もしも自由が欲しいなら、両腕を横に大きく広げて上下に。
もしも自由なんかよりもここにいたいのだ、と思うなら、それは幸いなこと。 


毎日階段を上がっている。だがその一段一段がいつも楽しい場所というわけではない。正しい場所とも言えない。概ね毎晩、庭で、多かれ少なかれその踊り場に不足を感じている。
それでいいのだと思う。満足な日が続いたら、きっと歩けなくなってしまうからだ。きっと、歩くことが好きなのだ。
それといつも、まだここじゃないと思うから。
でもそれは、その次の、最高なこと。



Free as a Bird 

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鳥のように 自由に それがその次の 最高なこと
鳥にように自由に

快適なベッドルームに 巣に戻る鳥たちのように
翼を持つ彼らのように

どうなってしまったんだよ かつてのぼくらの あの暮らしは
 本当にお互い無しで暮らせるだろうか
どこで見失ったっていうんだ あんなに大切だった 感触を
きみにいつでも ぼくはとても豊かにしてもらっていた

鳥のように 自由に それがその次の 最高なこと
鳥のように自由に

快適なベッドルームに 巣に戻る鳥たちのように
翼を持つ 彼らのように
なることを・・・

どうなってしまったんだよ かつてのぼくらの あの暮らしは
ぼくにいつでも きみはとても豊かさをくれた

自由に


作詞:ジョン・レノン( 意訳:菊地成孔 )



ジョンが残した未完の曲を他の3人で仕上げたという、このビートルズ最後の作品は、とてもジョンらしく、とてもビートルズらしいものとなった。それは4羽の鳥が月を渡って行く姿のように思える。先頭を行くのはジョンだ。
ファンは口を揃えて彼らが自由を教えてくれたと言う。ジョンはきっと、ぼくらよりも的確に、正確に、自由のことを知っていたのだろうと思う。自由な世界のことはもちろん、その先にあることも、その手前にあることも。

髪と髭を伸ばしてボロを着るのは簡単だ・・・
さて、と、ではいかに、と。それも自由だとビートルズは教えてくれたのだが。

「良い子は真似をしてはいけないよ」と、黄泉の国からアンクルジョンは言っているような気がする。この詩を、多くの人が恋愛・失恋レベルで捉えるであろうから。
ぜんぜん違うのだと、ぼくは思っている。何せ息子を育てるために、音楽活動を休止してハウスハズバンドを選択した人なのだから。
伝説となっているあの五年間が、自由を煽動し、先導し続けたジョンにとっての最初で最後の、本当に自由な時間だったのだと思う。まだ十代だったぼくに、それはとてつもなく偉大なことに思えた。だって、そうでしょ、デモとか前衛芸術とか革命めいたことと真逆の、「家庭」に自由を見出したのだから。
だからぼくも、息子が生まれるや会社を辞めジョンを真似た。それ以来真似しっぱなしだ。いやいやぼくのことなど横に置いて、注目すべきはこの曲の原型が録音されたのが1977年、ということはショーンが2歳だから、主夫活動の合い間だというところにある。
想像するに、そうとう育児に疲れ、ヨーコともギクシャクして、かなり険悪になっていたのだろう。ヨーコはご存知の通りの女性だし。でもまあ、ジョンとヨーコであろうと、イザナギとイザナミであろうと、ヒデトシとカオリにしても、子育て中の夫婦とはそういうものなのだろうと思う。そんなふうに思って聴くと、すんなりと全部の行に納得が行く。あえて付け加えればそんなゴタゴタも込みで、その自由がいかに偉大なものだったかを、世界中のファンが知っている。

ジョンは、その後の一生分の対価とも言える孤独な気持ちを抱えて、孤児院ストロベリー・フィールズの庭から自由を求めて羽ばたき、ルーシーのいる空をどこまでもどこまでも飛び続け、ついに家庭という自由の地に降り立つことができたのだ。
ぼくはそれも真似をしようとしてきた。これからもその地を目指すことは間違いないのだが、アンクルジョンの忠告も身に沁みる。家庭を自由の地にするという革命の成功が、どれほど稀であることか。革命が成って後に、その自由を保持することも。
ひとりでは成し得ぬものだという点が、最大の難関だ。
逃走か、闘争か。稀であってもそこを目的地と定めるなら、家庭からの逃走は避けられる。あとは時間内にたどり着けるかどうかなのだが、それは神のみぞ、としておくしかない。とにかく今日も、両腕を広げて上下に動かすことにする。バタバタと、ドタバタと、ジタバタと、鳥のように、自由に。





今日は金沢文庫店にいます。