぼくにはいろいろあって辛い時期がありました。アルバイトに来てくれていた小針くんという青年が「いわふちさん、神様は乗り越えられない試練は与えないんですよ。今は辛いけど、必ず乗り越えられますよ」と言ってくれました。
同じ時期に、お客様であるアチーブメント株式会社の青木仁志社長は「その辛さは代償の先払いですよ。そんなに支払ったんだから後で何倍もいいことが待っていますよ」と励ましてくれました。
そういう言葉や、ぼくが経験した苦難の乗り越えかたを精一杯並べてみましたが、奥様の涙を止めることはできませんでした。あたりまえですよね。

人生にはこういうこともあります。いろんなことがおこりますよ。ああすればよかった、こうすればよかったと思うこともたくさんあります。自分の力が足りなくて、大事な人を助けてあげられなかったこともありました。「ごめんね、ごめんね」と何百回もあやまりながら「一生懸命仕事して、力を蓄えて、今度は絶対に助けてあげるから」、そう心に誓ったこともありました。
辛い出来事っていきなりやってきて、何もかも破壊しそうな勢いで暴れまくります。泣こうがわめこうが容赦なく痛めつけられます。そしてそういうことというのは、たぶん全ての人に訪れる試練なんですよね。
人生がそういうものだってことを学校じゃ教えてくれなかったし、その乗り越えかたも教えてはくれませんでした。そういう場に直面した時に初めて試され、その人の根本的な力によってしかそれを乗りきることはできないのです。きついことですけど、でもそうなんです。
ただ、そういう時に、ぼくは友人と親兄弟からの言葉がとても有り難かった。ぼくはその言葉を紙に書いて部屋に貼りまくって、それを読みながらひたすら辛さ耐えました。私を思ってくれる人たちの、そういう言葉があったから耐えることができたんだと思っています。
奥様に私の言葉がほんの1ミリでも役に立てたのか、かすかにでもそうだっらいいんですけど。それはともかく、なんとしても頑張って乗り越えてもらいたいと願っています。

高橋さん、ごめんなさいね。明日もう一日だけ、娘さんのこと書かせてください。