昨日ご覧いただいた庭木によって、庭周辺の緑濃い環境を庭に取り込むことができました。



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高台にあるような見晴らしのいい庭なら、遠景の森や山並みを楽しみながら過ごすことは容易にできますし、それを目指した庭づくりをします。
でも一般的には平らな宅地に家が並んでいますので、周囲の木々のことよりも、どうやって目隠しをするかということの方に意識が行って、なかなか街路樹や隣家の庭の木のことまでは考えが広がらないのではないでしょうか。



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「過ごす庭」の場合、目隠しは絶対的に必要な要素ですから、周辺の木々を眺めることよりも優先して考えるべきです。目隠しの設定が中途半端になると、結局はそこでステキな時間を過ごすことができなくなってしまいますから。
そうなったら周囲の木々が気持ちよく眺められたとしても、その庭の本来の役割りが消えてしまっているのであまり意味がありませんよね。
庭のまわりが緑濃い公園や別荘地の雑木林であっても同じです。目隠しが必要な部分には、景色を犠牲にしてでも目隠しをするべきなのです。

「過ごす庭」では、周囲の景色を眺めることよりも、目隠しを優先して考えた方がいい。



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まあ理屈としてはそうことですが、実際にどこまでの目隠しが必要なのかを入念に考えると、それぼど多くの面積を隠さなければならないということはないのです。
目隠しというと、庭の外周をぐるっと一律に隠そうとしがちですけど、そうじゃなくて、過ごす場所をハッキリさせて、そこに腰掛けて過ごすときにだけ必要な目隠しの高さと幅と強さを考えれば、目隠ししつつ周辺の景色や森の雰囲気を感じることはできます。必ず方法はあるのです。

目隠しと見晴らしとを両立させることを、入念に考えていけば、いくらでも方法は見つかります。

隠すべきところはしっかりと隠す。でもそれは必要最低限度にすることです。



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そのことを基本としつつ、居心地を考慮しながら場を構成し、その立地の魅力を最大限活かす庭をイメージしていってください。



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そもそも庭が室内と違う点、庭の最大の魅力は「外にある」ということです。
庭とその周辺との関係性をどう整えるかによって、庭の価値は大きく違ってきます。

庭を考えるときに、目隠しと見晴らしのバランスをどう設定するかが基本的かつ重要なポイント。

毎日庭を設計しながら、ぼくにとって基本中の基本となっているこのことが、世の中ではまだあまり重要視されていないようです。いつもすごく残念に思っていることです。



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あなたの庭はどうでしょうか。目隠しと見晴らしの具合を確認してみてください。
それがうまくいっていないと、なかなか庭を楽しい場所にはできません。
隠すべきところはちゃんと隠して、同時に周囲のいい感じをできるだけ取り込んで、室内では味わえない、外ならではの満ち足りた時間を味わえる庭を目指しましょう。









もうすぐ8月です。梅雨も空けたし、学校は夏休みになっているし、間違いなく夏本番です。
でもぼくの中では、何となくまだ梅雨が明けていないような変な感覚があります。これまでの夏とは違います。
仕事がずーっと続いていて、しかもそれが、どれもこれも熱中できる内容のものばかりなので、その仕事の楽しさが、夏を楽しみにしていた気持ち夏のワクワク感を上回ってしまっているのです。
夏を無視してこのまま設計を続けていたら、それはそれで充実の日々だなあと、それも楽しい、そんな気持ちになり始めています。
いいのかなあこれで。まあいいような気もしますが、何となく寂しい気もします。ついに大人になっちゃったのかなあって。
50を過ぎてこんなこと思ってるのが変ですけどね。もう十分に大人なんですから。

まあとにかく、海や山や田舎で過ごす時間よりも、ひとつひとつの設計が楽しくて、しかもその楽しみが山積みになっているこの状況。ありがたいことです。
感謝しながらひたすら前進するのみです。一日一日思いっきり楽しみながら。

うん、これでいいのだ!・・・どうやらこの年になって、ようやく大人の階段のぼっちゃったみたいです。