雑草取りや芝刈りが幸せに感じる時、あなたは正真正銘の幸せの中にあるのです。

初孫誕生から3週間が経過し、両家のお婆さんはわが世の春を楽しみまくって、あれやこれやと世話を焼いている様子。爺さんには全くお声がかからず出る幕もなく、時々空を見上げては気合を入れて仕事に集中する日々が続いています。
うちの婆さんの報告によれば「美空ちゃんは元気だけど詩織は目の下にクマつくってた。ガハハハ・・・・」 とのこと。
女子はいいなあ、ぼくも参加したいなあと思いながらも、新たな命に刺激されてか、子育て中や介護中や、新婚さんや、熟年を迎え庭をきっかけに自らのさらなる成長を遂げようと思い立った人たちからの依頼に、なんだかとても心地よく燃えていて、「まあ出しゃばることもないか。今のところは元気なお婆さんたちに頑張ってもらって、わしは全力で仕事をするぞなもし」と自分に都合よく決着をつけて設計に没頭しています。

人生に何度かある幸せな苦労を、娘よ、思う存分味わい尽くすのだぞ。その、君史上初であろう寝不足のモウロウも、1分置きにやってくる「生きてるかな?」という心労も、過ぎてみれば夢のごとき、宝石のごとき幸福な一瞬なのだから。
美空ちゃんのことは安心している。見るからに強運な子である。が、しか〜し、どんな美人になっておるのか、進化の過程の写真くらい送ってよこすのは娘としてのお作法であるぞ。まあいい、そんなことは二の次三の次、お婆さんたちのおせっかい合戦も四の次五の次として、新米夫婦の時間を精一杯頑張るのだぞ。
おっと、余計なことを言ってしまって申し訳ない。

父は今頃になって思いもよらなかった感情が噴き出してきて困っている。あ、いや、大したことではないのだが。


人とバッタの脳の大きさは格段に違いますが、
愛情という快感の度合いは変わりないのではないかと。
想像するに、ぼくら人間と違い、
ジェラスもアンビバレンスも
カタストロフィー理論による混沌もない彼らは、

きっと全身全霊で求め合い、
ありったけの命を使って与え合っているのではないかと。
それともうひとつ、確信的に思うことがあります。
ロマンティシズムは脳の大きさに関連する思考ではなく、
生物的にピュアにして基本的な、
「愛情」という、脳内のケミストリーにより発するのだと。

DSC09459

そうじゃなければ、わざわざこんな場所でって、
・・・ねえ。
どれだけロマンティークを求めているのかって話ですよ。
 
 



マリッジブルーという、幸福から発生する反作用のような症状。
それは娘を送り出す父親にもあるのだということは
聞き及んでいたものの、
式の日まで、そしてついこないだまで、
ぼくには一切そういうことがなかったのです。
もうひたすら幸せで、感謝で。
ところがとても意外なことに
孫が生まれた今頃になって、
じわっと、しみじみと、ため息が出る有様でして・・・。




ふとした瞬間に、
それまでさんざん聴いてきた曲の歌詞が
胸に刺さることがあります。
女房と出会い、ついにぼくの前にもヨーコが現れたのだと、
何もかもが眩しく輝いて
目を開けていられないほどだったあの頃、
いつもカーステレオから流れていた
ムーンライダースのこの曲が沁みてきて、
うるんだ Half moon 夜の庭。
これもまた、過ぎてみれば
幸福な笑い話となることはわかってはいるものの。
この気持ち、わかるかな〜、
女子にはわかんねえだろうなあ〜。





今日は「金沢文庫店」にいます。