空を見上げることが癖になっている。
母川回帰する魚が水の匂いで生まれ故郷の川を察知するように、渡り鳥が地球の磁場によって方向感覚を得ているように、空がどんな色で、雲の様子がどうなっていて、太陽がどこにあるのか、それを把握していないと落ち着けないような、不安に似た気持ちになるのだ。



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息子たちがまだ幼かった頃は、空模様を気にしたことなどなかった。その頃の、空がどうであろうと自分に何の関係もないと思っていた自分が、一体何を考えて、何に重きを置いて生きていたのだろうと不思議な気持ちがする。同時に、空が気にならなかったぼくは、とても下手くそだったことを思い出す。仕事も、子育ても、いろんなことがだ。だからいろんなことが下手くそで、遠回りや、迷い道に入り込んでいる人を見ると、ついお節介に「見上げてごらん」と言いたくなるのだが、そういうお節介がお節介に終わることを知った今では、あまり言わないようになった。
その代わりと言っては何だが、庭については、空と同じ意味でその手の話を繰り返している。下手くそに陥って混迷している人には「見上げてごらん」よりも、庭のあれこれの方がよく伝わり、実生活に即効性のある実効性が顕著だから。例えばカーテンを開けられるようにしない限り、庭は暮らしの役に立つ場所にはならないということを。



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待てよ、そうだ、いろんなことが下手くそだった頃よりも以前には、そうだ、そうだった、ぼくは空ばかり見ていた。校庭の真ん中や帰りの土手道で、あまり長いこと見上げていたのでクラクラして、よく後ろに倒れそうになったものだ。小学生の時分は教室とは窓のある部屋のことだったし、授業とは雲を見て空想にふける時間だった。まああの頃もいろんなことが下手くそだったけど、勉強とか、・・・勉強とか、勉強とか。それによって辛くなったり、危機を感じたり、嫌な思いをしたことはなかった。ぼくは幸運なことに周囲から、同級生からも大人たちからも、ぼーっと空を見ている子供というファンタジックな居場所を与えられていたのだと思う。銀河祭りの夜、草の丘に降りてきた汽車に乗り込んだジョバンニのポケットに、いつの間にか、どこまでも行ける優待切符が入っていたのと同じように。



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小さい頃は空を見ていた。大きくなって空を見なくなり、もっと大きくなってまた空を見て、空を見なかった時期は苦労が絶えなかったことを思い返している。おやおや、これは何年か前にアマテラスが授けてくれたあの詩と同じじゃないか。


足跡   メアリー・スティーブンソン

ある夜 私は夢を見た
夢の中で 私は神様と一緒に浜辺を歩いていた
空には私の人生の様々な場面が フラッシュのように映し出される
そのそれぞれの場面で 私はふたり分の足跡が浜辺についているのを見た
ひとつは私のもの そしてもうひとつは神様のものだった
私の人生の最後の場面が映し出されたとき それまでの人生の足跡を振り返ってみた
驚いたことに 何度も足跡がひとり分しかない時があることに気がついた
そしてそれは 暗くて悲しい時期ばかりだったのだ

私は神様にたずねた

神様、あなたはおっしゃいました。一度私があなたについてゆくと決めたなら、あなたはずっと一緒に歩いてくださると。しかし私が最も辛い時期に、浜辺にはひとり分の足跡しかありませんでした。なぜ私が心からあなたを必要としている時に私からお離れになっていたのですか。

神は答えた

愛しいわが子よ、私はお前が最も苦しい試練の最中でも、決してそばを離れることはなかったのだよ。ひとり分の足跡しかなかった時期には、私がお前を抱き上げて歩いていたのだ。




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ぼくは今日も空を見る。アマテラスは何処におわすかと。
そういえば高校の離任式で、美術教師がとても重大なことを言っていたのを思い出した。今になって、その言葉の本当の重大さに気がついたのだが。

私は今日でこの学校を離れます。あなたたちの多くは、卒業をしたらこの町を離れて都会へと行くことでしょう。東京のビルの谷間を歩いている時でも、いつまでも夕焼けに気づく人でいてくださいね。





今日は金沢文庫店にいます。