ぼくは今54歳。
時々思うんですけど、ぼくが子どもの頃の感覚で言ったら、すでにオジサンを通り越してオジイサンと呼んでもおかしくない年齢です。
実際、ぼくが小学校に入る頃の祖父の年齢は50代でした。


昨日、出勤途中の道すがらに撮りました。
秋です。

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その祖父が、毎朝暗いうちから起き出して仕事をしていたことを思い出します。夏休みなんかに、ぼくはよくその手伝いをしていました。
「じいちゃんは自分を年寄りだと思っていたのかなあ・・・それとも今のぼくみたいに、まったくそんな感覚はなかったのかなあ」と、もう想像することしかできないことを考えています。
笠智衆に似た感じの、勤勉で優しい祖父でした。



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いつまでも気持ちは若くありたいものだと、よくそういうことが語られるわけですが、ぼくはまったく逆のことも思うのです。ちゃんとしたおじいさん、おばあさんになることも大事な役回りなんじゃないのかと。

高齢化が進んでいるのに年寄りは不足している。

どうもそんな気がするんですよねえ。
気分は若者のままの元気いっぱいなうちに、ちゃんと家族や世の中に対して老人の役割を果たさないと社会のバランスが崩れるような気がするんですけど、いかがでしょうか。
ぼくらの親世代には、きっとそういう「年寄りになる責任」みたいな感覚があったんですよね。でもぼくらには・・・。



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54歳、いくら何でも老人を目指すにはまだ早すぎますけど(笑)。
5年後か、10年後か・・・実際に孫ができたら心の中でこのことを蒸し返してみようともいます。
そのときにはぼくは髪を染めるのをやめて、白髪まじりのにこやかなおじいさんになろうと思っています。
そして孫に、川遊びと虫獲りと山登りと絵を描くことの楽しさを教えようと思います。



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日々健康に留意し心身ともに元気でありつつ、歳を重ねた者の知恵や柔らかな言葉や笑顔を使って多くの人の幸せに貢献する、そんな自分をイメージしてます。



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どうでしょう、あなたもそんな視点に立って、老人らしい老人になって活躍する日をイメージしてみてはいかがでしょうか。

すてきなお年寄りがいる家庭の幸福度は高い。

これは庭を通じて多くのご家族と知り合ってきたぼくの実感であり、たぶん間違いのないことだと思っています。



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アンチエイジングも大事ですけど、同時に、老人を演じる演技力も必要だと思うのです。
笑い皺だらけの顔で、日だまりの縁側に小さく腰掛けて、静かにお茶をすすって、秋だなあ〜とつぶやく。
ねっ、い〜い感じでしょ。
この「老人必要説」にご賛同いただける方は、今からしっかり練習をしておきましょうね。秋だな〜って(笑)。






てなことをつらつらと考えているときに赤瀬川原平さんの訃報が。
赤瀬川さんといえばベストセラーの「老人力」です。じつにおもしろい本でした。
「物忘れが激しくなっってきたら、それは老化ではなく忘却力という老人力が身についたのだ」という具合に、老化をポジティブに捉え直したユーモアは、多くの人の老いの概念を変えたんじゃないかと思います。
嫌なことや心を乱す面倒なことは忘れ去り、見たくないものはかすんで見えなくなり、聞きたくないことは聞こえなくなり、疲れたり怪我をしないように動きがゆっくりになり、おだやかな言葉しか発声できなくなる老人力、いいですよね。

やっぱりそう、ただ老いてゆくのではなく老人力を鍛えればいいわけです。
ではさっそくお茶を持って縁側に行って、背中を丸めて腰掛けて、秋だな〜って、ねっ、やってみましょう。