きのうの「美的感受性を持って暮らす」ということの続きです。



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昆虫が花に美しさを感じているのかどうかはわかりません。花の形や色を記号的に受け取って、そこに蜜があることを知るのかもしれません。
夕暮れの虫をおびき出したい花は、夕闇でも見分けがつく色に咲きます。夜中に昆虫を惹き付けたい花は、色ではなく強い香りを放って虫に自分の居場所を報せます。



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んっ!これが美しいということかな?

「そこに行くといいことがある」ということを知らせる信号にときめくことが、美的感受性なのかもしれない。

周囲の刺激に対する人間の心の動きを突き詰めれば、それは生存し、命を継承していくために必要な本能的なことです。うまそうな食べ物を見て食欲がわいてくるのと同じ。

美しさを感じる、美しさに打たれることが、生存と命の継承に欠かせないものであるからこそ備わっているのだとすれば、美的感受性ということをもっと重大に捉えてもいいんじゃないかな。
暮らしの中で、あまり語られませんよね、美について。



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美的感受性は、本能。そうだとして、ではそれは、人間にどんな重要性を持って備わっていることなのでしょう。



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「美的感受性は生存と継承のために欠かせない能力」という仮説は、ぼくの中ではすでに仮説ではなく、確信になっています。
だから確信を持って、自信満々で言い切ってしまいます。

美しさの中に、生きる上での正解がひそんでいる。

そうじゃないと、なぜこんなにいちいち美しさが心に引っかかってくるのかが説明できません。

「人が人生を楽しく過ごすために、神様が与えてくれた能力」とも言えます。同じことです。
その楽しさ、楽しい人生を送ることが正解、という解釈ができます。



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例えばこういうことです。

美しい言葉を感じ取れる人と、そうじゃない人。街を歩いていて、夕焼けに気付く人とそうじゃない人。室内を美しく整えておかないと気がすまない人と、そうじゃない人。潮騒を美しい調べと感じる人とそうじゃない人。無邪気な子どもの姿を美しいと感じる人と、そうじゃない人。異性のちょっとした仕草を美しいと感じる人と、そうじゃない人。雨に濡れた花びらを美しいと感じる人と、そうじゃない人。
どっちの人が楽しい人生を送れて、幸せに生き、その幸福な人生を継承していくでしょうか。



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ほとんどの場合、美しい方に正解がある。
物事を、理屈や信条や論争に勝つことの快感ではなく、そこから感じる美醜で見極めれば、道を誤ることはない。


美しさを感じる心は、よりよく生きるために不可欠な感覚なのです。

美しさは神様が置いた道しるべ。それに導かれて進めばいい。



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どうでしょう、もしかしたら極論に感じますかね、これ。
ぼくとしては超正論なんですけど。特に庭にいる時、この思いは強くなります。
あなたも毎日庭に出る暮らしをすれば、きっと同じ思いになるはずです。なぜなら庭は、そのようにして成立している場所だからです。

庭の植物や、昆虫や、吹く風や、照りつける陽射しや、流れる雲に向かって、あなたの理屈を語ったところで、庭はそっぽを向くだけです。
庭は理屈や論争とは違う次元の空間で、そこに入って行けるチケットは、言葉ではなく、あなたの美的感受性なのです。




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大事でしょ、美的感受性。
中にはそれが弱い人もいます。うまく育まれていないと、美に対して鈍感になったり、単なる刺激を美と勘違いしてしまうこともあります。

東京タワーは美しいです。でも、広島の原爆ドームの前に立って、その美しさにときめく人は・・・、ぼくの周囲の人には、たぶん一人もいませんけど。
あれは負の遺産、悲しみのモニュメントとして保存されているのですから、美しくないことに存在価値があるわけです。
その原爆ドームに美しさを感じる種類の美的感受性を持った人がいたといします。「あの破壊の美しさ、たまんないよ」とうっとりと眺めるタイプの人がいたとします。
恐ろしいですよね。たぶん、その人の人生、うまくいかないですよね。



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いそがしさに追われるばかりで、ストレスを溜め込むばかりで、意識から美しさという概念が消え去って久しいという人、注意してくださいね。美意識抜きのあなたの暮らしは、人間の本能から遠い、非人間的なことなのかもしれませんので。
せめて夕焼けに気付いて、立ち止まって空を見上げるくらいの自分に調整し直してください。



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ぼくらは日々、自分の美的感受性を意識して暮らす必要があります。価値観や判断基準がそこからズレないように気をつけながら。



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どうでしょう、美的感受性を持って暮らすことの大事さが伝わったでしょうか。

美的感受性を持って、それを育みながら暮らすことが大事。
そのことを抜きにして幸せになるのは至難の業です。

そう思えてきたでしょ。実際、あなたのまわりの幸せいっぱいに暮らす人たち、例外なく豊かな美的感受性を持っていますよね。でしょ。



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美的感受性を持って暮らす、大事です。

もうひとつ、もっと大事なことがあります。
それは、ぼくらがそうやって美しく暮らす姿が、子どもたちの美的感受性を健全に育てることにつながるということです。
ぼくらの中に美的感受性が形成されたのは、子ども時代ですからね。子どもは親の暮らしぶりから美意識を吸収します。

それともうひとつは自然。

夏休みに野山を駆け回り、川や海で遊びまくったあのときに、ぼくらの美的感受性の原型ができあがりました。

親の姿と自然、このふたつです。

ぼくらが子どもに伝え残せる、伝え残さなければならない大きな財産が、美的感受性なのです。
自分自身の豊かな人生のために、子どもたちの幸せな未来のために、美的感受性ということをしっかりと考えてみましょう。

あなたは、美しく暮らせていますか?







理屈では正解なのに、どうしても美しく感じられないものがあります。東北で計画が進められている津波対策の防潮堤です。
この話を始めると長くなってしまうので、また後日。

さっ、頭を切り替えて、設計に没頭します。
田中さん、水野さん、さんざんお待たせしていて申し訳ありません。いい感じで描けていますので、もうしばらくのご辛抱をお願いします。