生物の営みは、外部要因に対する「快・不快」の判断によって行われています。人間は欲深いので、わざわざ苦労し不快に耐えて、その先にあるさらなる快楽を求めます。
ではその先にあるはずの快楽を見失ったらどうなるでしょう。あるいは失敗体験で臆病になり快楽に腰が引けてしまったら。
報われることのない苦労を積み重ねるばかりの庭のなんと多いことか。原因は快楽主義から苦労主義に変節してしまった思考。目的を失っても苦労を積みさ重ねてしまうことも、人間に特徴的な性質です。
そこから脱するには快楽主義に戻ること。朝から晩まで「楽しいことしかやりません」と決めてください。



白い蝶のサンバ

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え、そんなことしたら暮らしが破綻してしまいますよ。だって洗濯も掃除も食事の準備も不快だし、仕事だって不快でしょ。そもそも結婚生活が不快だし。

おやおや珍しいですね。ぼくはそのどれもが大好きですけど。

珍しいのはあなたの方よ。よっぽど素敵な奥様なんでしょうね。よかったですねお幸せで。

ええ、まあ。

快楽を追えばいいって、そんな単純なものじゃないでしょ、世の中って。不条理だらけだし、不安だらけだし、それでも不快に耐えて頑張っているから生活が成り立っているんだと思うんですけど。そういうね、あなたみたいにボジティブ至上主義な、青年病の未熟な純粋まっすぐ君を食い物にしている似非カリスマコーチングトレーナーみたいな物言いって、好きじゃないのよね。

はあ、そんな印象を与えてしまうところがぼくの未熟にして純粋まっすぐ君なところでして、セルフコーチングとして巷に蠢く似非カリスマの本を片っ端から読み漁り、その似非ぶりの正体を炙り出しながら自らを律している最中なのです。修行中の身なれば、どうかお許しを。

そもそもなんで庭を楽しまなきゃいけないの。いいじゃない苦労する場所で。毎日苦労して、苦労して、苦労することの中に生きる実感があるのよ。その姿を見ることで子供は人生の厳しさに対する心構えができるし、我慢することや根性や知恵が身につくんじゃないのかしら。母もそうだった。だったって言うと死んじゃったみたいだけどまだ元気。毎日電話をかけてきては過去の苦労話と現在の苦労話と未来の苦労話をするのが生きがいになっているの。

おお、ヴィクトール・フランクルですな、あるいは姜尚中。その考え方はとても崇高にして人間的に美しいことです。お母様にいいね×100。
ええええっとですね、ところで、あなたはご自分のこと、どう思っていますか?あ、つまり、好きか嫌いかっていうことなんですけど。


自分のこと?わたしがわたしのことを好きか嫌いかって・・・
自分を好きな人っているんですか?

と、いうことは、お嫌いなんですね。

ええ、どちらかといえば、ですけど。
え、え、え、みんなそうでしょ、自分の欠点や、能力の低さや、不遇とか不運とか、そういうことが頭から離れないじゃないですか。だから頑張って、苦労して暮らしているんですよ。でしょ?そうじゃないの?もしかして、あなたはご自分のことが好きなの?

その問いに、ぼくはあなたの期待に反した、反することを期待しているなら期待通りの答えをせざるを得ません。大好きです。

あのね、あ、失礼。あ・の・で・す・ね、ひょっとしてって思っていたんですけど、あなた馬鹿でしょ。なんでそんな能天気でアンポンタンなこと言っていられるのか理解できない。ああ信じられない。こんな人がいるなんて、もうどういうことでしょ。

んんん、困りましたなあ。でもご安心ください、アンポンタンとはフランス語で夢の架け橋という意味ですし、ぼくはお察しの通りアンポンタンな馬鹿ですから。親からも教師からも上司からも、さらには愛する妻からも繰り返し言われてきたことなので確かです。あまりに確実性が高く相対的に不確実性が低いので、世の中との相対性的にどうしたらいいのかと若い頃には葛藤があったものです。四畳半の自室でLPよしだたくろうオンステージの「私は狂っている」を流しながら馬鹿なりに馬鹿について3分ほど悩んで出た結論が「もっと馬鹿になれ」となりまして、それ以来何をするんでも狂ったように、恋愛でも勉強でも仕事でも遊びでも、額に狂の字を浮き立たせながら取り組む癖がつきました。
で、あなたはこんな馬鹿者にどんな庭をお望みなのでしょう。


そうそう、それなのよ。住宅メーカーから出てきたプランがね、金額ばかり高くて中身がないというか、全然つまんないの。なんちゅうか本中華、あらやだ古いわね、なんというか、全くときめかなくて。こちらからいくつか要望を出して、それはクリアしているんだけど、っていうか要望だけで設計されているから物足りないというか・・・

ちょっちょっちょっ、ちょっと待ってください。要望通りに設計された庭がつまらないというなら、それはフランクリアン、あれ、フランキストかな?まあいいや、あなたの望み通りに苦労するための庭なんだからそれでいいじゃないですか。スタンディングでブラボーですよ、ブラッヴォ!いやあ世の中に溢れている正気な設計者に鳴り止まぬ拍手。そんな芸当はぼくにはとてもできない。

・・・ねえ、少しだけあなたの手口が見えてきたわ。あなた、詐欺師でしょ。さもなければ大泥棒ね、アルセーヌ並みの。

アルセーヌ、ですか。自分的にはシャーロックだと思っているんですがねワトソン君。だからこれは詐欺ではなくて正義です。

やっだー、シャーロックはちょっとカッコ良すぎるんじゃないかしら。

いやいやお嬢さん、あ、失礼、マダム、ぼくはご推察通りの馬鹿なので自分が大好きなのです。好きで好きで好きすぎて、これを英語で Self-affirmation 、フランス語で Auto-affirmation 、アラビア語で احترام الذات って言うんですけどね、日本語に訳すと「庭はあなたが望む通りになります。設計者が誰であれ、どんな設計者であれ、あなたが望むことを具現化するのが仕事ですから。もしも設計者に依頼しないなら自然がそれを叶えてくれます。もしもその庭が気に入らないとしたら、それはそういう望みを抱いているあなたをあなた自身が気に入っていないということに他ならない。つまり自分を嫌いな人の眼前には気に入らない庭が出現するのです。おお偉大なるかな神、我思う故に我あり」となります。ね、まさにそれがあなたの望み通りの庭なんですよ、お嬢さん。あ、失礼、マダム。

ああ・・・なんだか私、カリオストロの城でシャーロック、じゃなかった杉下右京、じゃなくて銭形警部が言っていたあのセリフを思い出しちゃった、「奴はとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です」っていうあれ。
ねえ、設計お願いできるかしら。


お望みとあらば。で、いかような庭を?

わたしの望みを叶えてくれるなら、わたしの望みと正反対の庭を。

ようやくわかってくれたようですね子猫ちゃん、あ、失礼、マダム。ジュ・テーム・モア・ノン・プリュ。ではそのように。

すてき。徹底的にお願いね。

はい、徹底的に。

ふふふ、徹底的に。ああ、なんだかわくわくしてきたわ。

あははは、君の瞳に乾杯!誕生日おめでとうございます。たった今、あなたは崇高なる愚か者エピクロスの教義を信奉する賢き者、真面目に人生を遊べるエピキュリアンに生まれ変わりました。フージコちゃん、じゃなかった、マダム、いくつになってもハッピーバースデー。





快楽主義者に必須なのは自己肯定感なのであります。ということで、めでたしめでたし。
ではお望み通りに、望みと正反対の快楽の庭を思い描くことといたしましょう。





今日は港南台店にいます。