地球を感じる

毎日庭で過ごしていると、自分は地球にいるんだなあと感じるようになります。大げさではなく、とても雄大で神聖な気持ちになるのです。



極寒の朝日受け、越年の枯れ尾花燃ゆ。

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奇跡の星にいる奇跡の時間。



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その感覚は室内では感じることができないものです。





宇宙だの地球だのという物言いはいささか怪しく聞こえるかもしれません。スピリチュアルとか伝道師とか、百鬼夜行の巷にうろつく詐欺まがいの輩が使いたがる言い回しなわけですが、安心してください、最後のだけはありませんから。

実際、室内では感じられない世界が存在します。その世界は広大にして、膨大なメッセージを発信し続けています。Yuming が「目にうつる全てのことはメッセージ」と歌っているように、見えている風景はいつも人々に語りかけようとウズウズしていて、ぼくらが欲している助言や回答や導きをはるかに上回る啓示を発信し続けています。そして古来よりその声を聞く者にのみ幸が訪れることは、神話やお伽話や、あるいは実体験であなたもご存知の通り。ご存知であっても子曰く「之を知る者は之を好む者に如かず、之を好む者は之を楽しむ者に如かず」でありまして、「言うは易く行うは難し」とも言われるわけでありまして、現実的に庭からのメッセージを受け取りながら暮らしている人は、ことに都市部においては絶滅を危惧される希少動物並みの生息数。

カーテンを開いて静かな木漏れ日の優しさに包まれなくたって、そこが風に震える緑の草原であったって、雲は焼け道は乾き日はいつまでも沈まない上州の裏街道であっても、リンゴ売りが声を枯らしている吹雪吹雪氷の世界であっても、いずれも地球からあなたへのメッセージなり。もしもあなたが庭に出て、そこで語り、笑い、泣き、食べ、飲み、読み、懺悔し、歓喜し、癒され、癒し、あるいは無為な時間を過ごすことを日課としたら、その他の時間の無為さが消え失せてゆくことを感じることでしょう。そしてその感じが、どれほど得難く有難いことであるかを知るに至るでしょう。

それが、老荘思想で言うところの道教なり。後にナチュラル&ヘルシーな暮らしをする霊性寄りの哲学者たちによってタオイズムとなりまして、さらに現代風にエコロジー風味をブレンドして出来上がった思想がロハス( ROHAS / Lifestyles of Health and Sustainability )なわけです。
ロハス、10年くらい前ですかね、盛んに使われました。有機農法や自然食品ブームまでは良かったものの、懐かしきかなウッド・ストックの頃のヒッピーを気取って大麻をふかすアウトサイダーが出てきまして(カリフォルニア州では先般合法化されましたが)、杉下右京行きつけの小料理屋の女将はアウトローに、先代の相棒もコカの木から抽出したアルカロイド使用疑惑でドロップアウトとなりまして、それに伴いロハス思想も世の中から消滅の憂き目となりそうでして、とても好きな概念であり言葉だったので残念至極でございます。

それはともかくとして、庭で見上げる空はまごうことなき宇宙なり。そこに吹く風は地球を覆う命の大気なり。なあるほどぉ、そういう解釈もあるのかと、改めて庭での時間をお過ごしくださいませ。
その際は、紅茶、コーヒー、フルーツジュース、あるいは合法的に植物から抽出されたリカーをご用意いただければと思います。
夜の庭で、ぼくはもっぱらバーボンを少量。ついつい濃いめが欲しくなるので、チェイサーとしてお気に入りの音楽を流しながら。


例えばこんなのを。