今や社会の最小生活単位は個人ではなく家庭である。

個人主義ではなく家庭主義じゃないと輝くことができない社会になりました。政治家にしろ芸能人にしろ、町内会やPTAでも、良き家庭人であることが、信頼や人気を得る前提条件になっています。
数十年前は違っていました。政治家は美しくてデキるお妾さんの存在がステイタスだったり、芸能人は芸のためなら女房も泣かしていたし、石田純一の「不倫は文化だ」発言に、市井の男たちの(多分)9割ほどが小さく頷いていたのですから。
ようやくヒトの進化が、平和主義で家族愛に溢れたゴリラ社会に追いついてきたのかもしれません。



「自分のために」から
「家族のために」へと動機が切り替わると、
庭が俄然威力を発揮します。 

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ここで問題です。
ヒト、チンパンジー、ゴリラ、ボノボ、オランウータン。家族愛が強い順に並べよ。

最下位だけははっきりしていますよね(1位はボノボ)。
飛行機や電車で移動範囲が広がり、スマホやパソコンでコミュニケーション領域が拡大するほどに、最小単位集団の濃密さが失われてゆくのです。
食事中にラインに反応する女房よ、いかがなものかと思うのだが。未だにスマホを持たせてもらえないひがみなのかもしれないのだが。ぼくもインスタとやらをやってみたいのだが。
兎にも角にも、庭を「家族の幸せのための場所」に仕立てておきましょう。
未来は庭の通りに展開しますから、妥協することなく。





今日は「レノンの庭」にいます。