人生は選択の連続です。
大きなことでは志望校や結婚相手や就職先、小さなことでは今夜のおかずを肉にするか魚にするかなど。
選択の基準はケースバイケースであり人それぞれなわけですが、多くの場合は「好きか嫌いか」で選ぶわけです。
他には「正しいか間違っているか」、「快適か不快か」、「得か損か」、ぼく的には「美しいか否か」というのをよく使います。



メリサ
メリサ



最近ちょっとしたことがありまして、久しぶりにとても判断に迷いました。
どうもこれまで使ってきた基準に照らしてもスッキリとした選択ができずに、悩んだ末に(5分ほどですけど・笑)もうひとつの、とっておきの判断基準を持ち出すこととしました。
もうひとつの判断基準、それは「愛」です。
嫌いでも、正しくなくても、損でも、美しくなくても、愛に照らして考えるならそっちしかない、という判断をしました。



サマースノー
サマースノー



やってみると、とても気持がスッキリとして、その選択によって少々の辛い展開もあったんですけど、でもそれを越える晴れ晴れしさを得ることになりました。

愛で選択する。

これ、けっこういいんじゃないかなあ。
時にそれが毒を食らうことであっても、自分の愛情に照らして納得できる方向に歩を進めてみる。



カティ
カティ



もしも地球上のすべての判断基準をこれにしたら、人が正義を振りかざして他の人を苦しめることも、命を奪うこともなくなるし、・・・っと、気が晴れ過ぎてジョン・レノンになってしまった。



ベビーロマンティカ
ベビーロマンティカ



「愛」を一枚のフィルターにして、思考に装着したらいいと思うんですね。好き嫌いで考えてからそのフィルターを通過させてみる、損得で選んでからフィルターに通してみる。
その選択は必ず功を奏するに違いありません。
なぜなら、「愛」は自然界の掟みたいなものなのですから。
庭にいると、そのことをとても強く感じるのです。

愛ある思考を無くしてはいけない。
無くしたら、滅びる。




ピエール ドゥ ロンサール
ロンサール



自分の心に装着されている愛情のフィルターが汚れないように、破れないように、いつも手入れをしておきたいものです。
そのためにも庭に出て、庭に浸って、庭を感じてほしいんだなあ。

庭は愛で成立している場所。

花を植えること、雑草を抜いて美しく整備することは、心のフィルターのメンテナンスでもあります。



アイスバーグ
アイスバーグ3



人生には何度かの嵐がやってくる。人は徹底的に追いつめられると、この愛に照らした選択肢に出会います。
でも、そんな窮地に立たなくても、持っていたらいいと思うんですよね。
好き嫌いでも、損得でもない選択が必要な場面って、けっこうあると思います。







ジョンは歌っています「愛こそはすべて」であると。
あぁ、何だか今朝は・・・







やろうとしないことは 

できない

 

歌おうとしない歌は 

歌えない

  

言えないことはあっても 

ゲームのやり方を覚えることはできる

簡単なことじゃないか

 

 

作ろうとしないものは 

作れない

 

救おうとしなければ 

誰も救えない

 

できないことはあるかもしれないけれど

いつかは何者かになることはできる

簡単なことじゃないか

 

 

愛こそはすべて

いま必要なのは 

愛だけだ

 

 

分かろうとしないことは 

分からない

 

見ようとしないものは 

見えない

  

今いる所が違うと思えば

他の場所を探してみよう

簡単なことじゃないか

 

愛こそはすべて

 

愛こそはすべて

  

今必要なのは

 

相変わらず

 

性懲りもなく

 

愛しかない