2枚の木製パネルが設置してあります。

ちょっと次の写真でイメージしてみてください、この2枚がなかったら・・・庭が平面的になりますよね。これが立体構成です。庭を歩く人の目線よりも高い構成物があると、庭を平面としてではなく空間として認識するようになるのです。

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だからといって、庭のあちこちにやみくもにパネルや塀を立てるのではなくて、やはりそれぞれに意味が必要です。今回の場合だと、建物側にあるパネルは室外機と給湯器を隠すためで、

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もう1枚の隣地側のものはつる性の植物をからめるためのパネルです。

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そしてどちらも「お隣りさんからの見栄えがいいようにしたい」という奥様のご要望に添っての提案でした。
その意味と同時に、庭に厚みを持たせる効果も狙ったというわけです。

このこと、意味があるもので構成する庭というのが基本だと思っていて、そうすることでデザインが荒れるということがなくなります。「意味がある」とは言い替えると「説明がつく」ということです。庭を構成している図形的な曲線や直線、構造物の寸法など、どこをとって質問されても答えられるという、そういう庭をぼくは「気持いいなあ」と感じます。
では気持悪い庭とはどういう庭なのか、それは何となくつくった、意味不明の庭です。多いんですよそういう庭。よく「ゆるい」って言うんですけどね、そういうのを見かけると。

庭に限らず、建築でも、洋服でも、クルマのデザインでも、同じですよ。もし、「理屈で組み立てるとおもしろさに欠ける作品(商品)になる」というデザイナーがいるとしたら(たくさんいるんですけどね)、それはその人自身がおもしろさに欠けているんだと思っています。デザイナーのフィルターを通すと、そのフィルターの色が染み付きますからね。おもしろい人が理屈で組み立てたものはおもしろいんです。作曲や演劇もそうでしょ。

で、ぼくのフィルターの色はどうですか?自分にわなかなかわからないんですよね、自分の色。まじめさや熱心さは出ている気がしてるんですけどね。はたしてぼくのフィルターの色は・・・、この話、明日に続きます。


 

昨日は仕事のスピードアップを試みようと、アクセルを踏み込むイメージでスタートしました。密度が濃くてなかなかいいいち日になりました。今日もそんなイメージで。ヨッシャ!