あなたにとって庭って、暮らしの中でどれくらいの存在感を持っているでしょうか。あるいはこう訊いた方がいいかもしれない、

あなたの暮らしに、庭は価値を持って存在していますか?

建築の余白として庭を捉えている人が大多数なのかなあと、ちょっとした悔しさを含んで、しばしばそう思うことがあります。家を建てることに全力を使い果たして、気がついたら庭は厄介な場所にすらなっているというのを、繰り返し目にします。
ま、それが現実なのでしょう。うん、まあそんなもんです。

なぜそんな悲しいことになっているのかの理由については、あれこれ言ってみてもせんないこと。それよりも、思い出してほしいのです。

あなたの記憶に、庭は大きく存在している。あなたは、幼い日の庭での記憶に支えられて、いま立っている。

かなりの割合で、そうなんじゃないでしょうか。

記憶の中に、庭が「幸せな場所」として在る人は幸いです。

とても豊かな愛情の中で育つことができたということなんですから。

うまく伝わるといいんですけど、このロジック。
つまり庭は、家族を思い、幸せを育もうとする「愛情」によって息づく場所なのです。

だから、どんなにお金をかけたところで、どんなにカッコよく仕立て上げたところで、その庭の価値は、全く違うところからしか生まれません。

あなたの愛情、家族への思い、実り多き人生を目指す姿勢が、庭に価値を生み出すのです。

「あなたの暮らしに、庭は価値を持って存在していますか?」、この最初の問いは、どうですか、違う響き方がするでしょ。
よーく考えてみて下さい、この質問への、あなたの、正直な答え。

まあいいです。これは、
マニアックな庭屋のひとり言です。


庭の記憶って、ぼくの場合は圧倒的に縁側なんですね。昼寝をし、スイカを食べ、宿題をし、沢ガニやカブトムシを飼い、ホタルを追い、漫画を読み、プラモデルを作り、花火をし、七輪で魚を焼き、・・・。小さい頃の思い出の舞台として、縁側が大きく存在しています。

縁側、濡れ縁、そこは建物と庭とをつないで融けさせるための、日本人が生み出したすばらしい装置、技術、建築の知恵です。


長い前振りでしたが、
というわけで、
昨日ご覧いただいた庭スペースをリビングとつないで融けさせるために、大きな濡れ縁を設置しました。



DSC_1201

DSC_1197



撮影の間、ふたりの男の子は縁側で遊びまくってくれました。子どもって、ほんと、設計意図をそのまま受け取ってくれるんですよねえ。



DSC_1189



なんだか、ぼくの小さいときみたいだなあ。



DSC_1192



ただただ楽しくて、楽しいことにも気付かないくらい、楽しくて。これが幸せってことなんですよね。



DSC_1199



写真を眺めながらイメージしてみてください。
この縁側がなくて、外に出るのに大きな段差があったら・・・。外に出ても、座ったり寝転んだりできる場所がなかったら・・・。



DSC_1261



遊んでくれてありがとう!って感じです。
縁側があるだけで、こんなに楽しんでくれるなんて、庭屋冥利に尽きます。


この縁側が、部屋と庭をつないでいる様子を、明日、室内からの写真でご覧いただきます。






寝て起きたら、腰の痛みが半分ほどになりました。眠っている間に体の修復機能が働いていることを実感しました。
痛みが和らいだということで、今日もまた気分が上がっています。痛くても気分が上がり、痛みが和らいだら気分が上がり、我ながらノーテンキな感じです。
ノーテンキついでに、「レノンの庭」のバーベキュー炉にパソコン持ち出して、春の陽射しを浴びながら仕事をしています。
気持ちいい。ほんと、気もちいいです。有り難いほど、気持ちいいです。 

いい季節だなあ。庭に居ると、春に感謝したくなりますよ。空に向かって手を合わせたいくらいです。

これは、冬の間も凍えながら、意地張って庭に出続けていた分、余計にそう感じるのかもしれません。
寒くても気分が上がり、暖かくなるとまた気分が上がり、庭に居れば、いつも気分が上がる。マニアックすぎますかね。
いやいや、
森さんちの子どもたちを見ればわかります。庭マニアじゃなくても、だれでもそう感じられるところが、庭の威力なのです。


最後にもう一度問います。庭はあなたの暮らしの中で、価値を持って存在しているでしょうか?

毎年恒例の「GW お庭の相談会」を準備中ですので、もしよかったら、ぼくと一緒に、あなたの庭に価値を生み出してみませんか。一緒に、あなたとご家族にとっての、理想の庭をイメージしてみましょう。