ぼくは毎日庭のことを考えています。四六時中考えています。
それが仕事であり、ぼくの役割なんじゃないかと思っているのです。
なぜそんなふうに思うのか。
だって他にいないでしょ、そんな人。ざっと全国の同業者を見渡してもなかなか見当たらないですから、たぶんそうとうに珍しい存在なんだと思います。
そして自分自身は、庭のことをいくら考え続けても、疲れたり飽きたりすることがありません。
だから思うんです、「これは神様が与えてくれたぼくの役回りなんだ」と。

夢中になれる仕事は天職。神様の配役なので、迷いなく演じ切ったらいい。
それが周囲と違っていても、違っていたらなおさら、それは重要な役回りにあるということなのです。




今日はパンジー・ビオラをご覧いただきます。
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迷っちゃてる人、すごく多いです。何で私は人と違うんだろうって。
「危ぶむなかれ、迷わず行けよ、行けばわかるさ」って猪木様もおっしゃっているので(笑)、その迷いは捨てちゃっていいですよ。

迷ってる場合じゃありません。あなただけに与えられたその役に徹して、見事に役割を果たしましょう。

それが有意義な人生ってもんじゃないですかねえ。
世の中において「その他大勢のエキストラ」でいるよりも、奇人・変人と称されるくらいでいいんじゃないかなあ。



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十年一日のごとくに庭のことでいっぱいの、このガチガチ庭頭の中心には「日本中の人に、庭があることの幸せを感じてほしい。すべての庭から笑顔と笑い声が溢れ出る、そんな日がやって来てほしい」という思いがあります。
その思いが強烈な分、なかなかそうならない現実に落胆もするし、焦ることもあります。
どこかの時点で、ドミノ倒しのように、ぼくが思い描く庭文化が一気に実現しないかなあって、妄想することもあります(百匹目のサル現象で、案外簡単にそうなるような気もしています)。
迷わず歩いても、いつも心が平らというわけではありません。

そういう、思いと現状とのギャップから起こる葛藤の中で、ぼくにはひとつの言葉が浮かび、それが年々大きく膨らんできました。

気づいて!



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気づいてほしいのです。ぼくがすべての人に気づいてほしいと思っているたくさんのことを、ひとつ残らず気づいてほしいのです。

馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない。

中国のことわざです。

ぼくがどれだけ言葉を尽くし写真を並べて、庭の素晴らしさ、庭がある暮らしがどれほど幸せに満ちているのかを伝えても、それをどこまで受け取ってもらえるかは相手次第。先方がどう感じて、何に気づいてくれるかは、残念なことにもうぼくの範疇ではありません。



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たくさんの人と話し、たくさんの庭を提案していて思います。

気づきやすい人は得をする。

これ、間違いありません。
気がついたことは身になるし、気づかないことはその人には身に付きません。



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そして、どうやら世の中は、気づきやすい人と気づきづらい人に分かれているようです。
それはぼくには、幸せな人とそうでもない人ということとダブって感じられます。

気づきやすい人は幸せな人。

気づきの少ない人は、なかなか幸せにはなれないんですよ。

武田双雲さんのこんな言葉があります。

幸せは 獲得するものでもなく
訪れるものでもなく
気づくものである




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3年前に手帳にメモしたこの言葉が、ずーと頭に残っています。
幸せとは気づくもの。それに気づけば、幸せになれるのです。

気づく、気づく、気づく・・・これってちょっと考えると、誰でも同じ所に行き着きますよ。

生きてるだけで丸儲け。

でしょ。
生まれて来たこと、呼吸ができていること、今日を生きていられることがシアワセダナ〜って。
これはへ理屈じゃなくて、何度考えてもそこに行き着く「真理」なのです。

幸せ上手な人は、今ある自分に感謝する人。



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2011年3月11日の地震の後、ぼくは数日をかけて、これまでつくったお庭を点検に回りました。
幸い被害はゼロ、ヒビひとつ入っていなかったので安心しましたが、途中からは庭の様子よりも、お客様との再会の方が楽しくなりました。
津波と原発のことで落込んでいた気持ちをお互いに持ち上げ合うみたいな、とりあえず笑顔で話せることが、すごくありがたいことに思えたのをおぼえています。

