夏休み後半、姫路から新潟へと移動です。
太平洋沿いを一路横浜へと帰ってから、開通した圏央道を通って関越自動車道に行くつもりでカーナビに「魚沼市」と入れると、なんとなんと日本海ルートを表示。
女房共々、生まれて初めての道を通ることとなりました。



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琵琶湖の北側の長浜から、越前、越中、越後と辿る道 。
大河ドラマの「軍師官兵衛」、さらに戦国時代をさかのぼる歴史の舞台となった風景に夢中になりながら、途中石川県の海岸でひと休みです。



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いやあ~気持いい。
普段は仕事仕事で戦国武将の妻のように気を張った戦闘モードの女房も、すっかりリラックスの極みにいて、とってもいい感じです。



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ついうっかり「きれいだなあ~」なんて思いながらシャッターを切っていました(笑)。



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犬たちも大よろこびでバシャバシャと泳ぎまくっています。



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濡れた身体を芝生広場で自然乾燥させて、いざ新潟県へ。



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このあと、ちょっとしたショックな風景に遭遇しました。
おだやかに続く夏の日本海の景色に、突然大きなコンクリートの箱と赤い鉄塔群が。
柏崎原発でした。
なんだか急に気分が落ちてしまって、口をついて出た言葉は「ありえないよね」でした。

反原発とか、エネルギー問題がどうのこうのとか、そういうことではないのです。
ただただ、ありえない。

ぼくはこの美しい海岸線に原子力発電所を建てた人たちのことを想像していました。
いったいなぜ、こんな・・・。

原発関連の人たちがとても優秀であることはわかっていますし、ひとりひとりを見れば家族を愛し、真剣に仕事と向き合い働いているのだということもよく知っています。でも、少なくとも、美的感受性に乏しい。
あまりに乱暴です(わざとなのかもしれません)。
もしもぼくが何らかの理由で原子力発電所を設計するとしたら、せめて風景の邪魔をしない、自然にとけ込んで人の目に触れない、誰もその存在に気づかないようにデザインするに違いありません。

もの悲しさ、哀れさ、愚かさ、貧弱さ、鈍感さ、せつなさ・・・・一瞬にして暗く重苦しいな気持になり、手元のカメラを向ける気になりませんでした。

女房とひとことふたこと話して、あとは無言で、越後平野に点在するあの嫌な色の送電線の鉄塔が消えるのを待ちました。



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前方が見慣れた魚沼の景色になると救われたような気持になり、そして実家に到着。



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待ちかねていた愛ちゃん(母)と、数日前の豪雨の最中に東京から自転車に乗って三国峠を越えてやってきて、熱を出して寝込んでいたという息子(ムチャは父親譲り)と、さっそく愛ちゃんお気に入りの桃のピザを食べに行きました。



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これですよこれ。
プルトニュームを使っていくら効率よくエネルギーを生産したところで、この夏季限定桃のピザの旨さは生み出せないのです。



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姫路→湖北→能登→金沢→上越→柏崎→長岡→魚沼。
日本海ルートを指示してくれたカーナビのおかげで、忘れられない移動となりました。

いやほんと、あのコンクリートの箱と赤い鉄塔は・・・・。




ちょっと付け加えます。
ぼくは新潟時代(30年前)、土木施工管理技師として柏崎原発の外構工事に携わったことがあります。
受け持った工区を設計図の数値通りに美しく仕上げるために、炎天下で毎日懸命に測量をしたことを憶えています。
当時いわふち青年は、コンクリートの箱と赤い鉄塔に、最先端科学の輝きを感じていたのかもしれません。
地元にいると見えないことってあるんだよなあって、我が身を振り返って恐ろしく思うしだいです。

もうひとつ。
福島の風景は新潟と似ています。
お盆に帰る場所を奪われてしまった家族、孫の帰郷を待ちわびる場所を失ったおじいちゃんおばあちゃんに思いを馳せると、胸が苦しくなります。

幸せな世界を維持するのは容易ではない。
そのために、絶対的に必要なふたつのことがある。
それは、愛情と美的感受性。


最後にいつもの手前味噌ですけど(笑)、庭を楽しむ暮らしはその両方を鍛えてくれます。