目隠しをして、庭を持ち上げて、過ごすスペースの設定が出来ました。
設定を間違えると何をどうがんばってもうまくいかないのです。

次はその場所でどう過ごすかということ。その場所の使い方、楽しみ方を膨らませるための「もう一押し」を解説します。
庭の骨格が出来上がって、見た目に整然と美しく出来上がったらそこまで、それで満足してしまう人が多いんです。これは庭を提案する側の責任も大きいんですけどね。大概「予算的に・・・」とか「そんなに庭に出るわけじゃないから」とか、急にトーンダウンしてしまう傾向にあります。
そうやって完成してしまった庭に遭遇すると、ぼくは心の中で「違う!ここからが大事なんだ!」と、自分でも押さえられないような強い調子で叫んだりするのです。あ、いや、あくまで心の中で叫んでいるので、ぼくの表情は一瞬だけ、口角が2ミリ下がる程度ですけど。

「もう一押し」で、その庭に命が宿る。
街には「惜しいんだよなあ」と感じる庭がたくさんあります。


庭の産声を聞くことろまでやり切らなきゃ、ぼくの仕事は終わらないのです。

庭に命が宿る瞬間に、庭の助産婦のように立ち会い続けています。
命が宿っている庭とそうでない庭、生きている庭とそうでない庭の違いは、時間の経過で明らかになります。
命が宿っている庭は時間とともに成長し、楽しみが広がり、味わいを増していきますし、そうでない庭は、時間が過ぎるほど殺風景になっていきます。周囲に森や林がある場合には、数年で周囲の自然に呑み込まれて、存在自体が消えてしまうこともあります。庭が周囲の環境と戦う生命力を持っていないのですから当然です。
時間とともに朽ちていって、暮らしの中で厄介な場所になってゆく庭、自然に抗えずに呑み込まれてしまう庭、命が宿っていない庭・・・。

プランの段階で思い描いた、夢いっぱいの庭でのシーンを実現するための「もう一押し」を意識し、やり切ること。そこで庭に命が宿ります。


話を古澤さんちに戻します。
目隠しと持ち上げで設定した過ごす場所に行った「もう一押し」がこれ、バーベキュー炉とシエスタベンチです。



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バーベキュー炉じゃなくて、丁度いい具合のテーブルでもいいんですけど、そこに人が集って腰掛けることが出来る、そこに行って座って過ごしたいと思わせるものが必要。
「過ごす庭」という設定ですから、実際にそうやって庭で過ごさない限りその庭の価値を感じることはないわけですから、そこまでやって完成なのです。

このバーベキュー炉が大好評で、毎月何カ所もこれを中心とした庭をつくっています。この炉が欲しくて、そのために庭をリフォームする人もたくさんいらっしゃいます。



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 家族で、友人を招いて、時にはひとりで、火に向かう。贅沢な、でもとても簡単に実現できるシーンです。

そして、これまたすっかり定番になりました、シエスタベンチ。



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庭にあるソファーのような、ハンモックのような存在で、部屋から庭へと出たときに行き場所がある、そこに行けば座れて根っ転がれることが、庭への誘いになります。庭を暮らしの場所にするために、とてもいい効果を生んでくれます。


あなたの庭は生きていますか?
もし気絶しているようなら、肩を揺すって蘇生させてあげましょう。
命が宿った庭は、家族とともに健やかに成長してゆきます。 

庭は建築構造物ではないし、植物を植える畑でもないし、部屋からただ眺めるだけの絵でもありません。
庭は家族です。


庭をそんなふうにとられることが出来た人にだけ、庭は、目眩がするほど幸せな時間をプレゼントしてくれます。




先日、あるお庭から海に沈む夕日を眺めていました。
なんだか感動して、生きているなあって、涙があふれてきました。
・・・老年性多涙症かもしれません。
でも、幸せでした。
自分ちの庭じゃないのに、その庭はいつも家族のように、ぼくに、すばらしいプレゼントをくれます。
その庭はいつも健康に、豊かな気持ちで、思いっきり生きています。