今日は「幸せへの扉」です。
44番目の扉は「ボーッとしない」です。ぼく自身がおっそろしくボーッとしているたちなので、この扉は自分への戒めでもあります。

では始めましょう。


新居に引っ越して、最初に整う場所ってどこでしょう。
引っ越しの経験を思い出してみてください。山積みの段ボールを開けて、がらんとした新居に配置してゆく。どこから先に暮らしの準備ができあがるでしょうか。

仕事柄そういう場面をよく目撃するんですけど、これ、たいがい台所なんです。次にダイニングと寝室。
人ってとりあえずご飯を作って食べて、寝る環境を整えるんですよね。
それから徐々に、洋服を収納して、足らない家具や家電や小物を買いそろえていきます。



今日は晩秋の山手散歩の写真です
いい季節です

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家全体の中で、案外後回しにされる場所がリビングルーム。
若いご夫婦だと、引っ越しから半年経っても、まだ気に入ったソファーが調達できずにガランとしたままということにもよく遭遇します。
それはつまり、くつろぎは後回しってことです。
最初に食べること(キッチン、ダイニング)と寝ること(寝室)、次に衣服(クローゼット)、その次が便利さ(家具、家電)、その次に快適さや幸福感の組み立て(リビング)がなされてゆくという順番。

じゃあ庭は、・・・そのまた先に位置する場所です。



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衣食住足りてなお、さらなる幸福へとベクトルが向いたときに、ようやく庭へと意識が広がります。

生活の場を組み立てるときに、いちばん後回しになるのが庭。
後回しになってもちゃんといい庭ができあがればいいんですけど、もしも暮らしの意識が幸せへと向いていなければ、あるいはその欲求が弱ければ、そこまでたどり着かずに庭は放ったらかされます。いつまでたっても楽しい場所にはならないままです。
そしていつしか厄介な場所、苦労の種となってしまいます。
たくさんありますよね、そういう庭。



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庭に興味を持ってこれを読んでくれているあなたは、次のことを意外に思われるかもしれません。

これといって幸せを感じることもなく、幸せになりたいという思いも持たずに暮らしている人が、実はとても大勢存在しています。

ぼくにも長くそういう時期がありました。でもこの仕事をするうちに変わってきました。

庭は幸せということとリンクして初めて存在価値が生まれる場所です。だから年がら年中庭のことを考えているぼくは、年がら年中「幸せ」について考えているということでもあります。
庭を通して、
そういう観点で世の中を見渡すと、このことを強く感じます。
楽しくもなく、苦しくもなく、
漫然と今日を過ごしている人、けっこう多いです。



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違うんだよなあって思うんですね。そんなんじゃなくて、もっとちゃんと意識を持って暮らしたほうがいいよって。
マジメかー!みたいに思われそうですけど、でもこれは大真面目にそう思っています。

おせっかいは重々承知で、それでも言いたい。

もしあなたが、今よりももっと幸せになりたいのなら、まず最初に、はっきりと、自分自身にそれを宣言してください。

毎日ボーッとしてたら、ダメダメ。



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はい、ちょっと考えてみましょう。

昨日あなたは「幸せ」を実感しましたか?
今日あなたは「幸せになりたい」と思っていますか?


あなたは大丈夫ですよね。実感して、思って暮らしていますよね。



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ここで断言しちゃいますね。

漫然と過ごしていては、幸せはやってきません。
まずしっかりと「もっと幸せになりたい」と思うこと。次にそれに向けた努力を怠らないことが必要です。

幸せになるには能力がいります。
学力、体力、仕事や家事をこなす能力と同じように、幸せになる能力が必要なのです。
そしてその能力は、鍛え続けないと、身体がなまっていくように幸せもしぼんでいきます。

幸せを実現することは日々鍛錬、筋トレと似ています。
毎日怠らないことで、はっきりとその効果が現れてきます。


幸せ筋ムッキムキな賢人たち、積極的により大きな幸せを目指して、日々努力を怠らないあの人たちに倣いましょう。



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庭も同じ、ただボーッと眺めていたらダメ。何となく花植えててもダメです。
なにをそんなに力んでいるのかとお思いでしょうが、ぼく以外にあまりここに力を込める人がいないので、異色の(異端のかな?)ガーデンデザイナーの役回りとして力みます(笑)。

思いっきり楽しむことです。自分を鍛えるようにそこに楽しみを見出して追求していくんです。楽しんで楽しんで、するとその先には感動が待っています。

庭での感動・・・たくさんの人に味わってほしいんだよなあ。



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(いつもながら「長いよ!」という声が聞こえてきますけど)この話、大事なので、もう少し続けます。

辛い痛みを経験してみないと、痛みのないことのありがたさを知ることができないということがありますよね。失ってみて始めて気づく幸せということもあります。
マイナスを経験しないとプラス域のことが認識しづらい。それが人間の悲しさなんですけど、でも、喪失や痛みを経験しなくても、何が大事なのか、何が幸せなのかを感じ取ることはできますよね。

今あることを愛おしんで、もしそれが無くなったら・・・と考えてみる。イマジネーションはそういうことにも重要な役割を果たします。

痛みを想像するイマジネーションの欠如は、大怪我につながります。

でもそれは同時に、臆病にもつながりますよね。そこが難しいところです。



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庭を楽しむ賢人たちは、そのことに長けています。用心し過ぎて臆病になってしまうことなく、マイナス域に転落しない、長くマイナス域にとどまらないための知恵を身につけているのです。
その知恵が、「楽しい」と感じること。

マイナスに振れないために、プラス方向を強化する。

同じ映画を観ても、同じ食事をしても、それに感動する度合いは人それぞれ。でもそれ、大きい方がいいんですよ。

感動しやすい人ほど、大きな幸せを獲得している。

でしょ。世に言う成功者って、例外なく感動体質、感動屋さんですよね。



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思いっきり楽しさを感じて、感動屋になってください。
感動することによって、ベクトルが幸せ方向から外れることがなくなり、喪失や痛みに遭ってもそれに耐え、はね除けるパワーが身に付きます。


ボーッとしてたら獲得できないのが幸せなのです。
今ある幸せも、ボーッとしてたら消えてしまいます。
失ってからやっとその存在に気づくんじゃあ、・・・悲しい。



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だから、いいですか、ボーッとしてないで、楽しいこと、そして感動を追い求めましょう。

おいしい〜!楽しい〜!きれい〜!気持いい〜!を強化して、感動体質になりましょう。

そして究極は、若大将みたいに「しあわせだな〜!」って鼻を掻く。

だって、そこでしょ、目指してるの。



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元来ボーッとしていることで、ぼくはずいぶんと遠回りした気がしています。振り返れば楽しい遠回りではありましたが、・・・でも遠回りでした。
ぼくにはもう寄り道している時間はないので、今は「ボーッとしない!」を心がけています。

ボーッとしていたらいけない!