昨日は相談会1日目、ほぼ一日中、庭のことを考え話しつづけていました。たくさんの方が来てくださって、おかげさまで充実のいち日でした。

たくさんの方と話しながら、ひとつ思ったことがあります。

思いを伝えようとして言葉を尽くすより、楽しさを語った方がその思いは伝わる。

ぼくの仕事は庭の設計施工でありながら、それは世を忍ぶ仮の姿なのです。
しかしてその実態は、・・・(多羅尾伴内、古すぎですかね。「しかして」なんて使わないですよね)。
ぼくが思っているぼくの仕事は、庭づくりじゃないんです。ぼくが生み出す庭ですごす人に幸せな人生を送っていただきたい、そのお手伝いができる庭を生み出しつづけたいということなのです。

ぼくが伝えたいのは、「庭を楽しむ暮らしで、実り多き、幸多き人生を送っていただきたい」ということ。

でもそれはぼく側の思いであって、お客様の多くは、ぼくを庭の設計施工で食べている人、あるいは食べるために庭をつくっている人だと思っているわけですから、だからお客様と話すときに、そのギャップを解消するところから始める必要があります。
そのことが気になって、初対面の人に自分の立ち位置みたいなことを熱く語ってしまうと、時には先方が引いてしまうこともあります。もっと話し方が上手ならいいんですけど、もともと超無口な新潟のA型ですから、なかなかB型の関西人のようにはうまく話せないのです。
でも、そんな、立ち位置とか思いとかじゃなくて、「楽しい」ということを話すとき、言葉はスラスラ出てくるし、相手もどんどん笑顔になって会話がどこまでも弾みます。
これだ!って思うんですね。

理屈じゃない。人は楽しいところに集まる。

理屈は庭を組み立てる側のぼくが、さんざんこねくり回せばいいこと。お客様にはその理屈から生み出された楽しさを感じてもらえばいい、いち日しゃべりつづけて、そう感じたのでした。

日々勉強、日々鍛錬です。
放っといたら10日間でも黙っているような少年だったぼくが、この鍛錬を続けることでしゃべりの達人になれるかもしれません。
思いを伝えるために、庭のある暮らしのすばらしさをたくさんの人に実感していただくために、そういう必要に迫られた鍛錬というのは、けっこう実を結びますからね。


・・・ちょっと、気合い入っちゃってるでしょ。先日のテミヤンライブから、気持ちがピュアになっています。
それと、夜庭に出て読んでいる本が、海洋冒険家、白石康次郎さんの「精神筋力(生産性出版)なもんですから。
帯には「単独世界一周を三度実現した男が語る、創造的生き方」、そして「何もしなければ、何も起きない」とあります。
同じ人間、ひとりの人間が、ここまで熱く生きられるんだなあと。
北原照久さん曰く「康次郎くんはサムライだね。野武士みたいな強さがある」と。まったくその通りで、社会人としてじゃなくて、大海原とかジャングルの中でも、ちゃんと美しく命を燃焼させることができるような、原始人みたいな強さにあふれた人だと感じました。
その本から伝わってくる白石さんの強烈なエネルギーが、ぼくのピュアな火薬庫に火をつけちゃったんですねえ。ぼくの中で、心地いい爆発音が続いています。
「精神筋力」、すっごい本ですよ。今本屋さんに並んでいますので、ぜひ読んでみてください。


では今日も引き続き、矢嶋さんちの庭をご覧いただきます。
今日は照明器具です。

いつものマリーンライトを庭入り口のアーチに1灯、レンガ塀の上に2灯、パーゴラの柱に1灯、計4灯使いました。



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そしてこれもいつものLEDのフラットライトを地面とベンチに3灯設置。



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で、夜はこうなります。



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夜の庭の楽しさすばらしさを、相談会でも話しつづけています。日本中の庭が、夜も庭として存在するようになったらいいなあって、いつも夢想しているのです。ほんと、あまりにすばらしい世界なのに、あまりにそれを知らない人が多いことが残念で残念で。
あなたも毎晩庭に出て過ごしてみてください。やろうと思えば簡単なことですよ。照明器具と、蚊取り線香と、椅子があればいいんですから。 
 
