庭の打ち合わせは奥様と進めることが多い。それはぼくがそのように要望しているわけではなくて、先方の都合や考え方によるものだ。多くのご主人は、家のことは奥様にという姿勢をとる。何度かの試練を乗り越えてたどり着いたのであろうそのスタンスに、ぼくも賛同する。正確に言うと賛同せざるを得ない。だいたい夫婦は意見が分かれるし、たいがいの女性は男に問題提起しておいて、男がどう答えようともその逆を主張するという傾向が見られる。そこには論理もへったくれもなく否定があるだけなので、男としては何も言わないのが得策だということに思い至るのだ。奥様は魔女である。男を黙らせ、つまりは無言の同意以外の選択肢を消し去り、意のままに暮らしを組み立てる魔法を使う。



この時期、早朝の日限山公園は
空気も光もほんわか心地よく、
まるで天使が住み着いたかと思えるほどです。
もう寒くありません。
寒くないことがこれほどうれしく感じるのも、
冬に凍えながら歩いたことの効用。
寒・暖、苦・楽、喜・怒・哀・楽、振れ幅を大きくすると
感動体質になります。

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「奥様」、実に素敵な呼び名だ。一部の女権拡張論者からは「良妻賢母」と共に差別的蔑称であると詰め寄られそうだが、 ぼくはそうは思わない。そんなことはない、どころか、奥様、奥方、家内からはその家庭を牛耳るフィクサーであるという響きを感じるので、まったく逆の意味を持っているのだと思っている。






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打ち合わせの際に、ぼくの話はとても論理的なので奥様方にはあまりウケがよろしくない。女性は論理よりも感覚に働きかけてくる相手に食いつくのだ。主に「美味しい・楽しい・美しい」事柄に。だから大概は早々に庭の話を切り上げて、日常のあれこれへと話題が移ってゆくこととなる。



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そこで聞く奥様方の暮らしにまつわる知恵に、ぼくはとても大きい影響と恩恵を受けている。ゴボウの皮はむかずに食べる、揚げ物は引き上げる際にしばらく鍋の縁にくっつける、シイタケは旬の時期に大量に買って庭で干す、食器洗い洗剤は薄めておく、歯磨きは時々左手で行うなど、どれも正当性とお得感がある情報で、他にもたくさんあり、本一冊にはなる量だ。



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そんな奥様の知恵袋の中で、最も凄さを感じたのが次の言葉だった。

男はねえ、ほめて甘えれば何でもしてくれるのよ。

まさにフィクサー、見事かつチャーミングな論である。本当にそうだと、地球上の全男性がうなずくことだろう。



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だが残念なことに、ぼくはこの論からはゴボウの皮をむかずに使うことほどの、実際的な恩恵を得られていない。うちの奥様はこのことを知らないのか、あるいは信仰上の厳しい制約があるのか理由は定かではないのだが、ほめも甘えもしないからだ。だからやむなく日に何度も自分で自分をほめ、時々自分にご褒美を与えながら暮らしているわけだが、その様子は、傍目には、孤独なはぐれオスのように見えるかもしれないと思うことがある。



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どなたか家内に、このとびきりのお得情報をお知らせしてくださらないだろうか。ほめると口が曲がると恐怖し、「甘える」と「甘ったれる」を見事に取り違えているあの人に。
とても救われるのは、このように嘆いているのがぼくだけではないということだ。もしかしたら多数派かもしれない。一体全体どうしたことだろうと思うのだが、スーパーの特売日やカードのポイントに目の色を変えるのに、なぜ主人、亭主、旦那と呼ばれる恋の奴隷をもっとお得に使わないのか。せっかく庭付きの家を手に入れた人の多くが、その庭に愚痴の種を撒くこと以外の利用法を思いつかないことに似て。



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ついでに人類史的見地からの補足を記しておくことにする。哺乳類霊長目ヒト科ホモ属のメスが、オスに対してほめて甘える行動は、進化において猛獣が牙を備えたように、花が昆虫によって受粉するように、鳥が翼を得たように、ヒトが言葉を使い出すずっと以前から身につけていた偉大な能力だ。オスはメスからのご褒美と引き換えに命がけで獣を狩り、散々歩き回って果実や食べられる草を持って帰った。近年では早朝から終電まで働きづめに働いて、ストレスによって命を削りながら家庭に暮らしの糧をもたらしている。人類は200万年以上も前からこの「メス主導型ご褒美支配システム」によって勢力を拡大し、豊かな社会を築いてきた。つまり逆に言うと、メスのほめ下手甘え下手は幸福に生存する能力の衰弱、牙が抜けた猛獣、咲かずに落ちる花、翼の折れたエンジェルということになる。
今は飛べないエンジェルたちよ、ほめたって口は曲がらないし、甘えて損をすることなどひとつもない。これ以上のお得情報はございませんぞ。


おーい、例のガーデンデザイナーが面白いこと書いてるから読んでみなよ。

ええ、なに、今いそがしいんだけど。

まあまあそう言わないでさあ、読んでみなよ。お得情報だって。

奥様は寝転がっていたソファーから起き上がり、口のまわりについたポテチの塩をぬぐってからしばしパソコンに見入った。

なにこれ、すっごい嫌味。だいたいこの人ってそうなのよね、説教くさい嫌味たらたらの屁理屈で、結局は奥さんへの愚痴でしょ。
で、なんでこれを読ませたかったわけ。私の翼が折れてるって意味なの?


あ、いやあそういうことじゃあ・・・

ねえねえそれよりさあ、こんなくっだらないの読んでないで、庭をきれいにしてくれないかなあ。

えええ、ジェジェジェ、えええ、ジェジェジェ、草抜けってこと。

それが済んだら何でもいいからグリーンファームで花買ってきて植えといて欲しいんだけど。土曜日に友達がくるから。みんな言ってるわよ、おたくのご主人は家のことやってくれるからいいわよねえって。ゆかりんちなんかね、何にもしないんだって。信じられる?ゴミ出しも洗い物もお風呂掃除もシーツの取り替えも何にもよ。あんまりいつもうちをうらやましがるからね、言ってやったのよ、男はよく見て選ばなきゃねって。

あああ、ジェジェジェ、あああ、ジェジェジェ。

なにジェジェジェって。あなたはいつもそうやってちょっとズレてんのよね。でもそこが可愛いから許してあげる。あなたは良かったわね、私と結婚できて。ほんと、私たちはいい夫婦だと思うわ。あなたがいろいろやってくれるから、私は幸せ者。あ・り・が・と。

あ、あ、あの・・・あのね・・・

なに、なんか文句あんの?

あ、いや、前から言おう言おうと思って言えなかったんだけど・・・

ええ、・・・なによ。

あのね、ありがとう、ぼくと結婚してくれて。

もうやっだ〜、いいのよそんなことお〜。私は男を見る目があったってことよ。じゃあお願いね、ご主人様。


かくして、庭は見事に美しく整ったのでありました、とさ。めでたしめでたし。





今日は港南台店にいます。