地球は回転しているため流動的であり、自然もまた変化し続けている。
しかもそれはぼくらがふだん思っているような緩やかな変化でななく、昼が夜になるような、悪が善になるような、苦痛が快感になるような、不幸が幸福になるような、いきなり別世界が出現するような、
ユリアンレトリィバーが超絶美人に思えるような、アッと驚く相転移に満ちているのだ。

心は重層的なパラダイムのミルフィーユ。変化し続ける自然の一瞬にレイヤーをチューニングする人は、いつも上機嫌で感動的な人生を送ります。つまりですね、どんな状況にあっても、何が起ころうとも、あるいは何も起こらなくても、いつでも自然を見つめれば癒され、生きがいや感動や幸福感が得られるということ。
その証拠に庭を楽しんでいる人は、とても幸せに長けていますよね。
自然の変化を高感度で受信するために、庭ですよ庭。いい庭がれば人生は上々。



一昨日の空。

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昨日見つけた曼珠沙華第一号。

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その散歩道で出会ったアゲハ蝶。

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日照不足のためか陸に上がったザリガニ。

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あれこれと悩めるぼくを見上げさせるべく、
ひと晩がかりで緻密なトルネードを描いてくれた蜘蛛。 

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とうとう最後となった健気なハスのつぼみ。

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そろそろどうぞと色づいた柿。

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ザクロも。

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自然はこれでもかこれでもかと、
生物を元気付けようと仕掛けてきます。
ありがたいことに
些細な外部刺激ですぐに不自然に陥ってしまう、
やや神経症気味なぼくら猿どもにも。

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自然に意識を向ければ
心はドラマティックなり。
自然を感じて暮らせば、人生は上々なり。
ダイナミックに、感動的に、
何よりも全生物の中で最上級に授けられた
愛情というスペシャルなレイヤーを、
ジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナーが描き出したような
ローマンティックな色合いと筆使いで満たしながら、
ヒトという猿として二度と与えられることのないであろう、
宝石のような残り時間を送りたいのです。






おまけ



ゴッホとゼザンヌの模写に熱中していた14歳の夏、
内心ターナーの世界に惹かれていたのです。
でもそれは技術的にあまりに途方もないことで、
おまけにターナーのことを知っている者など
周囲には一人もいなかったわけで、
だからこの人のことは
ぼくだけの内緒にしておこうと思っていました。

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31歳の夏、
設計作業のBGM用に(当時は You Tube などなかったので)
「さよなら夏の日」を聴こうと購入したアルバムから
これが流れてきた瞬間、
「ほれみろ!山下達郎だってターナーが好きだったんだ」と、
いつも自信なさげに孤独の世界にいた自分が
まんざらでもなかったんだと思ったのでした。
何事にもマニアック(粘着質)になってしまう自分を
変で恥ずかしいことと感じていたぼくを、
「それでいいんじゃないかな」と解放してくれた思い出の曲です。
おかげで今は、
何事にも適度に(と思っているのですが)
マニアックであることを楽しんでいます。






今日は「港南台店」にいます。