『間口を狭める』

植物は毒や棘や個性的な姿で他者との関わりを制限し、必要かつ適切な相手とだけコミュニケーションを図ります。



夏の花、キョウチクトウ。
清らかな見た目と違い、
幹、根、葉、花、実、
すべてに強い毒性あり(薬用効果もありますが)。
口にしないことはもちろん、
生木を燃やすと煙でやられてしまうので
BBQやたき火に混ぜないように。
落ち葉を腐葉土にするのも厳禁です。
金久保さん、ご注意ください。


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広く浅く集めたコミュニティーは、当然のことながら底が浅いものになる。


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成長経済が続いた昭和時代には軽薄短小にウェルカムでよかった。浅はかであろうが愚かでろうが、少々変な言動をする者が混じっていようが、数がものを言った時代だったのです。しかし今はそうではなく、目指すところは安定と成熟。時には毒や棘を持ってでもお付き合いは厳選するのが得策かと。



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現在地上には70億匹のホモ・サピエンスが生息していて(日本列島には1億2700万)、その内であなたが幸せな人生を送るために意思を疎通させる必要がある人数は、社会学的には300人程度(昭和時代の、まだパソコンも携帯も出現していなかった頃、フェイス・トゥー・フェイスの関係を持つのは150人が適当であり上限だと言われていたが、フェイスがアイコン化したことで浅く広く広がり倍になった。であろうというぼくの考察ですが)、生物学的には30人ほど(ゴリラ社会では10人ほど)、文学的にはたった1人でいいのです。
だからコミュニティーの基本は狭く深く(目指すところは広く深く)。
植物の知恵に倣って実り多き日々を。





Face book の素晴らしい点は友達の数に上限があること。ただそれが5000人という目眩がするほどの数であるために、広く浅い世界になってしまうのは致し方なし。
ただアナログ界からはじき出されて、あるいは自ら旅立って、デジタル海を漂流する難民たちの多くは、そのコミュニティーに安らぎや尊敬や信頼や共鳴といった深みを求めているのは間違いのないことだ。
未だ安住の島にたどり着けずにいるボートピープルたちが、それでも帆を張り続けていることがその仮想の海原を成立させているのは間違いのないことだ。
だからザッカーバーグ君、設定を300人にすれば、君がノーベル平和賞候補になるのは間違いのないことだ。
とはいえ、人はアフリカの熱帯雨林を追い出されて以来、その都度の新天地に適合するために、知能を急速に高めながらここまで来たという事実があるのだから、人の頭脳の OS が、今の17倍の処理能力を持てる可能性はある。あるいは AI にその任務を託してしまえば済むことなのだが。おっとこれは名案。Face book など AI 任せで、夏の日差しを浴びながら畑仕事に精を出すという図はなかなか良さそうだ。
キラキラする広く浅い海を遠くに眺めつつ、腰を伸ばして手ぬぐいでひたいの汗を拭く人の深い笑い皺、深い人生。
デジタル海が広がれば広がるほど、帆と舵を操作するアナログな生身のスキルが求められるのだ。
という結論。





今日と明日は「金沢文庫店」にいます。