今回は3本の木を使いました。それぞれに役割りがあります。

シマトネリコは、ちょっと離れたお隣りのリビングからの目隠しに。

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ジューンベリーはデッキで過ごす時の季節感の演出と実を楽しむために。

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デッキのすぐ脇のブルーエンジェルは、その向こうの眺望をより魅力的なものにするためのアクセントとして。

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こんなふうに理由付けしながら木を選ぶと、自ずと樹種と本数、配置が決まってきます。


 
庭木だけではなく、庭の設計には理由付けが必要です。ぼくの場合はちょっと極端なほど、隅から隅まで理由付けした設計です。設計修業時代からのクセなんですね。だからよく職人さんから「いわふちさんの設計は理屈っぽいねえ」と言われるんですけど、みなさんその理屈が新鮮らしくて、興味を持ってその理屈に添った施工をしてくれます。

何でもかんでも理由付けする設計者の理屈っぽさというのは、庭の設計に限ったことではないようで、お客様にぼくがプランした庭の説明をしていても、ご主人が機械設計や建築設計に携わって来たという方の場合、みごとに理屈を求めてこられます。「塀がこの高さなのはなぜか」とか「導線的に合理性を欠いているのではないか」とか。ぼくはニヤッとして、理屈を展開します。それにうなずくご主人、さらに理論的な解説に拍車がかかるぼく。
そういう場面で、そんな盛り上がっている男ふたりを無視するかのように、妻と奥様はまったく違う話で盛り上がり始めます。
どうやらものごとを理屈で組み立てないと気が済まないというのは男だけで、女性は理屈抜きに「楽しい」とか「可愛い」とか「気持いい」とか、そういうスイッチを押せるようです。

庭の打ち合わせでご夫婦で意見が違った場合、迷うことなく奥様の意見を取り入れた設計にします。これは、たいがいその方が庭も家庭もうまくいくからです。それと、奥様の意見には、ぼくが理屈で組み立てる世界以上の「感覚的な価値」がひそんでいることが多いから。
ご主人方、奥様の速押しクイズみたいな、男にとっては理屈に合わないひとことを、イライラしないで理屈抜きに受け入れることって、もしかしたらものすごく大切なことなのかもしれませんよ。

我が家の生活全般、ここまでも道のりを振り返っても、妻の「理由なき直感」にずいぶんと助けられてきたなあと感じています。女性であることに加えてB型の関西人という強烈な資質の持ち主なので周囲の我々の苦労はものすごいものがありますが、でもそのものごとを明るく、直感に従って振る舞う彼女のおかげで人生が楽しい方向に導かれていることは確かです。いやほんとに、周囲は大変なんですけどね。