前夜の庭で本や音楽から取り込んだ情報によって、今日の質感が変化する。村上春樹を読んだ翌日は言葉がシニカルになるし、ロバート・B・パーカーなら自覚の半分ほどがヒーロー然とした中年探偵に変身している。スティーブン・R・コヴィーを読もうものなら、隙間のない正論で羽交い締めにされ金縛りにあう始末。高田渡を聴けば山頭火的放浪に憧れ、拓郎なら女房との出会いの日にワープする。
漫然と時を送っていると穏やかに沈殿しがしちな、ホンワカ弱々の自分の肩をつかんで揺さぶるにはとても有効なのだが、その合間に庭の情報を取り込み本来の位置に引き返す必要がある。そうでないとうっかり、それらの世界に行ったきりになってしまう。いくら取りあえず楽しいからといって、その、庭でのルーティンを挟まずに本を読むとロクでもないことになるし、音楽も往々にして現実逃避の片道切符、黄泉の国へのチューチュートレインなのだ。



アジサイを見つめていたら、はっと我に返ったのです。
我を忘れがちな性格なので、
花による覚醒をありがたく感じます。

DSC04605

DSC04596



横浜六角橋商店街から放浪の旅に出て、未だ人生の楽園を求めて旅し続けているロバート・ハリスをここ数日読みふけった。心地いい、たまらなく心地いいのだ。行間に流れる退廃と破滅の甘く危険なロマンティシズムが、かつて、まだ少年だったぼくの目に途方もなくカッコよく映った、ピーター・フォンダが演じたイージー・ライダー のワイアット(キャプテン・アメリカ)のようで。





い、い、いかん、次の設計に意識を向けなければ。いち日いち日着実に目の前の仮想庭に集中しなければ。今はイージーにライドしている場合ではないのだ。楽しみにしてくれている素敵な人たちの顔が浮かび、脳内で、真っ直ぐに地平へと伸びる道を横浜に向かってハーレーを駆る。普段不足気味なワイルドさを加味して、柄にもなくチョッパータイプで。



DSC04598 2

DSC04698



行ったきりなら幸せになるがいい、戻る気になりゃいつでもおいでよ、と庭は本来的居場所を指し示してくれる。
あなたの居場所はどこでしょう。あなたがあなたでいられるその場所に、丹念に手入れされた居心地のいい庭があったらいいですね。我に返れるその帰る場所を、大切に、大切に。





今日は港南台店にいます。