曽我井さんちを再開します。

草花と小物をご覧いただきながら、ちょっといつもと趣向を変えて、詩人、坂村真民のことを書きます。



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〈 ウィキペディアから抜粋 〉

坂村真民(さかむら しんみん、1909年1月6日 - 2006年12月11日)は日本の仏教詩人熊本県荒尾市出身。本名(たかし)。

一遍の生き方に共感し、癒しの詩人と言われる。熊本県立玉名中学校を経て、神宮皇學館卒業。愛媛県砥部町に「たんぽぽ堂」と称する居を構え、毎朝1時に起床、近くの重信川で未明の中祈りをささげるのが日課であった。は解りやすい物が多く、小学生から財界人にまで愛された。特に「念ずれば花ひらく」は多くの人に共感を呼び、その詩碑は全国、さらに外国にまで建てられている。森信三が早くからその才覚を見抜き後世まで残る逸材と評した。


6年前に97歳で天寿を全うしたこの詩人を、船井グループ総帥の船井幸雄さんは、「命あるものへの惜しみない愛と感謝、そして優しい激励が、現代の社会に疲れた人たちの、救いとともに希望となっている」と賞賛し、日本を代表する「徳の人」のひとりとしてあげているそうです。



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ぼくがこの人のことを知ったのは、北原照久さんから教わった「本気」という詩からでした。



「 本気 」

本気になると世界が変わってくる

自分が変わってくる

変わって来なかったら まだ本気になっていない証拠だ


本気な恋 本気な仕事

ああ 人間一度はこいつを掴まんことには 



真っすぐに核心を突いてくる、いきなりツボを押されたような、すてきな衝撃を受けました。
ぼくは心地よく打ちのめされ、「ああ、この詩を持ち歩けば、それだけでぼくの人生には、いつも進むべき道が照らされる」と、そう思ったことをおぼえています。自分の中の最も純なツボへのストレートパンチでした。3年前の話です。
ぼくはすぐに手帳に書き写し、翌年の手帳には表紙に書き、その翌年もまたそうしました。
一編の詩に全身を揺さぶられるってありますよね。
この「本気」は、それを教えてくれたのが北原照久さんだったということもあり、一発でノックアウト状態。「本気の人」に「本気」を教えていただいたわけですから、響き方が違います。
実際手帳にこれを書いていたことで、ぼく自身どれだけ「本気」になれたことか。
「本気」という言葉が「本気」を意識させて「本気」へと向かわせる。数行の言葉に人生が導かれることの有り難さ、心地よさ。
それを思うと、北原さんにいくら感謝してもし足りない、という気持ちです。



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北原さんには、もうひとつ、坂村真民の言葉をいただきました。「念ずれば花ひらく」です。
女優の五大路子さんがこの言葉が大好きだと聞き、五大さんの著書にサインとともにこれを書いていただいて、母に贈ったことがありました。
母はそれを、とても喜んでくれました。
「念ずれば花ひらく」は、設計データを入れているUSBメモリーに貼付けてあって、設計時には必ず目にとまるようにしています。



「 念ずれば花ひらく 」

念ずれば 花ひらく

 苦しいとき

母がいつも口にしていた この言葉を

わたしもいつのころからか

となえるようになった

そうしてそのたび

わたしの花がふしぎと

ひとつひとつ

ひらいていった



直感的に、このふたつの詩をそばに置いておくことで、きっとぼくは、一生を有意義なものにしていけるという気がしました。



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「本気」を知ってから2年が過ぎたある日、書店でいつもの「本の大人買い」をしているときに、無数にある棚の一部が光りました。時々起こるこの現象、あなたも経験があるのではないでしょうか「本が呼んでいる現象」。
そこには坂村真民の詩集が数冊並んでいました。

読んでビックリ。坂村真民という人は、ぼくが庭を通じて感じていること、考えていることの先を歩いた人でした。それもぼくの残り時間でたどり着けるかどうかもわからないほど、遥か遠くまで。



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ぼくは庭を設計しながら、そこを未知の世界として、けっこう孤独に、手探りで未開のジャングルに分け入るような心境で歩いていたんですね。周囲に人影はなく、踏み入る先には人か通った痕跡もない。誰もいませんでしたから、そんなところをさまよっている人は。
だから真民先生の本に出会ったことが凄くうれしかった。それはぼくの行く先に、足跡を見つけたようなものでした。「なんだ、この道を歩いた人がいたんだ!」と。ぼくはホッとしました。

いくつか、ぼくにそう思わせてくれた詩を並べます。



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花は一瞬にして咲くのではない。

大地から芽が出て葉をつくり、

葉を茂らせ、成長して、

つぼみをつくり花を咲かせ、

実をつくっていく。


花は一瞬にして咲くのではない。

花は一筋に咲くのだ。



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「 木 」

花を咲かせる一本の木 それがわたし

自分を知りたいなら

一本の木を じっと見つめてください

木はあなたに どう生きたらいいかを

考えてくれるでしょう



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「 声 」

人間バタバタして過ごしていると

何の声もきこえなくなる

風の声

石の声

木の声

川の声

大地の声

地球の声

星星の声

みんな声を出して

呼びかけているのに

何の声も耳に届かず

ただカサカサと生きている

そういう

淋しさ

虚しさを

ふと感じませんか



いいんだなあ、こういう人。いたんだなあ、こういう人が。うれしい出会いでした。
弱っているときには強く響いて、元気なときには優しく響いて、そして常に、ぶれることなく行き先を指し示している、そういう人です。



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曽我井さんちの写真をご覧いただきながら、しばらく、坂村真民の世界を並べてみようと思います。 



 




「幸せへの扉」やその他が続いて、今日は久しぶりの「曽我井邸」でした。
ルーティンの庭の紹介以外に、書きたいことが噴出することがあります。それは予兆なしに突然やってきます。
庭紹介の写真撮影が追いつかずに、苦し紛れに他の話題を書こうとするときには(そういうこともあるのです)なかなか書けなくて、ますます苦しさが増すのに、この「書きたいモード」に入ると、もう庭の紹介もしたいし、「幸せへの扉」も書きたいし、その他の話題も書きたいし、それどころか新しいカテゴリーを増やしたくなったりして、自分で収拾がつかなくなります。

今その「書きたいモード」の真っ最中。「どんだけ書きたいことがあるんだよ」と、自分に突っ込みたくなるほど、頭の中にネタが湧いています。
例えば「学者が教える長生きのコツ」とか、「お客様から仕入れた名言・格言」とか。紹介したい本もたくさんあるし、庭のことでは「8つのポイント」のポイントが20くらいまで増えていて、それをどう整理してリライトしようかとか、あちこちの、春の花咲き乱れる庭も撮影してご覧いただきたいし、他にも撮影に行きたい庭だらけだし・・・。

でもまあ、これは調子がいい証拠なのです。気持ちが活性化していて体調もいいときに、この「書きたいモード」になります。だから設計もペースダウンすることなく、気合い十分で進んでいます。

いち日が3倍の72時間あったらいいんですけどねえ。そうすれば、どれもこれも、思う存分楽しめますからね。・・・まあそれは無理なので、残された方法はただひとつ、「3倍速で動く」しかありませんね。
「そんなの無理に決まっているよ」って思うでしょ。でも大丈夫、できると思えばできるのです。というか、もともとのスピードが遅いので、簡単に加速できるのです。
何をやるのにもノンビリな方なものですから、もしかしたら、3倍速にして、ようやく世間並みのスピードかもしれません。

とにかく、さっ、アクセル踏み込みます。