かれこれ20年ほど前、母方の祖母の葬儀での出来事です。花に埋もれて穏やかな顔で横たわる祖母を不思議そうに見つめていた息子が、「ねえお父さん、おばあちゃんは寝ているの?」と。その問いへの回答はすぐに導き出されたものの、一瞬、それを告げていいのか迷いました。
当時彼は、ようやく日本語を話せるようになった程度の年齢です。ぼくがちょっと視線をそらしてから、3秒後につとめて素っ気ない発声で「死んじゃったんだよ」と言うと、彼は間を空けず「ねえねえお父さん、みんな死んじゃうの?」と迫るように問い重ねてきました。ぼくは黙っていました、が、次の展開は予想外のもので、そのシーンを今も鮮明に記憶しています。
彼はお得意の愛らしい表情でまっすぐにこちらを見上げながら「オレは死なないよ」と。その笑顔のなんと清しくチャーミングであったことか。健やかな命が、生まれて初めて遭遇した命の終わりに際して、父親に向かって、自らの生きる指針を高らかに表明してくれた瞬間だったのです。



イチョウが色濃くなりました。

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あなたは何を大げさなと思うかもしれませんし、親馬鹿チャンリンと言われる類のことなのでしょうが、それを超えて、彼のその時の様子と言葉が、大げさではなくぼくが今日に至るまでの指針となりました。あの日の無邪気な笑顔をぎこちなく真似ながら、気づけば20年が経過した次第です。



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現在息子は生物学者を志し奮闘中。ぼくとしては庭屋になって、この壮大なドラマの続きを引き受けてほしいと希望しているので、「早く挫折しろ。だいたいだなあ、学者などというものは直接的に喜んでくれる人に出会えない職業なのだ。仕事とはどれだけ他者の喜びに出会えるかが価値なのだから、日の目をみることの少ない基礎研究とかそんなもんは、勉強マニアになった世捨て人の自己満足に過ぎないのだよ。そのような道からは早く足を洗いなさい」と諭しているのですが、ぼくに似てとても頑固に父親の意向に反抗的なことはなはだしく、しかもぼくとは違い、いつも余裕のあの笑顔でいるものだから、今のところは手も足も出ないという状況。
まあいい。ふふ、息子よ、こちとら伊達に苦労はしていないのだ。次の手、その次の手と策略は万全である。無駄な抵抗はやめて降参しなさい。



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さっそく策略第一弾で、日本に古来より伝わるありがたい言葉を教えてあげよう。
親孝行、したい時には親はなし。いつまでもあると思うな親と金。親の甘茶が毒となる。親思う心に勝る親心。親の意見と茄子の花は、千に一つも仇はない。親の小言と冷酒は、後でずしりと効いてくる。



光を受けるイチョウの黄色を背景に、
選手交代の時期ですよと言いたげな白寒椿。

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まあいい。一度きりの、さして長くもない人生なのだから信じる道を邁進せよ。思う存分に生きるのだ。君の頑張りを見ていると、あの宣言通りに一時たりとも生きることをやめずにここまで来たことがわかるから、「その調子で突っ走れ」というのが今のぼくの台詞としてはふさわしいと思っている。

優一朗よ、その調子で突っ走れ!
まあ、親の因果が子に報いるかもしれないがね。その時には、タフに勉学を続けて来た君にふさわしく、学者よりも百倍辛く、百倍感動的なぼくの仕事のすべてを君に授けることを約束しておく。



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ちょこざいな日陰の花め。
 


そうだ、君との約束で一つだけ果たせていないものがある。あれは冬だった。君にせがまれて行った中野駅裏のむし社(昆虫専門店)でギラファのつがいをゲットした帰り道で立ち寄ったコンビニで、アッツアツの中華饅頭(ストロベリー味)を買って、半分こにして食べたことを覚えているだろうか。君は「すっごく美味しい!お父さんまた買ってね。約束だよ」と。それを果たさないままに店は無くなってしまったし、その後コンビニのレジ横に蒸し器が出される時期になると、あの木枯らしの夕暮れを思い出してはストロベリー味はないかと確認するのだが、未だ見つけてはいないのだよ。

これは決して弱気を装っての策略第二弾ではない。親の不出来でさんざん苦労をかけた君から、20年越しに、こんな素敵な気持ちにさせてもらっていることを、夜の庭で感謝している。





今日は「港南台店」にいます。