早朝の森を行く。まだ日が山陰にあるので薄暗く、足元の草は凍っている。



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老夫婦が歩いてきたので「おはようございます」と声をかけると、静寂の森が目を覚ますほどの音量で「おはようございます。早いですね!」と返ってきた。まだ表情筋が起きていないぼくとは対照的なビッグスマイルだ。こういう年寄りになりたいなあと、一体どんな人生でこの日に到達したのかあれこれと勝手な想像をしながら歩いた。しばらく行くとクリーム色の大型犬に引かれた奥様がやってきたので、すれ違いざまに挨拶を交わす。軽やかなジョギングの若者、手足をとても大きく動かすウォーキングの熟年女性、バードウォッチング用の巨大はレンズを抱えたおじさん、足元を見つめてとぼとぼ歩くおじいさん(なんとなく、声はかけなかった)。30分ほどの間に十数人の早起きとすれ違った。



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この人たちは息が凍るこんな寒い季節に、多くの人がまだ寝ている時間に、何ゆえ森を歩いているのだろうかと考える。
すぐに「おいおい、そう言うお前さんはどうなんだ」と自分から問えわて答えに窮する。



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ルートを人気のない細道に変更し、さらに1時間歩き続けて時刻は8時。すっかり陽が昇って風景が日常になったので、車に戻り、カメラをしまって店に向かう。
なぜ早朝の森を歩くのか。その人たちにはそれぞれの理由があるわけだが、何か共通する思いのようなものもある気がして。むりやりそれを言葉に仕立て上げる必要もないのでそのままに、まあそのうちブログネタになる言葉が浮かぶかもしれないし、などとつらつらしながら。



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来年も、早く起きた朝は森に立ち寄ることにする。そして歩く、歩く、歩く。坂村真民がそうしたように(三時頃から詩を書きつけるための帳面を携えて山道を歩いていたそうな)、山梨在住の孤高のゲージツ家がそうであるように。
理由は不明なれど、歩かないより歩いたほうがいい、ということははっきりしている。全身の血行が良くなって気分が上々となり、店に着く前からその日の設計が頭を巡って、作業開始からすんなりと集中域に入っていけるのだ。仕事の虫にはとてもありがたい現象である。



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目的地を設定してそこへと向かうというセオリーとは別枠で、当てどなく、歩かないよりは歩いたほうがいい、しないよりはしたほうがいい、知らないよりは知っておいたほうがいい、そのうち役に立つかもしれないから点を打っておこう、という判断が年々増えている。Connecting the dots というやつだ。



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多分、現在地が未知なるサバイバルの領域に入りつつあるのだろうと思う。
この道をゆけばどうなるものか。鬼が出るか、蛇が出るか、仏が出るか。何回も降ってくる難解なる問いに解有るやも知れず、四回も五回も生じてきた誤解が解消されるやも知れず、あるいは瓦解して、やはり消えて無くなるやも知れず、ぼくをいわぶちさんと濁点付きのあの人とも、ハッとして、Goodな波長がピタリと合う日が来るやも知れず。知る知る見知る人たちと、ある日森の中で出会うおかしな家(変なではなく可笑しな)の住人たちの未来に、ぼくの思い描く庭が功を奏して、香を奏して、幸を奏してくれたらいいなあと、その一点にフォーカスしつつ、前後のボケ味にロマンティークを描きつつ、2018年、威風堂々とこのまま進むこととする。








本日これから、女房と息子と犬たちと連れ立って、雪降りしきる越後へ移動します。スキー三昧を目論んでいましたが、今年の積雪は物凄くて、どうやら除雪作業三昧となりそうです。
それもまた良し。常春の横浜暮らしの身には雪下ろしも贅沢なレジャーなり。その後のへぎそばと野沢菜と八海山が格別なのです。
でも西高東低よ、ちょっとだけでいいから奇跡の晴れ間を。スキー&ウェアを新調したのだからして。