石井さんちの夜景をご覧いただきながら、朝、庭に出て思ったことを書きとめておこうと思います。



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今朝もまた、気持ちのいい天気です。

「今年はうまく育たないなあ。土の具合が悪かったのかなあ」とすっかり収穫を諦めていたモロヘイヤが、ここ数日で急激に成長しました。
これまで伸びが悪くて、葉っぱが硬くて美味しくなかったのが、勢いがついたら別人のように、それはそれは見事な、柔らかくて粘り気があることが見てわかる、八百屋さんでもなかなかお目にかかれないような良い葉が茂っています。

何の具合だったのかなあ。ちなみに昨年は7月中に食べまくって、8月に入ったら葉が小さく硬くなりました。今年は7、8月と硬いままで、今になっていい葉が茂り出している。この意外性が、楽しいんだなあ。



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ゴーヤも秋の近さを察知しているようで、一気に花数が増えました。
これからありったけのチカラで実を付けて、その収穫を終えるとシューッと枯れてゆく。その様子を見るたび、春から夏の思い出が巡ります。

花も良いけど、野菜づくりもいいものです。
野菜を育てるということは、土をつくり、苗を植え、収穫を楽しみに水や肥料をやり、虫を駆除し、花が咲いては喜び、実が付いては喜んだ、その時間の記憶が蘇る楽しみなんだなあということがわかります。 



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石井さんちは何カ所も畑をお持ちで、80過ぎのおばあちゃんが毎日自転車でそこを巡りながらたくさんの野菜を育てています。
この庭の下のガレージには大型冷蔵庫があり、そこに収穫した泥付き野菜が新鮮なまま貯蔵されています。
施工中に何度も大量の芋やネギを頂戴して、おかげさまで今年の夏は野菜摂取量が多く、体調万全で過ごせました。いつも「ほれ、もっといっぱい持っていきなさい」と、段ボール箱にドッサリ野菜をつめてくれるおばあちゃんの顔は、田舎で見慣れた、日に焼けて顔中笑い皺の最高の笑顔でした。そして動きが軽やかで、きっとトップアスリートのように全身が鍛えられているんだろうなあと感じました。
・・・うちの爺さんがそういう人だったなあ。



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元気なお年寄りには「正しさ」を感じます。言葉じゃなくて、その暮らしぶりから、全身で正しい生き方を教えてくださっているような。
「あんたも長生きしてみなさい。せっかくいただいた命を、まじめに、思いっきり笑いながら長生きしてみなさい」と言われている、そんな気持になります。

そういうお年寄りは農村に多いです。太陽と土から養分を吸収しているかのように元気な笑顔。やっぱり日本人は草を育てて、草を食いながら生きてきた民族なんだなあと思います。
草と根っこと木の実と、少しだけ魚と、ごくたまに獣の肉。これが日本人の元気を引き出す食事なんですよ、きっと。

家庭菜園ブームで、園芸店では年々野菜苗の売り場が拡張されています。
田舎では野菜を作ることは生活のリズムであり糧なわけですが、都会で暮らす人には、「正しさ」を感じ取る機会です。



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野菜を育て、野菜を食べ、まじめに、思いっきり笑いながら長生きしましょうね。







ふと思いました。野菜づくりをしながら暮らすのは、親の義務なんじゃないかと。ぼくの親も妻の親も、そのまた親も、みんな農家なわけじゃないけど、野菜をつくりながら子育てしてきましたからね。
だから、親が野菜をつくる姿をみせないまま子どもを育てるのは、まずいんじゃないかなあと。
まあ、絶対的にまずいことではないにしても、見せといた方がいいことのような気がしますし。それと、野菜に思いしながら暮らすくらいの余裕が、うまく子育てをすることにもつながる気がします。
親がストレス溜め込んでいっぱいいっぱいになっていては、子どもはいい根っこを張れませんからね。

さっ、気候がよくなってきましたから、秋野菜の植え付けでもしましょうか。まずは苦土石灰と牛糞堆肥で土を直してから。