霊峰八海み空にそびえ 清流魚野は谷間を走る
山川奇しき(さんせんくすしき )この学び舎に
集える我等の心ぞ明き(あかき)


これは時々口を突いて出る、ぼくが通っていた小出小学校の効果です。霊峰八海とはお酒の銘柄で有名な八海山で(アマテラス、スサノヲと共に、導きの大神猿田彦を祀る修験者の霊山)、左から駒ヶ岳、中ノ岳、八海山と連なる越後三山の裾野にある魚沼盆地がぼくの故郷。いつも景色にその姿がそびえていたので、今でも山が見える風景に心が馴染みます。



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いつか三山を縦走したいと、ぼくだけじゃなく魚沼の男子はそんな思いを胸に成長するのだろうと思います。しかしそれは子供には到底無理なことで、屈強な山男であってもなかなかの難コース。



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ぼくが駒ヶ岳(標高2003m)の山頂に立ったのは小学6年の夏休み。近所のおじさんが連れて行ってくれました。日帰りコースなのに山頂直下の山小屋に一泊する、今思えば子供向けの、ゆっくりゆっくり時間をかけての山行でした。
夜中に寝袋を脱いで外に出てみたら、降るようなとはこのことかという星空で、やたらに流れ星が見えたことと、その後に始まった圧巻、映画のようなご来光を鮮明に記憶しています(脳内にはバッハのアレが鳴り響いていたので、ということは当時からバッハが好きだったんですよね)。



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中学校に入学してすぐに腎臓を病んでしまいまして、医師からは一年間の運動禁止のお沙汰。そのおかげで止む無く美術部に入ったことが現在の仕事に幸いしているのですが、当時はもう動きたくて動きたくてうずうずしっぱなし。解禁後はその反動で越後の山を登りまくりまして、高三くらいには細身ながらも筋力体力自信満々となり、ついに三山を縦走したのでした。当時は「ついに」というより、楽々と、たくさんあるチャレンジしたいルートのひとつを歩いた、という感じだった気もしますが、振り返れば我が身体能力絶頂期の金字塔です。



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あれから幾星霜、今は横浜で、万歩計をつけると500歩行かない日があるほど歩かなくなってしまいまして、時間が開くとカメラ担いで青い山を分け入るものの、興に乗って歩き過ぎれば必ず夜中に足がつって跳ね起きるという体たらくぶり。山は登るよりも眺める対象となりました。
でも気持ちはあの校歌を歌って山頂からの景色に思いを馳せていた頃のまま。仕事や暮らし全般に渡りまして、ひとつの頂きに立てば、そこから見える次の山を目指して歩き出すことを繰り返しています。



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昨日の早朝、富士山の背後に、一瞬幻のように5000m級の山脈が出現。これは吉兆なり。そうか、最高峰と思っていた山であっても登ってみればその上があるのだ。だからそろそろ意識を一段高くせよというメッセージなんだと、三つ子の魂よみがえりつつそのように、いつものことながら自分に都合よく受け取ったのでした。



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ああ猿田彦大神、行けども行けども、登れども登れども、次なる頂を指し示してくださりありがとうございます。おまけに行く先々で、可憐な高山植物のお花畑や、愛らしい動物や昆虫や、心洗われる星空と御来光を用意してくださって。そして何より、ビッグ・スマイルの登山者である庭仲間と出会えることがうれしくて、今日も疲れ知らずに自然と足が進みます。
感謝を胸に、人生山あり山あり。集える我等の心ぞあかき。





今日は港南台店にいます。