外構工事と芝生広場が完成して、新居での暮らしが始まって、まだ手つかずのリビング前。
ウッドデッキとバーベキューテラスという2部構成をどう組み合わせるかということを考えるうちに、ご夫婦が導きだしたアッと驚く「第三の道」が「ウッドデッキのようなバーベキューテラス」でした。これです。 

Plan E
小池様 E

「第三の道」までよくたどり着けたなあって思いました。ジックリと考えること、楽しみながら思考をやめないことで見えてきた新たな世界です。

右側から3分割します。

小池様 E-1

小池様 E-2

小池様 E-3

「ウッドデッキとバーベキューテラスをどう配置するか」から「ウッドデッキのようなバーベキューテラス」を導きだしたこの展開。1+1=2の2を、どうやったら付加価値をつけて3や4にできるかというパズルを繰り返して、導きだされた答えは1。1+1=1。
ぼくからの一方通行の提案だったら、きっと出てこなかった数式です。

明日から数日、ビフォー・アフターをご覧いただきます。 




一昨日書いた「夢っていうと遠すぎる。目標にすると疲れてしまう。トキメキくらいがちょうどいい」について、引き続き今日思ったことを書きます。

「どうせなら、でっかい夢を持て」、これは加山雄三さんの言葉。「大丈夫、夢は叶う」、これは北原輝久さんの言葉。「夢を生きよう!」は本田健さんが名刺の裏に書いてくださった言葉。
夢を持つって、その言葉自体で気分が上がりますよね。そう、大事なのはこの気分が上がるということ。夢を持つことが大事なんじゃなくて、夢を持つことでいい状態になれることが大事なんだよなあと。夢だの目標だのと言わないで、黙々と田んぼを守っている農家のおじさんの笑顔もまた、夢追い人と同じく輝いていますからね。「ゆめ?そうだなあ・・・孫もこの田んぼを守ってくれることかなあ」てな感じで。

夢を追うあまり、大切なことを見失ってしまいそうになることってあるでしょ。太平洋に消えた風船おじさんとかね。
ぼくは前のめりに夢や理想を追うとき、そういう状態に陥りそうになります。つい最近もそうで、少々やりすぎて周囲とギクシャクしてしまったことがあって、妻に「言ってることはわかるけど、あなたのやり方は間違ってるよ。北原さんならどう考えると思う?」と叱られて、そのときは熱くなっているもので相当ムッとしたものの、あとで考えたら確かに妻の言う通りかもしれないなと反省しました。そして思い出した北原さんの言葉がこれでした。

妻とのもめ事を解決するのは、どんなに優秀な弁護士よりも「ごめん」のひと言。 

以前、妻と夫婦喧嘩の真っ最中に(うちは仲がいいけど喧嘩もするのです)北原さんからこれを言われて「確かにそうかもしれませんけど、いくら何でもこっちからごめんなんて言えないこともありますよ」と。しかし北原さんからはキッパリと「いわふちくん、まだまだ修行が足らないね」と返ってきました。
喧嘩のいきさつなどはまったく関係なく、とにかく「ごめん」と謝ることだ。そう言い切るところに北原さんの素敵さ、軽やかさを感じた出来事でした。

妻ともめるときというのは、後で考えるとたいがいぼくが夢や理想に前のめりになりすぎているのです。思考が直線的で余裕がなくなっていて、つまりバランスを欠いている状態。そのことを妻は、理屈じゃなくて直感的に感じ取るんでしょうねえ。そして何かにつけてぼくの気に触る物言いをして喧嘩をふっかけてきます。もっと上手なやり方があるんじゃないかとも言いたいけど、これというのはきっと彼女自身も気がついていない、女性の本能的なバランス維持装置なんでしょうね。
この、男が持ち合わせていないバランス維持装置が、妻(女性)のやっかいで、ありがたいところ。売られた喧嘩を買わずに冷静に判断すれば、「妻が突っかかってくるときは、自分がバランスを欠いているとき」なんですからね。
それに気づいたら、ちょっと引いて、夢や目標に前のめりになっている自分の姿勢をスッと垂直にして、「夢っていうと遠すぎる。目標にすると疲れてしまう。トキメキくらいがちょうどいい」と言ってみる。すると、リラックスして、バランスを取り戻すことができます。
ありがたい言葉を教えていただきました。

大切なものを失ってまで、実現しなければならない夢なんてない。

これは書道家の武田双雲さんの言葉です。

今朝は3時に目が覚めて、2度寝をせずに書き込みました。ワールドカップ準決勝、ドイツ対スペイン。後半28分、今スペインが1点入れました。レベルの高い試合は美しいですねえ!
今日もトキメキながら、華麗に美しく設計しますよー!