木偶の坊という才能。

コスモスが終わり、巷にめっきり花が少なくなりました。
仕事途中でもしかしたらと思い、金沢文庫の称名寺へ行ってみましたが、やはり花らしき花は見当たらずに、カメラ片手にぼとぼと。でも花じゃないんですけど一枚だけ面白いのが撮れたので、一応満足して仕事に戻ったのでした。



何を思うかこふたり。

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10分ほどこのままでした。
見つめ合う恋か、
はたまた双方共に木偶の坊なのか。
それを飽きずに見つめていたぼくは、
やれやれ、まごうことなく木偶の坊。

 

その道すがら、「宮沢賢治だったら、この写真で隠喩に富んだ短編を書けるんだろうなあ」などと思いまして、当人曰くの木偶の坊だったが故になかなか苦労が多い人生でしたが、それは実のところ、だからこその感受性と表現力を生んだわけでして。もしも賢治が才走る夏目漱石のようなタイプだったら、あるいは女性には器用だった太宰のようなナルシストだったとしたらと思うと。では漱石と太宰が木偶の坊だったらどうでしょう。やはり、あのような文学世界を生み出すことはなかったわけです。
ぼくはといえば、才走ることもなく、ナルシストでもなく、概ね木偶の坊の類なわけで、しかしこの写真から短編を仕上げる能力はないわけでして。
でも時どきマジで思うんですけど、庭を思い描くことに関しては、間違いなくぼくは彼らよりも長けているなあと。
自分にしかできないこと(誰にでもできそうでいて、そこまで熱心にする人はいないというような意味で)、何でもいいんですけど、例えば鍋を磨くことや、毎朝徹底的に落ち葉掃きをするとか、般若心経般若心経と法華経と理趣経をそらんじることができるとか。たったひとつだけでいいからそういうものがあれば、どんな権威とでも胸を張って相対することができるし、満島ひかりとも、シシド・カフカとも、水原希子とだってまっすぐに見つめ合うことができるのだと思うのです。
もっとも、何のとりえも自信もなかった若い時分のは、何人かの女性と見つめ合ったものでしたが。
定めし恋は盲目なり。盲目は自信に匹敵するなり。故に、自信を失いかけたら目を瞑って飛ぶなり。



自分を高い壁の向こうに放り投げてみるのだ。そこはお花畑かもしれないし、あるいは断崖絶壁かもしれないが、それでも投げ入れるのだ。それが自己変革ということだ。
加藤諦三



というわけで、木偶の坊なりに、今日も自己変革に挑むことといたします。 
あ、恋じゃなくて、仕事の方ですけど。
飛びます、飛びます。