そうやって訪問し、拾い集めた言葉を並べてみます。地震当日の停電、その後続いた計画停電の時のお話しです。
どれもこれも、お客様の「気づき」の言葉です。



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「真っ暗になると部屋より庭の方がずっと明るくて、外に出たらお月様が出てたのよ。月明かりって昼間みたいに人の陰ができるって知ってました?」・・・月夜の明るさに気づく。




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「ろうそく点けたら子どもたちがよろこんじゃって。不安になるどころか、おもちゃ箱から電池で光るやつを探し出してきて大騒ぎしてました」・・・子どもの無邪気さに気づく。




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「主人とふたりでね、テレビが消えたら、なんだかシーンとしちゃって。間が持たなかったもんだから久しぶりにラジオを聴いたんだけど、ランタンとラジオ、昔登った北アルプスの山小屋を思い出して。・・・ちょっといい感じでした」・・・ふたりの想い出に気づく。




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「停電しているときの方が、何となく豊かな気持ちになるって不思議。そしてね、停電が終わってパッと明るくなると、ありがたいなあって」・・・日常のありがたさに気づく。




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「暖房が切れたらちょっと寒くなってきて、ワンちゃん抱っこしたら暖かい暖かい。子どもも抱っこして、みんなで団子になってました。とってもいい感じでしたよ」・・・命の温もりに気づく。




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「気づき」がない人には、幸せへの扉を開くことはできません。なぜなら気づかない人は、扉の存在にも気づかないのですから。
やはりそうです、気づく人は幸せになれる人、気づかない人は幸せになりづらい人。

「お月様がすっごく明るかったですね」と、何人もの方とそのことを話しました。
停電したときに庭に、夜空に意識が行く所が、うちのお客様らしいなあって思いました。
あの夜、みんな同じ月を見上げていた。いい感じです。



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ぼくも妻とふたりで庭に出て、やはり月明かりに感動していました。
芝生に、まるで昼間みたいにクッキリと落ちたふたつの影法師、忘れられないシーンです。

その影法師に目を落としながらわき上がって来た、「生きてるってありがたいなあ」という気持ちを胸に、今日も、幸せの集合体である庭を思い描きます。

目の前に、足元に、たくさんの幸せがあることに気づいてほしい。お願い、気づいてください!

そう思いながら。



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庭を楽しむ人は気づきの人。気づきの人は幸せになる人。
庭と、その上に広がる空、宇宙からのたくさんのメッセージに気づきながら暮らせたら、その幸せは揺らぐことがなくなりますよ。

もしもあなたが庭をお持ちじゃなくても大丈夫。
庭は自然のほんの端っこですから。

ぼくはより多くの人に、「庭がある暮らし」を楽しみながら充実の人生を送っていただきたい思っていますが、でもこの「宇宙からのメッセージを受け取る」ということについては庭が必要というわけではありません。

あなたの心が、素直に、おだやかに整っているとき、あなたの受信機能は自然や宇宙にチューニングを合わせることができます。
夕焼けに気づく、風の音を聴く、草花の変化に口元が緩む、雨の日に心が潤う、そういう状態のときに聞こえてくるメッセージに、聞き耳を立ててくださいね。


自然に、宇宙に、心のチューニングを合わせること。あなたが幼い頃、すべての日本人がこれを習慣としていました。
大人たちは、そしてあなたもそれに倣って、朝に晩に、おりに触れ、やたらに手を合わせていたでしょ。あれですよあれ。
あの習慣をぼくらの代で途切れさせたら、きっとバチが当たりますよ。
やってみませんか、夕焼けに気づいたら立ち止まって手を合わせる。
・・・ちょっと怪しいですかね。
大昔から、ほんのついこないだ(東京タワーができた頃)まで、みんな普通にやってたことなんですけどねえ。