芝生広場の隣り、庭の入り口側に、土間コンクリートを打ち足してサイクルポートを設置しました。

ご家族4人分の自転車と一輪車が1台。リフォーム前は家の脇の通路や庭の芝生に置いていて、不便を感じていたそうです。

DSC_0056

物置や物干し場も同じ。こうして、庭の一部を使って「便利さ」を実現することも、庭全体の楽しさを増すために必要なことです。考えるべきことはそのスペースと配置。
リビングからの風景に入らない庭の端に、広々と余裕のあるスペース取りをしました。

DSC_0017

自転車の収まりどころができて、これで庭全体がスッキリと落ち着きました。

「庭を楽しむ」ことに加えて「暮らしが便利になる」ために庭の一部を使う、これも大事なことです。ただし、便利さ優先で庭が楽しくない場所になってしまうのは残念ですから、じっくりと考えて、その両方を実現できる割合や配置やアイデアを導き出したいものです。
リビングからスチールの物置を眺めながら暮らしていたり、物干し台が庭の中央に置かれているというのでは、悲しいですからね。



「便利さ」って、もしかしたら「豊かさ」と反比例することなのかもしれないなあと、そう思うことがあります。暮らしが便利に、コンビニエンスになればなるほど、人の心から豊かさが削り取られていくような。
庭に「便利さ」を加味することも必要なことではありますが、しかし、気持ちのどこかに、庭くらいは不便でいいんじゃないかなあという偏屈なことを考える自分もいるのです。思いっきり不便な庭、苦労が絶えない庭、・・・う〜ん、悪くないなあ・・・。おっと、黒い自分がうごめき出しました。いかんいかん。

便利さと豊かさの反比例。考えたら庭は不便さだらけ、合理的じゃないこをかき集めたような場所です。
庭がなければ、蚊に刺されながら花がら摘みや水やりしなくていいし、どうせまた生えてくる雑草を修行のように抜き続けることも、スーパーで売っている何倍もコストをかけて野菜を育てることもなくなります。わざわざ炭を熾して、パラソル開いて日陰を作りながら焼き肉しなくたって、ダイニングテーブルにホットプレートを出せばいいわけですし。
でもねえ、不便さの向こうに「楽しさ」や「喜び」があるから、庭に出るんですよね。

便利さも大事ですが、

庭くらいは不便でいい。庭では、便利さと豊かさは反比例し、不便さと豊かさは比例するのです。

と言い切っちゃってもいいかもしれません。だから庭は楽しいのだと。