理屈の続きです。

リビング前のこの場所の背景は、高台で眺望が開けています。



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その見晴らしのよさを庭で心地よく感じるために必要なのは、実はその景色の手前に何かを配置することなんです。

これってなかなか意識されないことですけど、スポーンと遠くの景色が丸見えになっているよりも、自分とその景色との間に木が植わっていたり、手すりやトレリスがあった方が、よりその向こうの景色を魅力的に感じることができます。

こういう理屈です。
例えば景色の手前に木があることで、自分からその木までの空間を認識します。まず自分がいるエリアを感じた上で、その背景がどうであるかを感じた方が、背景を自分がいるエリアとは別の特別な場所として捉えるようになるのです。
もしも木がなくて自分がいる所からそのまま景色が見えたら、その見晴らしのよさが利点ではなく欠点になることすらあります。
つまり空を飛んでいるような不安感が生まれるのです。



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高層マンションでよくこのことが起こります。「高層住宅シンドローム」などと呼ばれていて、いつも空を飛んでいるような景色を見ながら暮らすことで、精神的に不安定になったり自律神経が乱れて来たりすることが知られています。
それと同じことです。高台にあって見晴らしがいいだけではダメで、自分は高台にいるのに、でもとても安全で地に足がついた居場所が確保されていて、かつ眺望がいいという設定があって、はじめて見晴らしのよさがすばらしいことに感じられるようになります。

わかりますかねえ、この説明。

今回の場合は既存の柿の木に加えて、コーナーパーゴラと木製パネルを設置しました。



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もしもこれがなかったらってイメージしてみてください。
景色はまるまる見えますけど、それを素晴らしいと感じるのは一瞬で、たぶん落ち着いて過ごすことはできないんじゃないかなあ。・・・どいうでしょうか。



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パーゴラが仮想の屋根で、木製パネルが壁で、部屋にいるような場所になっています。



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でもその壁はスケスケなので、高台にいるゴージャスな景色はちゃんと感じることができます。



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ベンチに座って、もしこのパネルが存在していなかったら、ね、ちょっと怖いでしょ。

高台の眺望を楽しむには、自分の居場所の安心感が必要です。

伝わりましたかね、今日の理屈。


これは高台だけじゃなくて、背景が森の場合も同じことが言えます。
庭がある程度人工的に居心地よく構成されていないと、森は怖く感じます。


さらに話を広げると、子どもにとっての家庭がそうです。
安全で楽しい家、自分のことを愛し全肯定してくれる家族の存在、一人きりの世界に浸れる部屋、そういう居場所があるからこそ、外の世界にワクワクと冒険心が湧いてくるのです。
家庭の居心地が悪かったり、安心できない環境だと、家の外の世界は不安や恐怖の対象になってしまいます。

家庭が楽しく安心できる場所であることが、子どもの外界への興味を育てます。

これ、大人の場合はちょっと違いますかね。
家庭の居心地が悪いと、外への変な興味がわいてくる可能性が大なので・・・これはこれで要注意です。

ま、いずれにしても、家庭円満が大事ってことです。






今日は港南台店にいます。遊びに来てくださいね〜。