アジサイは雨が似合う花ですが、ぼくは雨上がりに陽を受ける姿が最も美しいと感じます。

誰にでも逆境は訪れるわけですけど、その中にあっても雨上がりの光を信じられる人は耐えることもできるし、思考も前向きになれるんじゃないかなあと。

ひとつ、とてもありがたいことに、空模様は変化し続けるのです。




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No Rain, No Rainbow.

うつむいていたら、虹が出ていても気付くことができない。




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もしも地球が直径100センチの球だったら、水はオタマ1杯。

その内の、真水はスプーン1杯。

100㎝の球にたったそれだけ。

雨音は、スプーン1杯の幸せ。




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やがて晴れることを知っているから雨音を楽しめるのです。

その辛さを力技を使ってでも振り払って、いつか来る幸運を、腹の底から信じ切りましょ!
地球上において、それほど確実なことはないのですから。 




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恵みの雨。

人と植物の遺伝子構造は90%以上同じ。

人の心身も雨によって活性化するはず。




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アジサイを打つ雨音は、情熱の季節のイントロダクション。




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ぼくはこれまで、ほとんど人を妬んだということがありません。
でも毎年この時期になると、「 I Like Chopin 」を「雨音はショパンの調べ」と表現した人の才能を妬みます。








誰なんだろうと思って調べたら、な、な、な、なんと!

納得しました。




もう一曲、これも。







ぼくと彼女が出会った時、ふたりとも人生のどん底にいました。
暗闇の中でお互いの姿に微かな光を感じて、「このワラならすがってもいいのでは」としがみついた、物語はそんなふうにして始まりました。
ぼくも彼女も、その特異なほど純で激しく不器用な性格故にはまってしまった泥沼から、何とかして抜け出そうと、それこそ命がけでもがいたのです。

こんなお話があります。

2匹のカエルが、うっかり牛乳瓶の中に落ちてしまいました。
 1匹はその我が身の不運を嘆きながら瓶の底へと沈んでいってしまいました。
でももう一匹は苦しさに耐えてもがきました。
もがいてもがいて、力の限り必死でもがきつづけているういちに、
牛乳がチーズになって、
そのカエルはそれを足がかりにして
牛乳瓶から脱出することができましたとさ。
めでたしめでたし。

 ぼくらはもがきつづけ、なんとか牛乳瓶から抜け出すことができたような気がしています。

ただそれまでのぼくらは(お恥ずかしいことに)毎日のように喧嘩をし、お互いを求め合いつつ満たされないことに苛立ちながら、それでも相手が持ち続けている「根拠のない自信」を信じ合っていました。
もう二度と繰り返したくない辛い日々でしたけど、出会えてよかったなあと、あきらめないでよかったなあと、アイソを尽かされなくてよかったなあと(笑)、今、心から彼女に感謝しています。

だから「始まりはいつも雨 星をよけて」の歌詞に、いつも泣けてしまいます。
 
今夜君のこと誘うから 空を見てた
始まりはいつも雨
星をよけて ふたり星をよけて


夫婦にはそんな季節もあるんですよね。
雨が降らなきゃ虹は出ない。
ぼくは雨音が大好きです。

ああ・・・何だかしみじみと。




きょうは「レノンの庭」にいます。