白石康次郎さんが、360°水平線の海で観る満天の星空のすばらしさを話していました。
自分のヨット以外、空と海があるだけ。見上げると降るような星空で、凪いだ海面にそれが映っている。
凄い光景ですよね。自分の周囲のすべてが星。
白石さんはひとり「宇宙に生かされているんだなあ」という感動に包まれたと言います。
その話に、ぼくも感動しました。白石さんが感じたその感動の何分の一かでも感じる想像力がぼくにあってよかったなあと思いました。ぼくは計画停電の夜庭に出て、満月の光で芝生に自分と妻の影が落ちていた、あの夜のことを思い出していました。さらに、13歳の夏、越後駒ヶ岳の山頂で観た怖いほどの星空を思い出しました。

夜庭に居ると、規模は違いますけど、それと同じ種類の感慨に浸ることがあります、宇宙に生かされているんだなあという。

夜の庭にいると、自分が宇宙に浮かぶ星の上で暮らしていることに気付きます。

宇宙にいるんだなあって思うと、自然や、人や、子犬や、妻や、子どもたちや、庭の花や、ケースの中でそろそろ蛹室をつくり始めているカブトムシや、いろんなことが愛おしくなってくるんだなあ。







今朝のニュースで、このまま柏崎原発の再稼働をしないと、電気料金が15%上がるっていうのをやっていました。東電側からの牽制球みたいな報道でした。
ぼくの故郷新潟の、叔母が住む柏崎、夏の思い出がたっぷりとある荒浜海岸、そこの原発がなくなるなら、15%なんて安すぎますって。15%値上がりじゃなくて、100%でもいいです。
いいじゃないですかその方が。電気料金2倍って、・・・きっと今よりも、たくさんの人が幸せを感じながら暮らせる世の中になると思いますよ。
今朝の「小さな旅」、長野県の大鹿村のことをやっていました。あの村の人たちの消費電力って、ぼくらの半分以下です。でも、幸福感は、何倍もあるなあって思いました。

大鹿村じゃないんですが、「小さな旅」のテーマ曲をお聴きください。大好きなんですよこれ。







消費電力や電気料金と幸福感は、何の関係もない。

核廃棄物で奇跡の星を汚しながら暮らすより、お金で何とかなることならその方がいいんじゃないですかねえ。
そんなレベルの話じゃなくて、地球を汚さない方法で、CO2排出量を7割削減する暮らし方をイメージしないといけないところまで来ているのに。
ここにいたって、まだ既得権や自分の収入のことに立った思考しかできないとは、情けないのを通り越して、愚かに思えてしまいます。
じゃあ自分はどうなんだって言うでしょ。そこなんですよ、そこ。そう言われて思考停止してしまうのもまた愚かなことです。
考えましょ、どうしたいいのか。このままじゃいけないことだけはハッキリしたんですから。

夜の庭にいると、そんなことも考えるのです。

さっ、このピュアピュアな気持ちのままで、今日も相談会。楽しくしゃべりまくります。


んっ?!
ひらめきました。
そもそも発電は、人間が快適に、幸せに暮らすために行っていることですよね。で、消費電力と幸福感は何の関係もないって書きました。
ということは、本末転倒になっているということです。
みつけましたよ、クリーンエネルギー。
それはぼくらの生命力です。よりよく生きる、愛情を持って幸せを感じながら暮らすという、人間の根本的なところで行われる体内の発電、思考の発電です。

究極のクリーンエネルギーは、愛情を持って、幸せを感じながら、より良く生きようとする人間の命。

だって、ようするに幸せならいいんですからね。でしょ。
人が幸福に暮らすために、そんなに便利や快適である必要はないんですから。

ちょっと、このクリーンエネルギーのことを掘り下げてみましょうかね。環境問題を解決する、世紀の大発見になるかもしれません。

ウ〜ン、今日はどこまでもピュアピュア。